Quest20:マイホームをゲットせよ【中編】
文字数 4,603文字
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地図には黄色の三角形が表示され、その延長線上には濃い水色のドットがある。
このまま真っ直ぐ進めば魔晶石がある。
黄色の三角形は目と鼻の先にあるのだが、全く動いていない。
いや、注意深く見ればわずかに動いていることに気付く。
「……遅いですね」
優は地面をのたのたと進む大芋虫を見つめた。
人間サイズの芋虫だが、動きは鈍重そのものだ。
「油断するんじゃないよ」
「大丈夫で――ッ!」
優は最後まで言い切ることができなかった。
突然、大芋虫が糸を吐いたのだ。
反射的に腕を引くが、絡みついた糸はビクともしない。
「ナイフで!」
優が腰のナイフに手を伸ばした瞬間、大芋虫が跳んだ。
数メートルの距離が一瞬にしてゼロになる。
大芋虫は優を押し倒すと口を開いた。口の中にはもう1つ口があった。
内側にあった口が押し出されるように伸び、牙が目の前で打ち鳴らされる。
「Syaaaa!」
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!」
優は大芋虫を押し退けようとしたが、小さな脚はしっかりと服に食い込んでいる。
「フランさん!」
「大丈夫なんだろ?」
フランはニヤニヤと笑っている。
「大丈夫じゃないです!」
「Syaaaa! Syaaaa!」
大芋虫の牙がガキン、ガキンと打ち鳴らされる。
「次からは油断するんじゃないよ!」
そう言って、フランは槍を大芋虫に突き刺した。
わずかに動きが鈍る。
超大土蜘蛛の牙から作られた槍が麻痺の効果を発揮したのだ。
「ひぃぃぃぃぃッ! 黄色の液体が!」
「馬鹿! 力を抜くんじゃないよ!」
大芋虫の口がゾッとするような風切り音を立てて耳元を通過する。
引き戻された口は握り拳ほどの石を咥えていた。
石に亀裂が走り、目の前で砕ける。
「フランさ~ん!」
「分かってるよ!」
フランが二度、三度と槍を突き刺すと、大芋虫の動きが目に見えて鈍る。
やがて、動きが止まり、体が塵と化す。
優に降り注いだ黄色の液体も同様だ。
「気持ち悪い」
「その顔を見てると、怒る気が失せるね」
優が体を起こして降り積もった塵を叩くと、小さな魔晶石と糸が出てきた。
超大土蜘蛛に続く2つ目のドロップアイテムだ。
「……糸?」
「1本じゃ大した金にならないけど、こいつで作られた服はそれなりの値が付くよ」
優はリュックを下ろし、糸と魔晶石を入れた。
「自分で集めてスカーレットさんに作ってもらうのと、売られているものを買うのではどちらが安いんでしょう?」
「既製品を買った方が手間は掛からないね」
「じゃ、無理に集めなくてもいいですね」
優は立ち上がり、リュックを背負った。
地図に表示された濃い水色を目指して進んでいると、ピシッという音が壁から聞こえた。
音のした方を見ると、ダンジョンの壁が崩れ、大芋虫が這い出してきた。
「術式……」
「あたしがやるよ」
フランは優を手で制し、大芋虫に槍を突き刺した。
大芋虫は痙攣するように体を震わせ、動きを止めた。
しかし、優の目はダンジョンの壁に向けられていた。
崩れた壁が粘液のようなもので覆われ、あっという間に元通りになったのだ。
恐る恐る手を触れてみるが、伝わってくるのは冷たくゴツゴツした感触だけだ。
「ボサッとしてるんじゃないよ!」
フランが優の頭を軽く小突いた。
「崩れた壁が塞がったんですけど?」
「モンスターが生まれる所を見たのは初めてだったね。ダンジョンはあんな風にモンスターを生み出すんだよ。それで出てきた穴はすぐに塞がっちまう」
フランは糸と魔晶石を拾い、優のリュックに突っ込んだ。
「新陳代謝してるんですかね?」
「代謝ってのが何なのか分からないけど、治らなかったらダンジョンなんざとっくの昔に潰れてるよ」
なるほど、と優は頷いた。
よくよく考えてみればダンジョンの中では戦闘が繰り返されているのだ。
普通の洞窟なら間違いなく崩落するが、ダンジョンは崩れたり、老朽化した部分が治るので、崩壊しないということか。
「ああ、魔晶石があったよ」
フランは壁に駆け寄り、魔晶石を見つめた。
生えている魔晶石は5本、まずまずの収入にはなるはずだ。
優はナイフを抜き、魔晶石の根元を叩く。
何とか繰り返していると澄んだ音が響き、根元から折れる。
「……フランさん」
「ああ、分かってるよ」
フランは優から魔晶石を受け取り、リュックに押し込んだ。
その間も槍を構え、油断なく周囲を見渡している。
反響定位、敵探知のお陰で不意打ちされることはないはずだが、それでも、用心に越したことはないというのがフランの意見だった。
心配しすぎなんじゃないかと思うが、フランはベテランだ。
ベテランの危機意識を軽んじることはできない。
優は同じ作業を5回繰り返し、壁から生えていた魔晶石を回収する。
魔晶石の断面は青白い光を放っている。
「どれくらいで生えてくるんでしょう?」
「そんなことは魔晶石に聞いとくれ」
にべもないとはこのことか。
「すぐに生えてくるといいんですけどね」
「一生低層階をウロチョロするつもりかい。アンタにゃ家族を探すって立派な目的があるだろ?」
「……ええ」
しばらく間を置いて答える。
「まあ、何も見えなくなっちまうよかマシかね。じゃあ、次に行くよ」
「……はい」
