Quest11:鍛冶屋を訪問せよ【後編】
文字数 4,816文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お邪魔しま~す」
優は恐る恐る扉を開けて店に入った。エリーに教わった店は大通りに面していた。
交差した金槌と金床の看板が店先に吊されていたので、すぐに分かった。
「誰かいませんか?」
カーン、カーンという音が店の奥から響いてくる。
人がいない訳ではなさそうだ。
これ幸いとばかりに商品を見る。
品質が玉石混淆の故買屋と違い、高品質の装備ばかりが置かれている。
中でも優の目を引いたのはマネキンが身に着けているワインレッドの革鎧と剣だった。
「少し古びてるけど、いい装備だな」
鎧に触れてみたい。そんな衝動に駆られて手を伸ばす。
だが――。
「何をしてやがる!」
突然、怒鳴られて手を引っ込めた。
声のした方を見ると、樽のような体型の小男がカウンターにいた。
顔の下半分は髭で覆い尽くされている。
きっと、ドワーフだろう。
「あ、あの、僕は小鳥遊優って言います。エリーさんにお店を紹介してもらって、それで来ました」
「冒険者ギルドの紹介かよ。何の用だ?」
今にも舌打ちせんばかりの表情だ。
自分は客のはずだが、どうしてこんな扱いを受けなければならないのか。
「さ、サロンに入れるような見栄えのする装備を作ってもらいに――」
「見栄えだと!」
ドワーフはカウンターを叩いた。
右の瞼が痙攣するように震えている。
よくない兆候だが、逆に肝が据わった。
怒られるのなら好きなことを言ってやろうと思ったのだ。
「サロンに入れるような見栄えのする装備を作ってもらおうと思って来ました! 今は手持ちがないので、見積もりをお願いします!」
「チッ、座りな」
ドワーフは不機嫌そうに舌打ちをするとイスを蹴り出してきた。
優はイスに座り、ドワーフを睨み付けた。
「ここは武器と鎧を売ってる店だ」
「見栄えのする武器と鎧が欲しいんです」
ドワーフが身を乗り出して凄んできたので、優も負けじと身を乗り出した。
犬からヤンキーまで最初に目を背けた方が負けなのだ。
「どうして、あの鎧と剣を見てた?」
「心を惹かれたからです」
「あの装備はお前にゃ似合わねぇよ」
「僕じゃなくてフランさんに……仲間に身に着けて欲しいんです」
あの鎧はフランにこそ相応しい。
「そんな上等なものじゃねぇぞ?」
「そうですか?」
優は改めて店内を見回した。
どの商品も素晴らしい出来だが、あの鎧と剣に比べると見劣りしてしまう。
「あの鎧と剣が一番です」
「……」
ドワーフは渋い顔をしている。
「どんな女だ?」
「赤毛の女性で身長は僕より頭一個分くらい高いです。スレンダーな体型で、お尻は小さめで、胸はこんな感じです」
「そこは聞いちゃいねぇよ!」
優が両手を使ってくびれや胸の大きさを表現すると、ドワーフは声を荒らげた。
自分から聞いてきたくせに勝手なもんである。
「性格とか、どんな風に思ってるとか色々あるだろ」
「だったら、初めからそう言って下さい」
「目をキラキラさせながら、『仲間に身に着けて欲しいんです』とか言ったくせにいきなり尻が、胸がなんて言い出すヤツはいねぇよ! おめぇは体しか見てねぇのか!」
「心だって見てますよ!」
なんて失礼なドワーフなのだろう、と言い返す。
「どんな性格なんだ?」
「性格は、まあ、端的に言えば悪ぶってる感じですね」
「ったく、それでいいんだよ」
「面倒見は割といいです。自分が傷付きたくないから他人を遠ざけようとする繊細と言うか、臆病な所があります。僕はそういう所が可愛いなって思うんですけど、気持ちが擦れ違うと何も言わずにいなくなっちゃいそうなので、そこは注意が必要ですね。けど、深い関係になれば――」
「そこまで聞いちゃいねぇよッ!」
ドワーフは肩で息をしながらカウンターの下から小さな金属製の水筒を取り出し、一気に呷った。
ツンとした匂いがするので、お酒だろう。
「客が目の前にいるのに飲酒ですか?」
「金のねぇヤツは客じゃねぇ」
少しトーンダウンしている。
どうやら、アルコールを摂取して落ち着いたようだ。
「で、どうですか?」
「今までの流れで見積もりをすると思ってるのか?」
「思ってます」
ドワーフは驚いたように目を見開いた。
「……あの剣と鎧は俺が若い時分に作ったもんだ」
「そっちの方が高品質なのは職人としてどうなんでしょう?」
「技術的には他の商品の方が上だ!」
そうだろうか。
商品を作るのに手を抜いていないとは思うのだが、あの剣と鎧には商品として売る以上の思いが込められているような気がする。
「……1万ルラ」
「高いです!」
「馬鹿野郎! あれは火焔羆の皮をなめして作った鎧だぞ! 丈夫なだけじゃねぇ! 火に対する耐性もあるんだ! おまけに剣は
優が立ち上がって叫ぶと、ドワーフも立ち上がって叫んだ。
「フランさんのマントと僕の装備も欲しいんです! 剣と鎧だけに1万ルラも使えませんよ! そっちこそ、空気を読んで下さい!」
ぐぅ、とドワーフは唸った。
「おめぇはどんな装備が欲しいんだ?」
「僕は魔道士なので、見栄えのする服とマントが欲しいです。武器はいりません。どういう訳か、武器を扱えないので」
「呪われてるのか?」
「まあ、そんな感じです」
ドワーフはどっかりとイスに腰を下ろした。
「金はまけられねぇが、フランとかいう女のマントも、おめぇの装備も何とかしてやる。どうだ? 悪い条件じゃねぇだろ?」
「……全部込みで1万ルラ?」
「全部込みだ」
「神に誓って?」
