Quest26:擬神を討伐せよ その2
文字数 8,893文字
優達は最後尾にいる幌馬車を守りながら街道を進む。
ヘカティアを出た翌日――何事もなければ昼過ぎには村に着くだろう。
「いや~、久しぶりの里帰りだねぇ」
「里帰りじゃなくて仕事、よ」
「分かってるよ」
グリンダが窘めると、フランは面白くなさそうに唇を尖らせた。
とは言え、その指摘は至極真っ当なものだ。
久しぶりの隊商の護衛任務だ。
今の実力から考えれば物足りない仕事である。
ダンジョンの探索か、森で薬草を摘んだ方がよほど金になる。
しかし、ウィリアムとサロンで護衛をすると約束してしまったし、ギャレー商会と縁が切れるのは痛い。
と言うのも、冒険者ギルド立ち会いの下でギャレー商会に水薬を週10本納める契約を結んだからだ。
しかも、6ヶ月契約。
上手く契約を利用されたような気がするが、商人のやり方を学べたと思うことにする。
「浮かれる気持ちは分かるけれど、気を引き締めて、ね」
「分かってるって言ってるだろ」
「そ、う?」
「……ぐ」
グリンダが優の背負っているリュックを見て首を傾げると、フランは小さく呻いた。
リュックはパンパンに膨れ上がっている。
3人分の食料とカップの他にフランの妹――シスへのお土産が入っているからだ。
「浮かれてな、い?」
「ちょっと浮かれてたよ」
フランはふて腐れたように唇を尖らせた。
ちょっと所じゃなかったような気が、と優は先日のことを思い出す。
お土産――スカーレットの作った下着と服――を選ぶ姿は今まで見たこともないくらい浮かれていた。
「ちょっ、と?」
「と、とんでもなく浮かれてたよ」
その時のことを思い出したのか、フランは耳まで真っ赤にして言った。
「どう思、う?」
「う~ん、あまり野暮なことは言いたくないですね」
胸を張って故郷に帰れるようになったのだ。
浮かれているフランを生温かい目で見守り、フォローしてあげるのが人情というものではないだろうか。
「ふふ、シスのヤツ、土産を見たら――」
「フランさん!」
「な、なんだい!?」
優が言葉を遮ると、フランは視線を巡らせた。
「敵はいない、わ」
「驚かせるんじゃないよ」
グリンダの言う通り、モンスターを示す三角形は地図上に表示されていない。
「フランさん、その台詞はフラグです」
「ふらぐ?」
「子どもが産まれるとか、彼女ができたとか、この戦争が終わったら結婚するんだというヤツは高確率で死にます」
「死!?」
驚愕にか、フランは大きく目を見開いた。
「いや、あたしはシスが土産を喜んでくれるんじゃ――」
「ダメです! その言葉は不幸を呼びます!」
優は再び言葉を遮った。
「その言葉もフラグです。その言葉を口にした者は土産を渡す相手が喜んでいる姿を見られないものなんですよ。言わば不幸を呼ぶ呪文です」
「あたしはユウが何を言ってるのか分からないよ。分かるかい?」
「験担ぎのようなものじゃないかし、ら?」
フランが尋ねると、グリンダは小首を傾げながら答えた。
「死神を呼ぶ呪文なんて大袈裟だよ」
「僕達は冒険者ですよ」
スポーツ選手だって験を担ぐのだ。
命を危険に曝す職業ならば気休めに過ぎないと分かっていても験を担ぐべきではないだろうか。
「ま、まあ、ユウの言いたいことは分かったよ」
「……目を逸らしながら言わないで下さいよ」
まるで腫れ物扱いである。
「そうは言うけど、平和な旅そのものじゃないか」
「う~ん、でも、平和すぎて不安になりませんか?」
ヘカティアを出てから1度もモンスターを探知していない。
森で狩りをする時でさえ少し歩けばモンスターを示す三角形が表示されるのだ。
人間の生活圏が圧倒的に限られる世界なのだから警戒すべきではないだろうか。
「まあ、確かにおかしいっちゃおかしいね」
「安心した、わ」
「何がだい?」
「油断しきってないみたいだか、ら」
「……」
フランはムッとした表情を浮かべたものの、言い返したりはしなかった。
「ちょいと気を引き締めないとね」
「そう、ね」
グリンダが同意すると、気合を入れるためか、フランは自分の頬を叩いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昼過ぎ、優達は何事もなく村に到着した。
