Quest21:魔道士をチームに加えよ その2
文字数 4,815文字
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一角兎が草を食んでいる。
グリンダが買ったばかりの杖を手に詠唱を開始する。
ちなみに防具はバーミリオンが貸してくれた中古品だ。
大きな胸はチューブトップ状の革鎧に押し上げられ、脚は膝まであるブーツに覆われている。
「天壌無窮なるアペイロンよ、固まれ固まれ岩の如く、敵を打ち据える礫となれ! 顕現せよ、
グリンダが杖を振り下ろし、握り拳大の石を撃ち出した。
だが、石は一角兎から逸れて木の幹に当たった。
「天壌無窮なるアペイロ――ッ!」
詠唱を中断し、杖を槍のように構える。
一角兎が猛スピードで迫っていたのだ。
「はぁぁぁッ!」
杖を振るうが、盛大に空振った。
彼女の体力値、筋力値、敏捷値は子どもよりマシな6である。
一角兎は杖をかいくぐり、地面を蹴った。
鋭い角で腹を貫くつもりなのだ。
グリンダは体を捻って攻撃を躱す。
倒れ込む寸前で踏み止まり、詠唱を再開する。
一角兎はすでに方向転換を終え、加速を始めていた。
「天壌無窮なるアペイロンよ、固まれ固まれ岩の如く――」
今度は詠唱を続ける。
敵に接近されるたびに詠唱を中断していては殺されるだけだと考えたのかも知れない。
一角兎が大地を蹴り、グリンダは杖を振り下ろした。
「敵を打ち据える礫となれ! 顕現せよ、岩弾!」
魔法と一角兎の軌道が重なる。
高速で撃ち出された石が一角兎を捕らえる。
生々しい音が響き、一角兎が地面に落ちる。
どれほど威力があったのか、顔は原形を留めていない。
「やった、わ」
グリンダはホッと息を吐いた。
「どうかし、ら?」
「使えないね」
フランはグリンダを酷評した。
「1人で戦ったにしては上出来だと思う、わ」
「あたしの基準はユウなんだよ」
フランは優の頭をペシペシと叩いた。
「ユウ、適当に魔法をぶっ放しな」
「術式選択、氷弾!」
木の幹に向けて魔法を放つ。
氷弾が着弾し、木の幹を凍らせた。
「こういうことさ」
「私が劣っているということ、ね」
「言いたかないけどね」
優がいる限り、グリンダは下位互換にならざるを得ないということだ。
「けど、これはアンタが仮想詠唱を使えるようになりゃ解決する問題だ」
「無理、よ」
「アンタが作った魔法だろ?」
「仮想詠唱は欠陥魔法なの、よ。あれから動物実験を繰り返したけれど、一度も成功しなかった、わ」
「動物実験は成功したって言ってたじゃないか」
「魔法の組み込みには成功した、わ。けれど、魔法を発動できずに死んだ、の」
「……なんて真似をするんだい」
流石のフランも顔面蒼白だ。
無理もない。
危うく殺人の片棒を担がされる所だったのだ。
「どうやって、確かめたんですか?」
「キーワードを聞くと、魔法が発動するようにした、の」
仲間に加えてよかったのだろうか、と疑問が湧き上がる。
「どうする、の?」
グリンダは小さく首を傾げた。
「今のままじゃ一緒に冒険はできないね」
「チーム登録すれば仮想詠唱を使えるようになるんじゃないですか?」
フランはチーム登録によって
チーム登録すればグリンダにも同じことが起こるはずだ。
「いや、チーム登録をここでやるのはねぇ」
フランは今一つ乗り気じゃなさそうだ。
「チーム登録すればいいの、ね? 分かった、わ」
グリンダが頷いた瞬間、文章が優の視界に表示された。
××××としてグリンダを登録しますか? Yes/No
「こんな風になってたんだね」
フランは腕を組んで目を細めた。
どうやら、彼女にも文章が見えているようだ。
「じゃ、登録しますよ」
