Quest30:迷宮女王蟻を討伐せよ【前編】
文字数 9,951文字
「……おっと」
浮遊感から解放され、優はよろけた。
転びそうになったが、何とか持ちこたえる。
「気を付けな」
「一応、気を付けているつもりなんですけど」
フランに注意され、照れ隠しに頭を掻く。
転移に伴う浮遊感は一瞬だが、そのせいで転けそうになることもある。
どう気を付ければいいのかと思わないでもない。
「キャッ」
可愛らしい悲鳴が聞こえて振り返る。
すると、グリンダが尻餅をついていた。
まるで狙い澄ましたかのようなM字開脚だ。
ロングブーツを履いてなければ見事な脚線美を見ることができたのに残念だ。
「グリンダの脚なんざ見慣れてるだろ」
「それはそれ、これはこれです」
フランはうんざりしたように言ったが、シチュエーションが違えば別の感慨が湧いてくるものなのだ。
「手を貸して欲しかった、わ」
グリンダは立ち上がると、恥ずかしかったのか、三角帽子を目深に被った。
「これでダンジョンの探索を再開できるね」
フランはやや力を込めて言った。
再開という言葉が示す通り、優達がいるのはダンジョンの8階層だ。
「気合を入れて行くよ!」
「武技を習得してから元気、ね」
「きっと、ストレスが溜まってたんですよ」
武技を習得したことであれだけ倒すのに苦労した迷宮蟻や近隣最強と言われる火炎羆を労せずに倒せるようになった。
今まで活躍する機会が限定されていたので、はっちゃけてもおかしくないと思う。
「違う、わ」
「え?」
「ユウの役に立てて嬉しいの、よ。可愛い所があるわ、ね」
思わず問い返すと、グリンダは微かに口元を綻ばせた。
「う、うっさいね! ちゃっちゃと進むよ!」
図星だったのか、フランは耳まで真っ赤にし、荒々しい足取りで歩き始めた。
しばらくして
「土壁はなくなってるね」
フランは立ち止まり、壁に触れる。
ダンジョンを塞いでいた土壁は痕跡さえ残さずに消滅している。
「さあ、先に進むよ」
優達はダンジョンの奥――妖蛾が飛んできた方向に進む。
あれだけの妖蛾が飛んでいたのに鱗粉さえ残っていない。
「まだ一日も経ってないのに凄いですね」
「ダンジョンだも、の」
「それにしたってデタラメな回復力ですよ」
小さな切り傷だって元通りになるのに数日は掛かるのに凄まじい回復力だ。
「ダンジョンは地母神……地神とも言われるけれど、の力を分断するために創り出されたという説がある、わ」
「何処かで聞いたような」
何処だっただろ? と優は首を傾げた。
「あたしが地神を信仰しているって話を前にしただろ? その時だよ」
「ああ、そうでした。ダンジョンを倒せば地神が復活するって話でしたね」
「そう主張した連中がいたって話さ」
フランは溜息交じりに言ったが、似たようなものだろう。
「そんな大昔からあるならダンジョンの回復力にも納得ですね」
「簡単にダンジョンが壊れるのなら人間種は絶滅している、わ」
「まあ、そうだね」
グリンダの言葉にフランは同意した。
人間種の生活はダンジョンなしに成り立たない。
もし、ダンジョンがなければ人間種はとうの昔に絶滅していただろう。
しばらく無言で進むが、モンスターを示す三角形は地図に表示されない。
「モンスターが出ませんね」
「そう、ね」
優が呟くと、グリンダが頷いた。
「勝手に湧いて出るのにおかしいですね」
「昨日みたいに暴走が起きたんじゃないかし、ら?」
「つまり、あたし達は暴走の直後に来たってことかい?」
「見、て」
グリンダが人差し指でダンジョンの壁をなぞると、色が変色した。
「妖蛾の鱗粉、よ」
「ってことは妖蛾が通ってからそんなに時間が経ってないってことだね」
フランは溜息交じりに言った。
「どうして、溜息を吐くんですか?」
「また妖蛾の大群が押し寄せてくるかも知れないじゃないか」
「なるほど」
「火力で圧倒すれば問題ない、わ」
