Quest25:志願者をギルドに案内せよ その1
文字数 6,304文字
「今日は狩りに行きませんか?」
優は提案し、ソーセージに齧り付いた。
グリンダの店オープン3日目――初日はマジックアイテムを求める冒険者でごった返したが、2日目は少しだけ客足が落ち着いた。
2日目にして客足が落ちたことに多少の不安を感じるが、水薬を始めとするマジックアイテムは栄養ドリンクを買うような感覚で購入するものではない。
それでも、2日間で水薬、解毒薬、抗麻痺薬を合わせて100本売り上げている。
服と下着も売れ行きは好調だ。
と言うか、あわや売り切れという状況になり、スカーレットはドワーフの主婦を動員して商品を補充する羽目になった。
「あたしは構わないよ。つか、ここの所、開店の準備に掛かりっきりだったからね。少しは動いておかないと勘が鈍っちまう」
「私も構わない、わ。薬草を補充したいか、ら」
フランはスクランブルエッグを、グリンダはスープを口に運びながら答えた。
「ま、偶には働いた方がいいんじゃない」
「棘のある言い方だな~」
「アンタはずっと寝っぱなしだったでしょ?」
「魔力を吸われて昏倒してたんだよ」
オープン初日にも交わした会話だ。
「つか、アンタらって一日中ゴロゴロしてそうなイメージなのよね」
「失礼な」
と言ってみたものの、命懸けで働いてきたのだから少しくらいゴロゴロしてもバチは当たらないかなという気持ちはある。
「人生守りに入った男って嫌ね」
「浮き草みたいな稼業で店を構えた運と実力を誉めてよ」
スカーレットはトーストを頬張り、顔を顰めた。
そんなにマズいのかな? と疑問に思いながらトーストを口にする。
「うん、美味しい」
トーストを頬張ると、バターが滲み出てきた。
塩気と甘味が調和していて、顔を顰めるような出来には思えない。
スカーレットは溜息を吐いた。
目元にはクマが浮かんでいる。
もしかしたら、睡眠不足が味覚に影響を与えているのかも知れない。
「疲れてるの?」
「商品の補充で一杯一杯よ。オープンに間に合わせることしか考えてなかったから余分に作ってなかった……と言うか、在庫を抱えるのが嫌でセーブしちゃったのよね」
「在庫を抱えることの何が問題なの?」
「馬鹿ね。倉庫代やら何やらお金が掛かるじゃない」
優が尋ねると、やはりと言うべきか、スカーレットは不愉快そうに顔を顰めた。
馬鹿と言われてもこっちは実家が稼業をやっている訳でもない単なる中学生である。
在庫云々と言われても大変なんだなくらいにしか感じられない。
「嬉しい悲鳴ってヤツ?」
「嬉しい悲鳴?」
スカーレットは露骨に顔を顰めた。
在庫を抱えるよりマシだと思うのだが、そう考えていないようだ。
「あたしはオーダーメイドの服を作りたいの。職人として認められたいのよ。このままだと……数打ち専門になっちゃうわ」
やはり、ボヤくような口調である。
どうやら、彼女の中ではオーダーメイドで服を作る職人の方が格上なようだ。
「グリンダさんはどうです?」
「……水薬200本、解毒薬50本、抗麻痺薬50本作ったけれ、ど」
グリンダはトーストを食べながら答える。
「けれど?」
「水薬をもう50本作っておけばよかった、わ」
よほどトーストが美味しかったのか、グリンダは口元を綻ばせた。
「瓶が1本も戻ってきてないですし、もっと瓶を注文しておくべきでしたね」
「そう、ね」
スタンプキャンペーン――空き瓶1本持ってくれば1ポイント、10ポイント集めればクジが引ける――をやっているが、空き瓶を持ってきた人はいない。
「まあ、水薬ってのはほいほい使うもんじゃないからねぇ」
「命には代えられないと思うのだけれ、ど?」
フランがしみじみと呟くと、グリンダは可愛らしく首を傾げた。
「これまで水薬は500ルラしたんだ。500ルラもするもんをほいほい使えるわきゃないだろ? ギルドの掲示板を見てないのかい?」
「……」
グリンダはマイペースにスープを口に運ぶ。
冒険者ギルドの掲示板に貼り出されている依頼で500ルラ以上稼げるものは多くない。
「そう言われてみればそう、ね」
「水薬をできる限り使わないようにするのが賢い冒険者ってもんだよ」
「安全マージンを取って行動するってことですか?」
「ま、そういうことだね」
ベテランならではの台詞である。
どんなに準備を整えていたつもりでも予想外の出来事は絶対に起きる。
余裕がある状況ならばいざ知らず、余裕のない状況で想定外の出来事が起きたら全滅してしまう。
「ただ、どのタイミングで使うかが難しくてね」
「それはただのケチ、よ」
「ケチで悪かったね!」
フランはムッとしたように声を荒らげた。
「でも、500ルラは大きいですよ」
「ほら見ろ。躊躇うのが普通なんだよ、普通」
優が援護射撃をすると、フランは勝ち誇ったように胸を張った。
「もう躊躇わなくて大丈夫、よ」
「ありがたいけど、水薬をガンガン使うようなクエストはしたくないねぇ」