Yesに触れたが、文章に変化はない。
「あれ?」
二度、三度と押してみるが、変化はない。
「前に登録した時は触れるだけで済んだのにおかしいですね。もしかしたら、フランさんの同意が必要なのかも知れません」
「まあ、そうだね」
チーム登録なのだ。
普通のチームだって新人を迎える時には全員の同意を必要とするはずだ。
「凄いことが起きるけど、我慢しなよ?」
「分かった、わ」
グリンダは不思議そうに首を傾げながらも頷いた。
「……Yesと」
「んあッ!」
フランが何かに触れるような動作を行った次の瞬間、グリンダは悲鳴を上げて仰け反った。
何かを堪えるように唇を噛み締めるが、膝がガクガクと震えている。
「ふ、フランさん?」
「心配はいらないよ」
一体、何が起きているのか。
優は怖くなって尋ねたが、フランは何とも言えない表情を浮かべている。
「ん、んんっ! んーーーッ!」
とうとう耐えきれなくなったのか、グリンダはその場に座り込んだ。
「グリンダさん? 大丈夫ですか?」
優は恐る恐るグリンダに近づき、手を伸ばした。
「今は触れない、で」
「え?」
グリンダは拒絶したが、その時には触れてしまっていた。
「んんんんんんッ!」
接触が切っ掛けになったのか、グリンダは両手で口を押さえ、再び仰け反った。
ん、んん、んんん、と何度も体を強張らせる。
しばらくすると、グリンダは艶っぽい呼吸を繰り返した。
「一体、何が起きたんでしょうか?」
「笑ってるんじゃないよ、ったく」
フランは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「一体、何が?」
「……」
フランは腕を組んだ。心なしか頬が紅潮しているように見える。
「……チーム登録すると」
「すると?」
「気持ちよくなっちまうんだよ」
「それは、どういう意味で?」
「……」
フランは無言だった。
虫でも見るような視線を向けている。
「ちっとは落ち着いただろ。とっとと立ちな」
「分かった、わ」
グリンダは杖を支えに立ち上がった。
優が深呼吸を繰り返すと――。
「怖ッ!」
フランは怯えにも似た表情を浮かべて後退った。
「……気にしない、わ」
「少しは気にしな。認識票はどうだい?」
「スキルが追加された、わ」
グリンダは胸の谷間から認識票を取り出し、ステータスを確認した。
「僕にも見せて下さい」
優が近寄ると、グリンダはフランの陰に隠れた。
「……酷い」
「ユウ、あんな真似をしておいて何を言ってるんだい」
フランは認識票を受け取り、優に差し出した。
グリンダ
Lv:20 体力:6 筋力:6 敏捷:6 魔力:35
魔法:魔弾、炎弾、氷弾、風弾、岩弾、睡眠、毒霧、麻痺、混乱、転移、
幻影、付与魔法、儀式魔法
スキル:鑑定、魔道具作成、言語理解【神代文字、古代文字】
剽窃【××××限定】
「剽窃が追加されてますね」
優はフラン経由で認識票を返し、MPにグリンダの名前が追加されていることに気付いた。
グリンダの名前が優の上に表示されている点が気になると言えば気になる。
「知っていると思いますけど、視界の隅で点滅している赤い点に触れると、コマンドが表示されます。音声入力もできるので、あまり必要ないんですけどね」
「地図とモンスターも表示されるの、ね」
「ええ、そうですよ」
グリンダは怪訝そうに眉根を寄せた。
「何か気になることでも?」
「これは私が開発した魔法ではない、わ」
「でも、仮想詠唱を組み込んでもらってから使えるようになったんですよ?」
優は思わず尋ねた。
「仮想詠唱に魔法が表示される機能なんて組み込まなかったも、の。それに、こんな風に地図とモンスターが表示されるなんてありえない、わ」