すでに収穫を終えたのか、畑の麦は根元だけを残してなくなっている。
ウィリアムは村の中央に留めた幌馬車の近くで村長と談笑している。
ちょっと声を掛けづらい雰囲気である。
「……気合を入れ直したんだけどねぇ」
「そういうこともある、わ」
フランは溜息を吐き、村はずれにある妹の家に向かって歩き始めた。
「どうして、付いてくるんだい?」
「何となくです」
優は嘘を吐いた。
フランを泣かせたら殺すと村長に宣言されているのだ。
第2夫人ができたと言ったら殺されるかも知れない。
だが、フランが一緒にいればぶち殺されずに済むかも知れない。
「あたしはグリンダのことを説明しづらいのかと思ったよ」
「分かってるなら聞かないで下さいよ」
「どうし、て?」
今度はグリンダが尋ねてきた。
「村長さんにフランさんを泣かしたらぶち殺すって言われてるんですよ」
「泣かせてない、わ」
「ええ、僕はフランさんを悲しませるようなことは何もしていません。ですが、第2夫人を迎えたと知られたら誤解される可能性があります。もちろん、僕は2人とも愛していますが……」
「疚しい気持ちがある、の?」
「疚しい気持ちと言うか背徳感はありますよね」
むふ、と優は笑った。
「確かにゾクゾクするわ、ね」
「背徳感はスパイスだと思うんです」
「そう、ね」
「似た者同士かい」
フランは溜息交じりに呟いた。
「貴方も同じ気持ちだと思っていたけれ、ど」
「揺り返しがキツくてね」
フランは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
そのまま無言で歩き、村外れにある家の前で立ち止まる。
「シス、帰ったよ」
フランが扉を開けると、シスはイスに座って針仕事をしていた。
「お帰りなさい、姉さん、義兄さ……」
シスは腰を浮かせ、そのまま動きを止めた。
理由は問うまでもない。
彼女の視線はグリンダに向けられている。
「に、義兄さん、そ、そ、その人は?」
「第2婦人、よ」
グリンダが淡々とした口調で答えると、沈黙が舞い降りた。
気まずく、寒々しく、絶望的な沈黙だった。
「あ、貴方は――!!」
シスはイスから立ち上がり、そのまま地面にへたり込んだ。
歩み寄ろうとしたが、脚に力が入らなかった。
そんな風に見える。
「あ、あんまりです! 貴方なら姉さんを託せると思ったのに――ッ! まだ半年も経っていないのに第2婦人なんて……」
泣いているのか、シスは俯いて肩を震わせている。
「鬼! 外道!! それでも、貴方は人間ですか!!」
「酷い言い様、ね」
シスが慟哭し、グリンダは淡々と感想を口にする。
「この世界は一夫多妻制が認められてるんじゃないんですか?」
「いや、こんなもんだろ」
優が問い掛けると、フランは突き放すように言った。
「どうかしたのか?」
「……!」
振り返ると、そこにはウィリアムと村長の姿があった。
「そちらの女性はフランの冒け――」
「第2婦人、よ」
グリンダは村長の言葉を遮って言った。
「ぐ、グリンダさん! さっきの惨状を見てましたよね!?」
「自己主張はしておくべきだと思うの、よ」
そう言って、グリンダは目を逸らした。
「そ、村長?」
「誰がお義父さんだ!」
村長の鉄拳が腹部に突き刺さり、優は吹っ飛ばされた。
「そ、村長!?」
「言ったはずだぞ、フランを泣かせたらぶち殺すと」
村長は普段の伊達男っぷりを十万億土の彼方に置き去りにしたウィリアムを無視し、バキバキと指を鳴らした。
優は軽く咳き込みながら体を起こす。
不意に視界が翳った。
「死ねぇぇぇぇッ!!」
「ギャヒィィィィ!」
シスがナイフを振り下ろし、優は地面を転がって躱した。
そのまま地面を這いながら壁際に逃げる。
「2人とも誤解です。話し合いましょう」
「「……誤解?」」
シスと村長の言葉が重なる。
「……確かに僕はグリンダさんを第2夫人として迎えましたが、それはフランさんを軽んじてのことではないのです」
優は2人の目を見ながら訴えた。
「僕はフランさんとグリンダさんのことを愛してます」
