Quest26:擬神を討伐せよ その4
文字数 10,729文字
「それらしくなるもんだ」
フランは村を見回して満足そうに頷いた。
ゴブリンが四方から押し寄せても村の周辺を囲む泥沼に阻まれ、それを乗り越えても土壁に阻まれる。
土壁を越えようにも格子塀を乗り越えるのは困難だ。
泥沼の深さと土壁の高さを合わせればゴブリンの身長を上回る。
それらを乗り越えて格子塀をよじ登ろうとしても待っているのは槍の一撃だ。
もっとも、その槍は太い木の枝に包丁やナイフを括り付けた粗雑な代物なのだが。
必然、攻略ポイントは地続きとなっている箇所――土橋というべき点に絞られる。
この土橋は村に近づくにつれて幅が狭まっている。
勢いよく駆け込んできたら押し合いへし合いをして泥沼に落ちるという寸法だ。
土橋を超えた先には土嚢、両サイドには民家がある。
民家はかなりしっかりした作りなので、櫓としても、狙撃台としても使える。
「これならゴブリンが来ても戦えるね」
「まあ、戦わずに済むのが1番なんだけどね」
フランが再び頷くと、ウィリアムは溜息交じりに言った。
「どうかしたんですか?」
「いや、篝火の準備ができているか確認していたんだよ。村をぐるっと回ってみたけど、これなら明日まで凌げそうだ」
「そんなことをしなくても言ってくれれば……」
「性分だよ、性分」
ウィリアムは苦笑いを浮かべた。
言われなくてもチェックをするのができる冒険者とそうでない冒険者の違いなのかも知れない。
「ところで、ゴブリンの様子はどうだい?」
「今の所、動きはないですね。と言っても魔力の消費を抑えた通常モードなので、探知できる範囲はそれほど広くないんですけど」
「それで十分だよ」
ウィリアムは気にするなと言うように優の肩を叩いた。
「ユウ君の魔力はどうだい?」
「僕は8割、グリンダさんは7割まで回復しています」
吸魔で魔力を回復していなければ2割程度だったはずだ。
村長宅のベッドで回復に努めてこれだから優の回復力はかなり早いのだろう。
「そんなことまで分かるのかい?」
「まあ、特殊な魔法のお陰で大体は……」
優は言葉を濁した。
手札を明かしたくないのもあるが、仮想詠唱の研究が再開されて死者が続出したら困るのだ。
「ゴブリンの様子はど、う?」
グリンダは欠伸を噛み殺しつつ、近づいてきた。
「ようやくお目覚めかい」
「嫌味を言わない、で。私はMPの回復に専念していたの、よ」
「はいはい、そいつは失礼しました」
フランが舌を突き出すと、グリンダは不愉快そうに眉根を寄せた。
「グリンダさん、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、少し怠いくらい、よ。ユウは大丈夫なの?」
「僕は普通です」
流石に半分近くMPを吸い取られた時は気分が悪くなったが、体力が限界突破していることも関係しているのか、少し休んだだけで回復した。
「ごめんなさ、い」
「どうしたんです?」
「こんなことになるなら新しい魔法を習得させるべきだったと思った、の」
「それは仕方がないですよ」
むしろ、グリンダという教師がいたのに魔法を習得しようとしなかった自分こそが責められるべきだと思う。
「ユウ! グリンダ!」
フランが鋭く叫ぶ。
地図の端に敵意あるモンスターを示す赤い三角形が表示されたのだ。
ざっと見積もって100匹以上、150匹に達するかも知れない。
「ゴブリンです!」
「数は124匹、よ」
「ゴブリンだ! ゴブリンが来たぞ! 124匹だ!」
ウィリアムが叫ぶと、冒険者と村人が同じ内容を繰り返す。
フランは土嚢の近くに駆け寄り、優はアンのいる右の建物、グリンダは村の猟師がいる左の建物に登る。
それなりに実績を積んだ冒険者は土嚢の近く、経験の浅い冒険者と村人は槍を持ってそれ以外の部分を守る。
素人の村人に戦えるのかという不安はあるが、筋力に関しては申し分ない。
しばらくして森の奥から神輿に乗ったゴブリンが姿を現した。
もちろん、神輿を支えるのもゴブリンだ。
神輿に乗ったゴブリンは毛皮や獣の牙で自身を飾り立てている。
取り敢えず、この個体をゴブリン・リーダーと呼ぶことにする。
