Quest18:ルートを選択せよ フラン or エドワード【前編】
文字数 7,105文字
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「はぁ、ショボい買い取り額だったね」
フランは席に着くなり、ガックリと肩を落とした。
2人がいるのは安宿ではなく、冒険者ギルドの食堂だ。
「ったく、巣に合った魔晶石を独占できてりゃ1000万ルラにはなったってのに」
フランは頬杖を突き、ぼやくように言った。
エリーに地図を渡した翌日からダンジョンに入れなくなった。
3日後には入れるようになったが、超大土蜘蛛の巣に合った魔晶石は全てなくなっていた。
ほぼ確実に冒険者ギルドの仕業だ。
衛兵が慌ただしく動いていたことを考えれば、街の有力者も無関係ではないだろう。
「それでも、情報提供で1万ルラは稼げたじゃないですか」
優が地図に書いたのは巣の場所だけだ。
今日は地図に描かなかった所に行き、2万ルラの利益を出した。
悪くない儲けだ。
優はそのように考えているのだが、逃がした魚の大きさからか、フランは満足していないようだ。
気持ちは分かるが、大声で不満を言ってほしくないなぁ~、と思う。
最近、同業者からの風当たりがキツいのだ。
睨まれたり、舌打ちされたりするのは日常茶飯事、聞こえるように悪口を言ってくる者も少なからずいる。
やはり、気持ちは分かる。
元の世界にいる時、優は自分より成績のよい者が羨ましかったし、妬ましかった。
才能がある人間も、進むべき道を決めた人間も等しく好きになれなかった。
人間は他人の成功を素直に祝福できない生き物なのだ。
それができるのは人格者か、成功者のいずれかだ。
そんな中でメアリだけは今まで通りに接してくれるのだが、そうするとフランの機嫌が悪くなる。
どうすればいいのか考えていると、冒険者達がどよめいだ。
エドワード一行がやって来たのだ。
エドワードは視線を巡らせ、こちらに近づいてきた。
優とフランの座っているテーブルの前で立ち止まり、挨拶のつもりか、軽く手を上げた。
「よう、聞いたぜ。デカい大土蜘蛛を倒して大量の魔晶石を発見したんだってな」
「偶然ですよ。それに回収できたのはちょっとだけでしたし」
ちょっと、と優は人差し指と親指の間に空間を作る。
「あー、ギルドに持っていかれたか。上層で見つけると、独り占めできねぇからな」
同じ経験があるのか、エドワードは参っちゃうよなと言うように笑った。
「で、どうやって、見つけたんだ?」
「だから、それは偶然――」
「失礼するぜ」
エドワードは優の隣に座ろうとした。
座らせまいと抵抗したが、押し切られて席を詰める羽目になった。
しかも、馴れ馴れしく肩に手を回してきた。
「へ~、すげぇ偏ったステータスだな。レベル3のくせにスキルだけじゃなく、称号まであるのか」
いつの間にか、優の認識票を掴んでいる。
「称号!?」
優はエドワードから認識票を取り戻し、内容を確認した。
タカナシ ユウ
Lv:3 体力:** 筋力:3 敏捷:4 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効
称号:墓荒らし
「……墓荒らしって」
「大方、死体を漁ったりしたんだろ。ま、称号は呪いと違ってペナルティーが発生しねぇから安心してもいいぜ」
この世界の神々は何を考えて、こんな称号を作ったのだろう。
自分が悪いのは分かっているが、これはあんまりではないか。
「地図作成、反響定位、敵探知、魔力探知か」
「そんな死に魔法を身に付けるなんて馬鹿じゃないの?」
エドワードの言葉に反応したのは残念な胸の魔女っ娘――シャーロッテだった。
多分、役に立たない魔法と言いたいのだろう。
「そんなに役に立ちませんか?」
「あったり前でしょ! 地図作成も、反響定位も、敵探知も使ってるだけで魔力がガンガン減ってくし……そもそも、魔力探知は魔道士の基本じゃない!」
優が認識票を見下ろしながら呟くと、シャーロッテはつっけんどな口調で言った。
「そんなに魔力は減りませんよ」
「嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐きなさいよ」
なけなしの勇気を振り絞って反論したが、鼻で笑われただけだった。
「泥沼、水生成もあるな」
「そっちも死に魔法じゃない。泥沼は盾役がいれば必要ないし、水生成は――横着せずに水筒を持って行きなさいよ、水筒を!」
立て板に水とばかりに否定された。
「攻撃魔法は魔弾、炎弾、氷弾の3種類か」
「んな訳ないじゃない。あれだけの範囲を凍らせようとしたら氷弾を何十発撃っても足りない……ちょっと見せなさい!」
シャーロッテは力任せに優の認識票を引っ張った。
「体力値、魔力値上限突破? おまけに仮想詠唱? こいつ、人間なの?」
「おいおい、認識票を放してやれよ」
エドワードが優しく手に触れると、シャーロッテは認識票を放した。
「どういうことだい?」
フランが口を開いても、シャーロッテは目を合わせようともしない。
「説明してやれ」
「仕方がないわね。ステータスは99まで認識票に表示されて、それ以上になると表示されなくなるの。これを限界突破と呼ぶんだけど、才能のある者が訓練を積んだり、モンスターを殺し続ければ到達できる領域よ」
でも、とシャーロッテは続ける。
「レベル3で限界突破をすることなんて人間種には有り得ないの」
「仮想詠唱は?」
フランが問い掛けるが、シャーロッテは答えようとしない。
エドワードに促されてようやく口を開く。
「……仮想詠唱は魔道士ギルドの禁忌と言うか、恥ね」
シャーロッテは思案するように腕を組んだ。
恥と言っていたから、ここで話していいのか悩んでいるのかも知れない。
「『魔道士よ、大衆のためにあれ』って聞いたことある?」
「……グリンダさんが」
そ、とシャーロッテは素っ気ない。
自分から聞いてきたのだから、もう少し言い方があるのではないだろうか。
「仮想詠唱は大衆を魔道士にするために作られた魔法よ。まあ、その魔法で魔道士になれたヤツなんていないけどね。全員、死んでるから」
悪寒が背筋を這い上がる。
「ど、どうして、そんなことになったんですか?」
「対価を支払わなかったからでしょ」
シャーロッテは当然のように言った。
確かに努力もせずに魔道士になろうなんて、こんなムシのいい話はない。
「……なぁ、ユウ」
エドワードは静かに口を開いた。
「さっき、お前は魔晶石を見つけたのは偶然って言ったけどな。俺はお前の実力だって思ってる」
「それは、魔法の、グリンダさんのお陰で」
「いや、お前の実力だ」
エドワードの言葉はスルリと優の心に滑り込んだ。
「だからさ、俺のチームに入らないか?」
「ちょっと待っとくれよ。優はあたしとチームを組んでるんだよ」
「ちょっと! 魔道士なら私がいるでしょ!」
フランとシャーロッテがエドワードに食って掛かる。
「おい、これは俺とユウの話だぞ?」
「チームを組んでるんだ。無関係なはずないだろ?」
「俺が提案して、ユウが決めるだけの話だろ? メンバーの引き抜きなんて誰でもやってるんだ。目くじらを立てるなよ」
「……」
エドワードが身を乗り出すと、フランは口を噤んだ。
迫力に気圧されたのだ。
「どうだ? 悪い話じゃないだろ? レベル差があるから最初はしんどいと思うが、冒険の分け前はキッチリ5等分だ。欲しいドロップアイテムがあったら相談してくれりゃ話し合いに応じる」
悪くないと言うか、高レベルの冒険者が駆け出しに提示する条件としては破格だ。
「足りねぇならアルビダの胸を好きなだけ揉ませてやる」
「え?」
優はアルビダを――と言うか、胸を見つめた。
120cmの爆乳を。
「それで足りなけりゃベンの胸を揉ませてやる」
「ちょっと、どうして、私を飛ばすのよ!」
「……ふぅ」
エドワードはシャーロッテの胸を見つめ、小さく溜息を吐いた。
「物足りねぇかも知れねぇが、シャーロッテの胸も揉ませてやる」
「……俺の胸でよければいくらでも触ってくれ」
突然、不破の盾ことベンが口を開いた。
「何も言ってないですよ!」
「……優しくしてくれ」
「どうして、頬を赤らめてるんですか!」
「……俺は大胸筋を動かせるんだ」
「いやいや、聞いてないですから!」
「……右、左、右」