「さっき、疚しい気持ちがあると言っていたけれ、ど?」
「ええ!?」
思わずグリンダを見る。
「背徳感はスパイスとも言っていた、わ」
「ちょ、この状況でそれはないですよ!」
どうして、こんな状況で裏切るのか。
「本当のことを言うべきだと思ったの、よ」
「いや、嘘も方便って言葉があるじゃないですか!」
「愛しているのは嘘な、の?」
「嘘じゃないですよ!」
「よかった、わ。今夜も3人で獣のように愛し合いましょ、う」
「ほぅ、詳しく聞きたいな?」
「ええ、私もです」
村長はゴキゴキと指を鳴らしながら、シスはナイフを弄びながら言った。
優は脂汗を流しながら後退る。
万事休す、と目を閉じたその時、意外な所から助け船が入った。
「まあ、待っとくれよ」
「……フラン」
「姉さん」
フランがボリボリと頭を掻きながら割って入る。
村長とシスが動きを止めた。
「そこまでにしとくれ」
「どうしてだ? こいつは……」
「グリンダの話を聞くと、ちゃらんぽらんなヤツだって思うだろうけど、ユウはすごく尽くしてくれてるんだよ」
恥ずかしいのか、フランは頬を赤らめつつ言った。
「ユウのお陰で借金も返せたし、ヘカティアに自分の家も持てた」
「住宅兼店舗だけれ、ど」
「訂正してくれてありがとよ」
ありがとうと言う割に面白くなさそうな口調である。
「住宅兼店舗でマジックアイテムを売ってる」
「店を放っておいて大丈夫なのか?」
「マジックアイテムは補充したばかりだし、従業員を雇ってるから大丈夫だよ。それにグリンダはこんなヤツだけど、あたしらは上手くやってるんだ」
フランは腕を組み、村長とシスから顔を背けながら言った。
恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。
「……上手くって」
「姉さん、騙されてない?」
「いや、彼女の言葉は事実だよ」
答えたのは普段の伊達男っぷりを取り戻したウィリアムである。
「ユウ君は2人によく尽くしているし、3人で上手くやっているよ。それに冒険者としても高く……バーソロミュー伯爵に厚遇されるほど評価されているんだ」
「伯爵様に!?」
村長は驚いたように目を見開いた。
自分では排水トラップのアイディアを評価されたと思っているのだが、ウィリアムはそう考えていないらしい。
「……」
「……」
村長とシスは今一つ納得していないようだ。
「……お前は幸せなのか?」
「うん、まあ……」
「そこは即答して下さいよ!」
「うっさいね! 色々と考えちまったんだよ!!」
優が声を張り上げると、フランは怒鳴り返してきた。
「で、幸せなのか?」
「ユウはこんなヤツだし、グリンダは空気を読まないし……」
「フランさんも大概でしたよ」
「自分のことを棚に上げすぎ、よ」
優とグリンダは小声で突っ込んだ。
「今はちゃんとやってるだろ!」
「成長しましたよね」
「余裕は大事、ね」
出会った時に比べて性格がかなり柔らかくなっている。
グリンダも同意見らしく腕を組んで何度も頷いている。
「それで、幸せなのか?」
「……幸せだよ」
村長が再び問い掛けると、フランは間を置いて答えた。
「まあ、ちょっと、どうなのかなって思うこともあるけど、毎日が楽しいんだよ」
「そうか、お前が幸せならそれでいい」
村長が静かに頷き、優は胸を撫で下ろした。
「……でも」
「シス、フランは幸せなんだ。それでいいじゃないか」
「分かり、ました」
シスは尚も言い募ろうとしたが、渋々という感じで頷いた。
もっとも、村長の口調は自分に言い聞かせているようだったが――。
「……村長」
「ああ、済まない。商談は私の家でしよう」
村長はウィリアムと共に去って行った。
去り際に殺意を感じさせる視線を向けてきたが、納得してくれたと思うことにする。
「シス、ナイフをしまいな」
「……分かりました」
シスはこれまた渋々という感じでナイフを腰の鞘に収めた。
ふ~、とフランは溜息を吐きつつ、イスに座った。
「ユウ、土産を」
「はいはい」
優はリュックをテーブルに置き、中から紙袋を取りだした。
かなり大きめの紙袋でリュックの大半を占めている。
「開けていいですか?」
「もちろんだよ」
