Quest19:××××の加護を検証せよ その6
文字数 5,752文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
フランとユウは1日おきにダンジョンを探索した。
1日の稼ぎは400ルラ、他の冒険者からまぐれは3度も続かないと陰口を叩かれた。
腸が煮えくり返りそうだったが、目的はユウの訓練なんだから言わせておけと自分に言い聞かせた。
メアリとアンに問題があったようにユウにも問題があった。
物量でモンスターを圧倒してきたために精密性を、促成されたために対応力を欠いているのだ。
ある程度はフランがカバーしてやれるが、本人の技量が高いに越したことはない。
そこで収入を犠牲にして訓練を行った。
訓練の成果はそれなり――精密性と対応力が幾分マシになった程度だ。
何事もなく4日が過ぎ、異変は5日目に起きた。
「……朝か」
フランはいつもの安宿で目を覚まし、ふと違和感を覚えた。
妙に体が怠いのだ。
「風邪でも引いたかね」
ボリボリと頭を掻きながらベッドから下りて下腹部を確認すると、紋様が消えかけていた。
種避けの魔法が効力を失いつつあるということだ。
「……どうするかね」
フランは腕を組んだ。あれからユウに求められることはなかったし、護衛の依頼が出されるまでしばらく余裕がある。
とは言え、予断は禁物だ。
幸い、今日は休みだ。
やはり、今日できることは今日の内に片付けておくべきだろう。
「ん、それにしても体が怠いね」
フランはズボンを穿き、上着を着る。
それから認識票を引っ張り出し、驚きのあまり目を見開いた。
フラン
Lv:16 体力:9+1 筋力:9+1 敏捷:18+1 魔力:1
魔法:なし
スキル:××××の加護
称号:××××の××××
「パラメーターが下がってる」
道理で体が怠いはずだ。
「……何が原因なのかねぇ」
独りごちるが、原因は分かっている。
と言うか、察しが付いている。
恐らく、ユウと交わってから時間が経ったせいだ。
「また、しなきゃならないのかい」
認識票を見つめながらベッドに腰を下ろす。
パラメーターの上昇と引き替えに交わるのは少し抵抗感がある。
しかし、パラメーターが上昇するのは冒険者として大きなアドバンテージだ。
このまま失ってしまうのは惜しい。
「てぇことはあたしの気分次第ってことだね」
突き詰めればユウと交わるのが嫌かという問題だ。
嫌かどうかと言われればやらせてやってもいいかなと思う。
ユウはいい子なのだ。
可愛く、真面目で、一途だ。
冒険者としては未熟だが、それ故に伸び代がある。
何よりフランの過去を知っても一緒にいると言ってくれたのだ。
むしろ、ここで逃がしてどうするという気さえする。
果たして、これから先、ユウのような子と巡り会う機会が何度あるだろう。
年齢差はあるけど、所帯を持つのもいいかも知れない。
日溜まりで大きくなったお腹を撫でている自分を想像し、ハッと我に返った。
借金を返したとは言え、妹を養っていかなければならないのだ。
そんな重い女と所帯を持つ覚悟を子どもに迫っていい訳がない。
考えてみればユウには沢山のものをもらっているのだ。
その上、覚悟まで求めるのは甘えすぎだ。
「……取り敢えず、グリンダの所に行くかね」
フランは両手で頬を叩き、ベッドから立ち上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
フランが店に入ると、グリンダは読んでいた魔道書を閉じた。
相変わらず、店内には煙が漂い、人気がない。
こんな調子でやっていけるのかと思うが、余計なお世話だろう。
「いらっしゃ、い」
「種避けの魔法を頼むよ」
「こっちに来、て」
グリンダが奥の部屋に行き、フランはその後に続いた。
一仕事終えた後なのか、濃厚な血の臭いが漂っている。
「一仕事終えた後なのかい?」
「答えられない、わ」
グリンダはいつもと変わらない口調で言った。
客の情報を守るという意味では正しい対応だと思う。
神殿は基本的に堕胎を禁じている。
信仰する神によって差はあるが、一般的に不道徳な行いとされている。
村にいた頃のフランであれば不道徳ではあっても必要なことなのだと考えることはできなかっただろう。
フランはベッドに寄り掛かり、紋様を露出させた。
「指輪を外し、て」
「ああ、忘れてたよ」
抗魔の指輪を外すと、グリンダは跪き、クンクンと鼻を鳴らした。
「臭わない、わ」
「してないんだから当たり前だろ」
「そうじゃない、わ。魔力の臭いが薄くなっているの、よ。変わったことはな、い?」
