Quest21:魔道士をチームに加えよ その3
文字数 5,200文字
「100ルラたぁ、しけてるね」
フランはぶつくさ言いながら冒険者ギルドを出た。
一角兎の皮と角を買い取ってもらったその帰り道だ。
森で狩りを行った時は400ルラ、ギリギリまでねばって600ルラ稼げていた。
引っ越しで時間を使ってしまったものの、それでも、200ルラは稼げると考えていた。
しかし、実際に査定してもらったら100ルラにしかならなかった。
どうも、魔晶石は優が思っていた以上に高価だったようだ。
「でも、魔晶石は手に入りましたし」
「あの量なら10日は保つ、わ」
フランは不機嫌そうに舌打ちをする。
優とグリンダの言葉にではなく、冒険者達の陰口に怒っているのだ。
「チッ、あの連中ときたら口だけは一人前なんだから。文句があれば堂々と言やいいじゃないか。それをグチグチと」
「ああいう輩は何処にでもいる、わ。相手にするだけ無駄、よ」
「んなこた分かってるんだよ。だけど、ムカつくだろ」
「どうでもいい、わ」
「あたしゃ、アンタみたいに割り切れないね」
フランは苛立たしげに言った。
「手を打った方がいいですね」
今は陰口を叩いているだけだが、時間が経てば行動がエスカレートするかも知れない。
「どんな手を打つつもりだい?」
「そうですね。次に大量の魔晶石を見つけたらメアリとアンに声をお願いして駆け出しを集めてもらいましょう」
「は? 何もしてない連中に恵んでやるってのかい?」
「いえ、魔晶石の採取を手伝ってもらうんですよ。もちろん、等分したりしませんよ。あらかじめ渡す額を決めておきます。前払いの方がいいかも知れませんね」
ギルドは1回目の査定を行った時点で魔晶石の在処を聞き出そうとするに違いない。
取り分を増やすためには1回目に持っていく量を増やすしかない。
「僕らは沢山の魔晶石を持ち帰れて、彼らは臨時収入を得る。Win-Winの関係というヤツですね」
「それじゃ、陰口の対策にならないだろ?」
「敵を分断するつもり、ね」
「その通りです。僕達と仲良く……とまでは言わずとも敵対していなければメリットがあると思ってもらえればいいんです」
たった14年しか生きていないが、それでも、学べることはある。
たとえばイジメの怖さだ。
イジメの怖さは相手が群れていることにあると思う。
1人には抵抗できても群れられるとそれだけで逆らえなくなってしまう。
逆を言えば相手が群れていなければ対応できるはずだ。
「どうせ、あたしは農村出身だよ」
我ながら見事なアイディアと思ったのだが、フランに疎外感を与えてしまったようだ。
「この後はどうしますか?」
「そりゃ、安宿に……引っ越したんだったね」
フランはバツが悪そうに頭を掻いた。
「ちなみに僕は殆ど料理ができません」
「私もできない、わ」
「あたしゃ田舎料理くらいしか作れないよ」
引っ越したものの、美味しい料理にありつくのは難しそうだ。
「フランさん、よろしくお願いします」
「よろし、く」
「今日はいいけど、ダンジョンを探索した後は止めとくれよ。あと、皿洗いはアンタらが手分けしてやっとくれ。それと材料費は折半だ」
「分かりました」
「分かった、わ」
料理を担当してくれるのだ。
皿洗いくらい文句を言わずにやるべきだろう。
「では、僕とグリンダさんはバーミリオンさんの店に行って鎧を返してくるので、フランさんは食料の買い出しをお願いします」
「ああ、分かったよ」
T字路でフランと別れ、バーミリオンの店に向かう。
「そう言えば替えの服と下着は持っていますか?」
「持ってない、わ」
「じゃあ、ついでに買っておきましょう」
「ごめんなさ、い」
「いえ、いいんですよ」
これで誰に憚ることなくエッチな下着を買える。
それに、この後のことを考えれば服代など出費の内に入らない。
そうこうしている内にバーミリオンの店が見えてきた。
幸い、営業中のようだ。
店に入ると、スカーレットがカウンターに座っていた。
「いらっしゃい。今日は何の用?」