「杖があれば魔法を撃ち込めたのだけれ、ど」
「取りに行けばよかったですね」
「そう、ね」
グリンダは小さく笑う。
「Goooooooo!」
ゴブリン・リーダーが叫ぶと、ゴブリンが一斉に森から出てきた。
毛皮を身に纏い、石器のような物で武装している。
以前戦ったゴブリンは革鎧や金属製の武器で武装していたが、この群れは自分達で武器を作っているようだ。
泥で紋様を描いているので、独自の文化を獲得しつつあるのかも知れない。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが叫ぶと、あるゴブリンは足踏みを、あるゴブリンは槍の石突き部分で地面を叩き始めた。
震動が不安を掻き立てる。
「ユウ君! 一発かましてやれ!!」
「了解! 術式選択! 炎弾×100!」
ウィリアムの命令に従い、空に向けて魔法を放つ。
山なりの弾道は水平方向に比べて着弾地点が予想しづらい。
と言うか、職人的な勘が必要になる。
だが、日頃の行いがよかったからか、炎弾はゴブリン達の真上に降り注いだ。
「……!」
ゴブリン・リーダーが何かを唱え、両腕を高く掲げる。
炎弾が見えない壁に阻まれたかのように跳ね返された。
もっとも、無傷で済んだのはゴブリン・リーダーと神輿を支えるゴブリンだけだ。
他のゴブリンは火達磨になったり、火傷をしたりしている。
「魔法が使えるみたい、ね」
「そうみたいですね」
韻と抑揚だけで作られた不思議な呪文だ。
「ははっ! ゴブリンどもが燃えてやがるよ!!」
「諸君! 恐れることはない! 魔法を使えるのは1匹だけだ! こちらには大魔道士が2人もいる! さあ、ゴブリンどもに人間の力を見せつけてやろうじゃないか!」
フランが笑い、ウィリアムが味方を鼓舞する。
それだけで場の空気が和らいだ。
いや、主導権を取り戻したと言うべきかも知れない。
「Goooooooooo!」
ゴブリン達がゴブリン・リーダーの命令に従って走り出した。
何かを喚きながら武器を手に突進してくる。
「ユウ君は待機! グリンダさんは魔法で迎撃! 魔道士、弓兵はグリンダさんが撃ち漏らした敵を狙え!」
ウィリアムの声が響き渡る。
よく通る声だ。
それ以上にこの人に付いていけば何とかなるという安心感を与えてくれる。
「術式選択! 炎砲!」
グリンダが魔法を放つ。
赤い光が左翼にいたゴブリンの足下に灯った。
次の瞬間、爆炎が噴き上がり、ゴブリン達は空中に投げ出された。
「術式選択! 炎砲!」
グリンダが再び魔法を放つと、ゴブリンが爆炎によって吹き飛ばされた。
炎砲という名に相応しい威力の魔法だ。
ゴブリンは仲間の死をものともせず、土煙の中を駆け抜ける。
屋根の上にいたアンと村の猟師が矢を射かける。
胸を、腹を貫かれたゴブリンがその場に頽れる。
さらに格子塀の内側にいた冒険者と村人が矢を射かける。
彼らが使う弓矢は数を揃えることだけを考えて作ったものだ。
石を研いで作った鏃がその証左と言える。
石の矢は殆ど効果を発揮しなかった。
真っ直ぐに飛ぶことは少なく、命中率も決して高くない。
当たったとしても毛皮に弾かれるか、体表を傷付けるのみだが――。
「Go――!」
「Go、Go!?」
矢によって傷を負ったゴブリンの動きは徐々に鈍り、泥沼に到達する前に倒れた。
注意深く観察すれば傷が腫れ上がり、口から泡を吹いていることに気付くはずだ。
ゴブリンは最弱のモンスターと評される。
幼児並の知恵と腕力しか持ち合わせていないと。
だが、そんなモンスターに『国落とし』なんて異名を付けるだろうか。
人間は理解している。
いや、街で生まれ育った駆け出し冒険者は理解していないかも知れないが、ベテランは、農民は、為政者はゴブリンの恐ろしさを知っている。
だからこそ、フランと村長はウィリアムの鏃に毒を塗るという提案に同意した。
悪知恵はゴブリンの専売特許ではないのだ。
ゴブリン達は多大な犠牲を払いながら土橋に到達し、前に進む以外考えられなくなっているのか、押し合いながら突き進む。
押し負けたゴブリンが泥沼に落ちる。
泥沼に落ちた連中はこちらに向かってくるが、中程まで進んだ所で頭まで沈む。
