Quest24:開店の準備をせよ その1
文字数 8,241文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
優が目を覚ますと、たわわに実った2つの果実が飛び込んできた。
それは果実などではなく、グリンダの胸である。
リンゴやメロンでさえ網目状の発泡スチロールに保護されているのにグリンダの胸は剥き出しである。
反対側を見ると、小振りながらも形のよい胸があった。
フランの胸だ。彼女の胸もまた剥き出しだ。
体を起こして床を見ると、そこには三人分の服と下着が散らばっていた。
脱ぎ捨てたのだから当然と言えば当然だ。
「……それにしても」
優は昨夜のことを思い出してだらしない笑みを浮かべた。
普段のフランとグリンダは水と油の関係だが、昨夜は火と油の関係だった。
「な~に、ヘラヘラ笑ってるんだい」
隣を見ると、フランが不機嫌そうな表情でこちらを睨んでいた。
「昨夜のことを思い出してたんですよ」
「もう忘れちまいな」
フランは窮屈そうに寝返りを打って俯せになると両手で顔を覆った。
「あ~、どうして、あんなことをしちまったのかねぇ」
「フランさんは負けず嫌いな所がありますからね」
優はしみじみと呟いた。
フランは最初こそ止めようとしていたが、グリンダの挑発にまんまと乗ってしまった。
監視のために同じベッドで寝るという選択をした時点で未来は確定していたと言ってもいいだろう。
「分かってるなら止めとくれよ」
「無理です」
「嫌じゃなくて無理ときたか」
「当然ですよ」
フランとグリンダは性格的に問題はあるが、美女である。
そんな2人に求められて自制心を保てという方が難しい。
「まあ、昨夜のことはもういい。とっとと風呂の準備をしとくれよ」
「もう少しダラダラしたいんですけど」
モンスターと死闘を繰り広げたばかりなのだ。
大量の魔晶石を手に入れたことだし、もう少しダラダラしてもバチは当たらないのではないかと思う。
「今日は色々とやることがあるだろ?」
「キングサイズのべ――」
「馬鹿、そっちじゃないよ」
「重要じゃないですか」
「アンタはやることしか考えてないのかい」
フランは溜息交じりに言った。
「昨夜、話し合っただろ?」
「サロンに行ってバーソロミューさんにお店を出す許可をもらって、冒険者ギルドでお店用の口座を作って、クエストを発注……でしたっけ?」
「覚えてるじゃないか。けど、1つ抜けてるよ」
「何かありましたっけ?」
「……ユウ」」
フランは深々と溜息を吐いた。
体力値が底上げされていても精神的な疲労からは逃れられないようだ。
「服だよ、服。スカーレットに新しい服を持ってきてもらう約束だっただろ?」
「ああ、そう言えばそんな約束をしましたね」
今まで着ていた服は
すぐに新しい服を購入したが、あれではサロンに入らせてもらえないだろう。
「スカーレットさんが来るまで間があると思うんです」
「合鍵を渡しちまったもんでね」
「なんてことをするんですか!?」
優が声を荒らげると、フランはニヤリと笑った。
「とっとと風呂の準備をしとくれ」
「うう、3人の愛の巣が……あんまりだ。」
「おはよ、う」
グリンダが体を起こし、優の首に腕を回した。
柔らかな双球を押し付けられたせいで血液が下半身に流れ込む。
「朝から元気、ね?」
「朝っぱらからサカってるんじゃないよ、このビッチが」
「ビッチじゃない、わ」
フランは吐き捨てたが、グリンダは平然としている。
「ビッチとは誰にでも股を開く女のこと、よ。私はユウだけだからその定義に当て嵌まらない、わ」
「だったら淫乱だよ、淫乱」
「私が淫乱なら貴方も、よ」
「……ぐっ!」
グリンダは薄く笑い、フランは痛い所を突かれたと言うように呻いた。
「天に唾するとはこのこと、ね」
「うっさいね!」
