Quest23:妖蠅を討伐せよ その2
文字数 5,400文字
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冒険者ギルドに入ると、視線が集中した。
しばらく戦果がなかったので、こちらを嘲るような視線が多かった。
しかし、優がパンパンに膨らんだリュックを背負って入ると、嘲りは嫉妬に変わる。
舌打ちしているのはいい方で、大声で陰口を叩く者までいる。
あとは羨望だろうか。
いかにも駆け出しという風情の少年少女がこちらを羨ましそうに見ている。
ただ、彼らはこちらを羨ましそうに見ているだけで、陰口を叩く連中を窘めたり、諫めたりしてくれない。
当然と言えば当然だ。
素人に毛が生えた程度の駆け出しが、暴力を生業とする中堅に突っかかるなんてできるはずがない。
やはり、ここはアウェーなのだ。
フランはそんな中を悠然と進む。
愉しそうな気配が伝わってくるので、視線や陰口を凱旋を祝う賛辞と考えているのかも知れない。
グリンダは完璧に無視している。
日常的に陰口を叩かれ、欲望に彩られた視線を向けられていたらしいので、繊細さはとうに擦り切れているのだろう。
「エリーさん、買取をお願いします」
「いらっしゃいませ」
優がカウンターにリュックを置くと、エリーはいつもと変わらない笑顔で出迎えてくれた。
「最近、ギルドに顔を出してくれなかったから心配してたんですよ?」
「ごめんなさい。色々とやることがあって」
そう言いながらリュックから魔晶石を取り出してカウンターに並べる。
「いえ、いいんですよ。元気な顔を見せてくれるだけで満足です」
エリーは胸に手を当てて言った。
健気な台詞だが、割り切れている訳ではなさそうだ。
「あ、僕らも魔晶石が必要なので、1個だけ持って帰りますね」
「1番価値のなさそうなヤツにしなよ」
フランに声を掛けられ、一番大きな魔晶石に伸びた手が止まる。
「これがいいと思う、わ」
グリンダが傷だらけの魔晶石を手に取る。
「そういや鑑定のスキルを持ってたね」
「傷だらけの魔晶石はマジックアイテムに加工できないから安いの、よ。けれど、燃料として使う分には全く問題ない、わ」
へ~、と優とフランは揃って感嘆の声を漏らした。
グリンダは傷だらけの魔晶石を手に取るとリュックに詰めた。
「では、査定を行いますので、今しばらくお時間を下さい」
「よろしくお願いします。あと両替は100ルラ硬貨でお願いします」
エリーが頭を下げ、優もリュックを肩から提げながらそれに倣う。
「さて、査定が終わるまで一休みするかね」
フランに先導され、空いていたテーブル席に座る。
フランは対面、優は窓際、グリンダは隣の席だ。
すぐにウェイトレスが注文を取りにきた。
「いらっしゃいませ。ご注文は如何なさいますか?」
「あたしは豆茶、アイスで」
「僕も同じで」
「私は水でいい、わ」
「水ですか?」
ウェイトレスが怪訝そうに眉根を寄せる。
「お金がないも、の」
「……そうでしたね」
お小遣いを渡しておけばよかったかな、と優は後悔する。
それにしてもナイスバディーの美人さんが文無しというのは女性に対して幻想を抱けなくなりそうで辛い。
「あたしが出してやるから好きなのを選びな」
「ありがと、う」
グリンダはメニューに手を伸ばした。
見ているのはデザートのページだ。
どれも10ルラ――あちらの世界では1000円するものばかりだ。
「安いのにしとくれよ、安いのに」
「好きに選んでいいと言った、わ」
「普通は遠慮するもんなんだよ」
フランはムッとしたように言った。
確かに好きなものを頼んでいいと言われて本当に好きな者を頼む者は滅多にいない。
「……豆茶でいい、わ」
グリンダはメニューを畳み、元の位置に戻した。
「豆茶3つですね! 少々お待ち下さい!」
ウェイトレスは深々と一礼するとテーブルから離れて行った。
「はぁ、今日も無事に帰ってこれたね。ったく、グリンダの魔法がユウに直撃した時は肝を冷やしたよ」
「しつこい、わ」
フランの片眉が跳ね上がる。
「何だって?」
「ユウが許してくれたからその件は解決した、わ」
割り切りが早いな~、と優はグリンダを見つめた。