シスは紙袋の中身――服と下着を取り出す。
下着は優の視線に気付くやいなや紙袋にしまったが。
「こんなに! いいんですか!?」
「ああ、大したものじゃないよ」
フランはこともなげに言った。
服と下着は普段着の域を出ないものだが、同じ価格帯の商品を比べると格段にクオリティが高い。
「あと、これは生活費だよ」
フランはポーチから布袋を取り出した。
複数の布をつぎはぎして作った袋だが、安っぽさは微塵も感じられない。
布袋の口を緩めて差し出す。
開けていいですか? と言わせたくなくて気を遣ったのだろう。
「姉さん、こんなに頂けません」
シスは申し訳なさそうに肩を窄めた。
「こんなにって、大した金額じゃないよ」
「これは姉さんが命を懸けて稼いだお金じゃないですか」
フランとシスが見つめ合う。
お互いに気遣える姉妹なんだな、と優は少しだけ優しい気持ちになった。
しかし、グリンダには通じなかったようだ。
「いくら用意した、の?」
グリンダは布袋を覗き込んだ。
「本当に大した金額じゃないわ、ね。安心して受け取ればいい、わ」
「え!?」
シスは目を白黒させている。
「使い勝手を考慮して銀貨と銅貨にしたと思うのだけれ、ど」
「大金ですよ」
シスは上目遣いにグリンダを睨んだ。
「この間、私達は24万ルラ稼いだ、わ」
「……24万ルラ」
シスは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。
大抵の人間にとって24万ルラは途方もない大金である。
「フランは……貴方が思うほどカツカツの生活をしていないの、よ」
「そう、なんですか?」
「ユウには甲斐性がある、わ」
グリンダは自慢気に胸を張った。
「……姉さん、お金のために」
「そんなんじゃないよ。そりゃ、こうなるまでの経緯はちょいと特殊だったけどね。今はそんなに悪いもんじゃないって思ってる」
フランは弱々しく笑った。
「……でも」
「この話はここまでだよ」
このまま話を続けても平行線だと考えたのか、フランは会話を打ち切った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
やっぱり、遠慮しとけばよかったかな? と優はお腹を押さえた。
フランも、グリンダも、村長も、シスも無言で食事をしている。
そのせいか、ご家族の方々も無言だ。
まるでお通夜のようだ。
原因を作ったのは自分なのだが、楽しく食事をしたいものである。
「美味しいわ、ね?」
「ええ、そうですね」
優はパンを食べながらグリンダに答えた。
正直、味など分からない。
「……普段はどんな食事をしているんだ?」
「少し前はフランが作っていたのだけれど、今は従業員に作ってもらっている、わ。自炊は負担になるか、ら」
村長が警戒心を滲ませながら尋ねると、グリンダは淡々と答えた。
空気を読めないのか、読まないのか、どちらにしても見習いたいものである。
「……冒険者って大変なんですね」
「そんなに大変って訳じゃ――」
「楽な仕事はない、わ。大金を稼げる仕事なら尚更、よ」
グリンダが言葉を遮ると、フランは恨めしそうに睨んだ。
命懸けの仕事であることを仄めかされてシスが口を開いた。
「そんな危険な仕事なら――」
「フランが冒険者を続けるのは貴方のためだけじゃない、わ。ダンジョンで行方不明になったユウの家族を探すためでもあるの、よ」
姉さん、とシスはフランを見つめた。
「まあ、ユウにゃ世話になったからね」
「貴方の義理堅い所は好き、よ。私の話を聞いてくれなかったり、ビッチと呼んだりする所は好きではないけれ、ど」
「そりゃ、アンタが大金を叩いて本を買ったり、ユウと……からだろ!」
恥ずかしかったのか、フランは途中でごにょごにょと言葉を濁した。
「その装備は自分達で選んだのか?」
「ユウの趣味だよ」
「ユウの趣味、よ」
フランとグリンダは同時に答えた。
「君とはじっくりと話す必要があるようだ」
「待って下さい」
優はボキボキと指を鳴らす村長に手の平を向けた。
「確かに装備は僕の趣味が反映されていますが、超一流の鍛冶師バーミリオンさんに作ってもらったものです」