フランは自分の手――帰還の指輪を見つめた。
帰還の指輪も保険には違いないが、使わないに越したことはない。
「それで、どうするのよ?」
「何が?」
質問の意味を理解できずにスカーレットに問い返す。
「だから、空き瓶よ。必要なら頼んでおくけど?」
「どうしますか?」
「そう、ね」
そう言って、グリンダは思案するように沈黙した。
「50本お願いする、わ」
「分かったわ。1本5ルラ枚で、50本だから――」
「250ルラ、よ」
ぐっ、とスカーレットは呻いた。
「そう言えば缶はどうするのよ?」
「缶?」
「バルタンと言うか、草を入れるための空き缶ね」
ああ、と優は声を上げた。
バルタンとは、缶に詰めた毒草である。
バーソロミューに売ってもらおうと思っていたのだが、王国の貴族が毒を売るのは体面が悪いということでグリンダの店で売ることになった。
ちなみに商品名はバル●ンをもじった。
「2日で10缶売れた、わ」
「は~、意外に売れますね」
「冒険者が買っていくのよ」
感嘆の声を漏らすと、スカーレットが補足した。
「冒険者が?」
「ベスから聞いた話なんだけど、冒険者ギルドにゴキブリ退治の依頼書が貼り出されているらしいわ」
「よかったじゃないか。これでゴキブリ退治をせずに済むよ」
フランはニヤニヤ笑いながら言った。
「アンタ、ゴキブリが苦手なの?」
「好きな人はいないと思うよ」
元の世界のゴキブリも嫌いだが、こちらの世界のゴキブリはもっと嫌いだ。
大きい上に素早いのだ。
よくもまあ、この世界の人々は正気を保っていられると感心してしまう。
「在庫はどれくらいあるんですか?」
「40缶、よ」
「ギルドの掲示板を見てから決めませんか?」
「構わない、わ」
グリンダは頷くとスープを口に運んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「久しぶりの森ですね」
「そうだねぇ」
優が地図に意識を傾けながら呟くと、フランは槍を構えながら相槌を打った。
地図作成、反響定位、敵探知を起動しているので、不意打ちされる可能性は低い。
しかし、全面的に信頼するべきではない。
たった1つのスキルが不意打ちを可能にするかも知れないのだ。
警戒するに越したことはない。
そんな状況だが、グリンダは川縁でせっせと薬草を採取している。
「グリンダさんはマイペースですね」
「マイペースって言うのか――ッ!」
フランが槍を強く握り締める。
見れば視界の隅に黄色の三角形が表示されていた。
だが、すぐに消えてしまう。
黄色の円が表示されていたので、冒険者がモンスターを倒したのだろう。
ふぅ、とフランは息を吐いて槍を握る手から力を抜いた。
「今日は冒険者が多いですね」
優はリュックを背負い直した。
一角兎の角と毛皮が入っているのだが、今日は遭遇率が低い。
その代わりに一角兎の死体を散見した。
自分も同じことをしているが、皮の剥がれた死体を見るのは気分のいいものではない。
「一角兎の、って言うかモンスターの肉って食べられないんですか?」
「藪から棒にどうしたんだい?」
フランがギョッとしたようにこちらを見る。
「いつも死体を捨てているので、有効活用できないかなと思ったんですよ」
「やめときな」
「どうしてですか?」
「実際に見た訳じゃないんだが、モンスターの肉を食うと死んじまうらしい」
「毒でも含まれてるんですかね?」
「言ったろ、実際に見た訳じゃないって」
ふむ、と優は頷いた。
「……モンスターの肉には毒が含まれている、わ」
グリンダは薬草を摘みながらぼそぼそと呟いた。
「本当に毒が含まれてるのかい?」
「ネズミで実験したら死んだ、わ」
「毒くらいなら大丈夫ですよ」
「止めないけれど、とても不味いわ、よ?」
「食べたんですか!?」
「解毒薬を準備したけれど、数日はお腹の調子が悪かった、わ」
「毒があるって分かってて、どうして食うんだい!」
「本部にいた頃の話、よ」
フランが怒鳴ると、グリンダは拗ねたように唇を尖らせた。
「どうして、食べたんですか?」
「ユウと同じ、よ。モンスターの肉を有効活用できないかと思った、の」
は~、と優は感嘆の息を漏らした。
元の世界にはピロリ菌を飲んだ学者がいたが、探求者は自らの危険を省みない生き物であるらしい。
「グリンダさん、できるだけ危ないことは止めて下さいよ?」
「どうし、て?」
グリンダは薬草を摘む手を休め、こちらに視線を向けた。
「そりゃ、心配だからですよ」
「……」
グリンダは思案するように沈黙した。
耳まで赤くなっているので、どうやら照れているようだ。
「フランも同じかし、ら?」
「あん?」
「心配してくれないの、ね」
フランが柳眉を逆立てると、グリンダはふて腐れたようにそっぽを向いた。
「どんな味だったんですか?」
「……」
グリンダはピタッと動きを止めた。
