Quest27:武技を習得せよ【中編】
文字数 6,187文字
翌日、優は自分のベッドで目を覚ました。
両サイドではフランとグリンダが安らかな寝息を立てている。
残念ながら全裸ではない。
実に、残念なことに全裸ではない。
フランはスウェットの上着とズボン、グリンダはキャミソールとホットパンツだ。
「……ジグソーパズルになった気分」
小さくぼやき、部屋から出る。
美味しそうな匂いが鼻腔を刺激した。
スカーレットが朝食を作っているようだ。
「おはよう」
「さっさと風呂に……って、今日は臭わないわね」
欠伸を噛み殺しつつリビングに入る。
スカーレットは鬼のような表層で振り返ったが、昨夜は何もなかったと分かるやいなや表情を和らげた。
「ここは僕達の家なんだけどねぇ」
「あたしの職場でもあるわ」
ぼやきながら自分の席に着く。
ふぅ、とスカーレットはポットを手に取り、中身をカップに注いだ。
爽やかな匂いがリビングに広がる。
どうやら、豆茶ではなく、香茶のようだ。
「アンタも飲む?」
「よろしく」
スカーレットはもう1つカップを用意すると香茶を注ぎ、優の前に置いた。
「うん、いい香りだ」
「アンタ、適当に言ってるでしょ」
香茶を一口飲んで言うと、スカーレットから突っ込みが入った。
「いい香りだってのは分かるよ」
「ふん、どうだか」
スカーレットは香茶を飲み、口元を綻ばせる。
「……ツンケンしてなければ可愛いのに」
「聞こえてるわよ」
「聞こえるように言ったからね」
スカーレットは不愉快そうに眉根を寄せる。
「昨日はどうしたの?」
「ご飯を食べて、自分の部屋に行って、すぐに寝た」
グリンダは水薬を補充すると実験室に行ったが、すぐに優の部屋に来て、ベッドに潜り込むとそのまま眠ってしまった。
「そう言えばバーミリオンさんは?」
「父さんがどうかしたの?」
「工房に籠もってるって言ってたから」
「仕事が終わったみたいで工房で寝てたわ」
スカーレットは呆れたように言って肩を竦めた。
「剣はできたのかな?」
「満足のいく剣を打てたから寝たのよ」
スカーレットはカップを両手で支えて口に運んだ。
父親の仕事が上手くいって嬉しいのか、微かに覗く口元は綻んでいる。
「どんな剣なんだろ?」
さあ? とつれない返事だ。
「取りに行った方がいいかな?」
「譲り受ける約束をしてるんなら向こうから来るわよ」
そっか、と優は頷いた。
「いい匂いだねぇ」
フランはそんなことを言いながら優の隣に座った。
「おはよう」
「おはよう。今朝は機嫌がよさそうだね」
スカーレットが嫌みったらしい口調で言っても、フランは何処吹く風だ。
「アンタらがあられもない格好で出てこなければ上機嫌でいられるのよ」
「早起きして身なりを整えようとは思ってるんだけどねぇ」
フランが言い訳すると、スカーレットは唇をひん曲げた。
「もう1人は?」
「あたしがベッドを下りた時はうんうん唸ってたよ」
「もう起きた、わ」
ふぁ、とグリンダは欠伸をしながらスカーレットの隣に座った。
「寝足りない、わ」
「まだ寝足りないのかい!?」
フランが呆れたように言う。
「夢の中で魔法の研究をしていたの、よ」
「アンタの研究馬鹿は極まってるね」
苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「夢の中でどんな研究をしてたんですか?」
「昔の夢を見ていた、わ。あの頃は防御魔法に関する研究をしていたのだけれ、ど」
「そんなものがあるなんて知らなかったよ」
「燃費が悪くて実用的じゃないの、よ」
グリンダは優の前にあるカップに手を伸ばす。
「痛っ!」
「何処を見てるのよ!」
胸の谷間を覗き込もうとしたらスカーレットに蹴られた。
「あたしが淹れてあげるわよ」
スカーレットが席を立つと、グリンダは座り直した。
「燃費ですか?」
「障壁を展開し続けるのは魔力の消費が激しい、の」
「グリンダさんの魔力値は凄く上がってますけど?」
「1回凌ぐだけじゃなくて、もう少し柔軟性のある魔法にしたかったの、よ」
優の脳裏を過ぎったのはシューティングゲームの自機の周辺を回るバリアだ。
ああいうものを作りたいのだろうか。
「解決策は見つかりましたか?」
「見つかった、わ」
「はい、どうぞ」
スカーレットがカップを差し出すと、グリンダは優雅に香茶を口元に運んだ。
「いつ完成するんだい?」
「既存の魔法を組み合わせるだけだか、ら」
すぐに完成するということだろうか。
「はいはい、話はそこまでにして朝食を済ませちゃいましょ」
「お母さんのポジションが取られちゃいましたね?」
「誰がお母さんよ!?」
優がフランに話しかけると、スカーレットは顔を真っ赤にして怒った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ユウ、迎えに来たぜ!」
