Quest19:××××の加護を検証せよ その2
文字数 4,489文字
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大金を稼いで気が大きくなってるのかねぇ、とフランは溜息を吐きつつ、魔道士ギルドに向かった。
あの後、胸だけが大きくなっていることが判明した。
そこまではよかったのだが、スカーレットの巧みな話術によって服を3着も買う羽目になってしまった。
普通の服ならばここまでへこまなかっただろうが、スカーレットの作る服は非常に高価なのだ。
フランが魔道士ギルドに入ると、グリンダはカウンターで魔道書を読んでいた。
よほど集中しているのか、顔を上げようともしない。
「客だよ~」
「いらっしゃ、い」
声を掛けると、グリンダはようやく魔道書を閉じた。
「下位治癒水薬を2本、それと種避けの魔法をかけ直しとくれ」
「分かった、わ」
カウンターの下から水薬を取り出している間にカウンターに歩み寄る。
カウンターに金貨を置き、水薬を受け取ってポーチに入れる。
「奥の部屋にいきま、しょ」
「分かってるよ」
先導されて奥の部屋に入る。そこは衝立とベッドがあるだけの部屋だ。
フランはベッドに寄り掛かり、下腹部にある紋様を露出させる。
グリンダは跪くと手で触れて紋様の様子を確認した。
「もうしばらく保つけれ、ど」
「念のためだよ、念のため」
グリンダはスン、スンと鼻を鳴らす。
「臭う、わ」
「そ、そんなこたないだろ」
「魔力の臭いがする、の」
「アンタにはデリカシーがないのかい」
フランが抗魔の指輪を外すと、グリンダは詠唱を開始した。
「天壌無窮なるアペイロンよ、枯れよ枯れよ枯れ草の如く――」
驚きに軽く目を見開く。
グリンダが何と言っているのか分かったからだ。
これも××××の加護の影響だろうか。
「種を枯らす力となれ! 顕現せよ!
詠唱が完了し、紋様がカッと熱くなる。
何とも言えぬ感覚に太股を摺り合わせ、10秒ほど我慢すると熱は収まった。
「この熱さえなけりゃあね」
フランは抗魔の指輪を填め、ズボンを上げた。
「何か気になることでもあった、の?」
「呪文の意味が分かったから驚いたんだよ」
「どうし、て?」
「新しいスキルのせいだよ、多分」
フランが認識票を指で叩くと、グリンダは食い入るように見つめた。
「初めて見るスキルだ、わ」
「あたしもさ。聖職者の中には加護持ちがいるって噂は聞くけどね」
「事実、よ。文献に神々や精霊の加護に関する記述があるも、の」
へぇ~、とフランは改めて認識票を見つめ、不意にある疑問が湧き上がった。
「じゃあ、××××ってのは何だい?」
「システムに登録されなかった神、もしくは精霊の名前じゃないかし、ら」
「名前も知らないヤツの加護なんて胡散臭いね。後でどんな要求をされるか分かったもんじゃない」
神とは時に理不尽な存在である。
神話では願いを叶える代償に大切なものを奪ったりする。
「何も要求されないかも知れない、わ。それでどんな効果がある、の?」
「パラメーターの上昇とユウが持っているスキルを使えるっぽいね」
グリンダは目を丸くしている。
まあ、フランだって自分の身に起きていなければ信じられなかっただろう。
「あと魔法が使える。と言っても地図を見られる程度だけどね」
「興味深い、わ。どうすれば加護を得られるのかし、ら?」
「……それは」
やった。
そう遅くない時間から次の日の昼間でやりまくった。
「そ、そいつは分からないね」
「そ、う?」
グリンダはスーッと息を吸い込んだ。
「臭いがする、わ」
「魔力の臭いがするって言ってたじゃないか」
「別の臭い、よ」
顔に出したらおしまいだよ、と自分に言い聞かせる。
だが、グリンダがクン、クンと鼻をひくつかせるのを見ている内に頬が熱くなっていく。
「やったの、ね?」
「……」
フランは反射的に顔を背けた。
これじゃ、やったって認めているようなものじゃないかと思うが、後の祭りだ。
「やったの、ね?」
「やったよ……ああ、やったよ! やりまくったさッ! 翌日の昼まで飽きもせず獣みたいにやりまくったよッ! 文句あるかい!」
フランが逆ギレして捲し立てると、グリンダは気圧されたように後退った。
「関係を持った相手に加護を与えるなんて興味深い、わ。検証する価値があるわ、ね。もちろん、自分の体で、よ」
「ちょいと簡単に……か、関係を持つんじゃないよ」
「どうし、て?」
グリンダは不思議そうに首を傾げる。
「そういうのは好きな相手とするもんだろ?」
フランは自分のことを思い切り棚に上げて言った。
「そういうものかし、ら? ここに来る客はそうでもないけれ、ど」
「アンタの客層と一緒にするんじゃないよ。あたしが言いたいのは検証のためにやるのはどうかってことだよ。アンタ、やったことは?」
「ない、わ」
「そこまで守ったんなら好きな相手に捧げなよ」
「どうし、て?」
グリンダは今一つ分かってないようだ。
ようやく分かった。
こいつは魔道を探求するためにそれ以外の全てを捨てたその道馬鹿だ。
「取られると思って、る?」
「は? はぁ? 意味が分からないよ。あたしとユウは冒険者仲間でそういう関係じゃないんだよ」
「取ったりしないから安心し、て。検証に協力してもらえればいい、の。体だけの関係に過ぎない、わ」
