Quest13:営業活動をせよ【後編】
文字数 4,007文字
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サロンを出た優とフランはウィリアムが用意してくれた箱馬車で倉庫に向かった。
倉庫があるのは街の中心を流れる河を超え、さらにその先にある埠頭だ。
箱馬車から降りると、磯の臭いが押し寄せてきた。
湿気った海苔の臭いを何倍にも濃縮すればこんな風になるかも知れない。
「……磯臭い」
「そりゃ、海沿いなんだから少しは臭うだろ」
フランがペシッと優の頭を叩く。
「ここが我が社の倉庫だ」
ウィリアムが倉庫の前で立ち止まる。見た所、何の変哲もない倉庫だ。
「術式選択、地図作成、反響定位、敵探知」
3種類の魔法を起動させると、地図とマーカーが表示される。
黄色の三角形がやたらと多い。
モンスターがいるのに人間を示す黄色の円も表示されている。
モンスターのいる倉庫の中で働かせるとはギャレー商会はブラック企業なのだろうか。
「中にモンスターがいるみたいなんですけど、作業員の方は大丈夫なんですか?」
「モンスター? まあ、確かに私達にとってはモンスターだね。見つけるたびに退治しているのに一向に減る気配がないんだ」
一介の作業員に退治できるモンスターとは何なのだろう。
「取り敢えず、作業員の方には避難してもらった方が……」
「ああ、それもそうだね」
ウィリアムは倉庫の扉――荷物を運び入れる時に使う方ではなく、作業員が出入りするための扉――を開けると大声で叫んだ。
「ヤツらを退治するぞ! 全員、表に出ろ!」
倉庫の中から威勢のいい声が帰ってくる。
しばらくして倉庫から出てきたのはガテン系のオッサン達だ。
作業をしながらモンスターと戦っていたのか、拳や足に白い液体がこびりついている。
「エリーが来たよ」
「ユウ君!」
声のした方を見た次の瞬間、エリーが抱きついてきた。
「指名の仕事が来ましたよ!」
そう言って、エリーは紙を突き付ける。
「来たんじゃなくてユウが自分で売り込んだんだよ」
「……フランさん」
エリーはフランを見つめ、
「そういう格好は止めた方がいいと思います」
真顔で言った。
「うっさいね! あたしだってこんな格好をしたかないよ! だけど、この装備にゃ金が掛かってるんだよ!」
フランは凄い剣幕で吠えた。
どうやら、ミニスカサンタはこの世界の住人には新しすぎるようだ。
「……確かにお金が掛かっていそうですが」
エリーはチラチラとフランの顔を見ている。
長い付き合いだけあり、懐事情を把握しているのだろう。
「ああ、ユウが買ってくれたんだよ」
「そんな、ユウ君に貢がせるなんて」
エリーは目眩でも起こしたかのように一歩、二歩と後退った。
「ま、まま、まさか、ユウ君を毒牙に!」
「こんな子どもに手を出すわきゃないだろ!」
「いいえ、毒牙に掛けたに決まってます! 私のユウ君が汚された!」
優はギャーギャー言い争いを始めた2人を尻目に依頼書に目を通した。
「成功報酬2000ルラ! こんなにもらっていいんですか?」
「ああ、それくらいでヤツらを退治できるなら安いものだよ」
どんなモンスターなんだろう? と優は依頼書を読み進め、ある単語を発見した。
その単語とは
「……巨大油虫って、ゴキブリのことですよね?」
「ああ、そうとも呼ばれてるね」
帰りたい、と心から思った。
「私達にとってはモンスターも同然の存在だが、分類的には昆虫だ。襲ってくることは滅多にないし、氷弾を撃ち込めば死ぬ」
「ああ、そうですか」
襲ってくるのか、と溜息を吐く。
ゴキブリが好きな人は滅多にいないと思うが、優はゴキブリが大嫌いだ。
「取り敢えず、確認を」
優は扉を開けた。黄色の三角形が近づいてくる。
カサカサという音が聞こえ、ヤツが姿を現した。
「――ッ!」
慌てて扉を閉める。
「て、撤収!」
優は両腕を頭の上で交差させた。
「ユ~ウ、怖じ気づいてるんじゃないよ」
口喧嘩が終わったのか、フランが近づいてきた。
「だって、足みたいなサイズのゴキブリですよ! 速い、大きい、怖い!」
「女みたいに喚くんじゃないよ」
「じゃあ、フランさんが退治して下さいよ!」
フランは顔を引き攣らせ、バツが悪そうに顔を背けた。
「……あたしもゴキブリは苦手なんだよ」
「どうして、そんな所だけ乙女なんですか!」
「うっさいね! 誰だって苦手なものの1つや2つあるだろ!」
見事な逆ギレだった。
「倉庫に入ってゴキブリと死闘を繰り広げろって言ってる訳じゃないんだ。いつもみたいに範囲攻撃をすりゃいいだろ」
「……分かりました」
こうなったら覚悟を決めるしかないようだ。
「ウィリアムさん、倉庫の中に凍って困る物はありませんか?」
「いや、ないよ」
