Quest20:マイホームをゲットせよ【前編】
文字数 4,602文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
優はスープを口に運ぶ。
残り物のスープに硬くなったパンをぶち込んで煮立てたそれは味がしっかり染み込んでいる。
「な~んか、ホントに幸せそうに食べるわね」
巨乳ウェイトレスが欠伸を噛み殺しつつ声を掛けてきた。
「美味しい?」
「美味しいですよ」
見た目は悪いが、柔らかいので、寝起きでも無理なく食べられる。
消化もよく、森やダンジョンで戦う頃には腹がこなれている。
誉めようと思えば幾らでも誉められるが、一番のポイントは温かいことだ。
「そう言えば昨日はどんな話をしていたの?」
「フランさんに家を買ったら一緒に住みませんかと提案したんです。そしたら、いくらお金が掛かると思ってるんだって言われて」
優は少し悩んだ末に告白した。
巨乳ウェイトレス――年上の女性ならいいアイディアを思い付くのではないかと思ったのだ。
「う~ん、ヘカティアで家を買うのは難しいと思うわ。何て言えばいいのかしらね。土地は貴族の収入源なの。それに土地を借りると領主の庇護を受けられるようになるわ」
聞く限り、借地代は税を、借地契約は戸籍を兼ねているようだ。
「農村なんかだとは何かあった時に守ってやるから収穫の何割を寄越せって話になるんだけどね」
「僕、税金を払っていないんですけど?」
「冒険者は報酬から税金を差し引いてるから心配しなくて大丈夫よ。ギルドに登録しておけば領主の庇護を受けられるしね」
「そうなんですか」
知らない内に税金を徴収されていたようだ。
それにしてもファンタジーな世界で税金とは裏切られたような気分だ。
微妙に効率的な所が憎たらしい。
「そんな訳で家を買うのは難しいの。手元に置いておけば無限にお金を生み出してくれるものを売る人はいないでしょ?」
「……借家でもいいんですけど」
う~ん、と巨乳ウェイトレスは眉間に皺を寄せて唸った。
「冒険者は信用がないのよね」
「……信用」
言いたいことは分かる。
冒険者は定期収入がないし、定住所もない。
元の世界で言えばネットカフェ難民みたいなものだ。
「だから、冒険者が家を借りる時は冒険者ギルドが保証人になってくれるの」
「それなら!」
「話は最後まで聞いて。ギルドは保証人になってくれるけど、貢献度が足りないって断られるケースが殆どなの」
「この間、ギルドに貢献したばかりなんですけど?」
超大土蜘蛛の巣にあった魔晶石は1000万ルラ以上の利益をギルドにもたらしたはずだ。
「どれくらい貢献したか分からないけど、冒険者って基本的に根無し草でしょ。いつ死ぬかも分からないし、それに貴方って冒険者になってから2ヶ月経ってないでしょ」
「な~んか、僕の知ってるファンタジーとは違いますね」
優はスプーンでスープを掻き混ぜながら呟いた。
「昔、ギルドを保証人にしてお金を借りてトンズラした冒険者がいてね。それで査定が厳しくなったのよ」
巨乳ウェイトレスは困ったように笑った。
「どれくらいギルドに貢献すれば保証人になってもらえるんでしょう?」
「そうね。勇者エドワードくらいになれば保証人になってくれると思うわ」
「そんなの保証人にならないって言ってるようなものじゃないですか。と言うか、エドワードさんクラスなら保証人なんていりませんよね?」
「ギルドは保証人にならないなんて言わないわよ。査定して、貢献度が足りなかったって落とすだけ」
巨乳ウェイトレスは軽く肩を竦めた。
「大人はズルい」
「この程度でズルいって言ってたら世の中を渡っていけないわよ」
巨乳ウェイトレスはケラケラと笑った。
「ウェイトレスさんは……」
「ベスよ」
巨乳ウェイトレス――ベスは悪戯っぽく微笑んだ。
「ベスさんはギルドのことに詳しいんですね?」
「元冒険者だもの。これでも、それなりに名の売れたチームに所属していたのよ」
そう言って、ふさふさした尻尾を一回転させた。
「どうして、ウェイトレスを?」
「利き腕に怪我をしちゃったのよ」
優が尋ねると、ベスは腕捲りをした。
右腕の前腕部には大きな傷跡が残っていた。
肉が抉れたようになっているので、相当深い傷だったのは間違いない。
「傷は塞がったけど、握力が元に戻らなくて引退せざるを得なかったの」
「大変だったんですね」
「引退した後がね」
ベスは前傾になり、カウンターを支えに頬杖を突いた。
「私って戦うこと以外に何もできないヤツだったのよ。そんなだから蓄えを使い果たして路地裏で行き倒れになって、シェラに拾われたの。知ってる? 売春や男に貢がせるのって凄くテクニックが必要なのよ」
「何となく分かるような気がします」
どちらも経験はないが、初対面の人間に自分を売りつけようとしたり、お金を貢がせようとしたりする難しさは分かる。
自分には無理だ。
「私に貢いでみない?」
「……」
ベスが身を乗り出すと、大きな胸がゆさゆさと揺れた。
だが、たわわに実った果実に触れればフランは気を悪くするだろう。
「ここって、宿屋兼食堂ですよね?」
「ウェイトレスを口説ければ2階で味わえるわよ」
「売春宿だったんですね」
「自発的にやってるから売春宿じゃないわよ」
ベスはムッとしたように唇を尖らせた。
今一つ違いが分からないが、彼女にとっては自発的に売春するかしないかが売春宿か否かの分かれ目らしい。
「申し訳ないんですけど、遠慮します」