店を開けると、エドワードが元気よく入ってきた。
武装はしているが、チームメンバーの姿はない。
「エドワードさん、いらっしゃい」
「おう!」
エドワードは子どものように笑った。
「他の方は?」
「ああ、3人は南門で待ってる」
「フランさんとグリンダさんを呼んできますね」
「もう来てるぜ」
後ろを見ると、フランとグリンダがカウンターの奥にある扉から出てくる所だった。
2人ともきちんと冒険に行く時と変わらない格好だ。
「新しい杖を買わないとですね」
「この杖を気に入っていたのだけれ、ど」
グリンダは愛おしそうに壊れた杖を撫でる。
「スカーレットさん、ベスさん、僕達はエドワードさんと南門に行ってきます」
「分かったわよ」
「御主人様、了解しました」
スカーレットはカウンターに着きながら、ベスは尻尾をクルンと回して言った。
「今日はよろしくお願いします」
「任せとけ。じゃあ、付いてきな」
エドワードに先導されて南の城門に向かう。
黄色い声援が飛んできたり、綺麗なお姉さんが押し寄せてくるのかと思ったが――。
「……意外ですね」
「勇者になればモテモテになると思ったか?」
「そうです」
「即答かよ」
エドワードは楽しそうに笑った。
「僕の想像ではファンクラブ的なものができるものとばかり」
「皆、そこまで暇じゃねーよ」
エドワードは苦笑する。
「あまり有名じゃないんですか?」
「失礼なことを言いやがるな。これでも、俺は有名人だぞ。酒場じゃ吟遊詩人がこぞって俺の英雄譚を歌うんだからな」
「吟遊詩人は話を盛るから詳しい特徴を知っている人は少ないの、よ」
エドワードがムッとしたように言い、グリンダが補足する。
「夢がないですね」
「夢ならあるだろ。算盤を叩くのは嫌だ、世界を見てみたいって家を飛び出した商家の小倅が野垂れ死にもせずに勇者と呼ばれてるんだぜ」
「勇者になった、じゃないんですか?」
「どう説明したもんかな?」
う~ん、とエドワードは唸った。
「勇者になって終わりじゃねぇ。偉業をなし続けてこそ、勇者だと思うんだ」
「……なるほど」
頷いてみたものの、正直に言えば今一つ理解し切れていない。
「分かってねーだろ?」
「でも、エドワードさんには理想の勇者像があるってことは分かりました。何と言うか、冒険家って感じですね」
「冒険家!?」
エドワードが素っ頓狂な声を上げた。
「生涯現役って感じです」
「ああ、あー、なるほどな」
納得したのか、エドワードは何度も頷いた。
その後、他愛のない会話をしながら歩いていると南門が見えてきた。
こちらに気が付いたのか、衛兵が近づいてきたが、エドワードが軽く手を上げると安堵したような表情を浮かべて元の位置に戻った。
城壁の外に出て、しばらく森を進むと開けた空間に出た。
直径30メートルほどの円形の空間だ。
そこにはベン、アルビダ、シャーロッテの3人がいた。
「もう、遅いじゃない」
「悪いな」
シャーロッテは切り株に座りながら不満そうに頬を膨らませる。
エドワードは詫びながら空間の中央に立った。
「じゃあ、これから合同の訓練を始める。まあ、つっても、訓練するのは俺とベン、フランだけどな」
「よろしく頼むよ」
「任せておけ」
フランが頭を下げると、エドワードはニッと笑った。
「ユウ、グリンダ、アルビダ、シャーロッテの4人は端っこで適当に過ごしてくれ」
エドワードはアルビダとシャーロッテの方を見る。
そこには切り株や岩がある。
座って待っていてくれと言うことか。
優とグリンダは同じ切り株に腰を下ろした。
「……グリンダさん?」
「何かし、ら?」
「どうして、僕と同じ切り株に座るんですか?」
「何となく、よ」
「何となくですか?」
「何とな、く」
グリンダは何処からか魔道書を取り出した。
「術式選択、編集、アクセス……」
グリンダはぶつぶつと呟きながら何かを描くように手を動かし始めた。
気になったのか、シャーロッテが近づいてきた。
「ちょっと何をしてんのよ?」
「……防御魔法の開発、よ」
グリンダはシャーロッテにチラリと視線を向け、今度は指を動かす。
「開発って何もしてないじゃない」
「……仮想詠唱を実用化することができたのだけれ、ど」
「あの欠陥魔法を!?」
シャーロッテはギョッと目を剥いた。
「仮想詠唱の開発過程で魔法は数式によって表されるという発見があったのだけれ、ど」
「そんなことは知ってるわよ。その数式で作った仮想詠唱の術式が脳内でまともに維持されなかったから死人が続出したんじゃない」
「今は数式を直接操作して魔法を開発しているの、よ」
は!? とシャーロッテは目を見開いた。
「術式選択、魔弾」
グリンダは指先を地面に向けて魔法を放つ。
