Quest25:志願者をギルドに案内せよ その2
文字数 5,269文字
「瓶代には足りなさそうですね」
「今日は薬草採取がメインだったからねぇ」
「足りない分は売上から出せばいい、わ」
優達はそんな会話をしながら冒険者ギルドに入った。
いつもならここで敵意に満ちた眼差しや陰口を叩かれるのだが、ベテラン冒険者達は気まずそうに視線を背けた。
こちらに敵意を向けたら商品を売ってもらえなくなるとでも考えているのだろう。
そんなセコい意趣返しをするつもりはないのだが、その可能性があるだけで十分な抑止力になるようだ。
「ふふん、気分がいいねぇ」
「そう、ね」
フランとグリンダは勝ち誇ったように胸を張った。
この2人の態度を見れば仕返しされるかも知れないと不安になるだろう。
「ユウ、あたしらはお茶を飲んで待ってるからね」
「よろし、く」
「分かりました」
フラン達と別れ、エリーのいる受付に向かう。
半分も進まない内に背後からカランコロンという音が聞こえてきた。
多分、冒険者が入ってきたのだろう。
気にせずに進むと、エリーは優に気付いたらしく嬉しそうに口元を綻ばせた。
しかし、エリーの表情はすぐに曇った。
革鎧を着た少年が優を追い越したのだ。
「……冒険者ギルドにようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか? クエストの依頼ですか? それとも、素材の買い取りでしょうか?」
「登録に来たんだ」
エリーが仏頂面で尋ねると、少年は苛々した様子で答えた。
「登録料は100ルラです」
「……」
「では、こちらに必要事項を記入して下さい」
少年は無言で銀貨を置くと、エリーはカウンターに置いた用紙をスライドさせた。
優はそっとお腹を押さえた。
2人の険悪な遣り取りを見ていると胃が痛くなる。
そんな胸中を知ってか知らでか、エリーは目配せをしてきた。
「エリーさん、お久しぶりです」
「ユウ君、いらっしゃい」
エリーは猫撫で声で言った。帰りたい。切実に思う。
「なかなか顔を見せてくれないから心配してたんですよ?」
「すみません。お店の方が忙しくて」
「今日はクエストの発注ですか?」
「久しぶりに素材を採集したので、買取をお願いします」
優はリュックを下ろし、一角兎の角と毛皮を並べた。
「魔晶石は?」
「魔晶炉に入れちゃいます」
「この量だと100ルラですね」
「今回は薬草の採取がメインでしたから」
角と毛皮だけならばこんなものだろう。
「書き終わったぜ」
少年が用紙を突き出すと、エリーは不愉快そうに眉根を寄せた。
それがいけなかったのか、少年はわずかに声を荒げた。
「先に来たのは俺なんだぜ」
「僕はいいですから」
少年は優を突き飛ばしてエリーの前に立った。
確かにエリーの態度は誉められたものではないが、少年も似たようなものである。
「アラン……スミシー出身、前職は宿屋の手伝いで間違いないですね?」
「そうだよ」
怒りを堪えているのか、少年――アランは耳まで真っ赤にして言った。
ふ~ん、とエリーは興味なさそうに頷き、カウンターの下から例の装置を取り出した。
「左右のプレートに手を置いて下さい」
「……ああ」
アランは何処となく興奮した面持ちで装置に触れた。
多分、特別なことが起きるかも知れないと期待しているのだろう。
装置が光を放ち、認識票に用紙の内容が刻まれていく。
アランは認識票を手に取り、表情を曇らせた。
「登録はこれで完了です。成人男性であれば体力、筋力、器用、敏捷の平均値は10です」
「……くっ」
平均的な数値の域を出なかったのか、アランは悔しげに呻いた。
「ユウ君、お待たせしました」
「いえ、そんなに急いでませんから」
エリーは一瞬で猫を被ると優を見つめた。
隣からも視線を感じるが、目を合わせたら絡んでくるに違いない。
どう対処しても面白いことにはなりそうにない。
どうするべきか途方にくれていると救いの女神が現れた。
「ユウ、買取くらいとっとと済ませちまいなよ」
「そう、ね」
フランが親しげに優の肩に腕を回し、グリンダが背後から抱き締めてきた。
「アンタはうちのユウに用があるのかい?」