優は小さく頷いた。
家族を探したい気持ちに偽りはないが、それは義務感に近い感情だ。
僕って、こんなに冷たいヤツだったかな? と優は内心首を傾げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あたしゃ席を確保しておくから、ユウは受付に行っとくれ」
そう言って、フランは冒険者ギルドに入るなりテーブル席に向かった。
優は受付に行き、エリーに会釈する。
「買取をお願いします」
「査定をするので、お品物をお願いします」
リュックを下ろし、カウンターに置く。
この遣り取りはいつも通りだ。
最初は緊張したものだが、慣れればどうということはない。
エリーは無造作にリュックの中から魔晶石と糸の束を取り出した。
「魔晶石と大芋虫の糸が10本ですね」
「……エリーさん」
優が呼びかけると、エリーは顔を上げた。
「家を借りるにはどうすればいいんですか?」
「ようやく決心してくれたのね!」
エリーは感極まった様子で優の手を握り締めた。
「ああ、でも、ダメよ。同棲なんて早すぎるわ。けど、けど、このチャンスを逃したら結婚できないかも知れないし」
どういう訳か、同棲を申し出たと思われているらしい。
「いえ、エリーさんとではなく」
「ま、ま、まま、まさか、フランさんと!」
優は恥ずかしくなって俯いた。
他人に言われると自分が重要な決断をしようとしていると思い知らされる。
「そ、そうなの? で、でも、結婚を考えてる訳じゃないわよね? そ、それにいざとなれば重婚という手もあるわ」
どうやら、こちらの世界では重婚が認められているようだ。
元の世界にも一夫多妻の国はあったので、驚くようなことではないのかも知れない。
「重婚はありなんですか?」
「不道徳とされることもありますが、甲斐性があれば問題ありません」
我に返ったのか、エリーは丁寧な口調で言った。
「どうしてですか?」
「大昔に戦死者が続出したからです。今もそうですけれど、兵士や冒険者は男性が多いですから、殆どの神殿が未亡人を飢え死にさせないために重婚を認めたんです」
働けばいいのにと考えてしまうのは日本を基準に考えているからだろう。
いや、日本だって学歴や技術のない人間がお金を稼ぐのは難しい。
1人ならまだしも子どもがいたら困窮するのは目に見えている。
多分、病気の蔓延や治安の悪化を避けるために仕方がなく認めたのではないだろうか。
「それで、どうすれば家を借りられるんでしょう?」
「お金さえ出せば借りられるアパートありますが、そういう所は治安が悪いです」
「治安の悪い所はちょっと」
金を出して治安の悪い場所にあるアパートなんて借りたくない。
「ギルドは保証人になってくれないんですか?」
「ユウ君は駆け出しですから」
エリーは申し訳なさそうな顔をしている。
大量の魔晶石を発見したことはギルドに貢献した内に入らないらしい。
駆け出しを優遇することを嫌っているのかも知れないが、これでギルドに対するスタンスは決まった。
あれだけ貢献しても特別扱いしてくれないのだから、こちらも最低限ギルドの顔を立ててやればいいだろう。
「分かりました。無理を言って、済みませんでした」
「査定が終わったらお金を持っていきますね」
「よろしくお願いします」
優は笑顔で返事をした。
フランのいる席に向かう。
その途中で冒険者達が冷たい視線を向けてきた。
自分達は出る杭なのだから疎まれるのは仕方がないと思うが、それを平然と受け容れられるほど図太い性格をしていない。
「……ユウ」
「久しぶり、メアリ」
丁度、ギルドに入ってきたメアリと挨拶を交わす。
アンはと言えばメアリの陰に隠れるように立っている。
借金がなくなったからか、以前のような過剰なスキンシップはない。
ありがたいと思う一方で今までの行動が借金を背負った逼迫感によるものだと思うと少し切ない。
優はメアリが手にする槍を見つめた。
飾り気のない実用一辺倒の槍だ。
それでも、作り手が誠実に仕事をしたと一目で分かる。
「槍を買ったんだ?」
「うん、安物だけど」
メアリはちょっと照れ臭そうにしている。
「首尾はどう?」
「それなり、かな。借金も返せたし、2人できちんと連携をするようになってから一角兎も狩りやすくなったから、生活には困らないっぽい」
「よかった」
優は胸を撫で下ろした。メアリとアンは数少ない友人だ。
彼女達が借金で娼婦に身を窶すなんて想像もしたくない。
「じゃあ、行くね」
「それじゃ、また」
2人と別れ、フランの所に向かう。
フランはグラスを片手に寛いでいた。
対面には豆茶で満たされたグラスが置いてある。
「遅かったね。ユウの分も注文しておいたよ」
「ありがとうございます」
優は対面の席に座り、豆茶で喉を潤した。
冷たく、微かに苦みのある液体が喉を滑り落ちていく。
ホッと息を吐き、グラスをテーブルに置く。
「遅かったね」
「エリーさんにアパートを借りる方法を聞いていたんですよ」
「で、首尾は?」
「ダメでした」
「まあ、ギルドってのはいざって時に頼りにならないからねぇ」
フランはしみじみと言って、グラスを傾けた。
ここで重婚の話題を振ったら豆茶を噴き出すに違いない。
「別の手を考えないとダメですね」
「諦めの悪いヤツだね」
そう言いながら反対したりしない。
「で、何かアイディアはあるのかい?」
「そうですね。こんな手はどうでしょう?」
優がアイディアを口にすると、フランは何とも言えない表情を浮かべた。