Quest23:妖蠅を討伐せよ その7
文字数 6,322文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、優達は荷車を引いてダンジョンに向かった。
顔が利くと言うだけあり、スカーレットはすぐに3台の荷車を用意してくれた。
「どうして、あたしが荷車を引かなきゃならないのよ!」
後ろからスカーレットの声が響いた。
「そりゃ、3台持って来られたらこうなるよ」
「2人で3台は運べないもの、ね」
やはり、背後からグリンダの声が聞こえてきた。
「雇ってくれなかったらマジで泣くからね!」
本当に泣くか試してみたいが、本当に泣かれたら困るし、泣かしたことをグチグチ言われ続けるのはもっと困る。
いつ雇うと切り出すべきか考えている内に城砦が見えてきた。
門の前には冒険者風の若者が10人ほど立っていた。
いや、1人だけ地面に座り込んでいる人物がいた。
フランである。
メアリが肩を叩くと、フランは欠伸を噛み殺しつつ立ち上がった。
優達は城砦の前に荷車を横着けした。
「待ちくたびれ――」
「ユウ、久しぶり」
「今回はお声掛け頂き、ありがとうございます」
メアリとアンがフランの言葉を遮って挨拶する。
「こっちこそ、急なお願い事をしてごめん」
「2人に謝る前にあたしに感謝しな、あたしに」
フランは2人を押し退け、優の前に立った。
「フランさん、お疲れ様です。冒険者ギルドの許可は取れましたか?」
「ちょいと喚いたらすぐに対応してくれたよ」
フランはカラカラと笑った。
「……あとでエリーさんに謝っておきます」
「そうしてくれると助かるよ。それと、衛兵にゃここから転移するってことでナシを付けておいたからね」
「随分、柔軟に対応してくれるんですね」
「んな訳ないだろ」
フランは親指と人差し指で輪を作った。
O.K.という意味ではなく、お金――柔軟な対応をしてもらうために賄賂を渡したのだろう。
「あたしがユウと話してたんだけど?」
メアリが割って入ると、フランは小さく舌打ちした。
「はいはい、じゃあ、続きからどうぞ」
「こっちこそ、急なお願い事をしてごめんね」
「私達の仲じゃない」
「前回の報酬を切り崩す日々が続いていたので、助かりました」
「ちょっと、アン」
メアリはペシペシとアンの二の腕を叩いた。
「知り合、い?」
「ええ、何度か一緒に戦ったメアリとアンです」
「……そ、う」
グリンダは優の隣に立つと2人を見つめた。
メアリは小さく呻いて後退り、アンは平然としている。
「今回の報酬なんですけど……」
「成功報酬であたし達は1万ルラ、他の皆は5000ルラでしょ?」
「フランさん?」
優が視線を向けると、フランはそっぽを向いた。
「フランさん?」
「交渉はあたしに一任されてただろ?」
「成功報酬にした件はともかく、報酬額を半額にするのはダメですよ」
「……折角、見直してたのに」
メアリは拗ねたように唇を尖らせ、非難がましい目でフランを睨んだ。
「と言う訳で皆さん! 報酬は2倍とします!」
優が声を張り上げると、駆け出し冒険者達はどよめいた。
「ちょ、ユウ!」
「成功報酬って条件は変えてないから大丈夫ですよ。グリンダさん、お願いします」
「術式選択、転移、座標指て、い……」
優は浮遊感に包まれて目を閉じ、再び目を開けると、そこは妖蠅の巣だった。
「……凄い」
メアリが呆然と呟く。
恐らく、駆け出し冒険者達も同じことを考えているはずだ。
その証拠に彼らはポカンと口を開けている。
「凄い凄い凄いわ! これだけ魔晶石があれば自分のお店が持てる!」
ヒャッハー、とスカーレットはくるくると回った。
「グリンダさん?」
「巻き込んでしまったみた、い」
グリンダは恥ずかしそうに俯いた。
「少しいいですか?」
話しかけてきたのはアンだった。
メアリの陰に隠れていることが多いので、よほど逼迫した事情があるのだろう。
「どうかしましたか?」
「……耳を」
言われるがままにアンの口元に耳を近づける。
「これだけ沢山の魔晶石があるのに1万ルラは安すぎます」
「そっか、不満が出るよね」
「その通りです」
優が離れると、アンは嬉しそうに微笑んだ。
「えっと……皆! まずは魔晶石の回収を手伝って下さい! その後なら、ここにある魔晶石を好きなだけ採って構いません!」
駆け出し冒険者達がどよめく。
彼らにしてみれば一攫千金のチャンス、まさにボーナスステージだ。
フランが怒るかと思ったが、仕方がないとでも言うように頭を掻いている。
魔晶石を独占することなんてできないのだから認めざるを得ないという所だろう。
「さあ、頑張りましょう!」
おおっ! と駆け出し冒険者達が拳を突き上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
魔晶石を好きなだけ採って構わないという発言が効いたのか、駆け出し冒険者達はあっと言う間に荷車の上に魔晶石の山を築き上げた。