「な、何でもない、です」
フランが睨み付けると、アランはそそくさと退散した。
「助かりました」
「適材適所ってヤツだよ。行くよ、グリンダ」
「……分かった、わ」
フランが言うと、グリンダは名残惜しそうに離れた。
そして、2人は荷物の置いてあるテーブル席に向かった。
「ユウ君、ごめんなさいね」
「いえ、大丈夫ですから」
「……ああいう人にはへりくだっちゃいけないんです」
エリーは困ったように眉根を寄せて言った。
「そうなんですか?」
「へりくだったら乱暴な態度を取れば意見が通ると勘違いしますから」
言われてみればという気はする。
理不尽な要求は突っぱね、毅然とした対応をする。
そうしなければ要求はエスカレートする一方だろう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
優はエリーから銀貨を受け取り、フランとグリンダの下に向かう。
その前に掲示板に向かった。
掲示板には様々な依頼が貼り出されている。
「……ゴキブリは個人の依頼か」
優は小さく溜息を吐いた。
ゴキブリ退治の依頼が貼られているが、貴族と商会は含まれていない。
どうやら、ゴキブリ退治から逃れる日はまだまだ先になりそうだ。
今度こそフランとグリンダの下に向かう。
「ウェイトレスさん、豆茶をお願いします!」
「承りました!」
優が声を張り上げると、ウェイトレスが大声で返事をしてくれた。
「100ルラでした」
「ま、そんな所かね」
フランは軽く肩を竦めた。
「懐具合に余裕があると違うわ、ね」
「好きに言っとくれ」
フランはグリンダの突っ込みを軽く流した。
「さっきはありがとうございました」
「適材適所だって言っただろ」
フランは豆茶を飲むとグラスをテーブルに置いた。
「アンタはああいうのに弱そうだからねぇ。もう少ししっかりしな、しっかり」
「適材適所で、しょ?」
「心構えの問題だよ、心構えの」
「お待たせしました。豆茶になります」
ウェイトレスが絶妙のタイミングで豆茶のグラスを優の前に置いた。
一口飲んでホッと息を吐いた。
「そう言えばこっちを見てた、わ」
「え?」
「見るんじゃない」
視線を巡らせようとしたが、フランに止められた。
「今はどうしてます?」
「ジョンと話してるよ」
「ああ、フランさんを取り押さえてくれた人ですね」
「過ぎたことをいつまでもぐちぐち言うんじゃないよ」
「きちんとお話ししたことがないんですけど、どんな人なんですか?」
「う~ん、枯れた冒険者って所かね。野心がないと言うか、今のポジションに満足しちまってるタイプだよ」
ふ~ん、と優は相槌を打つ。
「つれない返事だね。アンタが聞いたんだろ?」
「いえ、どう反応していいのか分からなくて。そういう人って多いんですか?」
「どうなのかね? あたしは他の冒険者と付き合いがないし、枯れたなんて言ったのも勝手に思い込んでいるだけだからね」
地雷を踏んだかな? と思ったが、フランは親しい冒険者がいないことを気にしていないようだ。
「現状に満足しているだけじゃないかし、ら?」
「満足ねぇ」
フランは何とも言えない表情を浮かべた。
「アンタは満足してるのかい?」
「もちろん、よ。自分の店と潤沢な研究費があって私のことを理解してくれる旦那様がいるんだも、の。貴方は違う、の?」
「……ぐぅ」
グリンダが問い返すと、フランは呻いた。
「違う、の?」
「満足してなくはないよ」
恥ずかしいのか、フランは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。
その様子を見て、少しだけ嬉しくなる。
自分から幸せを遠ざけようとしていた彼女が満足している。
これを喜ばずに何を喜べというのか。
「満足してるってことは……」
「人造魔剣の謎を解き明かしてない、わ」
グリンダはフランの言葉を遮って言った。
「じゃ、人造魔剣の謎を解き明かしたらおしまいかい?」
「どうかし、ら?」
グリンダは首を傾げた。
「自分のことだろ?」
「解き明かしてみないと分からない、わ。もしかしたら、新しい謎が見つかるかも知れないも、の」