羞恥心からか、それとも単純に怒っているのか、フランは顔を真っ赤にして言った。
「しましょ、う?」
「だから、朝っぱらからサカってるんじゃないよ!」
グリンダが甘えた声を出して優にしなだれかかると、フランはガバッと体を起こして肩を小突いた。
「暴力はダメ、よ」
「言っても聞かないヤツはぶん殴るしかないだろ!」
フランとグリンダは優を挟んで睨み合った。
止めるべきなのだろうが、頭では分かっていても体が動かない。
もうしばらく、もうしばらく目の前で2人の裸を見ていたい。
そんな気持ちの方が圧倒的に強い。
「話をする約束だったじゃな、い」
「サカってる以外にどんな理由があるってんだい?」
「各種数値の補正が上限なのか確かめたいの、よ」
予想外の答えだったのか、フランは軽く目を見開いた。
「ユウに抱かれている時、私は強力な魔力を感じている、わ。この魔力が私達の体に作用して数値を補正していると思うのだけれ、ど」
「続けな」
「この数値が最高値なの、か。それとも先があるのか確かめたいの、よ。それに仕組みを解き明かせれば新しい魔法を開発できるかも知れない、わ」
グリンダは立て板に水とばかりに持論を展開する。
「……あの、それは」
「誤解しない、で。私はユウのことが好き、よ」
よかった、と優は胸を撫で下ろした。
好意は双方向であるべきだと思う。
自分の好意が一方通行だなんて想像するだけで恐ろしい。
「アンタの愛ってのは今一つ信用できないんだよ。好きなんて言いながら自分の好奇心を満たしたいなんて不純すぎやしないかい?
「好奇心じゃなくて探究心、よ。好意と探究心は両立する、わ」
「ホントかねぇ?」
フランは疑わしそうにグリンダを見つめた。
「ユウは信じてくれるわよ、ね?」
「もちろんですよ」
グリンダが身を乗り出して尋ね、優は視線を落としながら答えた。
このたわわに実った果実の前では人体実験された過去など些細なことだ。
「ユウのスケベ心にゃ感心するよ」
「そんなに誉めないで下さい」
皮肉に決まっているが、誉め言葉として受け取っておく。
「じゃあ、しましょ、う」
「それだと話が先に進まないだろ」
フランは深々と溜息を吐いた。
「どうし、て?」
「それは開店準備を進めなきゃならないからだよ。これ以上、サカってるならあたしは協力しないよ」
「ごめんなさ、い。夜までお預け、ね」
「いえいえ、いいんですよ」
「ほら、さっさと風呂の準備をしとくれ」
「痛ッ!」
フランにピシャリと背中を叩かれ、慌ててベッドから下りる。
「……おおっ!」
「何をやってるんだい?」
「いえ、2人に裸を見られていると考えたら得も言われぬ快感がっ!」
返答は枕だった。
「馬鹿なことを言ってないでさっさと風呂の準備をしな!」
「……はい」
完全に尻に敷かれているが、フランの威勢がいいのは今だけだ。
夜になれば、夜になれば立場は完全に入れ替わるのだ。
夜が来るのが待ち遠しい。
そんなことを考えながら全裸で廊下に出ると、スカーレットに出くわした。
ギョッとした表情のまま凍り付いている。
多分、ギリシア神話に出てくる怪物――メデューサに見つめられたらこんな感じで石になるのだろう。
「おはようございます」
「お、おはよ」
優はスカーレットの脇を擦り抜けて浴室に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優が洗面所から出ると、美味しそうな匂いが漂っていた。
「フランさんかな?」
そう思ってリビングを覗くと、スカーレットがキッチンで料理をしていた。
「……そんなことまでしてくれなくていいのに」
「――ッ!」
声を掛けると、スカーレットはバッと身を翻した。
手にはキッチンナイフ――寄らば刺すと言わんばかりだ。
「パンツだけじゃなくて、服も着なさいよ」
