Quest19:××××の加護を検証せよ その5
文字数 4,761文字
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「……来るよ」
フランが呟いた直後、大蟷螂が横穴から姿を現した。
最初に動いたのはアンだ。弓を構え、次々と矢を放つ。
5本矢を放ち、当たったのは3本だ。
これは精度よりも連射性――できるだけ多くのダメージを与えることを目的としているからだ。
大蟷螂は羽を広げ、アンに向かって飛ぶ。
最初に攻撃した者を敵と認識するためだ。
「このっ!」
メアリは大蟷螂を槍で叩き落とすとすぐにその場から退いた。
立ち上がろうする大蟷螂の眼球にアンの矢が突き刺さる。
大蟷螂は牙を打ち鳴らしながら起き上がり、アンに腕を伸ばした。
だが、鎌がアンを捕らえることはなかった。
死角に回り込んだメアリが大蟷螂の前肢を斬り落としたのだ。
その場で回転するように剣を振り、首を斬り飛ばす。
大蟷螂はあっと言う間に塵と化した。
メアリは塵の中から魔晶石を拾い上げ、不満そうに唇を尖らせた。
「はぁ、ショボ」
ポーチに魔晶石を突っ込み、溜息交じりに呟く。
「楽に倒せるようになったんだ。もう少し嬉しそうな顔をしなよ」
「こんな小さな魔晶石ならダンジョンに潜らなくたって集められるもの」
「でも、森ではこんな簡単に集められませんよ」
「分かってるけどぉ」
アンが窘めるが、メアリは不満そうだ。
ダンジョンのモンスターは滅多に体の一部を残さないので、1匹当たりの稼ぎは一角兎の方が上だ。
しかし、森での狩りは獲物を探すまでが大変なのだ。
その点、ダンジョンでは適当に歩いているだけでモンスターを見つけられる。
「ふ~ん、文句があるんなら戻ってもいいんだよ」
フランはニヤニヤ笑いながら言った。
何せ、目的の場所はすぐ近く――大蟷螂が出てきた横穴なのだ。
これで2人が抜けてくれれば儲けをユウと山分けできる。
「意地悪を言うのは止めましょうよ。目的の場所はすぐそこじゃないですか」
「……チッ」
フランは聞こえるように舌打ちをした。
「だったら、先に行ってよ! 何処にあるの?」
「大蟷螂が出てきた横穴だよ。けど……」
メアリは最後まで聞かずに走り出した。
横穴に消えた直後――。
「ひぃぃぃッ!」
メアリは悲鳴を上げ、地面を転がった。
大土蜘蛛に襲われたのだ。
モンスターがいると警告しようとしたのに人の話を聞かないから、こんな目に遭うのだ。
「助けて!」
やれやれ、とフランはゆっくりと歩み寄る。
「これに懲りたら一人で突っ走るんじゃないよ」
「わ、分かったら早く助けてよ!」
メアリは必死に腕を突っ張っている。
「まだまだ余裕がありそうだね」
「ある訳ないでしょ! 牙が、牙が肌に触れてる!」
フランが思いっきり蹴飛ばし、大土蜘蛛を壁に叩き付ける。
「術式選択! 氷弾!」
ユウが氷弾を放ち、大土蜘蛛を仕留める。
大土蜘蛛は霜に覆われ、塵に帰っていく。
「もうモンスターはいないよ」
フランは横穴に入る。
そこには数本の魔晶石と死体があった。
大土蜘蛛の糸に巻かれた死体だ。
今の所、アンデッドにはなっていないようだ。
「先に魔晶石を回収しようかね」
フランは魔晶石の根元に短剣の柄をガンガン叩き付けた。
その内、ピシッという音が響き、魔晶石の根元が割れる。
ユウを手招きし、魔晶石をリュックの中に突っ込む。
「ちょっと! 独り占め禁止!」
「独り占めなんてしないよ。一番体力のあるユウに持ってもらうのが一番なんだよ」
ユウは疲労しないし、戦闘スタイル的に重い物を持っていてもデメリットがない。
フランは回収した魔晶石をユウのリュックに入れ、死体の傍らに跪いた。