指先から放たれた魔弾が地面を穿ち、土が舞い上がった。
はあ!? とシャーロッテはまたしても目を見開いた。
「どうやってるのよ?」
「……」
グリンダは考え込むように俯いた。
「……思うに私は仮想詠唱を使えていないと思うの、よ」
「何を言ってるのよ」
今、使ってみせたでしょ、と言わんばかりの口調だ。
「恐らく、私はユウの脳内に存在する術式を使わせてもらっているだけだと思う、の」
「怖いことを言ってる!」
ユウは思わず叫んだ。
「怖くない、わ」
「外部から脳にアクセスされるって怖いじゃないですか!」
どうやら、優の脳にはファイアウォールが設置されておらず、ウィルスソフトも常駐していないらしい。
せめて、アクセスする時に許可するか否か決めさせて欲しいものだ。
「まあ、こいつのお陰で廃人製造魔法が実用レベルに漕ぎ着けたのは分かったわ」
「廃人製造魔法って言わないで下さいよ!」
優は涙目で叫んだ。
「アンタが開発した魔法ってあたしも使えるの?」
「術式を変換すれば使えると思う、わ」
「思う、か」
シャーロッテは少しだけ不安そうに呟いた。
文系分野かと思ったら実は理系だったりするのだから魔法は奥が深い。
「おーい、俺の勇姿を見ないのか?」
「見ます見ます」
優が顔を上げると、エドワードは膝を屈めて腰を落とした。
「縮地!」
土埃が上がり、エドワードの姿が掻き消え、10メートル前方に姿を現す。
一瞬にして10メートルの距離を踏破したのだ。
「これが縮地だ。足に力を込めて爆発させる感じだな」
エドワードはフランに向き直る。
「次も移動系の武技で空舞踊(エア・ウォーク)だ。つっても単体じゃ意味がなくて、俺は縮地と組み合わせて使ってる。縮地!」
再び姿が掻き消える。何処に消えたのか。
「上か!」
「正解だ!」
フランが顔を上げ、それにつられて上を見る。
エドワードは5メートルほどの高さに浮いていた。
「空舞踊!」
エドワードが何もない空間を蹴る。
姿が掻き消え、現れると同時に空間を蹴る。
天高く舞い上がり、自然落下。
ドンッと地面に降ってきた。
「次は攻撃だ」
剣を抜き、腰を落とす。
「空破斬!」
裂帛の気合と共に剣を一閃させる。
白い光の刃が放たれ、木の幹を切り裂いた。
エフェクト的には剣の軌道をなぞるように白い光が現れ、前に飛ぶという感じだ。
「これが空破斬だ。モーションはでかいが、離れた敵を倒せる。最後に……闘気刃!」
エドワードが叫ぶと、剣が白い光で包まれた。
「この武技は武器の耐久力や攻撃力を飛躍的に向上させるだけじゃなく、非実体系のモンスターや物理攻撃に耐性を持つモンスターにダメージを与えられるようになる」
エドワードが剣を振ると、白い残像が空間に残る。
目がチカチカする。
長時間見ていたら目に悪そうだ。
「もう1つ、限界突破って武技があるんだが、これは筋力値、敏捷値を一時的に向上させる。ただ、使用直後はまともに体を動かせなくなるってペナルティーがある」
そう言って、エドワードは剣を鞘に収めた。
「次はベンなんだが、こいつの武技は防御系に偏っている」
ベンはエドワートとフランから離れると自分の身を隠すように盾を構えた。
「不破城砦!」
ベンが叫ぶと、白い湯気のようなものが全身から立ち上る。
「誰かベンに向かって実体系の魔法を放ってくれ」
「術式選択、岩弾」
言うが早いか、グリンダはベンに向かって魔法を放った。
岩弾は盾に直撃し、斜め後ろにすっ飛んでいった。
「術式選択、岩弾×10」
「う、うぉぉぉぉぉっ!!」
2度も攻撃されると思わなかったのか、ベンは絶叫しながら盾を構える。
岩弾が次々と盾に直撃するが、全て斜め後ろにすっ飛んでいく。
「盾の角度を変えながら攻撃を受け流しているみたい、ね」
「いや、あれだけ激しく動かせば分かりますよ」
1発だけならわずかに角度を変えるだけで済んだのだろうが、10連続だ。
ベンは激しく盾を振り回し、攻撃を凌ぎきった。
「次に闘気盾」
「闘気盾!」
ベンが楯を構え直すと、白い光が盾を包んだ。
「術式選た――」
「ストップです!」
優は慌ててグリンダを止めた。
「不破城砦と闘気盾は防御力を向上させる武技だ。相手の攻撃を跳ね返す武技もあるって話だが……」
「まだ、俺はその領域に達していない」
ベンは低い声で言った。
「最後に咆哮だ」
「咆哮!」
文字通り、ベンが吠える。
空気が、地面がビリビリと震える。
混乱無効のスキルを所持していなければパニックに陥っていたかも知れない。
「咆哮は相手が格下なら一定時間動きを封じ、同格、もしくは格上でも注意を引けるって盾役にピッタリの武技だ」
武技と言っても色々あるようだ。
「さて、始めるぜ。準備はいいか?」
「ああ、バッチリ気合を入れてきたよ」
「上等!」
フランが答えると、エドワードはニッと笑った。