「革鎧の返却と彼女の服と下着を買いに来ました」
「ああ、父さんから頼まれた仕事はそれね」
「バーミリオンさんは?」
「父さんは工房よ。私も仕事をしたいんだけどね」
スカーレットは困っているかのように眉根を寄せた。
「彼女に合う服と下着ってありますか?」
「う~ん、大丈夫なんじゃないかしら?」
頼りない返事だ。肩越しに背後を見ると、グリンダが革鎧を脱いでいた。
胸が戒めから解き放たれる光景は圧巻の一言だ。
視線を戻すと、スカーレットは呆れたような表情を浮かべていた。
男って馬鹿ね、と言いたげな表情だ。
種族的な特徴か、彼女はロリなので、巨乳に対して思う所があるのかも知れない。
しかし、小さくても、大きくても、おっぱいはおっぱいだ。
そこに貴賤の差などないのである。
「あの、胸を見るの止めてくれない?」
「失礼しました」
優は深々と頭を下げた。
「つきましては紙とペンをお願いします」
「まあ、いいけど」
スカーレットはカウンターに紙とペンを置いた。
「……こういう下着があればいいんですが?」
「ねーわよ」
オープンブラと穴あきショーツを描いたのだが、真顔で否定された。
「作って下さい」
「嫌よ! 私は皆に気持ちよく着てもらえるものを作りたいの!」
需要と供給について説明したかったが、彼女は納得しないだろう。
「じゃあ、こう……レースでフリフリの」
「あのね、こういうのは女が選ぶものでしょ?」
「グリンダさん?」
「任せる、わ」
遠慮しているだけではなく、着飾ること自体に興味がないのかも知れないが、任せてくれるのはありがたい。
「と言う訳で、僕が選びます」
「分かったわよ」
優は改めてブラジャーとショーツのイラストを描く。
スカーレットは最初こそ呆れたような表情を浮かべていたが、しばらくすると目が輝き始めた。
「絵が下手すぎてよく分からないんだけど、こういうこと?」
新しくペンと紙を取り出し、サラサラとイラストを描く。
流石はプロだ。
優の稚拙なイラストから核となる部分を読み取っている。
「ガーターベルトは?」
「それならあるわよ」
思わずガッツポーズ。
ガーターベルトを描かなくてすむのはありがたい。
「こういうスケスケのネグリジェは? 丈が短いタイプもあると……」
「風邪引かない?」
「そこはデザイン重視ということで」
「そういう考え方もあるのね」
「実用本位じゃなくて、あそびも必要ですよ」
「うん、まあ、そうね。じゃあ、こういうのはどうかしら?」
先程の言葉は何処に行ったのか、スカーレットは次々と男性の目を愉しませる下着を描いていく。
「インスピレーションが湧いてきたわ」
「実用的なものを作りたい気持ちは分かるんですけど、そうじゃないものも必要だと思うんですよね。異なるイデアがフュージョンした時にイノベーションが起きて、ブレイクスルーするんですよ。分かりますよね?」
「え、ええ、もちろんよ」
スカーレットは頷いたが、優は自分で何を言っているのか分かっていない。
「これとこれとこれをフランさんとグリンダさんの分で2セット作って下さい。あとは先程の会話を踏まえて服と下着をお願いします」
「任せて」
スカーレットはグッと拳を握り締めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優とグリンダが家に戻ると、フランが扉の前で不機嫌そうに立っていた。
両手一杯の荷物――食材を抱えている。
「遅い。待ちくたびれちまったよ」
「ごめんなさい」
合鍵を作った方がいいかも知れない、とそんなことを考えながら扉を開ける。
家に入り、内側から鍵を閉める。
フランは店舗の裏で立ち止まり口を開いた。
「ユウ、魔晶石を炉に入れちまいな」
「分かりました」
リュックを下ろし、中から魔晶石が入った袋を取り出す。
炉に入れると、ジャラジャラジャラという音が響いた。
「これでいいんですか?」
「あとは魔法陣が魔晶石を魔力に還元してくれる、わ」
青い光が魔法陣に灯る。
「さっさと閉じな。魔力が漏れちまうよ」