布のようになっている糸に切れ目を入れ、顔から胸までを露出させる。
粗末な革鎧を身に着け、鉢巻きを巻いている。
装備の質から判断するに駆け出しの冒険者のようだ。
チームとはぐれて死んだか、無謀なチャレンジをして死んだか。
経験則的には後者だと思う。
まあ、駆け出しが装備を整えずにダンジョンに挑んで死ぬなんてのはよくある話だ。
フランは認識票を確認する。
ルーク
Lv:2 体力:10 筋力:10 敏捷:8 魔力:1
魔法:なし
スキル:なし
「ルーク? 聞いたことのない名前だね」
「ちょっと貸して!」
メアリはフランから認識票を奪い取り、大きく目を見開いた。
「友達かい?」
「……友達じゃなくて知り合い」
メアリは暗く沈んだ口調で答えた。
気持ちは分からなくもない。
駆け出しは自分が物語に出てくる英雄のように活躍できると思っているものだ。
そういう根拠のない自信は冒険をする中で失われていく。
その一方で自分は大丈夫だという気持ちは残る。
それがなくなるのは死にかけた時か、仲間が死ぬ所を見た時だ。
そこまでしないと自分が取るに足らない人間だと理解できないのだ。
「装備を回収しましょう」
「――ッ!」
メアリはギョッとした顔でユウを見つめた。
気持ちは分かる。
知り合いが死んでナーバスになっている所にこの台詞はない。
「し、知り合いなんだよ?」
ん? とユウは不思議そうに首を傾げている。
「アンタには尊厳を守ろうって気持ちがないのかい」
「ああ、ええ、大事ですよね」
これっぽっちも大事に思ってなさそうな口調だった。
一体、どんな世界にいたら、こんな風になるのだろう。
「ルーク、ごめんね」
メアリが認識票を引き千切ったその時、ルークが動いた。
地図に赤い三角形が表示される。
アンデッドとして甦ったのだ。
しかし、ルークは大土蜘蛛の糸で拘束されているせいで動けない。
「……ルーク」
「ボケッとしてるんじゃないよ!」
フランはメアリの肩を掴み、壁際まで退避した。
ブツブツという音が響く。
ルークが大土蜘蛛の糸を千切ろうとしているのだ。
「綺麗な所に送ってやるんだ」
「……でも」
メアリは震えている。
知り合いと言っていたが、友達だったのだろう。
だとすれば二度目の死を与えるのは彼女の役割だ。
「きちんと殺してやらないと永遠にダンジョンを彷徨うことになるんだよ」
ルークの魂は肉体に縛られている。
肉体を破壊しなければその魂が解放されることはない。
メアリが涙を拭い、剣を抜いた次の瞬間――。
「術式選択! 炎弾×10!」
ユウの魔法によってルークは炎に包まれた。
乾燥していたのか、よく燃える。
もちろん、そんなことは口に出せないが。
「ユウ、ちったぁ空気を読みな」
「成仏できずに彷徨うのも辛そうなので、燃やしてあげたんですけど、何か間違ってましたか?」
「間違っちゃいないんだけどね」
成仏させてやるのは間違いではないが、魔法で松明のようにボーボー燃やすのはどうなのだろう。
やはり、ここは思いを断ち切るという意味でメアリに任せるべきだったと思う。
「……ルーク、お休みなさい」
ルークの動きは徐々に鈍っていき、やがて、完全に動きを止めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに入ると、冒険者達が視線を向けてきた。
見ているのはフラン達ではなく、ユウが背負ったリュックだ
二階層を歩き回り、リュックが一杯になる程度の魔晶石を集めることができた。
ユウがリュックをカウンターに置くと、エリーは目を輝かせた。
「また、見つけたんですか?」
「んな訳ないだろ。これは2階層を歩き回って見つけたんだよ」
そうですか、とエリーはガックリと肩を落とした。