「回収できたのは4割くらいかねぇ?」
「それくらいじゃないですか?」
優とフランは荷車に寄り掛かり、作業風景を眺める。
一言で感想を述べるなら修羅場になるだろうか。
駆け出し冒険者はリュックに魔晶石を詰め込むと、ある者はマントを風呂敷代わりに、ある者は袖や裾を縛った服にこれでもかと魔晶石を詰め込んだ。
「……凄いですよね」
「まあ、こんなもんだろ」
「服に魔晶石を入れるって発想はなかったな」
「もうちょい喜べばいいじゃないか」
「僕は女性に幻想を持っていたいタイプなんです」
優は深々と溜息を吐いた。
服に魔晶石を詰め込んでいる駆け出し冒険者の中には女性もいる。
目をギラギラと輝かせ、下着姿で魔晶石を採る姿はちょっと怖い。
「ねぇ、上着を貸してくれない?」
「スカーレットさん、お父さんに怒られますよ」
隣を見ると、下着姿のスカーレットがいた。
職人だからか、それとも趣味からか、ブラジャーもショーツもフリフリだ。
「怒らせておけばいいのよ」
そう言って、スカーレットは魔晶石で歪に膨らんだ服を優の足下に置いた。
流石、職人と褒め称えるべきか、服を袋に仕立て直している。
「ねぇ、服を貸して?」
「新しい服を買って返して下さいよ」
「新しい服を作って返すわよ」
スカーレットは言い含めるような声音で言い返してきた。
優は溜息を吐き、上着を脱いで手渡した。
ありがと、とスカーレットは言って、猛スピードで服を縫い始めた。
こんな所までソーイングセットを持ってきているのはプロだからだろうか。
「そう言えばグリンダさんは?」
「今戻ってきたよ」
フランが親指で差した先には優のマントを風呂敷のように背負ったグリンダの姿があった。
「幻想は持ててるかい?」
「……心が折れそうです」
マントを風呂敷のように使っていることではなく、マントが青銀の結晶によって破られていることに大きなショックを受ける。
「買って返す、わ」
グリンダは少しだけ申し訳なさそうに言った。
「そいつは魔法銀かい?」
「そう、よ」
グリンダが頷くと、フランは大きな溜息を吐いた。
「換金はしないんだろうね」
「これは実験に使う、の」
「まあ、好きにしな」
「好きにする、わ」
グリンダはマントを足下に置き、荷車に寄り掛かった。
「どれくらいになりますかね?」
「250万ルラに届かないくらいじゃないかし、ら」
1人の取り分は83万3333ルラだ。
1日100ルラ使ったとしても約22年は暮らしていける。
「大丈夫、よ。半分は貯金しておくか、ら」
「そうして下さい」
全て使ってしまいそうな気もするのだが、ここは言わぬが花だろう。
「意外に早くキングサイズのベッドが買えますね」
「ユウはそればかりだねぇ」
「フランさんは何に使うんですか?」
「あたしかい? あたしは……貯金して月1で妹に生活費を渡しに行くくらいだね」
フランはしみじみと言った。
「……早くお店を始めたい、わ」
グリンダがポツリと呟く。
「そう言えばグリンダさんの目的は自分の店を持つことでしたね」
「チームから抜けたりしないから安心し、て」
優は胸を撫で下ろした。
「アンタはとっとと辞めちまうかと思ったよ」
「失礼、ね」
フランが意地の悪そうな笑みを浮かべて言うと、グリンダは拗ねたように唇を尖らせた。
「貴方はどうな、の?」
「あたしは冒険者稼業を続けるよ。それに、ユウの家族を探して……いや、ユウの気が済むまで付き合ってやるつもりだよ」
そう言ったフランの横顔は何処か優しげだった。
「私はダンジョンに用がある、の」
「ダンジョンの研究でもするつもりかい?」
「違う、わ。人造魔剣を探したい、の」
「人造魔剣だって?」
フランは素っ頓狂な声で聞き返した。
「ありゃ、与太話だろ?」
「人の手で魔剣を作ろうとする試みがあったのは事実、よ」
「人造魔剣ねぇ」
フランは訝しげな表情を浮かべた。
「そろそろかね?」
フランは体を起こし、周囲を見回した。
駆け出し冒険者は作業を止め、未練がましそうに魔晶石を見つめている。
「全員、集まりな! そろそろ、地上に戻るよ!」
あ~、う~、と駆け出し冒険者はゾンビのように呻きながらこちらに近づいてきた。
メアリとアンも少し未練があるようだ。
「ああ! もうっ! 布を持ってくればよかったわ!」
スカーレットは未練たらたらだった。
「冒険者ギルドの前に転移するわ、ね?」
「ああ、それで頼むよ。けど、その前に一言だけ話させとくれ」
「手短に、ね」
フランは駆け出し冒険者達を見つめた。
「全員、聞いとくれ!」
フランが大声で呼びかけると、駆け出し冒険者の視線が集中した。
「冒険者ギルドに転移する前に忠告しておく。これだけの魔晶石を持って帰ったらギルドはあたしらに何処で見つけたかを聞き出すはずだ」
冒険者ギルドを出し抜くつもりか、駆け出し冒険者の何人かが目配せをする。
「だからって、自分達だけでダンジョンに探索しようとするんじゃないよ! ここにゃモンスターの密集地帯がある。下手をしたらすぐに死んじまうよ」
