Quest25:志願者をギルドに案内せよ その5
文字数 4,709文字
優達はサロンを出て、冒険者ギルドに向かった。
「チラホラとそれっぽいヤツがいるねぇ」
「それっぽい?」
「冒険者志望のガキどもだよ」
鸚鵡返しに尋ねると、フランは皮肉げな笑みを浮かべて言った。
「そういう時期なんですかね?」
「まあ、示し合わせたように登録にくることはあるね」
「そ、そうなんですか」
この話題は地雷原だ、とドキドキしながら頷く。
「どうして、どもったんだい?」
「貴方に気を遣ったから、よ」
グリンダが疑問に答えると、フランはキョトンとした顔をした。
この話題が地雷原であると知っているはずなのにあえて踏み込んでいく。
心臓に毛でも生えているのだろうか。
「……そいつは申し訳ないね」
「分かればいいの、よ」
「あたしはユウに言ったんだよ!」
フランは声を荒らげた。
気まずい沈黙が舞い降りる。
どうフォローすべきが悩んでいると、冒険者風の青年と一般人と思しき少女がこちらに向かってきた。
冒険者風の青年は楽しそうに話しているが、少女は困惑しているように見える。
何となく気になって擦れ違った後で振り返る。
「どうかしたのかい?」
「今の2人と言うか、男の方なんですけど……」
うん? とフランは軽く首を傾げた。
「冒険者ギルドにいましたっけ?」
「ちょいと記憶にないねぇ」
「私もない、わ」
3人とも知らないなんてことがあるんだろうか? と首を傾げる。
「……気になりますね」
「いや、全然」
「どうでもいい、わ」
冷淡な反応だった。
「もしかしたら、詐欺師に騙されているのかも知れません」
「騙される方が悪いんだよ」
「いやいや、騙す方が悪いに決まってるじゃないですか」
まるで詐欺師の理屈である。
「つか、あたしらには関係ないだろ」
「関係なくはないですよ」
「何処がだい?」
「数日後に女の子が死んでたり、奴隷として売られてたら気分が悪いじゃないですか」
「そんなもんかい?」
フランは理解できないと言うように首を傾げた。
自分が騙されて酷い目に遭ったくせにドライな態度である。
自分のような境遇の人間を増やしたくないという気持ちはないのだろうか。
だが、それを口にするのは地雷原に踏み込む行為だ。
「追い掛けましょう」
「追うのはいいけど、自分で対応しなよ」
「え?」
「当たり前だろ。あたしは見ず知らずの相手のためにリスクを負いたかないよ」
フランはプイッと顔を背けた。
「グリンダさん?」
「私も同意見、よ」
「ユウ、助けたいなら自分の力で助けな」
「……分かりました」
優は頷いた。
釈然としないものを感じるが、厄介事に巻き込まれたくないという気持ちは分かる。
「骨は拾ってやるよ」
「路地に入っていったから急いだ方がいい、わ。」
優は文句を呑み込み、踵を返した。
慌てて後を追い、建物の陰から様子を見る。
冒険者風の若者達が少女を囲んでいる。
人気のない所に誘い込むという発想はないのだろうか。
とは言え、それは安全地帯にいる者の発想だ。
少女は今にも泣きそうな顔をしている。
金を出せとか、ぶっ殺すとか、犯すぞとか、言われればそうなるだろう。
正直、若者達は強そうに見えないが、少なくとも筋力値は優より上のはずだ。
魔法を使えれば一気に殲滅できるのだが、街中ではマズい。
ベタだけど、と優は息を吸い込んだ。
「衛兵さ~ん! こっちですぅぅぅぅ! 女の子が襲われてますぅぅぅぅ!!」
大声で叫ぶ。
若者達が逃げ出してくれれば儲けもの、女の子が逃げ出す隙を作れれば御の字くらいにしか思っていなかった。
それなのに――。
「何だと!」
「こっちか!」
槍を持った衛兵が路地に突っ込んで行った。
若者達は慌てふためいた様子で逃げ出し、衛兵達はその後を追った。
優は建物の陰に隠れながらホッと息を吐いた。
フランとグリンダは少し離れた所からこちらを見ている。
どうやら、安全だと判断できるまで近づいてくるつもりはないらしい。
「……早く逃げればいいのに」
小さく呟く。
1人取り残された少女はポカンとしている。
そんな暇があるのならさっさと逃げ出して欲しいが、理解が追いついていないのかも知れない。
しばらくすると少女はこちら――大通りに向かって歩き始めた。
優は壁に背を預け、彼女が出てくるのを待つ。
「無事でよかったね?」
「――ッ!」
優が声を掛けると、少女――と言っても同じ年くらいだが――は息を呑んだ。
「無事でよかったね?」
「あ、ありがとうございます」
もう一度言うと、少女はペコリと頭を下げた。
「どうして、あの男と?」
「冒険者ギルドに案内してくれると言われて」
少女は陰鬱な声で言った。
冒険者ギルドの場所を知らないということは他の街で育ったのだろう。
「冒険者ギルドならこれから行くけど?」
「……」
少女は無言だ。