「ティーシャツも着てるよ」
スカーレットは小さく息を吐き、慎重にキッチンナイフを置いた。
その時、背後からバタバタという音が響いた。
振り返ると、シーツを体に巻き付けたフランとグリンダがリビングを横切る所だった。
「これが新しい服?」
「そうよ」
テーブルの上に置かれた袋を手に取る。
スカーレットはチラチラとキッチンナイフを見ている。
もしかしたら、襲われると考えているのかも知れない。
優は認識票を見下ろした。
タカナシ ユウ
Lv:5 体力:** 筋力:3 敏捷:5 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効、混乱無効、腐食無効
レベルは上がったが、筋力値は3だ。
子どもよりマシ程度の筋力である。
むしろ、警戒するのはこちらだと思うのだが、それを指摘しても仕方がない。
袋の中から服――ズボン、上着、マントを取り出す。
妖蠅に溶かされた服と殆ど同じデザインものだ。
「マントも持ってきてくれたんだ」
「穴だらけだったもの」
「ありがとう」
「あたしはあたしのためにやってるんだから御礼は結構よ」
そんなことを言いながら照れ臭そうに視線を背ける。
バーミリオンもそうだったが、親子揃ってツンデレのようだ。
「サイズは合ってるはずだけど、念のために袖を通してくれない?」
「分かった」
優は新しい服に袖を通した。
「サイズはピッタリね」
「プロみたい」
「プロなのよ」
優が素直な感想を口にすると、スカーレットは不機嫌そうに言った。
当然と言えば当然の反応だ。
彼女は自分で作った商品を売ってお金を稼いでいる。
仕事をしてお金をもらうことがプロの条件ならば彼女は立派なプロだ。
そんな彼女に対してプロ“みたい”はあまりに失礼な態度だろう。
「そりゃ、今は父さんのツテで仕事をしてるけど、あたしはプロの名に恥じない仕事をしているわ。見てなさいよ、この店を取っ掛かりにして実力を証明してやるから」
謝らなくていいかな? と優は思った。
自分も酷いことを言ったが、彼女も彼女で碌でもないことを言っている。
喧嘩両成敗ではないが、ここは謝罪を要求されるまで謝らなくてもいいだろう。
「そう言えばバーミリオンさんは何て?」
「好きにしろ、って言ってたわ。ま、出戻った娘に対する態度なんてそんなものよね」
スカーレットはふて腐れたように唇を尖らせた。
「離婚の理由は?」
「アンタにはデリカシーがないの?」
「いや、事情があるならできるだけ把握しておこうと思って」
犯罪に巻き込まれたら嫌だし、と心の中で付け加える。
「あたしが出てきたのよ」
「どうして?」
「……性格の不一致」
スカーレットはもごもごと口を動かした。
何だか、バンドの解散理由を聞いているような気分だった。
「……あたしと彼は幼馴染みで、親同士が決めた許嫁だったのよ。小さい頃から仲がよくて本当の
「なるほど」
優は頷いた。
スカーレットと姉弟のように過ごせるとはなかなかできたお子さんである。
「小さい頃から一緒だったから空気みたいな関係だった」
へ~、と相槌を打つ。
正直、他人の恋バナを聞かされても面白くも何ともない。
「あたしの話、面白くない?」
「結論から先に言ってくれると嬉しいデス」
チッ、とスカーレットは舌打ちした。
「結婚初夜に昔から苦手だったって言われたのよ」
「……ああ」
姉弟のような関係ではなく、親分と子分のような関係だったのだろう。
相手の子を泣かせるスカーレットの姿が目に浮かぶようだ。
「ああ、って何よ」
「きっと、勇気を振り絞ったんだね」
「もっと早く勇気を振り絞ればよかったじゃない! 結婚式が済んで、これからベッドインって所で切り出したのよ!?」
優がしみじみと言うと、スカーレットは恨み骨髄という感じで地団駄を踏んだ。