無数の泡が浮かび、水面が激しく揺れるのだが、ゴブリンは浮かび上がってこない。
森に面した泥沼は途中から深くなり、さらに水底にトラバサミを仕込んでいる。
ちなみにこれもウィリアムの提案だ。
「Goooooooooo!」
ゴブリンは20匹に減らしながら土橋を駆ける。
「撃て!」
フランの掛け声と共に矢と魔法が放たれる。
あるゴブリンは矢を受け、あるゴブリンは頭蓋骨を陥没させて倒れた。
しかし、ゴブリンは仲間を盾にして距離を詰めてくる。
土嚢を越えれば欲望を満たせると考えているのか、口角は吊り上がっている。
「スイッチ! 突け!!」
フランの号令によって冒険者が位置を変更する。
弓を構えていた者が下がり、槍を持っていた者が槍を突き出した。
土嚢に到達した5匹のゴブリンは喉を、胴体を槍に貫かれて息絶えた。
「第1波を凌いだわ、ね」
「殲滅って言って下さいよ」
「第1波を殲め、つ」
優は目を細めてゴブリン・リーダーを見る。
124匹の部下が殺されたというのに焦っている素振りが見られない。
部下を無駄死にさせれば自分の求心力を低下させると思うのだが――。
「随分、余裕があるみたいですね?」
「第1波は死んでもいいと思っていたのかも知れない、わ」
「戦いを利用して反抗勢力を一掃したってことですかね?」
「どうかし、ら? 取り敢えず、今は目の前の敵に集中しま、しょ」
その通りだ、と優は心を引き締める。
第1波を殲滅したとは言え、敵には少なくとも476匹のゴブリンが残っているのだ。
「第2波が接近してる、わ」
グリンダが前方を見据えながら言った。
地図上には数え切れないほどの赤い三角形が表示されている。
「数は200、よ」
「よく一瞬で数えられますね」
「特技と言ったで、しょ」
グリンダは小さく微笑んだ。
「次も私が魔法を撃つから、ユウは近づいてきたゴブリンをお願い、ね」
「分かりました」
「Gooooooo!」
ゴブリン・リーダーが叫ぶと、ゴブリンが森から出てきた。
今度のゴブリンは先程の個体より体が1回り大きい。
石器で武装している者が圧倒的に多いが、人間から略奪したのか、金属製の武器で武装している者がチラホラといる。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが再び叫び、ゴブリン達が一斉に駆け出した。
「術式選択! 炎砲!」
「……!」
グリンダが魔法を放つと同時にゴブリン・リーダーが呪文を唱える。
だが、魔法は問題なく発動し、ゴブリン達を天高く吹き飛ばした。
「やりましたね」
「……それはフラグだ」
アンが小さくガッツポーズを取ったので、優は顔を顰めた。
「フラグ?」
「験が悪いってこと、よ」
グリンダが隣の小屋から解説するやいなや地面に倒れていたゴブリン達が立ち上がった。
無傷ではないが、動けなくなるような重傷ではない。
どうやら、ゴブリン・リーダーは防御系の魔法を使ったようだ。
恐らく、第1波はこちらの出方を探るための偵察隊だったのだろう。
「Goooooooooo!」
「術式選択! 岩弾×10!」
グリンダが腕を一閃させる。
岩弾が腕の軌道に沿って出現、ゴブリン達に向かって飛んでいく。
爆炎――炎と衝撃波に耐えたゴブリンだったが、物理攻撃には耐えきれなかった。
岩の塊がゴブリンの骨を砕き、内臓を破裂させる。
「物理で叩けばいいの、よ」
「……使い方を間違えてるような気が」
優は何処か誇らしげに胸を張るグリンダに突っ込んだ。
小さな声だったので、届いているか分からないが。
ハッと我に返って叫ぶ。
「ゴブリンは魔法で防御力を上げてます! 炎砲は弱体化! 岩弾は効果的です!」
「炎、冷気系の魔法は控えるんだ! 岩弾を使える者は岩弾を使え!」
「魔道士達は岩弾を使いな!」
ウィリアムとフランが叫ぶと、冒険者と村人が繰り返して叫ぶ。
「岩弾は使えないんですけど!」
「使えなければ炎だ! 岩弾最優先! 使えなければ炎だ! 炎も使えなければとにかく数を打てる魔法を使え!」
岩弾、もしくは炎――それでダメなら消耗の少ない魔法を。
それが正しいのか分からないが、命令してくれるのはありがたい。
