第2話
文字数 1,537文字
机に積み重ねたノートの数、投げ出された鉛筆の位置、椅子の背もたれの傷…まるっきり変わっていない。ホコリとカビだらけを除いて。
自分が出てから誰一人も入らなかったみたいだ。
「すごい埃、明日には病気になっちゃいますよ」
助手が窓に手を掛けるがびくともしない。
「よしとけ、開かない様に俺が固定したままなんだ。それに今は
雨が降っている
」助手が不思議そうに首を傾げた。
「この雨に絶対に触れるなよ。死ぬぞ」
「ははは…先生ご冗談を…」
助手が引き笑いしながら窓から離れた。
雨が降っている、これは暫く止みそうにない。
そう、
どちらか死ぬまで止みそうにない
。(最悪だ、血族会議か…めんどくさいにも程がある。死人が出るなこれ、帰りたいけど帰る手段が無い…もう嫌だ、逃げたい)
「来る途中で話してましたが先生のご家族って魔術師の家系なんて凄いですね。って、先生魔術とか使えましたっけ?」
助手は荷解きをしながら聞いてきた。
「残念ながら俺には魔術の素養はこれっぽっちもない、その代わりに探偵に必要な推理力と観察眼、そして勘が身に付いたがな」
カッコつけて指で頭を突ついた。
「先生普段何もしないじゃないですか」
分かっちゃいないな
「ほら、使え」助手にハンカチを投げ渡した。
「何ですか?」
「十秒後にいる」
さっぱり分からない顔をした助手、すると空中に舞ったホコリを吸い大きなくしゃみをした、その弾みで手に持った鞄を足の上に落とし痛みで跳び跳ねた弾みで鞄に足を捕られ顔面から床に強打した。
悶絶する助手、鼻から血が出ている。
「やはり今の俺は勘が冴えている。ここに居た時と同じ、いやそれ以上に冴えている」
その後助手を椅子に座らせ手当てをした。
「先読みしなきゃ生きていけなかったんだ」
助手の鼻を押さえて話した。
「俺は家督争いで姉弟に毎日命を狙われて親父が死に際に俺に家督を譲るとか言って過激になって散々だった訳で俺は家を出たのさ」
「そうですか?そんな人たちには見えませんが」
鼻声で答えた。
「お前鈍感過ぎるぞ、彼奴らに殺されかけたろ」
「え、いつですか?」
(駄目だこりゃ)
「一歩二歩先を読むだけじゃ駄目だった。四歩五歩、それ以上読まないと生きていけなかった。未来予知とか千里眼とか大それたもんじゃないがここで生きていくと勘が冴えるんだ。幾つもある選択肢の中からだんだんと的が絞られるって感じでなんとか生き残れたって訳だ」
もう止まったろう、助手の鼻から手を離した。
「それにしては普段何も考えずに行動して痛い目に遭ってますよね」
「そこなんだよ、軍を辞めてからからっきし勘も頭も働かない。やる気も出ないめんどくさい」
「普段から働かせて下さいよ。毎日食べるものに苦労してるんですから」
(お前が食い過ぎなだけだ)
「状況を整理しよう、猶予は三日、それまでにここを出なければ俺たちに明日はない。絶体絶命だ、何か手を打たないと…」
落ち着け、冷静さを失うな、常に余裕を持て、隙を逃すな、活路を見いだせ…
何度も自分に言い聞かす。
埃の絨毯が被さったベットの前に背を向け、身を委ねる様に仰向けに飛び込んだ。
ベットに被さった埃が一斉に宙を舞う、雪のように。
一瞬の失態で全てが終わる。活路を見い出せ。
何度も何度も何度も永遠とも思える程に言い聞かす。
何万何千とある枝葉の様に広がる選択肢から最良の答えを掴んだ。
これでいくしかない。身体を起こした。
「ゴホッゴホッ先生、いきなりベットに飛び込んで。埃が舞っちゃったじゃないですか」
体感では数日と思える程感じたが助手にはほんの二三秒の事だったのだろう。
「見つけた、生きて帰る最良の手をな」
「本当ですか!」
助手が嬉しそうに答えた。
「この作戦で行く。その為にはチャシャ、お前が必要だ。」