「飲んだことはないけれど、下水の水はあんな味だと思う、わ」
「試したいような、試したくないような?」
「試すんじゃないよ!」
フランが手の甲で優の腹を軽く叩いた。
「それにしても兎なのに兎味じゃないんですね」
「兎味!?」
「そう、ね。神々に創られた生き物だから不味いのかも知れない、わ」
フランはギョッと目を剥いたが、グリンダは薬草を摘みながら淡々と答える。
「神々に創られた生き物でも武器や防具の素材にしちゃうんですから人間って業が深いですね」
神々から見れば被創造に過ぎないのだろうが、人間は好き勝手にやられてるような殊勝な存在ではない。
「怪物が人間を殺し、英雄が怪物を殺し、人間が英雄を殺す」
「ユウの世界の伝承かし、ら?」
「いえ、そんな大層なものじゃないです」
多分、ゲームか、ラノベに書かれていた一文だ。
「狂える魔道士が人造魔剣を作ったのもそんな理由かも知れませんね」
「話が飛躍しすぎだよ」
フランは難しそうに眉根を寄せた。
「えっと、まあ、何と言うか、神様に人間は好き勝手にやられるような存在じゃないぞって言いたかったのかなって思ったんです」
「突拍子がないのは変わらないだろ。前後の文脈が繋がってないじゃないか」
フランは軽く肩を竦めた。
「面白い意見だけれど、人造魔剣はあると言われているだけ、よ」
「魔剣や聖剣も実在するか分からないしねぇ」
「……2人して夢のないことを」
優から見れば2人ともファンタジー世界の住人だ。
そんな2人が魔剣や聖剣の存在を否定するのは釈然としない。
「本当にないんですか?」
「全て失われたとされている、わ」
「されている?」
「本当に失われたのか分からないけれど、少なくとも実物は存在していない、わ。だから、されているなの、よ」
鸚鵡返しに尋ねると、グリンダは微苦笑を浮かべながら言った。
「短剣もまともに持てないくせに魔剣や聖剣が欲しいのかい?」
「腰から提げているだけで格好いいじゃないですか」
フランは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえた。
「ん、でも、されているってことは誰かが探したんですか?」
「そんな暇人が――」
「今でも探している、わ」
「は?」
フランは大きく口を開けてグリンダを見た。
「魔剣や聖剣を探していると言ったの、よ」
「なくなっちまったんだろ?」
「その可能性が高いというだけ、よ。魔道士ギルドでは神々の遺産について調査する専門の部署があったも、の」
フランは阿呆のように口を開けている。
「いやいや、でも、見つかってないんだろ?」
「ヌンキ王国のダンジョンには神々の遺産が存在していた、わ」
「いた?」
「奪われたの、よ」
「誰にですか?」
「分からない、わ。ゴブリンに奪われたという噂もあるのだけれ、ど」
「ゴブリンなんかに奪われたんですか?」
「あれでも知的生命体ですも、の」
「ゴブリンが知的?」
「ゴブリンの中には魔法を使う個体がいる、わ」
フランが顔を顰めて言うと、グリンダは淡々と答えた。
「何処で魔法を覚えるんですか?」
「いい質問、ね」
グリンダは泥だらけの指で眼鏡を押し上げた。
「ゴブリンは群れなければさほど恐ろしい相手ではない、わ。一角兎の方が能力的に優れているくらい、よ」
コホン、とグリンダは咳払いをした。
「ゴブリンは失敗を繰り返しながら群れを大きくする、の。全滅することの方が多いけれど、頭のいい個体に率いられた群れは大きくなる、わ」
優は心の中でゴブリンの生態を調査した人に賛辞を贈る。
野生動物ならまだしも、こちらに敵意を持っている生物を観察するなど並大抵の労力ではできない。
「下克上されたり、オーガに乗っ取られたりしなければだけ、ど」
グリンダはボソッと呟いた。
「ゴブリンは圧倒的な弱肉強食の世界で生きているんですね」
「仲間同士で足を引っ張り合う性質がなければ世界を支配していたでしょう、ね。ともあれ、ゴブリンは群れが大きくなると儀式のようなことを始めるの、よ」
「ゴブリンの中から神官が生まれるということですか?」
「神官だけじゃなく魔道士も生まれる、の。儀式を行うことで神々から叡智を授かっていると推測される、わ」
外敵だけではなく、身内とも争いながら群れを大きくして神々に祈りを捧げる。
そこでようやく魔法を手に入れる。
ハードモードを通り越してルナティックモードな人生だ。
どんな動物でも孕ませられる能力がなければとっくに絶滅していただろう。
「もう少し知能を高く設定してやればよかったのに」
「知能が高いと逆らわれると思ったんじゃないかし、ら?」
「それはありそうですね」
神ならば忠誠心をも植え付けられそうなものだが、話を聞く限り、そこまで万能な存在ではないようだ。
「ゴブリン談義はそこまでにしてさっさと薬草を摘んじまいな」
「分かった、わ」
フランが吐き捨てるように言うと、グリンダは再び薬草を摘み始めた。