「同業者を巻き込んじまうよ」
フランは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「地図作成と反響定位、敵探知の範囲を広げれば問題ないんじゃないですか?」
「魔力の消耗は避けたいんだけどね」
フランは難しそうに眉根を寄せた。
「どちらかを選ばないと堂々巡り、よ」
「分かった。魔法の範囲を広げておくれ」
「術式選択、地図作成×2、反響定位×2、敵探知×2」
優が設定を変更すると、地図の表示範囲が2倍に広がり、MPが98%に減少する。
ホッと息を吐く。
MPがどんどんなくなっていったらどうしようかと思っていたのだが、杞憂に過ぎなかったようだ。
「MPの残量に気を付けながら進むよ」
「分かった、わ」
「分かりました」
しばらくして地図にモンスターを示す三角形が表示された。
最初は1つ、すぐに地図――正確には地図に表示された通路を埋め尽くすほどの数になった。
「グリンダ!」
「近くに人はいません!」
「任せ、て」
グリンダは先頭に立ち、杖を構えた。
恐らく、モンスターの正体は妖蛾だろう。
バサバサという音が聞こえてくる。
音は徐々に大きくなり、やがて妖蛾の大群が姿を現す。
「グリンダ?」
「まだ、よ。もっと引き付けてからでないと一掃できない、わ」
フランが訝しげに名を呼ぶが、グリンダは杖を構えたままだ。
舌で上唇を湿らせる。
淫靡さを感じさせる仕草だ。
妖蛾の大群が間近に迫る。
そこで――。
「術式選択!」
グリンダが杖の先端を妖蛾の大群に向けた。
「
赤い光が杖の先端に灯り、弾けた。
次の瞬間、炎が爆発的に膨れ上がり、妖蛾を呑み込んだ。
まるで堰を切って押し寄せる濁流だ。
炎の中で妖蛾は塵と化し、存在していたことを示すように魔晶石を地面に落とした。
不意に炎が消え、あとに残ったのは数え切れない魔晶石と熱で揺らぐ大気だけだ。
「とんでもない威力だねぇ」
えへん、とグリンダは自慢気に胸を張った。
「確かに凄い威力ですけど、MPが……」
「まあ、そうだね」
グリンダのMPは90%――炎弾100発分のエネルギーを消耗した計算だ。
「炎弾とどう違うんだい?」
「炎弾は着弾して炎と衝撃と撒き散らして、炎砲は炎が真っ直ぐに突き進むの、よ」
「は~ん、なるほどね」
「本当に分かってる、の?」
「分かってるよ」
フランはちょっとムッとしたように言った。
「僕もその魔法を使いたいです」
「その内、ね」
「ケチケチしないで習得させてやりなよ」
「……レベルが足りないから無理、よ」
グリンダは間を置いて答えた。
取って付けたような理由だったが、そんなものかも知れない。
武技だってレベル25を超えないと習得できないのだ。
似たような制限が魔法にあっても不思議ではない。
「自分が活躍できなくなるとか考えてるんじゃないだろうね?」
「そんな訳ないじゃな、い。頼られたいとは思っているけれ、ど」
「アンタね」
フランは深々と溜息を吐いた。
後半部分で一気に嘘臭くなってしまった。
「どちらも本心、よ」
「で、本当はどうなんだい?」
「適性レベルでないのは事実、よ。普通の魔道士なら止めないのだけれど、ユウは特殊だか、ら」
そこでグリンダは言葉を句切った。
「脳の血管が破裂しても困る、わ」
「そりゃ、困るね」
「当たり前ですよ!」
優は思わず叫んだ。
「どうして、脳の血管が?」
「仮想詠唱分の負荷、よ。どうなるのか分からないから安全マージンをしっかり取りたいの、よ」
「は~、意外に考えてるんだね」
「お師匠様だも、の」
えへん、とグリンダは胸を張った。
フランは感心したように言ったが、忘れていることがある。
「そのお師匠様のせいで安全マージンをしっかり取ることになっているんですけど?」
「師匠の心、弟子知らず、ね」
「人体実験じゃなかったんですか?」