「蓋を開けていると、魔力の拡散するの、よ」
炉の蓋を閉め、壁のスイッチに触れると、照明が点いた。
安宿の照明に比べると、格段に明るい。
あちらが60ワット相当とすれば、こちらは100ワットだ。
「お風呂の準備をしてきます」
「ユウが一番に入りな」
「え? いいんですか?」
「一番に入れないと危なっかしくて仕方がないからね」
「……危ないって」
覗くと思われているのだろうか。
「風呂の湯を飲まれたり、下着を嗅がれたりするのはちょっとねぇ」
「どれだけ変態だと思ってるんですか!」
酷い評価だった。
「あたしはユウならそれくらいやりかねないと思ってるよ」
「ああ、変態だと思われてるんですね」
ショックと言えばショックだが、物は考えようだ。
評価が底を打っているのなら、徹底的にやるべきだ。
「実はフランさんにプレゼントがあります」
「ピアスだったら捨てるよ」
「いえ、ピアスではありません」
優はリュックを下ろし、中から2つの紙袋を取り出した。
一方にはグリンダの服と下着が、もう一方にはプレゼントが入っている。
「こっちはグリンダさん、こっちがフランさんです」
大きな紙袋をグリンダに、小さな紙袋をフランに手渡す。
「開けてもいいかい?」
「もちろんです」
「どうせ、ろくなもんが入ってないだろうけど」
フランは食材を床に置き、袋の中身を取り出した。
「こりゃ、エプロンかい?」
「その通りです」
「……」
フランはジッとエプロンを見ている。
心なしか目が潤んでいるような気がする。
いつか裸エプロンをしてもらおうと思ったのだが、黙っておいた方が賢明だろう。
「何か、照れちまうね」
フランは目元を拭い、照れ臭そうに言った。
「じゃあ、食事の準備を始めるかね!」
フランは大事そうにエプロンを紙袋にしまい、食材と持ち上げ、ダイニングキッチンに向かった。
鎧を着たまま料理をするとは思えないので、冷蔵庫に食材をしまうつもりだろう。
「私は何処に行けばいい、の?」
「フランさんの隣……案内するから付いてきて下さい」
優はリュックを背負い、グリンダを部屋に案内した。
「この部屋を使って下さい」
「いい、の?」
扉を開けると、グリンダは小首を傾げた。
「いいんですよ」
「ありがと、う。どっちが弟子か分からないわ、ね」
「じゃあ、のんびりしていて下さい」
優はグリンダと別れ、自分の部屋に入った。
リュックを机の上に置き、こちらの世界に来た時に着ていた服と下着、タオルを手に洗面所に向かう。
洗面所に入ると、グリンダがショーツを脱いでいた。
目が合ったが、そのままショーツを脱ぎ、洗濯機に入れた。
「ごめんなさ、い。気持ち悪かったか、ら」
そう言って、グリンダは洗面所から出て行った。
背後から扉を閉める音が聞こえた。
「……ノーパン」
ノーパンで出て行くのは如何なものか。
「ああ、そう言えば水がそのままだった」
浴室の前で足を止めた。
ふと炎弾を使えばお湯を沸かせるんじゃないかと思ったのだ。
「まあ、ものは試しということで。術式選択、炎弾」
水に手を入れ、魔法を放つ。
ジュッという音と共に大量の蒸気が上がった。
「術式選択、炎弾。術式選択、炎……、術式選択……」
何度か繰り返すと、水はお湯に変わった。
浴槽をぶち抜いてしまったらと心配だったが、案ずるより産むが易しだ。
一旦、洗面所に戻って服と下着を脱ぐ。
浴室に入り、かけ湯をする。
濁ったお湯が排水溝に流れていく。
「先に体を洗うか」
視線を巡らせると、垢すりタオルがあった。
イスに座り、石鹸で垢すりタオルを泡立たせる。
「そう言えばお風呂に入るのって久しぶりだな」
腕を擦ると、ビックリするほど垢が出た。
タオルで体を拭いていたのだが、それでは足りなかったようだ。
シャンプーとリンスはなかったので、石鹸で髪を洗う。
泡と垢を洗い流し、湯船に浸かった。
「ああ、生き返る」
お風呂には血流促進やリラックス効果があるらしいが、細かい理屈なんてどうでもよかった。
湯船に浸かって気持ちいいと感じる。
それが全てだ。