「……パラメーターが下がった」
フランは少し間を置いて答えた。
同性であっても性的な話をするのは恥ずかしいが、グリンダならば魔道士としての見解を話してくれると思ったのだ。
「時間が経過して魔力が薄れたの、ね。興味深い現象だ、わ」
「……」
すぐに打ち明けたことを後悔した。
グリンダはデリカシーよりも好奇心を優先させる女なのだ。
「パラメーターが下がったのはい、つ?」
「……目が覚めたら下がってたんだよ」
「有効期限は7日間ということ、ね。そう言えばステータスが更新された時のことを覚えてい、る?」
「そんなの覚えちゃいないよ」
あたしがいつ来たのか把握してるのかい、と恥ずかしさのあまり頬が熱くなる。
「どんな行為をした、の?」
「ど、どうして、そんなことを言わなきゃならないんだい!」
フランが声を荒らげると、グリンダは思案するように手で口元を覆った。
「飲ん、だ?」
「うっさいよ! 大体、処女なんだから少しくらい恥ずかしがりな!」
グリンダはパチ、パチと目を瞬かせた。
「魔道書の中には房中術について書かれたものがある、わ」
「房中術?」
「魔力を高める古い魔法のこと、よ。有効性は実証されていないけれど、とても興味深い、わ」
興味深いんじゃなくて欲求不満なだけだろという突っ込みを辛うじて呑み込む。
「ユウとなら実証できるかも知れな、い」
「だから、そういうのは……」
「私はユウが好き、よ」
取って付けたような台詞である。
と言うか、欲求不満でムラムラしているから研究にかこつけてやりたがっているようにしか見えない。
「貴方はユウの気持ちが大事と言っていた、わ。それにユウと貴方は恋人同士ではないのだから関係ないで、しょ」
フランは小さく呻いた。
言いたいことは沢山あったが、ふとユウを束縛してはいけないのではないかと思ってしまった。
「大丈夫、よ。私達は上手くやれる、わ」
「その根拠のない自信は何処から湧くんだい」
フランはグリンダの説得を諦めた。
こいつは駆け出しと同じだ。
本人はきちんと考えているつもりでも実際は穴だらけなのだ。
こういうヤツは痛い目に遭わなければきちんと考えることができない。
むしろ、痛い目に遭ってしまえとさえ思う。
「……始めるわ」
そう言って、グリンダは呪文を唱え始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
安宿に戻ると、ユウはテーブルで食事をしていた。
メニューはパンとスープ、サラダ、白身魚のムニエルだ。
フランが対面の席に座ると、ユウは顔を上げた。
「フランさん、顔色が悪いですよ」
「そうかい?」
思わず頬に触れる。
しばらくするとベスが注文を取りにきた。
「注文は?」
「ユウと同じヤツでいいよ。あと香茶をおくれ」
「紅茶もあるわよ?」
「どうせ、三級品の出涸らしだろ」
「出涸らしじゃないわよ、出涸らしじゃ」
ベスはムッとしたように言ったが、場末の食堂で出される紅茶はよくて三級品、下手をすれば混ぜ物が入っている。
「フランさん、体調は?」
「体調は悪かないよ」
「そうですか」
ユウは安心したように微笑んだ。
か、可愛いじゃないか、とフランは頬杖を突き、顔を背けた。
「とっとと食べちまいなよ」
「ああ、はい」
ユウは美味しそうに、いや、幸せそうにスープを口にする。
よくもまあ、こんな表情を浮かべて場末の食堂の料理を食べられるもんだ。
「アンタは幸せそうに食べるね? そんなに美味いのかい?」
「美味しいですよ。フランさんも食べますか?」
そう言って、ユウは切り分けたムニエルを差し出してきた。
これは『はい、あ~ん』というヤツではないだろうか。
「はい、あ~ん」
「……うぐ」
フランは小さく呻いた。
カウンターの方を見ると、ベスがニヤニヤと笑っていた。
すげない態度を取ったら悲しませてしまうかも知れない。
目を閉じて顔を近づけると、ムニエルらしきものが唇に触れた。
身を乗り出してムニエルを頬張り、呑み込んだ。
「どうですか?」
「美味いとは言えないね」
フランは目を開けて答えた。
こんな店の料理を幸せそうに食べるだなんて、一体、どういう味覚をしているのだろう。
「金を持ってるんだからもっといい店……いい宿に泊まりゃいいじゃないか」
「う~ん、特に不満はないですし」
そう言って、ユウは灰色のパンをこれまた幸せそうに食べる。
「あ、でも、自分の家は欲しいです」
「自分の家ね」
気持ちは分かる。
冒険者は自由な存在と言えば聞こえはいいが、明日をも知れぬ生活を送る根無し草だ。