優は自分を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
「フランさん、扉を開けて下さい。僕が魔法を撃ち込んだら――」
「すぐに閉めりゃいいんだね」
フランがゆっくりと扉を開けた。
人の気配を察知したのか、黄色の三角形はザーッと散っていく。
これだけのゴキブリを殲滅するためにはどれくらい魔力を使えばいいのか。
大毒蛇は氷弾×200で動きを封じることができた。
「術式選択! 氷弾×500!」
覚悟を決めて魔法を放った次の瞬間、倉庫内は真っ白に染まった。
「フランさん、閉めて閉めて閉めて!」
「閉める必要があるのかねぇ」
フランは軽く肩を竦め、扉を閉めた。
「ウィリアムさん! エリーさん! 倒しました! 終了終了終了です!」
ウィリアムとエリーはあんぐりと口を開けていた。
先に我に返ったのはウィリアムである。
「凄い魔法だった。けど、契約にはゴキブリの侵入経路発見も含まれているんだ」
「そんな~」
優はその場にへたり込んだ。
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優とフランは5分ほど待ってから倉庫に入った。
倉庫の中には巨大な棚が規則正しく並べられ、商品が何処にあるのか一目で分かるようになっている。
盗難防止のためか、窓は閉め切られている。
夏場はサウナのように暑くなるはずだが、今は優が使った魔法の影響で冷凍庫のようになっている。
霜が棚だけではなく、天井まで覆っている。
床には仰向けになったゴキブリの死体がゴロゴロと転がっている。
先程は足みたいなサイズだと思ったが、よくよく見てみれば――じっくりと観察などしたくないが――そこまで大きくはない。
「フランさん、もう帰りましょうよ」
「腕にしがみつくんじゃないよ!」
優が腕にしがみつくと、フランは振り払おうとしてきた。
「は、放しませんよ!」
「ったく、あたしだってゴキブリは苦手だってのに」
必死さが伝わったのか、フランは腕から力を抜いた。
「ユウ君、そんなに怖いならこっちに来なさい」
「ユウはあたしの腕が好きなんだとさ」
ぐぬ、とエリーは呻いた。
「それにしても凄い魔法だ。こんな簡単にゴキブリを駆除できるなんて」
「若旦那、定期的に来てもらう訳にゃいきませんかね。さっきみたいに入口から魔法をぶち込んでもらうだけでいいんですが」
ウィリアムと作業員は恐ろしいことを相談しながら付いてくる。
「ユウ、ちゃんと地図を見てるかい?」
「も、もの凄い数の三角形が残ってるんですけど?」
寒さに耐性を持つゴキブリでもいるのか、黄色の三角形が沢山表示されている。
「まだ、倉庫内に残っているのかい?」
「いや、これは地下に潜んでるんだろ。多分、下水か、排水溝に巣くってるんだ」
フランはウィリアムの質問に答え、ある棚の前で立ち止まった。
そこは黄色の三角形が密集している場所だ。
「この棚を移動させてくれないか?」
「おい、お前達」
「へい、若旦那」
ウィリアムが声を掛けると、ガテン系のオッサン達は棚を動かし始めた。
棚を移動させるとそこには無数のゴキブリの死体と排水溝があった。
一応、金属の網で塞がれているが、ゴキブリが引っ掛かった状態で死んでいることを考えると侵入を防ぐ役には立っていないようだ。
「ここが侵入経路だね。もっと細かな網に交換すりゃ入ってこないはずさ」
「他に侵入経路は?」
「さてね。あたしが見た限り、ここ以外にゃなさそうだけど、気になるなら倉庫の設計図を確認した方がいい。そっちの方が確実だ」
フランはシニカルな笑みを浮かべた。
「どうだい?」
「ああ、依頼は完了だ」
フランとウィリアムはガッチリと握手を交わした。
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優とフランは報酬――2050ルラを受け取った。
まだまだ陽は高く、狩りに繰り出すことも不可能ではなかったが、今日は狩りに行かず、安宿で休むことにした。
と言うのも、優のMPが49%まで低下していたからだ。
普段の3倍以上の金額を稼いだのだ。
欲の皮を突っ張らせて怪我をしたら元も子もない。
食堂は営業していなかったが、フランはそんなことお構いなしに席に座った。
いいかな~、と優は迷いながらフランの対面の席に座った。
「や~、今日は儲かったねぇ」
「もうゴキブリ退治は嫌です」
優はガックリと頭を垂れた。
「アンタの気持ちは分かるけどね。これだけ稼げることは滅多にないんだよ」
「……それは分かってますけど」
「分かってりゃいいさ」
フランは身を乗り出すと優の頭を優しく撫でた。
「でも、ゴキブリ退治の仕事が殺到したら嫌だな」
「そりゃないだろ」
こんな幸運は滅多にないよ、とフランは肩を竦めた。