「ああ、鍛冶場の神に誓う。1万ルラで見栄えだけじゃねぇ、実用に耐えうる装備を用意してやる」
「……よろしくお願いします」
優が手を差し出すと、ドワーフは握り返してきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
魔道士ギルドには今日も煙が充満していた。
グリンダはカウンターに陣取り、魔道書らしき本を読んでいる。
「いらっしゃ、い。今日はどんな用件かし、ら」
「グリンダさん、僕に仕事を下さい」
優が切り出すと、グリンダはパチ、パチと目を瞬かせた。
本を畳み、カウンターに置く。
「どうし、て?」
「新しい装備を買うのにお金が必要なんです」
「どれくら、い?」
「金貨1万ルラです」
グリンダは思案するように口元を手で覆った。
「新しい魔法の実験体が――」
「嫌です」
グリンダはパチ、パチと目を瞬かせる。
「今、開発中の魔法は
「未使用のまま使えなくするなんて嫌ですよ!」
種が枯れるのに
「勘違いしない、で。男性の生殖能力を一時的に封印する魔法、よ」
「動物実験は?」
「実験は成功した、わ。生殖能力を取り戻すことはできなかったけれ、ど」
「ただの去勢じゃないですか! 止めましょうよ、動物実験が成功していないのに人体実験にシフトするのは!」
ちょっと体調を崩すのならまだしも一生ものの障碍を背負わせかねない実験を軽々しくやって欲しくない。
「魔道士よ、大衆のためにあ、れ」
「何処の錬金術師ですか! 目的のために手段が正当化されると思ったら、大間違いですよ!」
魔法を社会の役に立てようという姿勢は立派だが、失敗が目に見えている実験に志願するつもりはない。
「何ができる、の?」
「
優は認識票をグリンダに見せた。
「いつ、勉強した、の?」
「してません。どういう訳か、神代文字が読めて、認識票を確認したら項目が増えていたんです」
む、とグリンダは怪訝そうな表情を浮かべる。
眉根を寄せ、唇を尖らせる姿は童女のようで可愛らしい。
「興味深い、わ」
「人体実験は嫌ですよ」
むぅ、とグリンダは拗ねたように唇を尖らせる。
「いい、わ。本の翻訳をお願いする、わ」
「あ、翻訳の仕事があるんですね」
「お金が余計に掛かるから冒険者ギルドには頼んでいない、の。1冊本を翻訳したら1000ルラ出す、わ」
「そんなに!」
いや、そんなになのかな? と優はカウンターに置かれた本を見た。革の装丁がなされた分厚い本だ。
楽な仕事とは思えないが、陽が暮れた後や雨が降っている日の仕事としては申し分ないような気がする。
「お願いします」
「分かった、わ」
グリンダは杖を手に立ち上がった。
「天壌無窮なるアペイロンよ、誘え誘え砂男の如く――」
「いきなりですか?」
「彼の者を深き眠りに誘え! 睡眠!」
優は心の準備をする間もなく深い眠りに落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
安宿の食堂は喧噪に満ちていた。
「グリンダさん、酷いや」
優は空いているテーブルに腰を下ろすと小さく呟いた。
目を覚ますと、氷弾の魔法と毒無効のスキルが認識票に追加されていた。
タカナシ ユウ
Lv:2 体力:** 筋力:2 敏捷:4 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、毒無効
何をされたのだろう。
スキルが増えた経緯から察するに毒物を投与されたか、何らかの魔法を使われた可能性が高い。
人が眠っている間に毒物を投与するなんてあんまりだと抗議したが、グリンダは取り合ってくれなかったので、涙を堪えて魔道書を翻訳した。
「それにしても、どうなっているんだろ?」
自分の手を見下ろしてみる。
この世界に召喚された影響か、元の世界の人間は全てこうなのか、優はスキルを習得しやすい体質のようだ。
チートと評してもいい体質だ。
もっとも、何処まで有効なのか分からないので、おいそれと試す訳にはいかないが。
「随分、遅いじゃないか」
「アルバイトをしていたんです」
フランは優の対面の席に座った。
「首尾はどうだい?」
「鍛冶屋で見積もりをしてもらって、グリンダさんの所で魔道書の翻訳をすることになりました」
「新装備にはいくら掛かるんだい?」
「1万ルラです」
「1万ルラ!」
フランは目を見開き、イスから腰を浮かせた。
「それだけの金がありゃ、自分で依頼を出せるだろ」
「目撃情報もないですし、ダンジョンを捜索するために装備は必須ですよ」
「そりゃ、そうなんだけどね」
フランは頬杖を突き、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
ヘカティアのダンジョンは29階層まで踏破されている。
だが、そこまで行けるのはエドワード達のような超一流の冒険者チームだけだ。
そこで目撃証言がないということはもっと下の階層にいる可能性が高い。
「……ユウ、あたしも」
「いえ、これは僕の都合ですから」
フランは困ったように眉根を寄せた。
申し出はありがたいが、優は自分の都合で装備を新調しようとしているのだ。
「分かった。けど、一人で稼ぐのは難しいだろ? だから、狩りの時間を少し伸ばすよ」
「……でも」
「アンタに死なれちゃあたしが困るんだよ。効率的に狩りができなくなっちまう」
理由を付けてはいるが、優のことを心配しているのは明白だ。
「それと、あまり無茶するようなら止めるからね」
「お願いします」
優が頭を下げると、巨乳ウェイトレスが料理を運んできた。