Quest19:××××の加護を検証せよ その4
文字数 4,810文字
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冒険者ギルドでダンジョン探索の許可を得たフランとユウはバーミリオンの所で装備を一式を受け取ってからダンジョンに向かった。
「バーミリオンさん、怒ってましたね」
「腕はいいのに気難しくていけないよ」
フランは小さく溜息を吐いた。
火焔羆の革鎧はどのパーツを交換したのか分からないくらい見事に修復されている。
「あれで腕が悪かったら店が潰れてますよ」
「アンタも言うねぇ」
顔を見合わせて笑う。
紆余曲折はあったが、こういう関係に落ち着いたのであれば悪くない。
「ところで、どうして、古い槍を持ってきたんですか?」
ユウはフランが担いだ2本の槍――1本は愛用の槍、もう1本は超大土蜘蛛の牙から作った槍だ――に視線を向けた。
ついさっき知ったことなのだが、ユウは超大土蜘蛛の牙をバーミリオンに渡していたらしい。
流石のバーミリオンも牙の加工に手間取ったらしく、仕上がりが今日になってしまったとのこと。
彼はこの槍には傷付けた相手を麻痺させる効果があると言った。
もっとも、効果は弱く、動きを鈍らせる程度らしいが。
「フランさん?」
「ああ、古い方をメアリに貸してやろうと思ってね」
ユウは不思議そうにしている。
まあ、分からないのも無理はない。
世間話をしながら歩いているとダンジョンを囲む城砦が見えてきた。
入口の前にはメアリとアンが立っている。
案の定、メアリは槍を持っていない。
駆け出しの冒険者は見栄えを気にするので、なけなしの金で剣を買う傾向にある。
「……遅い」
「……」
メアリは不機嫌そうだが、アンはペコリと頭を下げる。
アンの武器は弓矢、接近戦に備えてか、短剣をベルトに吊している。
「ほらよ」
「――ッ!」
フランが槍を投げると、メアリは慌てふためいた様子で受け取った。
「何のつもり?」
「見ての通り、槍を貸してやったんだよ。第1階層の大蟷螂は槍なしじゃキツい相手だからね」
「……借りとく」
メアリはふて腐れたように唇を尖らせている。
喧嘩を売っていた相手に施されているのだから無理もない。
「それと、持ち物の確認だ。あんたら水薬は持ってるかい?」
「持っていません」
「……そんな高いの買える訳ないじゃない」
隣を見ると、ユウが何か言いたそうな目でこちらを見ている。
「神殿の水薬じゃなくて魔道士ギルドの下位治癒水薬だよ」
「そんなこと説明されなくても知ってるもん」
どうやら、いろはのい程度は知っているようだ。
フランはポーチから水薬を取り出し、メアリに差し出す。
「だから、施しは……」
「これは施しじゃない。死なれると寝覚めが悪いから貸すだけだよ」
「それを施しって言うんじゃない」
メアリはふて腐れたように唇を尖らせながら水薬を受け取った。
「……ユウ」
「分かりました」
目配せをすると、ユウはポーチから取り出した水薬をアンに渡した。
「いいかい? あたしらの基本方針は命大事に、だ。水薬を1本使ったら、すぐに引き上げる。毒や麻痺攻撃を受けても一緒だ。戦闘が終わるごとに話し合って、お互いの状態を確認する。嘘だけは絶対に吐くんじゃないよ。キツければキツいって正直に言うんだ。それで戦い方が変わってくるからね」
奴隷として働いていた頃は基本方針について説明されたことはなかったし、
しかし、ユウと一緒に冒険をするようになってから目に見える基準を作ることがいかに重要か思い知らされた。
「さあ、分かったら行くよ」
フランは先頭に立ち、城砦の入口に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「術式選択! 氷弾×10!」