「今にして思えば酷いことをしたと思うけれど、あの時は正当な取引だった、わ。それに努力という対価を支払わなかったのだから、リスクを負うのは当然、よ」
「……」
グリンダとフランの間では正当な取引が成立していたかも知れないが、優は何も知らなかったので正当とは言えないのではないだろうか。
まあ、今更そんなことを言っても仕方がない。
さらにダンジョンを進み――。
「9階層に続く坂だね」
フランは立ち止まり、坂道の壁に触れた。
ダンジョンの壁に指の跡が残る。
「さっきの妖蛾は下の階層から来たってことだね。馬鹿話はここまでだ。ここから先は何が出てくるか分からないからね」
フランは表情を引き締めて言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
第9階層――優はダンジョンの壁から突き出した魔晶石を割ってリュックに入れる。
今日はちょっと少ないな、とリュックを見つめる。
普段の半分にも満たない量だ。
それでも、一般的な冒険者に比べれば稼げているのだが――。
「ここから先は何が出てくるか分からないから、ね。キ、リッ」
「そりゃ、あたしの真似かい?」
グリンダが何処かで聞いたようなことを言い、フランは渋い顔をした。
「違う、わ」
「違わないだろ! 言いたいことがあるなら言いな!」
「キメ顔で言ったのにモンスターが出てこなかった、わ」
「そういうこともあるだろ!」
よほど恥ずかしかったのか、フランは顔を真っ赤にして言った。
それにしても何処でキメ顔なんて言葉を覚えたのだろう。
「やっぱり、モンスターが出ないせいですかね?」
「あ? ああ、魔晶石のことだね。そりゃ、モンスターがいなけりゃ他の連中だってじっくり探すさ」
優達は第9階層で一度もモンスターと遭遇していない。
他の冒険者もそうなら魔晶石が少ないのも当然だ。
「悪い予感がします」
「わざわざ口にしなくたって分かってるよ」
フランは軽く肩を竦めた。
「いい予感がしない、わ」
「分かってるって言ってんだろ!」
「場を和ませようと思ったの、よ」
フランが声を荒らげると、グリンダは拗ねたように唇を尖らせた。
場を和ませてどうするんだと思わなくもない。
天才は何処かズレているものなのかも知れない。
「こういうことってよくあるんですか?」
「あたしは初めてだね」
「私も、よ」
ますます嫌な予感がする。
「それで、どうする、の?」
「どうするって言ってもモンスターはいないからね」
う~ん、とフランは唸った。
探索を続けるか、帰還するか判断するのはリーダーの仕事だ。
「10階層に続く坂道を見つけてから帰還だね」
「その心、は?」
「勘と言うか、パターンだね」
「パター、ン?」
「1階層で超大土蜘蛛、5階層で巨大妖蠅と戦っているんだ。10階層にデカいモンスターが出てもおかしくないだろ?」
「……そう、ね」
グリンダは静かに頷いた。
「気になることでもあるのかい?」
「次はどんなモンスターが出るのかし、ら?」
「あたしに聞かれても分からないよ」
「そうなのだけれ、ど……」
フランが軽く肩を竦め、グリンダは拗ねたように唇を尖らせた。
モンスターの話でもしたかったのだろうか。
「文献には書かれてないんですか?」
「手元にある文献には記載されていない、わ。それ以前に大土蜘蛛や妖蠅が巨大化するなんて聞いたことがないのだけれ、ど」
「何処かで聞いたような?」
「
「ああ、そうでしたそうでした」
優は手を打ち鳴らした。
迷宮蟻の頭から妖蛆が出てきた時、グリンダは本にはこんなに大きいとは書いていないと言っていた。
「じゃあ、あたしらが倒した巨大モンスターは何だったんだい?」
「亜種と考えるのが普通なのだけれ、ど」
グリンダは思案する――胸を強調しているようにも見えるが――ように腕を組んだ。
「亜種が存在するのなら目撃例があるはず、よ」
「あたしゃ聞いたことがないね」