若い頃はそれでもいいが、歳を取るとそういう生活に嫌気が差す。
人との繋がりを求めるようになる。
冒険者を辞めて軍に入隊したり、大きな商会に就職したり、冒険で稼いだ金で商売を始めたりする。
きっと、ユウは寄る辺が欲しいのだ。
「……僕が自分の家を手に入れたら」
ユウはモジモジしている。
「その、一緒に暮らしませんか?」
「――ッ!」
フランは頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
嬉しい。
嬉しいのだが、強い罪悪感を覚えた。
1回やっただけの女に入れ込むような子どもに自分は何をしただろう。
時間を戻せるものなら戻してやり直したい。
「どうですか?」
期待と怯えが入り混じる視線が向けられる。
「あ、あ~、そいつはいいアイディアだけどね」
「じゃあ!」
「自分の家って言うけど、相場を分かって言ってるのかい?」
「……いえ」
ユウは力なく肩を落とした。
「城砦都市の土地は貴族が押さえてるからね。自分の家を持とうとしたら金が幾らあっても足りないよ」
「……郊外でもいいんですけど」
「郊外の一軒家なんざある訳ないだろ」
あったとしても安全を確保するのは難しい。
定住しているのならばともかく、冒険者なら尚更だ。
「……借家でもいいです」
「冒険者に家を貸してくれる貴族なんているのかね」
ユウが目に見えて元気を失っていくが、家を借りるのさえ難しいと分かれば諦めてくれるに違いない。
フランは罪悪感に耐えながらベスが食事を運んでくるのを待った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
フランは自分の体を見下ろし、その場で一回転した。
着ているのはホットパンツとキャミソールだ。
「もう少しおとなしめの格好がいいかね?」
どうせ、脱いでしまうし、やることは変わらないが、気合を入れていると思われるのは避けたい。
男という生き物はすぐに調子に乗るのだ。
ユウが例外とは思えない。
問題は強引に迫られたら押し切られそうなことだ。
「……よし!」
フランは両頬を叩き、立ち上がった。
部屋から出て、ユウが泊まっている部屋の扉をノックする。
「ユウ、いるかい?」
『ちょ、ちょっと待って下さい!』
バタバタという音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、さらに隣の部屋から女の喘ぎ声が聞こえてきた。
いいタイミングかね? とフランは扉の前で待った。
だが、しばらく待っても扉は開かなかった。
「入るよ!」
『ど、どうぞ!』
扉を開けると、青臭い風が吹き寄せてきた。
「窓を閉めとくれよ。風邪を引いちまう」
「わ、分かりました!」
フランはユウが窓を閉めている間にベッドに腰を下ろした。
主導権を奪われないようにしないとね、と深呼吸を繰り返す。
「し、閉めました」
「ボーッと突っ立ってるんじゃないよ。とっとと隣に座りな」
ユウはだらしなく相好を崩し、少し離れた所に座った。
「知らない仲じゃないんだ。もっと近づきな」
フランが肩を抱くと、ユウは嬉しそうに擦り寄ってきた。
「で、何をしていたんだい?」
「……」
ユウは無言だ。
「何をしてたんだい?」
「……そ、それは」
ユウは恥ずかしそうに俯いた。耳まで真っ赤だ。
羞恥に耐えている横顔を見ていると、暗い愉悦が込み上げてくる。
多少の罪悪感はあるのだが、それは暗い愉悦を引き立てるスパイスと化している。
◆◇◆◇◆◇◆◇
やっぱり、口じゃダメみたいだね、とフランはベッドに寝そべりながら認識票を見つめた。
フラン
Lv:16 体力:9+5 筋力:9+5 敏捷:18+5 魔力:1
魔法:なし
スキル:××××の加護
称号:××××の××××
ステータスが上昇するのは素直にありがたい。
「あの、フランさん?」
「今日は終了だよ、終了」
「そ、そんな~」
ユウは露骨に残念そうな表情を浮かべた。
甘やかして図に乗られても困るのだ。
相手は体力限界突破の男だ。
ユウに合わせていたらフランの体力が保たない。
「……ステータスを上げるための関係なんて酷いや」
「なん――ッ!」
フランは慌てて口を押さえた。
「グリンダさんは僕の師匠ですよ?」
「くっ、あのアマ」
「ね~、フランさん」
ユウは甘えた声を出して擦り寄ってくる。
その声を聞いていると、もう1回くらいならいいかなという気になってくる。
「1回だけだよ?」
「もちろんですよ」
フランはユウと唇を重ね――その日、ユウが嘘吐きであることを思い知らされた。