ユウの魔法が背後から迫っていた大蟷螂を凍りつかせる。
大蟷螂は塵と化し、あとには小さな魔晶石が残された。
フランはユウから魔晶石を受け取り、彼のリュックに突っ込んだ。
その間もメアリとアンから視線を逸らさない。
メアリとアンは大蟷螂と戦っている。
「どうですか?」
「見ての通りだよ。メアリは使い慣れない得物に戸惑ってるし、いきなり接近戦を挑んじまったもんだからアンが置物状態だよ」
メアリは必死に槍を繰り出しているが、大蟷螂の表皮を浅く傷付けるだけだ。
アンはメアリの後ろでウロウロしている。
「援護しましょうか?」
「それじゃ、一瞬で片が付いちまうよ」
「……モンスターの動きに注意します」
頼むよ、とフランはユウの頭を軽く叩き、メアリに視線を戻した。
ようやく大蟷螂の動きに慣れたのか、攻撃を仕掛けられるたびにバックステップで躱している。
大蟷螂が鎌を振っている間はそれでいいのだが――。
「腕に注意しな!」
フランの言葉が切っ掛けになった訳ではないだろうが、大蟷螂が前肢を繰り出す。
見た目はパンチのモーションに近いだろうか。
今度もメアリはバックステップで躱そうとした。
だが、大蟷螂は折り畳んでいた前肢を伸ばした。
首を切り裂かれなかったのは幸運だが、幸運は滅多に続かない。
大蟷螂が前肢を戻した拍子に鎌の先端が肩に引っ掛かる。
忘れてはいけないことがある。
それはモンスターの方が駆け出しの冒険者よりも筋力値が高いということである。
「ギャァァァァッ!」
あっと言う間に引き寄せられ、メアリは悲鳴を上げた。
槍を捨て、食いつかれないように腕を突っ張る。
今頃、ガチガチと打ち鳴らされる大蟷螂の牙と対面していることだろう。
単独であれば数分死を先延ばしにしただけで終わるが、メアリには相棒がいる。
「メアリ!」
アンは弓を投げ捨て、大蟷螂の背後に回ると短剣を突き刺した。
「メアリを放しなさいッ!」
「頑張って、アン!」
応援するメアリも必死である。
この!、このッ! とアンは何度も、何度も大蟷螂に刃を突き立てる。
「いいんですか?」
「大丈夫だろ」
大蟷螂の動きは徐々に鈍っていき、完全に動きを止める。
メアリは大蟷螂を押し退け、荒い呼吸を繰り返した。
「ご苦労さん」
「黙って見てないで助けなさいよ」
「アンタらが集中して戦えるようにサポートしてやっただろ?」
「……畜生」
メアリは悪態を吐いているが、2人が手こずっている間にユウは3匹の大蟷螂を倒しているのだ。
「戦い方を見ていて気付いたんだが、メアリは戦い慣れてないねぇ」
「剣術は父さんから習ったし、この前はゴブリンを仕留めてるもん」
「攻撃を避ける時は横か、斜め後ろに逃げるもんなんだよ」
後ろに逃げればどうなるのか? 先程のメアリのように前肢を伸ばされたり、踏み込まれたりするのである。
恐らく、メアリが習ったのは剣の振り方であって剣術ではない。
1匹、2匹ならゴブリンを倒せても3匹以上ならお手上げだ。
「それと連携がなっちゃいない。ダメージも与えずに大蟷螂に突っ込むなんて馬鹿なのかい?」
敵の間合いの外から攻撃できる武器があるのに使わないのは馬鹿のやることだ。
「だって、鏃をなくしたら余計な出費が増えるだけだし」
「ごめんなさい」
メアリがぼやくと、アンは申し訳なさそうに肩を窄めた。
「アンも躊躇ってないで背後から刺すなり援護してやりな」
「……はい」
アンは短剣を見つめ、鞘に納めた。
一角兎を解体するのに便利そうだが、戦闘には向いてなさそうだ。
「……フランさん」
「ああ、ちぃと夢中になりすぎたみたいだ」
横穴から大蟷螂が姿を現す。
「術式選択! 氷弾×10!」
ユウが魔法を放つが、氷弾はダンジョンの壁を凍らせただけだった。
大蟷螂が羽を広げて飛んだのだ。