低層階に大量の魔晶石があるとすれば超大土蜘蛛みたいなモンスターの縄張りだけだろう。
「あと冒険者の死体を見つけたよ」
フランが目配せすると、メアリは認識票をカウンターに置いた。
エリーの表情が一瞬だけ曇る。
駆け出しが無謀なチャレンジをして死ぬのはよくある話だが、誰もが割り切れる訳ではないのだ。
「……ルークさんですね」
「感傷に耽るのは査定を終えてからにしとくれ。あっちで休憩してるから査定が終わったら金を持ってきとくれ」
「分かりました」
エリーは困ったように笑った。
フランは頭を掻きつつ、3人を引き連れて空いている席に座った。
隣にユウ、対面の席にメアリとアンが座ると、今日はそれほど忙しくないのか、ウェイトレス――冒険者ギルドの職員が注文を聞きにきた。
「……水を」
「嫌がらせみたいな注文をするんじゃないよ。恥ずかしい子だね」
肘でユウの脇を小突く。
「じゃあ、カップだけで――」
「豆茶4つ、アイスで」
「アイス豆茶4つですね。かしこまりました」
職員は軽く頭を下げると厨房に向かった。
「豆茶って何ですか?」
「煎った豆を煮出したもんだよ」
「代用コーヒーみたいですね」
「知らないもののことを言われてもねぇ」
「お待たせしました」
職員がフラン達の前に豆茶――黒い液体と氷の入ったグラスを置く。
「他にご注文はありませんか?」
「ないよ、ないない」
失礼します、と職員は軽く頭を下げて別の冒険者の所に向かった。
「……これが豆茶」
ユウは恐る恐るという感じでグラスを手に取り、豆茶を口にした。
「どうだい? 代用コーヒーと比べて」
「いえ、僕は代用コーヒーを飲んだことがありませんから」
「は? じゃあ、どうして、代用コーヒーなんて言ったんだい?」
「知っている物の中では一番近いと思ったんです」
真面目に考えても仕方がないか、とフランはグラスを傾けた。
煎った豆の香ばしさと仄かな苦みが口に広がる。
メアリはジッと豆茶を見ているが、アンは少しだけ嬉しそうに豆茶を飲んでいる。
「とっとと飲んじまいなよ」
「……」
施しは受けないと言うかと思ったが、メアリは無言で豆茶を飲んだ。
喉が渇いていたのか、嬉しそうに口元を綻ばせる。
「……幾らくらいになるかな」
「あたしに言われてもね」
肘でユウの脇腹を小突く。
「3、4万ルラじゃないですか?」
「そんなに!」
「メアリ、落ち着いて下さい。4万ルラだとしても取り分は1人1万ルラです」
「それでも、大金じゃない。これで……」
メアリはボソボソと呟く。
「借金でもあるのかい?」
「……悪い」
メアリはムッとした口調で言った。
「別に悪かないさ。それで借金はどれくらいあるんだい?」
「……利子を含めて5000ルラ」
へ~、とフランは感嘆の声を漏らした。
今時、冒険者に5000ルラも出す金貸しがいるとは思わなかった。
もう少し詳しい事情を聞きたかったのだが、エリーが来たので、止めておく。
エリーは銀のトレイをテーブルに置いた。
気を利かせてくれたのか、すでに4等分になっている。
「お待たせしました。査定が終了しました。買取価格は3万6000ルラになります」
「ってぇと、一人当たり――」
「9000ルラですよ」
「んなこた分かってるよ」
耳打ちしてきたユウの脇腹を指で小突く。
「もうちょい高値で引き取ってくれてもいいんじゃないかい?」
「今回の魔晶石は質が悪いので、これが精一杯です」
「仕方がないね。これで我慢しておくよ」
フランが金貨の枚数を数えてから財布にしまうと、他の3人もそれに倣った。
「メアリ、借金を返したら忘れずに槍を買うんだよ?」
「言われなくても分かってるもん」
フランは豆茶を一気に飲み干した。