村人と冒険者が屋根の上から、格子塀の内側から矢を放つ。
やや装備の優れた第2波をなかなか傷付けることはできないが、ゴブリンは毒にやられて倒れる。
ここで生き延びたとしても毒には糞尿を混ぜているので、感染症――破傷風に罹る可能性は格段に上がる。
装備の違いからか、第2波は泥沼に辿り着く数が多い。
「術式選択! 炎弾×10!」
ギリギリまで引き寄せて炎弾を掃射する。
炎弾が爆発的に膨れ上がり、ゴブリンを呑み込む
ゴブリンは火を消そうと泥沼に飛び込む。
無事に炎弾をやり過ごしたゴブリンは押し合いながら土橋を駆け、先程と同じように数を減らした。
しかし、安心してばかりはいられない。
水中にあるトラバサミの数は限られているのだ。
この調子で攻められたら罠が使えなくなってしまう。
「撃て! スイッチ、突け!」
土嚢まで辿り着いたゴブリンを先程と同じ手順で始末する。
だが、第2波は20匹以上が生き残っている。
フランは舌打ちをしながら土嚢を乗り越えようとしたゴブリンを斬り捨てた。
この作戦の肝は村に辿り着くまでにどれだけゴブリンを減らせるかだ。
高レベルの冒険者ならゴブリン無双できるかも知れないが、そんなチートキャラはこの村にいないのだ。
「術式選択! 炎弾×100!」
「Goooooooooo!」
優が魔法を放つと、土橋の上にいたゴブリンが一斉に炎に包まれた。
ゴブリンは耳障りな悲鳴を上げて泥沼に落ちる。
「第3波、よ。数は300、ね」
「第3波! 数は300だ! 安心しろ! これまで通りやれば勝てる! 暗くなって来たぞ! 村長! 篝火を頼む!」
ウィリアムは味方を鼓舞し、指示を飛ばした。
ゴブリンは人間より夜目が利く。篝火は少しでも不利を補うための策だった。
村長と村人が四方に散り、村のあちこちに設置されていた篝火に火を灯す。
また、森の奥からゴブリンが現れる。
しかも、2列横隊で。1列目に立っているゴブリンは貧相だ。
あばら骨が浮くほど痩せこけ、ろくな武器を持っていない。
2列目のゴブリンは第2波と同等の装備で身を固めている。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが叫ぶが、ゴブリンは動かなかった。
1列目のゴブリンは明らかに尻込みしていた。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが1列目のゴブリンを指差す。
その背後に立っていたゴブリンが石斧を振り下ろした。
手加減はしていないのだろう。
殴られたゴブリンの頭部は陥没し、耳と鼻から血を噴きだしているのだから。
ゴブリンはしばらくその場に立っていたが、地面に倒れると小刻みに痙攣した。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが改めて命令すると、1列目のゴブリンが一斉に駆け出した。
もしかしたら、群れの奴隷階級かも知れない。
「術式選択! 炎砲!」
魔法を施す素振りがなかったからか、グリンダは炎砲を放った。
ゴブリンは爆炎によって吹き飛ばされたが、怯まずに向かってくる。
ゴブリンは仲間の死体を抱き上げ、さらに近づいてくる。
元々、貧相な体格なので、魔道士や弓を持つ者にとってはいい的だ。
ゴブリンは致命傷を負いながら泥沼に到達し、仲間の死体を投げ入れた。
そこで力尽きる者も多かったが、生き残った者はさらに死体を集めに戻った。
「術式選択! 炎弾×10!」
「Goooooooooo!」
優の放った魔法が直撃し、ゴブリンは炎に包まれて倒れた。
「気合を入れな! 連中は死体で泥沼を埋めるつもりだよ!」
「第4波が到着した、わ。数は200、よ」
「300!? もう600匹を超えてるだろ!」
フランがグリンダを怒鳴りつける。
「正確には824匹、ね」
グリンダが淡々と言うと、場の空気が凍り付いた。
600匹でさえ逃げようとする者はいたのだ。
それが824匹――まだまだ数が増えるのではないか。
そんな不安に支配されてもおかしくはない。
「ははっ! これで私達はゴブリンキラーの称号を得られるな!」