フランが睨み付けると、駆け出し冒険者達は気まずそうに俯いた。
「グリンダ、頼むよ」
「任せ、て。術式選択、転移、座標指て、い……」
もう何度目になるのか転移に伴う浮遊感が全身を包む。
ゆっくりと瞬きをすると、そこは冒険者ギルドの前だった。
「エリー! 魔晶石の買い取りを頼むよ!」
フランは冒険者ギルドの扉を開けると誇らしげに叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夜、優は倒れ込むように自宅の扉を開けた。
「疲れました」
「疲れたね」
「疲れた、わ」
優が店舗スペースの床に座り込むと、フランとグリンダも座り込んだ。
もっとも、優の場合、肉体的疲労はさほど感じていないのだが。
あれから冒険者ギルドは大騒ぎになった。
駆け出し冒険者が下着姿で現れたからではない。
優達が再び大量の魔晶石を見つけたからだ。
長時間拘束されたが、比較的紳士的な対応だった。
フラン曰く、厳しくしたら逃げられると思ったんだろとのこと。
言われてみれば冒険者は根無し草――あちこちほっつき歩いた挙げ句に野垂れ死ぬこともしばしばある存在だ。
「3人ともだらしないわね」
そう言ったのはスカーレットだ。
下着姿ではなく、きちんと服を着ている。
服を袋に仕立て直したはずなのに元に戻っている。
「僕らはダンジョンを探索した上、冒険者ギルドで長時間拘束されてたんだけど?」
「悪かったわよ」
優が指摘すると、スカーレットは軽い口調で言った。
「アンタ達、240万ルラも稼いだんでしょ? だったら、少しくらい嬉しそうにしなさいよね」
「だから、疲れてるんだってば」
240万ルラ――1人頭80万ルラ稼いで緊張の糸が途切れたせいもあるだろう。
「それで、あたしのことを雇ってくれるの?」
「10万ルラ稼いだのに?」
「いきなり独立して失敗したら嫌じゃない」
優が問い返すと、スカーレットは当然のように言い放った。
「ユウ、どういうことだい?」
「実は――」
優は掻い摘まんで事情を説明した。
「随分、図々しいね」
「まあ、割と」
店舗のスペースを無料で借りようとしているばかりか、雇ってくれと言っているのだ。
図々しい以外の何者でもない。
だが、優達は冒険者だ。
依頼で家を空けることもある。
それを考えると、身元のしっかりしている店番は得難い人材なのではないかという気がする。
「雇ってくれたら炊事洗濯をしてあげるわよ?」
「ユウ、雇っちまいなよ」
「それがいいと思う、わ」
「お給料は誰が払うんですか?」
「……」
「……」
優が尋ねると、2人は押し黙った。
「店番として雇うならグリンダが払うのが筋だろ?」
「留守番として雇うなら3人で負担するべき、よ」
案の定と言うべきか、フランとグリンダの意見が対立した。
「2人とも言い分があるみたいですね」
「他人事みたいに言わないでよ」
「店の売上から給料を支払うにしてもグリンダさんのお金ですからね。まあ、開店するためには初期投資も必要になってきますけど……」
ある程度、商品を揃えようと思ったら冒険者ギルドに素材集めのクエストを発注しなければならなくなる。
「私は研究もしたいのだけれど、お金が足りるかし、ら?」
グリンダが縋るような目でこちらを見た。
「分かりました」
「お金を出してくれる、の?」
「あたしのことを図々しいって言ったけど、こいつも十分図々しいわよね」
スカーレットはボヤくように言った。
「お金も出しますが、アイディアも出します。僕はグリンダさんのお店に10万ルラを出資します」
「物好きだねぇ」
「フランさんもできれば同じ額を出資して下さい」
「は? どうして、あたしがグリンダのために金を出さなきゃならないんだい?」
フランは柳眉を逆立てた。
「3人でお金を出し合って、お店の運営資金にするんですよ。もちろん、ここからスカーレットさんのお給料も出ます」
う~ん、とフランは難しそうに唸った。
「留守番もしてもらう訳ですからグリンダさんに全額負担させられないじゃないですか」
「そりゃ、そうだけど、10万ルラか」
う~ん、とフランはさらに唸る。
「じゃあ、1人頭5万ルラにしましょうか? 出資する代わりに水薬やマジックアイテムを無料ということで」
「それでいい、わ」
「分かった。それでいいよ」
フランは溜息交じりに言った。
「という訳で雇いたいと思います」
「よかったわ」
スカーレットは慎ましやかな胸を撫で下ろした。
「……が」
「が?」
「冒険者ギルドに確認したり、3人で煮詰めたりしたいことがあるので、明後日まで詳細な条件は待って下さい」
え~、とスカーレットは不満そうに声を上げた。
「けど、こんなことを言える立場じゃないのよね。分かったわ。明後日まで待つわ。取り敢えず、今日はサービスで炊事洗濯をしてあげる」
そう言って、スカーレットは悪戯っぽく微笑んだ。