「参考までにヤ――」
「アンタってばデリカシーがないわね! ベッドインって所って言ったでしょ!」
スカーレットはダン、ダンッと床を蹴った。
「ドワーフは性的に……あ、何でもないです」
「分かればいいのよ」
スカーレットはキッチンにキッチンナイフを戻した。
「その後は?」
「思いっきりぶん殴ったら子どもみたいに泣き出したから、こっちから離婚を申し出て帰ってきたのよ」
スカーレットは腕を組み、そっぽを向いた。
どうやら、彼は幼少時に深刻なトラウマを植え付けられたようだ。
どうして、そんな風になる前に周囲の人間が助け船を出してやれなかったのか。
「バーミリオンさんに説明した?」
「言える訳ないでしょ、こんなこと!」
そりゃそうである。
小さい頃に婚約者を散々苛めまくったせいで離婚する羽目になったと切り出せるとしたら相当な強者だ。
「まあ、あたしが離婚した理由はこんな感じよ」
「よく分かったよ」
この分なら借金取りや旦那が店に押し掛けてくることはなさそうだね、と優は胸を撫で下ろした。
「ところで、旦那さんは?」
「知らないわよ」
スカーレットは吐き捨てるように言った。
「共通の友人経由で……」
「は~、いい湯だったねぇ」
「そう、ね」
できるだけ旦那さんの情報を仕入れようと思ったのだが、フランとグリンダに言葉を遮られてしまった。
「飯まで作ってもらって悪いねぇ」
「助かる、わ」
「別に……あたしはあたしのためにやってるだけだもの」
そう言って、スカーレットは再びそっぽを向いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……今日はバーソロミューさんにお店の営業許可をもらいに行く訳ですけれど」
優はたっぷりとバターを塗った食パンを頬張りながら切り出した。
「食べながら喋るんじゃないよ。ほら、口にバターがついてるよ」
フランはサラダを食べる手を休め、ハンカチで優の口元を拭った。
「まるでお母さん、ね」
「何気に面倒見がよかったのね」
グリンダとスカーレットは対面の席で慈愛に満ちた表情を浮かべている。
「あたしゃそんなに歳を取っちゃいないよ!」
「母性的ってことですよ」
「……母性的」
優がフォローすると、フランは難しい表情で呟いた。
「何か気になる、の?」
「ええ、店の名前は……まあ、適当に決めるとして」
「決めるとし、て?」
グリンダは不思議そうに首を傾げた。
優より年上なのだが、こういう仕草は妙に子どもっぽく感じられる。
「どんなお店にするんですか?」
「どんな店と、は?」
グリンダはまたしても不思議そうに首を傾げる。
優は咀嚼したベーコンエッグを熱い豆茶で胃に流し込んだ。
「どんな客層を想定しているとか、どんな品揃えにするとか、目指すべき理想像があるのか気になったんです」
「『魔道士よ、大衆のためにあれ』を実践する店、よ」
「そいつは漠然としすぎだろ?」
「そうかし、ら?」
グリンダは救いを求めるように視線を向けてきた。
「その理想を達成するために何をするかですね。研究を優先するのか、商品を安く提供するのか、はたまた豊富な品揃えを売りにするのか」
「……」
グリンダは思案するように黙り込んだ。
「安さかし、ら?」
「へ~、アンタのことだから研究を優先するって言うかと思ったよ」
フランがニヤニヤと笑う。
「研究はするけれど、自分の店を開く時は商品を安く提供しようと決めていた、の」
「どういった風の吹き回しだい?」
「私は今まで通り、よ。顔見知りが酷い目に遭うのは辛い、わ」
フランは少しだけバツの悪そうな表情を浮かべた。
きっと、グリンダはお金がなくて悲惨な目に遭った冒険者と知り合いだったのだろう。
「水を差すようで悪いんだけど、安くしたせいで生活が成り立たなくなるんじゃ全然意味がないわよ」