しかし、そんな空気を吹き飛ばすようにウィリアムは笑った。
「824匹? 凄い数だ! 凄い数だが、824匹もいるのに連中は1匹も村に辿り着けていないじゃないか! まだ戦えるとも!」
ふと体が軽くなる。ウィリアムの言う通りだ。
まだ、こちらは損害らしい損害を出していないのだ。
戦える勝負はこれからだ。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーの号令によって出てきたのは貧相な体格のゴブリンだ。
先程のゴブリンを見る限り、逃げ出しても不思議ではなさそうなのだが――。
よく見ると、地図の端に1個だけ黄色の三角形が表示されている。
もしかしたら、隠し球としてオーガが潜んでいるのかも知れない。
「Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーが叫ぶと、貧相な体格のゴブリンは一斉に駆け出した。
「これ以上、泥沼に近づけさせるんじゃないよ!」
「術式選択! 炎砲×10!」
景気づけのためか、グリンダは10連続で魔法を放った。爆炎が左から右に次々と噴き上がり、ゴブリンは宙を舞った。
「右から敵が来る、わ! 数は100よ!!」
「まさか、陽動!?」
そこまで知恵が――いや、これだけの群れを統率しているのだ。
策を打ってこないと考える方がおかしい。
大群を陽動に使い、迂回接近させた最精鋭で村を制圧するつもりだったのだろう。
残念ながらモンスター探知のお陰で作戦は水泡に帰したが。
「右から敵が来るぞ! 備えろ!」
「術式せ――!!」
グリンダは右から近づいてくるゴブリンに魔法を撃ち込もうとしたが、できなかった。
正面にいるゴブリンが石を投げてきたのだ。
「Goooo! Goooooooooo!」
ゴブリン・リーダーはグリンダを指差して喚いている。
この作戦に全てを注ぎ込んでしまったからこその醜態だ。
「ユウ、行っ、て!」
「分かりました!」
優は屋根から飛び降り、地面を転がった。
体が軽くなった。
フランに抱き上げられたのだ。
何と言うか、荷物を脇に抱えているような感じだが。
「ウィリアムさんは正面を頼むよ! 右翼はあたしが引き受けた!」
「分かった! 任せてくれ!」
フランは槍をウィリアムに渡すと走り出した。
だが、その間にもゴブリンは近づいてきている。
正面の連中とは比べようもないほど早い。
「右翼! 光を!」
「天壌無窮なるアペイロンよ、照らせ照らせ光明の如く、我を照らす光となれ! 顕現せよ、
魔道士風の女性が空に向けて魔法を放つ。
白い光が周囲を照らしながらゆっくりと下りてきた。
白い光が浮かび上がらせたのはゴブリンだ。
それも毛皮や石器ではなく、金属製の鎧と武器で武装している。
しかも、気付かれずに近づくためか毛皮を被っている。
「Goooooooooo!」
「撃て撃て撃て!!」
精鋭ゴブリンは一斉に駆け出した。
フランが叫び、冒険者と村人は慌てふためいた様子で魔法と矢を放った。
だが、石の矢は当然のように弾かれ、魔法……炎弾は着弾と同時に広がったものの、精鋭ゴブリンに燃え移ることはなかった。
「まさか、火鼠の皮!?」
「火は通用しないよ!」
「顕現せよ! 氷弾!」
魔道士風の女性は何度も噛みながら氷弾を放つが、それも火鼠の皮に防がれた。
わずかに表面を凍らせただけだ。
その間に精鋭ゴブリンは目と鼻の先にまで迫っていた。
先陣を切っていた精鋭ゴブリンが跳躍、格子塀を足場に村に侵入を果たした。
「う、うわぁぁぁぁっ!」
若い冒険者が槍を突き出すが、精鋭ゴブリンは流れるような足捌きで躱して剣を振り下ろした。
剣は槍の柄ばかりか、若い冒険者の肩を深々と切り裂いていた。
「ユウ、近づいてくるヤツらを何とかしな!」
「炎弾も、氷弾も通用しないようなヤツですよ!?」
「アンタなら何とかできる!」
フランは力強く断言すると優から手を離して精鋭ゴブリンに向かって行った。
一気に距離を詰め、掬い上げるような一撃を放つ。
しかし、精鋭ゴブリンは剣を振り下ろし、鍔迫り合いに持ち込もうとする。
「ユウ! さっさと何とかしな!」
「な、何とかと言われても……」