「頂上に行って見ないと分からない光景があるって感じですかね?」
「そんな感じ、よ」
グリンダは満足そうに頷いた。
「……人造魔剣か。バーミリオンさんは何か知らないですかね?」
「どうして、バーミリオンが出てくるんだい?」
「鍛冶師だから口伝みたいなものが伝わってるんじゃないかと思ったんです。グリンダさんはどう思います?」
「意外な切り口、ね」
グリンダはボソボソと呟いた。
「意外でも何でもないだろ?」
「人造魔剣を作ったのは狂える魔道士とされている、わ」
「それで鍛冶師の話を聞こうとしなかったのかい? これだから魔道士ってヤツは」
フランは深々と溜息を吐いた。
自分達の常識に囚われているから鍛冶師が何かを知っている可能性に気付かないのだ。
その道の第一人者だからこそ陥る陥穽と言うべきかも知れない。
「今度、バーミリオンさんに聞いてみます」
「お願、い」
「それくらい自分で聞きな」
「苦手な、の」
「まあ、あたしも苦手だけどね」
フランは同意した。
「何処が苦手なんですか?」
「……態度が」
フランはゴニョゴニョと言った。
「僕には新手のツンデレにしか見えませんけどね」
優はバーミリオンのことを思い出しながらグラスを口に運んだ。
「アンタは図太いんだか、繊細なんだかよく分からないねぇ」
「ガラスのように繊細なハートを持っています」
「繊細ねぇ」
フランはこれっぽちも信じてなさそうな顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
豆茶を飲み終えて家に戻ると、スカーレットがカウンターに突っ伏していた。
もちろん、殺人事件ではない。
その証拠にスカーレットの肩は緩やかに上下している。
「居眠りとは参ったね」
「鍵は閉まってた、わ」
閉店までか、ベスが帰るまでか分からないが、店番をやり終えて眠ってしまった。
そんな所だろう。
いや、力尽きたと言うべきかも知れない。
そこまで仕事をする所がスカーレットらしいと言えばスカーレットらしい。
「この分だと夕飯はできてないですね」
「仕方がない。外に食べに行くよ」
「財布の紐が緩んだわ、ね」
「外って言っても安宿だよ、や~す~や~ど」
もう少し上等な店を期待していたのか、グリンダは俯いた。
上目遣いにフランを見ているが、思いっきり無視されている。
「魔晶石を炉に入れて、起こしてやりな」
「さりげなく2つ用事を頼みましたね?」
「3つ、よ」
グリンダは薬草の入ったリュックを差し出してきた。
「玄関まででいい、わ」
「分かりました」
優はリュックを受け取り、店の裏手に向かった。
玄関には空き瓶の収められた箱が置いてあった。
その隣にリュックを置き、魔晶炉の蓋を開けて一角兎の魔晶石を入れる。
「あまり減ってないな」
ダンジョンの魔晶石は純度が高いのか、殆ど減っていない。
気にしても仕方がない、と魔晶炉の蓋を閉める。
優が店に戻ってもスカーレットは眠りの森の美女だった。
「スカーレットさん、起きて下さい」
「う、う~ん」
ゆさゆさと揺さぶるが、苦しげに唸るだけで目を覚ます気配はない。
ふむ、とスカーレットを見下ろす。
うなじが白くて色っぽい。
「す、スカーレットさん、起きないと胸を揉むよ?」
「……」
「返事がないから揉んでいいってことだね」
「んな訳ないでしょ!」
優がワキワキと手を動かしながら覆い被さろうとすると、スカーレットはガバッと体を起こした。
「ここには淫獣が潜んでいることを忘れてたわ」
「ひどい言い草」
その淫獣の住処に飛び込んできたくせにと思うが、口にはしない。
警戒心を持たれたらラッキーエロの可能性が下がってしまう。
「今から料理を作るわ」
「外で食べることになったんだけど、一緒にどう?」
「いいの?」
「スカーレットさんさえよければ」
考え込むように腕を組む、しばらくして立ち上がった。
「お言葉に甘えるわ」
奢るとは一言も言ってないが、思い込むのは勝手だ。
「外か、外食なんて久しぶりだわ」
嬉しそうなスカーレットを見ていると、申し訳ない気持ちがむくむくと湧き上がってくる。
「じゃ、行くよ」
そう言って、フランは踵を返した。