ベンの着ている鎧が上下に揺れる。
その下では逞しく発達した大胸筋がピク、ピクと動いているに違いない。
「動かせなんて言ってないですよ! 無口キャラだと思ったら、意外にお茶目ですね!」
「よし、こうなったら、俺のちん――」
「触りませんよ!」
優はエドワードに突っ込んだ。
「どうだ?」
「……どうって、言われても」
優はフランを盗み見る。
「俺達にはお前にしてやれることが沢山ある。それに、家族を探すなら……ああ、この言い回しは卑怯だったな」
エドワードは小さく頭を振った。
「チームに入ってくれなくても、約束は守るから安心してくれ」
「……あの、少し考えさせて下さい」
そっか、とエドワードは苦笑した。
「こっちの都合を押し付けて悪かった。返事は……そうだな、2日後にギルドに寄るからその時に聞かせてくれ」
エドワードは立ち上がり、受付に寄らずに出て行った。
フランは頬杖を突いている。
いつになくピリピリした態度だ。
「……あ、あの」
「ユウ!」
口を開いたその時、メアリが抱きついてきた。
「あの勇者エドワードに誘われるなんて凄いじゃない!」
「……過大評価だよ」
一応、謙遜してみるが、悪い気はしない。
エドワードの下でなら物語の主人公のように活躍できるかも知れない。
「あ~あ、ユウは遠い世界の人になっちゃうんだ」
「……そんなことないよ」
「ふ~ん、考えさせて下さいって言ってたけど、もう行く気満々なんだ」
優が否定すると、メアリは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「やっぱり、決め手はおっぱい?」
「いや、そうじゃなくて!」
「嘘嘘冗談! でも、決め手がおっぱいなら私にも可能性はあるよね?」
メアリは膝立ちになり、両手で胸を隠すようなポーズを取った。
「流石に120cmなんて規格外のサイズじゃないけど、我ながらいい形をしてると思うんだけど? どうかな?」
「……どうって言われても」
ゴクリと生唾を呑み込む。
今日のメアリーはいつになく積極的だ。
「ずっと、私の胸を見てる。エッチなんだ」
「もし、私とチームを組んでくれるなら、いつでも触らせてあげるんだけどな」
「……いつでも」
「もちろん、その先も」
メアリは優に身を寄せ、囁くような声音で呟いた。
次の瞬間、バンッ! という音が響いた。フランがテーブルを叩いたのだ。
「あたしの前でサカってるんじゃないよ!」
「え~、でも、エドワードも言ってたけど、引き抜きって何処でもやってることだしぃ」
メアリはギャルモードに突入し、フランに言い返した。
先程までのエッチな雰囲気は雲散霧消し、争奪戦の気配が漂う。
「私も自分がユウにあげられるものを提案しただけなんですけどぉ」
メアリはフランから目を逸らし、指に髪を巻き付ける。
「ユウが私達と冒険したいって言ったら、それは私の提案に魅力を感じた……あ、ごめんなさい。貴方に魅力がないって言ってる訳じゃなくてぇ」
「はっ、男が欲しいんなら裏路地にでも行きな」
「男じゃなくて、ユウが欲しいんだけど。でも、ちょっと脈ありかな。ちょっと溜まってるみたいだし」
女の子はそんなことまで分かるのだろうか。
「あたし達はそういう関係じゃないんだよ」
「だったら、マジでうざいから構わないで欲しいんですけど。って言うか、ユウにおんぶにだっこで何もしてあげてないくせに自分の男扱いするとかマジ有り得ない」
2人はテーブルを挟んで睨み合った。
まさに一触即発、いつ取っ組み合いの喧嘩に突入してもおかしくない。
「自分の男扱いしたければ、抱かれてあげればいいのに。ああ、でも、自分に自信がないなら無理か。比べられたら惨めな思いするもんね」
「……」
フランは無言で立ち上がった。
優はフランがメアリの横っ面を張り飛ばす姿を想像して震え上がったが、何もせずに出口に向かった。
「あ、あのフランさん」
「……放って置けばいいのに」
優はメアリを押し退け、フランを追い掛けた。
「フランさん、ちょっと待って下さいよ」
「――ッ!」
マントを掴んだ直後、乾いた音が響いた。
フランの平手が優の頬を打ったのだ。