「ベスさんに聞けばいいじゃないですか」
エドワードにベス姐と呼ばれるほどの冒険者だったのだ。
知っている情報は多いはずだ。
「……それもそう、ね」
「まだ何かあるのかい?」
間が気になったのだろう、フランは問いかけた。
「亜種が存在していたと考えていいのかし、ら?」
「そんなに結論を急がなくたっていいだろ」
フランが溜息交じりに言い、意外だったのか、グリンダはパチ、パチと目を瞬かせた。
「もう少し情報を集めてからでも遅くないわ、ね」
「そういうこった。よく言うだろ? 馬鹿の考え休むに似たりって」
「私は馬鹿じゃない、わ」
「アンタは一周してるんだよ」
フランは人差し指を上に向け、円を描いた。
頭が良すぎて馬鹿に見えると言いたいのだろう。
優は溜息を吐きつつ、リュックの口を固く縛った。
これで第9階層の魔晶石は回収した。
「ユウ?」
「魔晶石はこれで全部です」
「じゃあ、10階層に続く坂道を見つけて帰るかね。けど、油断するんじゃないよ」
「はい、家に帰るまでが冒険です」
そう言って、優はリュックを背負った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「よう、フラン! 景気がよさそうじゃねーか!」
優達が冒険者ギルドに入ると、革鎧を着た冒険者――ジョンが近づいてきた。
初めて冒険者ギルドに訪れた時にお世話になったのだが、それ以降は接点がなかった。
「アンタにゃあたしが景気よさそうに見えるのかい? 病院に行きな」
「つれないことを言うなって」
ジョンは優を見つめ――。
「よう、久しぶり」
「お久しぶりです」
ジョンが片手を上げ、優はペコリと頭を下げた。
冒険者ギルドで見かけたことはあったが、話すのは本当に久しぶりだ。
「で、何か用かい? 念のために言っておくけど、金は絶対に貸さないよ」
「お前に金を借りようとは思っちゃいねーよ」
フランが『絶対に』の部分に力を込めて言い、その様子がおかしかったのか、ジョンは苦笑した。
やけに馴れ馴れしいが、不思議と憎めない。
「割のいい仕事はねーかと思ってよ」
「そんな仕事があるならあたしがやってるよ。けど、アンタがあたしに話しかけてくるなんて珍しいね。そんなに金に困ってるのかい?」
「金ならあるさ。ゴキブリ退治でかなり稼いだからな」
ジョンは自慢気に言った。
ゴキブリが嫌いでないのならば割のいい仕事かも知れない。
「金があるならいいじゃないか」
「分かってねーな。周りを見てみろよ」
フランが冒険者ギルドを見回し、優もそれに倣う。
冒険者ギルドはそれなりに賑わっている。
新人が増えてしばらくは酷い有様だったが、それも落ち着いたようだ。
「見たよ」
「で、感想は?」
「いつものギルドだ」
「カーッ、分かってねーな」
ジョンは呆れたように言った。
「ユウは分かるか?」
「新人が入ってきた頃に比べて落ち着きましたね」
「おいおい、ユウが分かってて、お前が分かってないってどういうことだ?」
「うるさいねぇ。あたしゃ他人に興味がないんだよ」
フランはうんざりしたように言ったが、一触即発という雰囲気ではない。
軽口を叩き合っているような感じだ。
多分、ジョンが上手くコントロールしているのだろう。
「それは違う、わ」
「何が違うってんだい?」
「フランはユウにベタ惚れだも、の」
「アンタだって同じだろ」
「そう、ね」
フランが頬を朱に染めながら言うと、グリンダはあっさりと頷いた。
「モテモテだな」
「モテモテです」
「きっと、お前はエドワードみたいな女泣かせになるぜ」
「エドワードさんみたいですか」
思わず顔が綻ぶ。
「ユウもエドワードに憧れてる口か?」
「はい、エドワードさんは頼りになるお兄さんって感じですから」
彼のように優しく、頼りになり、気遣いのできる男になりたいと思う。
「次に会った時にそう言ってやりな」