「その名前なら聞いたことがある」
村長が神妙な面持ちで言ったその時、家畜の鳴き声が聞こえた。
いや、悲鳴か。とにかく緊急事態であることは分かる。
「家から出るな!」
「ユウ!」
村長が席を立つと、フランが叫んだ。
「術式選択! 地図作成、反響定位、敵探知起動!」
地図とモンスターを示す赤い三角形が表示される。
その近くに規則正しく表示されている円は家畜だろう。
「家畜がモンスターに襲われています!」
「クソッ、モンスターだったのか!」
「あたしも行くよ!」
村長が壁に飾られていた槍を手に取って駆け出すと、フランは後を追った。
「僕達も行きましょう!」
「そう、ね」
優はフランの槍を、グリンダは自分の杖を手に2人の後を追った。
外に出ると、周囲はすっかり暗くなっていた。
騒ぎを聞きつけたのか、2人の冒険者が厩舎の前に立っていた。
「ゴブ――!!」
冒険者は最後まで言うことができなかった。
厩舎から飛び出してきた影――ゴブリンに突き飛ばされたのだ。
「く、がぁぁぁぁ! 刺された!!」
倒れていた冒険者が叫ぶと、ゴブリンは逃げ出した。
さらに3匹のゴブリンが厩舎から出てきたが、3匹目は無事だった冒険者に斬られた。
「よくも仲間を!」
「馬鹿! 追うんじゃない!」
フランが叫ぶ。
ゴブリンが逃げた先には1本の線が表示されている。
さらにその両端には赤い三角形が表示されている。
しかし、冒険者は従わなかった。
首を基点に回転し、後頭部から叩き付けられた。
黒い縄が張られていたのだ。
「「Goooooooooo!」」
屋根の上にいた2匹のゴブリンが冒険者に襲い掛かり、逃げていた3匹は反転して戻ってきた。
もちろん、冒険者を殺すためだ。
「ぎぃぁぁぁぁぁぁぁ――!!」
冒険者の絶叫が村に響き渡る。
「グリンダ! 光を!!」
「術式選択!
フランが叫び、グリンダが空に向けて魔法を放つ。
白い球体は空に舞い上がり、煌々と周囲を照らし出した。
5匹のゴブリンは叫びこそしなかったが、目を押さえて棒立ちになった。
そこにフランが飛び込んだ。
フランはマントを翻しながら舞でも踊っているかのように剣を振るった。
短い悲鳴が断続的に響き、地図上に表示されていた赤い三角形が消えた。
いや、1つだけ残っている。
死んだふりをしているのか、傷が浅かったのか分からないが、赤く表示されていることを考えると敵意を抱いているようだ。
「……ふぅ」
フランは小さく溜息を吐き、生き残っていたゴブリンに剣を振り下ろした。
「Go――!!」
ゴブリンが短かい悲鳴を上げ、赤い三角形が消える。
今度こそ死んだのだ。
フランは剣を振って血を飛ばすと鞘に収めた。
村長はゴブリンに襲われた冒険者の傍らに跪き、力なく首を左右に振った。
ほどなくして冒険者を示す黄色の円が消えた。
「もう1人は大丈夫かし、ら?」
「僕が見てきます。グリンダさんはここで待機していて下さい」
優は最初に刺された冒険者に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「……」
冒険者は答えなかった。
脇腹を押さえたまま白目を剥き、泡を吐いている。
毒の影響か、呼吸はかなり荒い。
「毒だよ! 早く解毒薬を!」
「分かりました」
いつの間にか背後に移動していたフランの指示に従い、ポーチから解毒薬を取り出して傷口に振りかける。
流石はマジックアイテムと言うべきか、呼吸が穏やかなものに変わる。
「ユウ、敵探知を広域で頼むよ」
「術式選択! 地図作成、反響定位、敵探知×100!」
大量の魔力と引き替えに地図に表示される範囲が爆発的に拡大する。
反響定位と敵探知は地図に表示されている全てを明らかにした。
「地図作成、反響定位、敵探知、停止!」
視界から地図が消える。
「チッ、こいつは厄介なことになったね」
「どうかしたのか?」
「ゴブリンだよ」
「ゴブリンなら、まさか!?」
「600匹はいた、わ」
あの一瞬で数を把握したことを信じられなかったのか、フランはグリンダを見つめた。
「特技な、の」
「そいつは便利だ。村長、酒場にウィリアムさんと冒険者を集めとくれ」
フランは真剣な表情で言った。