「実際に機能してるじゃないですか」
「どうして、こんなことになったのかし、ら?」
グリンダは首を傾げている。
「恐らく、魔法を組み込んだ時に何らかの力が作用したんだと思う、わ」
「それは失敗したってことじゃ?」
「予定通りにはいかなかったけれど、そのお陰で成功したみたい、ね」
仮想詠唱を組み込まれて死ななかったのは奇跡のような偶然の産物だったようだ。
それにしても、こんな完成度でよく人体実験に踏み切ったものである。
「フランさん、僕の与り知らない所で命が危険に晒されてたんですけど?」
「ま、まあ、結果オーライだよ、結果オーライ」
フランは誤魔化すように優の肩を叩いた。
「さあ、ちゃっちゃと試しな!」
「分かった、わ」
グリンダは杖の先端を10メートルほど離れた場所にある木に向けた。
「術式選択、岩弾」
握り拳大の石が杖の先端から放たれ、木の幹に直撃した。
木が大きく揺れ、枝や虫が落ちてきた。
優はグリンダのMPが94%になっていることに気付いた。
「MPが減りすぎじゃないですか?」
「こんなもの、よ」
「僕の場合、×10でも1%しかMPが減らないんですけど?」
「……ユウは私の57倍以上のMPを持っていることになる、わ」
グリンダは少し間を置いて答えた。
「57倍!?」
フランは優とグリンダを交互に見つめた。
「このままじゃ役に立てない、わ」
「いや、そんなことは……」
「事実、よ」
優は何も言い返せなかった。
技術で57倍の差を埋めることはできないだろう。
「1つ試してみたいことがある、わ。上手くいけば差を埋められるかも知れな、い」
「ユウに抱かれるってんだろ?」
「そう、よ」
「勝手にしな。考えてみりゃ、そこまでアンタのことを考えてやる義務もない訳だし」
ユウ、とフランは人差し指を動かして来るようにアピールした。
優が近づくと、抱き寄せてグリンダと距離を取った。
「そんなに心配しなくても平等に愛しますから」
「んなこと心配してないよ」
またしても虫でも見るような視線を向けられた。
「いいかい? あの子は処女だ」
「マジですか?」
あんなエッチな体をしているのに処女とは何と言う役得か。
「ムカつくほどいい笑顔だね」
「分かってます。フランさんはグリンダさんが処女だから軽率な行動を慎めと言いたいんですよね? だが、断る」
ここで軽率な行動を取らずにどうするというのか。
処女を散らさずに後悔するくらいなら、散らして後悔するのが男というものだろう。
「そう言うと思ったよ。けど、あたしが言いたいのはそういうことじゃない」
「3Pの申し入れですか?」
「……アンタってヤツは」
フランは呆れ果てたように溜息を吐いた。
「つまり、フランさんは優しくしてやれと言うんですね?」
「その逆だよ。痛い目に遭わせてやりな」
目がマジだった。
「その心は?」
「痛い目を見なきゃ、ああいうのは分からないんだよ」
酷いことを言うな~、と優は自分のことを棚に上げ、そんな感想を抱いた。
「じゃあ、今日は早めに切り上げて道具を買いに行きましょう」
「道具?」
フランは訝しげに眉根を寄せた。
「ピアスですよ」
「ピアス?」
「こう、乳首に――」
「そこまでしろとは言ってないよ!」
フランは悲鳴じみた声を上げた。
「怖ッ、怖すぎだよッ!」
「フランさんも大概だと思うけどな~」
痛い目に遭わせてやれと言ったくせに他人を批判するのはどうかと思う。
「道具は禁止だ。いいね?」
「え~」
「禁止って言ったら禁止だよ!」
抗議の声を上げたら怒鳴られてしまった。
「分かったら、モンスターを狩るよ。魔晶石がないと、照明も点けられないんだからね」
そう言って、フランは優から離れた。