「それはちょっと」
「照れ臭いか?」
「そりゃそうですよ」
尊敬している人に尊敬していると言うのは恥ずかしい。
お調子者だと思われたら最悪だ。
それにこういう気持ちは態度で表すべきもので口にするものではないと思う。
「エドワードの話はどうでもいいだろ。で、いつものギルドだからどうだってんだい?」
「商売敵が増えたということ、よ」
力量が不足している者や判断能力を欠いている者は淘汰され、今ギルドにいるのは冒険者として最低限の能力を持った者だ。
つまり、限られたパイを奪い合う、ライバルということになる。
「流石、魔道士ギルドの支部長は違うぜ」
「元支部長、よ」
グリンダが『元』の部分に力を込めて言う。
「……それに比べて」
「ぐっ」
ジョンに憐れむような視線を向けられ、フランは小さく呻いた。
「つまり、ジョンさんはお金がある内に次の仕事を見つけておきたいと?」
「そういうことだ」
ジョンは我が意を得たりと言うように頷く。
「ま、デキる冒険者は常に一手先を考えるもんだ」
「デキるって、あたしに頼ってるじゃないか」
「頼るのも技能の内だ」
「は~、凄いですね」
ジョンの堂々とした態度に感心してしまう。
「ベテランの冒険者は強かなの、よ」
グリンダはフランに視線を向け――。
「大抵のベテランは強かなの、よ」
「言いたいことがあるなら言いな!」
「フランは残念、ね」
「アンタだって似たようなもんだろ!」
フランは顔を真っ赤にして叫んだ。
グリンダが同居することになった経緯を考えれば無理もない。
「五十歩百歩だろうに」
「同病相憐れむとはいかないもんです。むしろ、近親憎悪って感じです」
ジョンが呆れたように言い、優は頷いた。
2人とも美人だが、ちょっと残念な所があるのだ。
まあ、そこが可愛いのだが。
「で、どうよ?」
「どうよって?」
「仕事だよ、仕事。フランはあの有様だからな」
ジョンはギャーギャーと言い争うフランとグリンダに視線を向けた。
「薬草の採取はメアリ達に依頼してますし……」
ふと巨大モンスターのことが脳裏を過ぎる。
「お、何かあるのか?」
「あるかもってレベルです」
そもそも、第10階層に巨大モンスターがいるのか分からないのだ。
期待を持たせるような言い方をすると、面倒なことになりそうな気がする。
「あるかも、か~」
「あるかも、です」
ジョンは溜息交じりに言う。
「ま、その時は頼むぜ」
「はい、その時はお願いします」
優はペコリと頭を下げた。
ジョンは頼るのも技能の内と言っていた。
これからモンスターはどんどん強くなっていくはずだ。
その時のために同業者と仲良くしておいて損はない。
「ユウ、とっとと換金してきな」
「分かりました」
フランに頭を叩かれ、受付に向かう。
受付にはエリーがいた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
「買取をお願いします」
優はリュックをカウンターに置いた。
「……よかったです」
「何がよかったんですか?」
「最近、元気がなさそうだったので」
淘汰の結果とは言え、死者が減ったのがよかったのだろう。
「まあ! 心配してくれたんですね!」
「当然ですよ」
エリーは冒険者ギルド側の人間だが、長い付き合いなのだ。
元気がなければ心配もする。
「じゃあ、頑張って鑑定をしないといけませんね!」
そう言って、エリーはリュックの中から魔晶石を取りだした。
「鑑定が終わるまで座ってて下さい」
「分かりました」
軽く頭を下げ、受付から離れる。
「フランさんとグリンダさんは……いた」
2人は窓際にあるテーブル席に着いていた。
ちなみにジョンはかなり離れた場所でジョッキを呷っていた。
2人のいる席に向かう。
「お疲れさん」
「……お疲れさ、ま」
グリンダが奥に移動し、優は席に座った。
すぐに――。
「豆茶をどうぞ」