「術式選択! 氷弾×10!」
氷弾が空を切る。
大蟷螂がわずかに高度を落としたためだが、これが促成魔道士の脆さでもある。
さらにユウはMPに物を言わせて敵を圧倒してきただけに修羅場の経験が圧倒的に足りていないのだ。
そこを補ってやるのがあたしの役割だけどね、とフランは3人を庇うように立ち、大蟷螂を槍で叩き落とした。
ジタバタと暴れる大蟷螂を踏み付ける。
「ユウ!」
「術式選択! 氷弾×10!」
ユウが氷弾を放つと、冷気はフランの足ごと大蟷螂を包んだ。
大蟷螂は冷気の中で徐々に抵抗を緩め、動きが止まるやいなや塵と化し始めた。
「やっぱり、しょぼい魔晶石だねぇ」
フランは魔晶石を拾い、手招きをしてユウを呼ぶ。
「ありがとうございます」
「ま、リーダーの面目躍如って所かね」
軽口を叩きつつ、ユウのリュックに魔晶石を入れる。
ふと視線を感じて振り向くと、メアリとアンが目を丸くしていた。
そう言えばこの2人はユウの魔法がフランに効かないことを知らなかった。
「あたしとユウは特別でね。ユウの魔法はあたしに効かないんだよ」
メアリは顔を顰めたが、そうとしか説明できないのだから仕方がない。
「2階層に行くのはもうちょい戦い慣れさせてからだね」
フランは小さく呟いた。
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「術式選択、水生成」
カップが水で満たされていく。中にはスライスした干し肉とパンが入っている。
「術式選択、炎弾×1/10」
炎弾はカップの水に触れると小さな音を残して消えた。
それを何度も繰り返すと、水が熱湯に変わる。
ふと隣を見ると、メアリとアンがこちらを羨ましそうに見ていた。
「アンタらも飲むかい?」
「施しは受けないから」
「お願いします」
メアリはプイッと顔を背けたが、アンは食材とカップを怖ず怖ずと差し出してきた。
ユウはカップを受け取り、先程と同じ手順でスープを作った。
フランはカップを傾け、塩の利いたスープを飲む。
香辛料があればもっと美味しくなるのだが、温かい食事をできるだけでもありがたいと思うべきだろう。
「これからどうすんの?」
「ここでユウの魔力が回復するのを待って、魔晶石を取りに行くよ」
フラン達がいるのは第一階層と第二階層を繋ぐ坂道だ。
ユウのMPは魔力探知×100を使ったせいで85%まで低下している。
まだまだ余裕はあるが、超大土蜘蛛のようなモンスターと遭遇する可能性もゼロではない。
できるだけ回復させた方がいいだろう。
「魔晶石の場所なんて分かるの?」
「あたしらには分かるんだよ」
第一階層と同じく第二階層の未探索エリアは7割近い。
ただ、魔晶石はそれほど残されていないらしく濃い水色がポツ、ポツとあるだけだ。
「2階層のモンスターはどうなんですか?」
「大蟷螂と大土蜘蛛、大芋虫って所だね。3階層から大螻蛄、5階層から迷宮蟻が加わるんだけど、5階層からは単独じゃキツい」
大螻蛄は2足歩行の螻蛄だ。
サイズは人間並、短距離ながら空を飛び、壁の中に潜み、鳴き声でこちらの行動を阻害してくる。
迷宮蟻はシルエットだけなら神話に出てくるケンタウルスに近い。
4本の脚で体を支え、残った2本の脚で攻撃を仕掛けてくる。
大きさはフランの胸までしかなく、単体では大した脅威ではないのだが、迷宮蟻は3~4匹の群れで行動する上、仲間を呼ぶのだ。
「5階層からは単独じゃキツいってことはフランさんは4階層までしか潜ってないってことですね」
「そうだよ」
「5階層では1種類のモンスターとしか戦ったことがない?」
「そうだよ」
今までに2回挑んでいるが、2回とも迷宮蟻に殺されかけ、命からがら逃げ延びた。
ユウと一緒なら壁を越えられるだろうけどね、とフランはカップを傾けた。