他人に魔法を直撃させ、ポロポロと涙を流して反省していたのに終わったことになっているらしい。
「そんな簡単に解決するもんじゃないだろ?」
「許してくれたも、の」
グリンダはふて腐れたように唇を尖らせた。
「まあまあ、反省してくれましたしいいじゃないですか」
「ユウもこう言ってる、わ」
せめて、しおらしくしてくださいよ、と心の中で突っ込む。
「反省してるのかい?」
「してる、わ。もう二度と仲間に向けて魔法を放たない、わ」
信用できないのか、フランは渋い顔をしている。
「それにしてもユウは頑丈なの、ね」
「そういや初めて会った時はオーガに滅多打ちにされてたね」
「それは興味深い、わ。魔力の回復スピードとスキルの習得の早、さ……じっくりと調べてみたい、わ」
グリンダは優を見つめ、目を細めた。
まるで実験動物を見るような冷徹な目だ。
正直に言って怖い。
「アンタはユウのことが好きなんだろ?」
「愛している、わ」
「じっくりと調べてみたいなんて、愛してるヤツに言う台詞じゃないだろ」
グリンダは記憶を探るように上を向いた。
「愛と探究心は別のもの、よ?」
「解剖させてくれとか言い出しそうだね」
フランが溜息交じりに言うと、グリンダはギラギラと輝く瞳で優を見つめた。
「解剖す、る?」
「嫌ですよ!」
優は自分の体を抱き締めて壁際に逃げた。
「死んだ後でも構わない、わ」
「嫌です!」
「気が変わったら言って、ね」
グリンダさんが魔道士ギルドで嫌がらせを受けてたのって突き抜けすぎた性格せいなんじゃ? とそんな疑念が湧き上がる。
その時、ウェイトレスがトレイに豆茶を載せて戻ってきた。
「お待たせいたしました!」
ウェイトレスは優達の前にグラスを置くと去って行った。
「取り敢えず、冒険の成功を祝して乾杯だ」
「乾杯」
「乾ぱ、い」
優達はグラスを手に取り、軽く打ち合わせた。
そのままグラスを呷る。
優は半分ほど豆茶を飲み、息を吐いた。
冷たい豆茶が火照った体に心地よい。
「カーッ、仕事の後は豆茶だねぇ」
フランはグラスをテーブルに置き、おっさんのようなことを言った。
「私はパフェが食べたかったのだけれ、ど」
「文無しのくせに偉そうなことを言うんじゃないよ」
グリンダがボヤくと、フランは顔を顰めた。
「まあまあ、2人とも冒険が成功したんですから仲良くしましょうよ」
「グリンダが余計なことを言わなければそれで済むんだよ」
「無視してくれればよかったの、よ」
フランがキッと睨み付け、グリンダは視線を逸らした。
気圧されたのではなく、言い争うのが面倒だったからだろう。
だったら、挑発するような真似をしないで欲しいものだが、独自のリズムで生きているから静かに見えるだけで負けん気の強い性格なのかも知れない。
険悪な空気が漂い――。
「査定が終了しました! 買取価格は4万ルラです!」
エリーがそんな空気を吹き飛ばすようにやって来た。
「1人頭1万3333ルラ……1ルラ余るね」
「その通りです」
エリーは静かにトレイをテーブルに置いた。
「余った1ルラはどうする、の?」
「フランさんの取り分ですよ」
「等分するって約束だっただ……ん?」
フランは難しそうに眉根を寄せた。
「これからもあたしに食事を作れってことかい?」
「買い物もお願いします」
フランは思案するように腕を組んだ。
この取引が自分の利益になるのか考えているのだろう。
「もちろん、僕も手伝いますよ」
「私は手伝えない、わ。料理できないも、の」
「ったく、分かったよ」
フランは渋々という感じで頷いた。
「じゃあ、配分が決まった所で山分けだ」
「僕は貯金します。エリーさん、よろしくお願いします」
「分かりました。では、こちらの用紙に必要事項をご記入下さい」
優はエリーから用紙とペンを受け取り、必要事項を記入した。
「書けました」
「確認します」
エリーは用紙を手に取り、チェックするためか、ゆっくりと視線を動かす。
「はい、結構です。1万3000ルラをお預かりします」
「よろしくお願いします」
優が頭を下げると、エリーはクスリと笑って踵を返した。
「私は貯金しない、わ。欲しい本がある、の」
グリンダが手を伸ばすと、フランがピシャリと手の甲を叩いた。
「どうして、叩く、の?」