優は認識票を取り出して見つめた。
タカナシ ユウ
Lv:6 体力:** 筋力:3 敏捷:6 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効、混乱無効、腐食無効、神威無効
しかし、スキルは何かあれば勝手に増えるのに魔法は増えない。
秘めたる力が目覚める兆候もない。完全に打つ手なしだ。
「……火鼠の皮を持ってるなんて」
優は地団駄を踏んだ。
アイディアが出てこない。
当たり前だ。
アイディアがポンポンと出てくるのなら発明王になっている。
だが、だがしかし、愛する人を守るためにもアイディアをひり出さなければならない。
「火鼠、火鼠、火鼠……火鼠だ!」
優は思わず叫んだ。
火鼠の皮はあくまで炎に耐性を持っているだけだ。
その証拠に氷弾を受けて凍り付いたではないか。
「だ、誰か! 何とかして!」
「た、助けてくれ!」
冒険者と村人が格子塀をよじ登ろうとする精鋭ゴブリン達に槍を繰り出している。
何匹かは傷を負っているが、あと100匹もいるのだ。
「術式選択! 水生成×100!」
優は格子塀によじ登る精鋭ゴブリンに向けて魔法を放った。
水生成はその名の通り、水を生成する魔法だ。
だが、高圧で撃ち出される水は武器になるのだ。
高圧の水によって精鋭ゴブリンは吹っ飛んだ。
「術式選択! 領域指定……」
優が手を動かすと、地図が拡大表示され、精鋭ゴブリンのいるエリアが赤く染まった。
「泥沼×10!」
「Goooo!」
精鋭ゴブリンは避ける間もなく泥沼に沈んだ。
密集していたのが運の尽きだ。
「あとを頼みます!」
優は格子塀に駆け寄り、
「術式選択! 氷弾……魔力を全部持って行け!」
魔力が一気に0になり、冷気が吹き荒れる。
金属鎧も、火鼠の皮も水と冷気の前には何の意味も持たない。
泥沼が凍結し、精鋭ゴブリンは抜け出そうと藻掻いたが、超大土蜘蛛でさえ抜け出せなかったのだ。
抜け出せる訳がない。
精鋭ゴブリンの動きは徐々に鈍り、すぐに動かなくなった。
「Go……!?」
仲間の死に気付いたのか、精鋭ゴブリンが優を見る。
「余所見してるんじゃないよ!」
フランはその隙を突き、精鋭ゴブリンの首を刎ねた。
ポンッ! と冗談のように首が飛び、爆炎が村の正面で噴き上がった。
花火と形容できなくもない光景だ。
「どうやら、あっちも終わったみたいだね」
「疲れましたよ」
優はその場に座り込んだ。
地図には赤い三角形が1つしか表示されていない。
多分、これはゴブリン・リーダーだろう。
「おぶってやるよ」
「肩を貸すじゃないんですか?」
「身長差がありすぎるだろ」
フランは溜息交じりに言って、その場にしゃがんだ。
来な、と言うように指先を動かしている。
「お言葉に甘えます」
震える脚で立ち上がり、倒れ込むようにして覆い被さる。
よ! とフランは立ち上がり、ウィリアムとグリンダの下に向かった。
「軽いね。普段、何を食ってるんだい?」
「フランさんと同じものですよ」
優が答えると、フランはくすくすと笑った。
「ユウ君、お疲れ様」
「そっちは大丈夫でしたか?」
「ああ、グリンダさんのお陰でね」
ウィリアムが肩を竦めると、グリンダが屋根から下りてきた。
「ユウ、お疲れさ、ま」
「グリンダさんこそ」
「あたしに労いの言葉はないのかい?」
「ご苦労さ、ま」
グリンダはフランから顔を背け、ぼそぼそと呟いた。
「ゴブリン・リーダーは?」
「部下に見捨てられた、わ」
優が尋ねると、グリンダは顎で指し示した。
ゴブリン・リーダーは森を背にこちらを睨んでいる。
「Go……!」
両腕を掲げ、もごもごと口を動かしている。
その時、巨大な何かが飛んできた。
地図には赤い三角形が表示されている。
「あれは何だい?」
「空飛ぶゴリラですよ」
優はフランの背中で呟いた。
そいつはシルエットだけならばゴリラに似ていた。
腕は巨大で、脚は小さい。
体毛はなく、灰色の肌は陶器のような光沢を持っている。
背中から生えた蝙蝠のような翼は地面に影を生み出すほど大きく、眉間から捻れた角のようなものが生えていた。
そいつはゆっくりと地面に降り立った。