マントを掴んだから振り払おうとしただけで暴力を振るおうとした訳ではない。
言うなれば事故だ。
その証拠にフランは呆然と自分の手を見ている。
「……フランさん」
「うっさいね! 一人にしとくれよ!」
フランは逃げるように冒険者ギルドを飛び出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「フランさんは戻っていませんか?」
優は安宿の食堂に入ると同時に口を開いた。
営業前ということもあり、食堂にいるのは巨乳ウェイトレスだけだ。
巨乳ウェイトレスはパチ、パチと目を瞬かせ、
「戻ってないわよ」
と素っ気なく答えた。
「そうですか」
「ちょっと待って」
食堂を出て行こうとした所、呼び止められた。
「ほっぺが腫れてるから冷やした方がいいわ」
「すみません。急いでるんです」
「無理にとは言わないけど、ちょっとしたアドバイスをできるかも」
巨乳ウェイトレスは意味深な視線を向けてきた。
優をからかっているだけかも知れないが、フランの行きそうな場所を知っている可能性がある。
「……よろしくお願いします」
「素直で結構」
巨乳ウェイトレスは厨房に入り、しばらくして濡れたタオルを持って戻ってきた。
「話が長くなるかもだから、イスに座って」
優が空いている席に座ると、巨乳ウェイトレスは対面の席に座った。
「はい、冷蔵庫で冷やしてあるから」
巨乳ウェイトレスは優の頬に押し当てた。冷たくて気持ちいい。
「その頬……やっぱり、フランに殴られたの?」
「これは、その事故みたいなもので」
ふ~ん、と巨乳ウェイトレスは身を乗り出した。ランキングはアルビダ>グリンダ>巨乳ウェイトレス>エリー>フラン>>>シャーロッテだ。
「喧嘩でもした?」
「それに近いかも、です」
優はこれまでの経緯――エドワードから引き抜きをうけたこと、メアリに誘惑されていること、フランの機嫌が悪くなってしまったことを簡単に説明した。
「……私はフランが悪いと思うわ」
「でも、フランさんが怒ったのは」
僕がはっきりしなかったからで、と優は小さな声で呟いた。
もっと毅然とした態度を取っていればフランを怒らせることはなかったのではないだろうか。
自責の念に苛まれながら、フランのせいだと言われて安心している自分もいる。
どうして、自分はこんなに情けないのだろう。
「フランは図星を指されて逆ギレしただけよ。私が見ている限り、貴方は自分がフランからもらった以上のものを与えてるわ」
巨乳ウェイトレスはテーブルに肘を突き、口元を隠すように手を組んだ。
「……命の恩人なんです」
「高価な装備を買って、借金を返して、数年は働かずに食べていけるだけのお金を稼がせた。それだけすればお釣りがくるわ」
巨乳ウェイトレスは小さく笑った。
「できる限りのことをしているのなら誰に何と言われても胸を張れるはずよ。それができないのはフランの責任でしょ?」
「それは、そう、なんでしょうけど」
理屈としては正しい気がするが、ドライすぎるのではないだろうか。
「けどじゃなくて、そうなのよ。フランだってそれくらいのことは分かってるわ」
「僕はどうすればいいんでしょう?」
「子どもじゃないんだから放って置けばいいのよ。下手に追い掛けても意固地になるのは目に見えてるわ」
気持ちを整理する時間が必要と言うことか。
逆に自暴自棄になるような気もするが、放って置けばいいと言われて、安心している自分がいるのも事実だ。
「あと、貴方にも考える時間が必要だと思うわ」
巨乳ウェイトレスは立ち上がり、手を差し出してきた。
「何でしょう?」
「お金よ、お金。気持ちを楽にしてあげたお代」
相談しただけでお金を取られるなんて世知辛い世の中だ。
優は仕方がなく、財布から銀貨を取り出して巨乳ウェイトレスに渡した。
「あら、ホントにくれるの?」
巨乳ウェイトレスは自分から要求してきたくせに驚いたように目を見開いた。
「それとも、端金と思っているのかしら?」
「そうじゃないですよ」
「返すわ」
銀貨を受け取り、財布に戻す。
「いいんですか?」
「いいのよ」
巨乳ウェイトレスは優の頭を撫でると厨房に入っていった。
その日、フランは宿に戻ってこなかった。