それなら――って、いい訳ないよ! とフランは頭を振った。
「いや、そういうことじゃないんだよ」
「私が自分で決めたこと、よ」
フランはグリンダの聞き分けのなさに怒りを通り越して呆れてしまった。
何を言っても無駄だ。
そもそも価値観が違うのだから説得のしようがない。
だが、ここで引くのは負けたようで悔しい。
「いやいや、アンタの問題だけじゃないんだよ。男ってのは意外にナイーブだからね。気持ちが通じ合ってないと女を抱けなかったりするんだよ」
「……」
グリンダは疑わしそうに目を細めている。
「その目は何だい?」
「何でもない、わ」
「いいね? 大事なのは気持ちだよ、気持ち」
「分かった、わ」
全く分かってなさそうな口調だ。
「じゃあ、あたしは行くよ」
「毎度あ、り」
フランはグリンダに100ルラ渡し、魔道士ギルドを後にした。
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安宿の食堂に入ると、ユウがテーブルに座っていた。
まるで捨てられた子犬のような悲しげな光を瞳に湛えている。
ベスがニヤニヤ笑いながら肩を叩くと、ユウは顔を上げて微笑んだ。
周囲の空間が明るくなった。そう思わせるような笑みだ。
ユウはあたしのことを待っていたのか、と温かな感情が胸に広がる。
これからはもっと優しくしてやろう。
フランはそんなことを考えている自分に気付いて戦慄した。
どうして、ダメ人間扱いされたのにユウに優しくしてやらねばならないのか。
この感情はスキルによって引き起こされたものに違いない。
ゴホン、とフランは咳払いし、ユウの対面の席に座った。
「フランさん、お帰りなさい」
「あ、ああ。ちょいとバーミリオンの所に行っててね」
「鎧が壊れてましたもんね。もう2度とあんな無茶しないで下さいよ」
悲しげなユウの表情に罪悪感を刺激される。
いや、これはスキルだ。
スキルの影響を受けているからだと自分に言い聞かせる。
「あ、アンタはどうだったんだい?」
「はい、きちんと断ってきました」
ユウは困ったように微笑んだ。
あどけない表情にキュンときた。
守ってあげたい。
むしろ、守らせて欲しい。
「はっ、アンタも馬鹿だね。あたしのことなんて放っておいて、自分のことだけを考えりゃいいのにさ。折角のチャンスを棒に振ったね」
「でも、フランさんのことが心配ですから」
憎まれ口を叩いたのに、なんて優しい。
天使だろうか。
いや、天使に違いない。
そうに決まっている。
私の天使。
「で、エドワードは何て言ってたんだい? どうせ、馬鹿にされたんだろ?」
「……大事にしてやれって」
エドワード、すまない。あたしが間違っていた、とフランは心の中で謝罪した。
いけ好かないヤツだと思っていたら、こんなに侠気のあるヤツだったとは。
「フランさん、顔が真っ赤ですよ。熱でもあるんですか?」
「――ッ!」
ユウは身を乗り出し、フランの額に触れた。
冷たい感触が伝わってくる。
全てを受け容れ、もう所帯を持っても――。
「フンガー!」
フランは思いっきりテーブルに頭を打ち付けた。
「フランさん、気をしっかり持って下さい!」
「大丈夫、あたしは正気だよ」
頭が痛いが、お陰で正気に戻った。
恐ろしい。
スキルがこれほど強力に作用するとは考えもしなかった。
これならばエリーがユウに肩入れしているのも頷ける。
あの女はユウのことを天使だと思い込んでいるのだ。
店の客がギョッとした顔でこちらを見ていたが、睨み付けると関わり合いになりたくないと言わんばかりに顔を背けた。
「大丈夫ですか?」
「くどいよ!」
ユウは何か言いたそうだったが、イスに座り直した。
「フランはね、優しくされたことがないから人間がダメになってるのよ」
いつの間にやって来たのか、ベスはユウの肩に優しく触れた。
「誰がダメ人間だ!」
「アンタよ、ア~ンタ」
このアマ、と腕まくりをして立ち上がる。
「キャッ!」
ベスは可愛らしい悲鳴を上げ、客の陰に隠れた。
「……フランさん」
「可哀想な子を見るような目で見るんじゃないよ!」
フランはドッカリとイスに腰を下ろした。
「……僕はフランさんの味方ですから」
「だから、そんな目であたしを見るんじゃないよ!」
はは、とユウは破顔した。
「どうして、笑ってるんだい?」
「いえ、あんなことがあったからギクシャクしちゃうと思って」
「忘れな。それとあんなことは2度としないからね」
「え?」
ユウは驚いたように目を見開いた。
あんなことがあったからと嘯いておきながら期待していたらしい。
「いいね?」
「はい」
ユウは残念そうに肩を落とした。
なし崩し的にやる羽目になりそうな予感がしたが、釘を刺すのは大事だ。
「ところで、明日はどうしますか?」
「う~ん、ゴキブリ退治の依頼がなけりゃ、久しぶりに2人で狩りに行くかね」
「槍は折れてるし、鎧は修理中ですよ?」
「柄のストックは何本かあるし、古い鎧があるから大丈夫だよ」
高レベルの冒険者ならばいざしらず、フランが使っている槍は安物だ。
単純な構造なので、簡単に柄を付け替えられる。
「さて、ちゃっちゃと飯を食って休むよ」
「……はい」
何を勘違いしたのか、ユウはモジモジしていた。