「上納金分は安くできる、わ」
「上納金?」
「商品には魔道士ギルドに納める上納金分が上乗せされていた、の」
フランが問い返すと、グリンダは淡々と説明した。
「酷いことをしやがるね」
「売値も決められていた、わ」
フランはますます渋い顔をする。
「……僕はそんなに悪いことじゃないと思いますけどね」
「アンタはどっちの味方なんだい?」
「慈善団体じゃないんだから仕方がないですよ」
フランさんにアンタって言われるのは久しぶりだな、と思いながら反論する。
「意外だ、わ」
「でも、今の在り方がいいとも思ってないですけどね」
「まあ、そうよね」
意外と言うべきか、スカーレットが優の意見に同調する。
「2人して何を通じ合ってるんだい?」
「通じ合ってないわよ!」
スカーレットがキッとフランを睨み付ける。
「こいつが言いたいのは魔道士ギルドがマジックアイテムの販売を独占してるのはおかしいってことよ」
「どういうことだい?」
「たとえばヘカティアには武防具店が沢山あるわ。うちみたいな高品質な武防具を扱う店から中古品、盗品を扱うような店までね」
「それで?」
「ったく、少しは自分で考えなさいよ」
スカーレットはうんざりしたような口調で言った。
「武器屋は選べるけど、マジックアイテムの販売店は選べないってことよ。選べないから安くならないし、腕を上げる必要もない」
「私は勉強し続けてた、わ」
「アンタは、でしょ? 努力しなくてもお客さんがやってくる状況で自分の腕を上げる努力するヤツなんて少数派よ、少数派」
グリンダが縋るような視線を向けてきたが、優もスカーレットと同じ意見だ。
国鉄や共産主義国家を見れば一目瞭然。
普通の人間は楽な方へ楽な方へと流れていくのだ。
「こいつは今の状況がおかしいって言ってるのよ。そうよね?」
「まあ、そんな感じです。バーソロミューさんにはその辺を主張して営業許可をもらいたいなって思ってます。もちろん、大義名分ってだけじゃないですよ。僕達の店が繁盛すれば魔道士ギルドも対策しなければならなくなるはずで、値下げをしてくれば『魔道士よ、大衆のためにあれ』という目的を達成できたことに……」
「2人とも聞いてないわよ」
「え?」
優はフランとグリンダを交互に見る。
2人はポカンと口を開けていた。
「ユウは頭がいいんだねぇ」
「意外だった、わ」
2人は低く押し殺したような声音で言った。
この態度から察するに2人とも優のことを馬鹿だと思っていたのだろう。
「……フランさん」
「仕方がないだろ。あたしゃユウがこんなに頭がいいなんて思ってなかったんだよ」
「これくらい普通ですよ」
普通、とフランとグリンダは同時に呟いて頭を垂れた。
この世界は神々の戦いのせいで知識や技術が散逸しているので、義務教育を満了していない優でも知識量が豊富な部類に入るのだろう。
「ところで、スカーレットさんはどんな商品を出すの?」
「今気付いたんだけど、アンタってあたしに対してタメ口よね? 多分、あたしはアンタより年上よ」
「気に入らなければ丁寧に話すけど?」
「……別にいいわ」
スカーレットは拗ねたように唇を尖らせた。
「話を戻すけど、どんな商品を?」
「そりゃ、あたしの実力を分かってもらえるもの……と思ったけど、『魔道士よ、大衆のためにあれ』なんて店で高い物は並べられないわよね」
スカーレットは溜息交じりに言った。
「安い商品を多めに、高い商品を少なめに並べればいいと思うけど?」
「まあ、そうよね。キチンとした物を作ればお客さんは分かってくれるはずなんて思っても分かってもらえないのが現実だものね」
意外な台詞だ。
情熱や承認欲求が空回りしているタイプだと思っていたのだが、自分のことを客観視できるタイプだったようだ。
「じゃあ、そういうことで」
優はすっかり冷たくなったトーストを頬張った。