ウェイトレスが豆茶の入ったグラスを3つ置いて去って行った。
優はグラスを手に取り、豆茶を半分ほど飲み干す。
「ジョンさんはどうでした?」
「巨大モンスターについては知らなかった、わ」
グリンダは小さく溜息を吐いた。
どうやら、優が受付で買取を依頼している間に情報収集をしていたようだ。
「お金を要求された、わ」
「そんなの当たり前だろ」
フランは呆れたように言った。
ベテランの冒険者は強かと言ったのはグリンダだ。
強かな冒険者ならば情報に対価を求めて当然という気がする。
「それで、払ったんですか?」
「割のいい仕事があったら紹介するって条件で手を打ったよ」
「う~ん、妥当な取引なのかな?」
優は首を傾げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優が家の扉を開けると、カランコロンという音が響いた。
営業時間が過ぎているので店内に人はいない。
バタバタという音が近づいてきて――。
「御主人様、お帰りなさい♪」
ベスは店舗スペースに出てくると、尻尾を回した。
「な~にが御主人様だい」
「あざとい、わ」
フランとグリンダは面白くなさそうに言った。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも――」
「その前に質問を」
「いいわよ」
ベスは腰に手を当て、ニッコリと笑う。
「ダンジョンで巨大モンスターに遭遇したことがあるんですけど、こういうことってよくあるんですか?」
「巨大モンスター? オーガとかそういうヤツ?」
「大土蜘蛛や妖蠅がそのまま大きくなったようなヤツだよ」
ベスが首を傾げ、フランが補足する。
「う~ん、そういうことはなかったかな」
「そうかい」
「亜種なのかし、ら」
フランとグリンダはがっくりと肩を落とした。
「どうして、そんなことを聞くの?」
「探究心、よ」
ふ~ん、とベスは気のない返事をする。
「ああ、そう言えば……」
「思い当たる節があるのかい?」
「昔、ある植物系モンスターを討伐しに行った時なんだけど、他のモンスターに行く手を遮られたことがあったの」
「そのモンスターが命令していたんでしょうか?」
「どうかしらね」
ベスは腕を組み、難しそうに眉根を寄せた。
「ありえそうな話、ね」
「けど、なんだってモンスターがモンスターを守るんだい?」
「アブラムシと蟻みたいな関係なんじゃないですか? ほら、蟻が蜜をもらう代わりにアブラムシを守るみたいな」
確か、相利共生と言ったはずだ。
「モンスターの間に利害関係が成立してい、た?」
「そう考えれば説明ができるんじゃないかと。でも、ダンジョンの場合は防衛反応みたいなものかも知れませんね」
「なるほ、ど」
「1人で納得してるんじゃないよ」
「推論に過ぎないのだけれど、巨大モンスターはダンジョンが冒険者を下の階層に行かせないために産み出したのかも知れない、わ」
「何だって、そんな真似を」
「ダンジョン・コアを破壊されないために決まってるじゃな、い」
「壊そうとするヤツなんていないだろ」
「ダンジョンがそう判断するとは限らない、わ」
フランの言葉をグリンダは否定する。
そもそも、コミュニケーションが取れる相手ではないのだ。
人間の思惑なんて知ったことではないだろう。
「29階層まで踏み込まれているんだも、の。自分を守るために巨大モンスターを産んでも不思議ではない、わ」
「ってことはアレかい? あたし達はエドワードの尻拭いをしているってことかい?」
「断言はできないけれど、文献を調べ直してみる、わ」
「その前にさっさとご飯を食べてよね」
不機嫌そうな声が響く。
声のした方を見ると、スカーレットがオタマを持ち、仁王立ちしていた。
「……ただいま」
「挨拶はいいから、さっさと食事にしましょ」
そう言って、スカーレットは踵を返した。