「アンタはユウに借金があるだろ? まずはそれを返しな」
グリンダは押し黙り、優を見つめた。
「返した方がいいかし、ら?」
「当たり前のことを言ってるんじゃないよ!」
フランは声を荒らげた。
「機材は共有財産、よ」
「装備はアンタのだろ」
フランはうんざりしたように言った。
「支払ったら本を買えなくなるのだけれ、ど?」
「返すのはいつでもいいですよ」
優が言うと、グリンダは微笑んだ。
まるで周囲が明るくなったかのように感じるそんな微笑みだった。
「甘やかしてるんじゃないよ。この女はすぐに調子に乗るよ」
「まあ、フランさんからも装備代をもらってないですし」
うげっ、とフランは顔を引き攣らせた。
「あ、あれは……あたしは払うって言ってないよ。商人に顔を売るためだったんだから共有財産だろ?」
フランは視線を逸らしながらボソボソと呟いた。
「メンバーを差別するつもりな、の? 平等に扱って欲しい、わ」
グリンダは悲しげに顔を伏せた。
差別などと言っているが、金を払いたくない気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
2人とも金に汚かったんだな~、と優は深々と溜息を吐いた。
「分かりました。装備の代金は結構です」
「流石、話せるじゃないか」
「ありがと、う」
フランとグリンダはいそいそと硬貨を財布に収めた。
「ところで、明日はどうする?」
「いつもならオフですよね」
「疲れはどうだい?」
「問題ないと思います」
「問題ない、わ」
グリンダがチームに加わったお陰で2人だった時に比べて疲労度は少ない。
「あたしもそれほど疲れちゃいなくてね。ただ、今までのパターンを変えることに抵抗があるんだよ」
そう言って、フランは苦笑した。
合理的ではない判断だが、人間は行動がパターン化されると安心を覚える生き物なのかも知れない。
「2日連続でダンジョンを探索したことはありませんでしたから、フランさんが慎重になるのは分かるような気がします」
ダンジョン探索は命懸けだ。
不安があるのなら――それが験担ぎのようなものでも探索をすべきではないと思う。
「……合理的ではない、わ」
グリンダがポツリと呟く。
「んなこた自分でも分かってるんだよ。合理的でないってんなら合理的な解決方法を提示して欲しいもんだね」
「また、そんな喧嘩腰で……」
「うっさいね! 性分だよ!」
フランは声を荒らげた。
喧嘩腰な所はさておき、合理的な解決方法を提示して欲しいという意見には賛成だ。
「転移の魔法を使えばいい、わ。行きは4階層と5階層を繋ぐ坂に、帰りは安全な場所から転移すればいいの、よ」
「4階層と5階層を繋ぐ坂なんざ行ってないだろ?」
「座標指定ができるようになった、わ」
「なった?」
「一昨日、何ができるようになったのか確かめたの、よ」
フランが問い掛けると、グリンダは少しだけ得意げに言った。
「地図に表示されている場所には転移できる、わ」
フランはポカンと口を開けている。
「どうかし、ら?」
「わ、悪くないねぇ。ユウはどう思う?」
「僕も同じ意見ですよ」
わざわざ階層を下りたり、上ったりせずに済むのだ。
「ってことはあたしの故郷にも行けるのかい?」
「もちろん、よ」
この世界の流通事情はどうなってるんだろ? と優は内心首を傾げた。
「転移はそれほど便利な魔法ではない、わ。魔力の消費が激しいからそう簡単に使える魔法ではないの、よ」
「……なるほど」
読心術でも心得ているのだろうか? と優は頷きながらそんなことを考えた。
「ちょっと待った魔力消費が激しいって、どれくらいだい?」
「MPに換算すると1%、よ」
「それなら問題ないね」
フランは胸を撫で下ろした。
今のMPの1%ということは岩弾10発分に相当すると言うことである。
中堅どころの魔道士が1回転移を使っただけで魔力の半分以上を消費する。
そう考えるとそれほど便利な魔法ではないという言葉にも頷ける。
「じゃあ、決まりだ。明日もダンジョンを探索するよ」
「分かりました」
「分かった、わ」
オーッ! と拳を突き上げるべきか迷ったが、いつも通り答える。
自分達はやる気満々だぜっ! ってタイプじゃないのだ。