「……そう」
ベスは深い溜息を吐いた。
「連敗続きで嫌になるわ」
「そんなにお金が必要なんですか?」
口減らしで村を追い出されて以来、戻っていないと言っていたからフランのようにお金が必要とは思えない。
「皆と同じことができないのが嫌なのよ。何もできないって言われてる気になるから」
「何もできないなんてことはないと思いますよ」
ベスにとって冒険者であることはアイデンティティーそのものだったのだろう。
冒険者を引退した今、代わりになる何かを探しているのだ。
多分、それは優が家を手に入れようとしたことと本質的には変わらない。
居場所やここに居ていい理由が欲しい。
たったそれだけのことなのに現実は上手くいかない。
きっと、これは元の世界でも同じことが言えるのではないだろうか。
「じゃあ、私に何ができるのか教えてくれる?」
「ご飯が美味しいです」
優は冷めたスープを口に運んだ。
「簡単な料理は作れるけど、スープを作ったのは別の子よ。私はパンを刻んで一緒に煮込んだだけ」
「僕も簡単な料理は作れます」
「じゃあ、私はいらないじゃない」
「でも、自分のために料理を作ったりしないと思います」
小学校や中学校の調理実習で作った料理を上手に作る自信はないし、凝った料理を作ろうとも思わない。
「さっき、幸せそうに食べるって言ってましたけど、僕を幸せな気分にしてくれたのはベスさんの料理です」
「私が貴方を幸せにしたってこと?」
「そういうことです」
ベスは照れ臭そうに耳を掻いている。
「……他の子にできることが自分にはできないからここに居ちゃいけないなんて考えなくてもいいと思います」
でも、これって、僕が母さんに言って欲しかったことだよね、と優は心の傷を抉ってしまい、胸を押さえた。
「死にそうな顔をしてるけど、大丈夫?」
「自分にできなかったことをどの面下げて、と思ってるところです」
心が折れそうだ。
「2人して不景気な顔をしてどうしたんだい?」
顔を上げると、フランが槍を片手に階段を下りてくる所だった。
壁に槍を立てかけ、カウンター席に座る。
「今日も訓練ですか?」
「いや、今日は3階層に行くよ。文句はないね?」
「ないです」
妥当な、少なくとも反対する理由のない判断だ。
訓練のお陰で魔法を当てる精度が向上しているし、フランのステータスも上がっている。
「ベス、朝飯を頼むよ」
「はいはい」
ベスは小さく溜息を吐き、厨房に入っていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「術式選択! 魔力探知×100!」
MPが89%まで低下し、魔力の分布が地図に加わる。
3階層の未探索エリアは7割と言った所だ。
つまり、1階層と2階層と変わらない。
「さて、魔力が回復するまで坂に戻るよ」
「分かりました」
優とフランは2階層と3階層を繋ぐ坂に戻り、手頃な大きさの岩に腰を下ろした。
1階層、2階層を最短距離で突破したので、食事は摂らない。
「そう言や、ベスと何を話してたんだい?」
「税金と信用についての話です」
フランは顔を顰めた。
「そんな小難しい話をしてどうするんだい?」
「……冒険者が家を借りるのは難しいことが分かりました」
「ま~だ、諦めてなかったのかい」
フランはうんざりしたように言った。
「諦めるも何もまだ具体的に動いてないですから」
「ったく、頑固だね。ま、あたしがとやかく言っても諦めないんだろうからアンタの好きにやりな。けど、旨い話に飛びついたりするんじゃないよ」
旨い話には裏があるとはよく言うものの、奴隷に転落したフランに言われると妙に重く感じる。
きっと、人間は切羽詰まったり、欲しいものを目の当たりにすると冷静に考えられなくなる生き物なのだろう。
「他に何を話したんだい?」
「あとはベスさんが冒険者だったことですね。フランさんは知ってましたか?」
「そりゃ、知ってるさ。今は空回っちまってるけど、昔はそれなりに有名な冒険者だったからね。」
「戦う以外に能がないって言ってました」
「そりゃ、言い過ぎだろ」
どうやら、フランはベスができない子だと思っていないようだ。
「冒険者が天職だったってことでしょうか?」
「ウェイトレスに比べりゃ上手くやれてたってことだろ」
「売春したり、貢がせたりすることも上手くできないって言ってました」
「女に振る話題じゃないね、それは」
フランは顔を顰めた。
「まあ、でも、どっちも上手くいっている所を見たことはないね」
「魔法で治せないんでしょうか?」
「神殿に高い金を払えば何とかなるかも知れないけど、余計なことはするんじゃないよ」
「どうしてですか?」
優が問い掛けると、フランは大きな溜息を吐いた。
「どうしても冒険者がしたけりゃ借金をして神殿に行くなり、左腕を鍛えるなり、何とかする方法があるだろ。大体、ベスが冒険者に戻りたいなんて一言でも言ったのかい?」
「……いえ」
言われてみればベスは皆と同じことができなくて辛いとは言ったが、冒険者に戻りたいとは言わなかった。
「ベスは子どもじゃないんだ。自分の面倒くらい見れるさ」
「……」
「何だい、その目は? ああ、あたしは自分の面倒を見れないダメ人間だよ。けど、ベスが身の振り方くらい決められるって分かるんだよ」
優がジッと見つめると、フランは捲し立てるように言った。
「フランさん基準だとちょっと心配です」
「う、うっさいね!」
フランは顔を真っ赤にして怒り、そっぽを向いた。