冒険者ギルドに案内すると言われて犯罪に巻き込まれたのに警戒するなという方が無茶である。
「後から付いてきなよ」
「……それなら」
せめて、はいか、いいえで答えて欲しいものだ。
優はそんなことを考えつつ、フランとグリンダの下に向かった。
追いつくと、2人は歩き始めた。
「見事だったよ」
「素晴らしい機転だった、わ」
フランはニヤニヤ笑いながら、グリンダはいつもと変わらぬ表情で言った。
あまり誉められている気がしない。
「で、あの娘はどうするんだい?」
「冒険者ギルドに行きたいそうです」
「その割に離れているわ、ね」
肩越しに背後を見ると、少女は10メートルほど後ろを歩いている。
「警戒しているんですよ」
「認識票を見せりゃいいじゃないか」
「襲ってくるかも知れないから止めた方がいい、わ」
「ま、初対面の人間に弱みを晒す必要もないか」
グリンダが真顔で言うと、フランは溜息交じりに呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに入ると、受付には長蛇の列ができていた。
装備と顔付きから察するに新人のようだ。
「こいつは予想通りだったねぇ」
フランはあちゃーと言うように額を押さえた。
「少し時間が掛かりそうですね」
「お茶でも飲んで待ちましょ、う」
「そうですね」
グリンダの提案に乗り、空いているテーブル席に着く。
優は壁際、グリンダは隣、フランは対面の席に座る。
「ご注文は如何なさいますか?」
「豆茶3つ」
フランは指を立て、やってきたウェイトレスに注文する。
「さっきの娘は?」
列の最後尾を見ると、先程の少女が並んでいた。
「よかった」
「上手く生き延びられりゃいいけどね」
優が胸を撫で下ろすと、フランが皮肉げな笑みを浮かべて言った。
「不吉な」
「事実だよ。ユウだって皆が皆活躍できるとは思ってないだろ?」
「……それはそうですけど」
ダンジョンで目覚めてすぐに殺されかけた身としては同意せざるを得ない。
そう言えばあのオーガは何処から来たんだろ? と内心首を傾げる。
「魔道士もチラホラといるみたい、ね」
「そうみたいですね」
言われてみれば杖を持った若者が何人かいる。
「ふ~ん、珍しいこともあるもんだね」
「冒険者になる魔道士って少ないんですか?」
「魔道士ってのは魔道士ギルドに所属するもんだよ」
優が尋ねると、フランは当然のように言い放った。
「求道派が実権を握ったせいで追い出されたの、ね」
「高い会費を払ってたのにひどいものですね」
「仕方がない、わ。派閥争いなんてそんなもの、よ」
「お待たせしました!」
グリンダが言った直後、ウェイトレスが豆茶の入ったグラスをテーブルに置いた。
「ご注文はお揃いですか?」
「揃ってるよ」
「ありがとうございます。ご注文の際にはお呼び下さい」
ウェイトレスは頭を下げると去って行った。
「偶には甘いものが食べたい、わ」
「あたしが注文する前に言いな」
「僕は好きですよ」
優はグラスを手に取り、ぐいっと呷った。
グラスを置き、プハーッと息を吐く。
「あのアランって人はタイミングが悪かったですね」
「アラン? ああ、ユウに絡んでたヤツだね。そいつがどうかしたのかい?」
「いえ、今日来ていればチームが組みやすかったんじゃないかと思って」
受付の方を見ると、登録を済ませた新人が何人かずつ固まっていた。
多分、チームを組むために話し合っているのだろう。
「そんなに気にする必要はないさ。新人ってのはスクラップ&ビルドを繰り返してメンバーを固定していくものなんだよ」
「それってスクラップ&ビルドって言うんですか?」
冒険者の場合、スクラップ=死、チーム壊滅的なイメージがあって怖いのだが――。
「壊滅や解散を繰り返しながらチームを結成するのだから間違いではない、わ」
「……壊滅」
全滅よりはマシだが、もう少しマイルドな表現はないものだろうか。
「無茶をしなけりゃ死にゃしないよ」
「その線引きができずに新人は死ぬのだけれ、ど」
フランが睨み付けるが、グリンダは気にする素振りも見せずにグラスを傾ける。
「グリンダさんも死にそうな目に遭ったことがあるんですか?」
「王都のダンジョン、で」
グリンダはボソボソと呟いた。
「魔道士は研究費や素材のために無茶をすることが多いの、よ。魔法を過信しすぎているせいもあるかも知れないけれ、ど」
「……魔法ですか」
ユウは自分の認識票を見つめた。
タカナシ ユウ
Lv:5 体力:** 筋力:3 敏捷:5 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効、混乱無効、腐食無効、神威無効
「グリンダさんの魔力値は35でしたね?」
「レベル1の時は14か、15だった、わ」
チームを組むか、上手く立ち回らなければ第1階層で魔力が尽きるに違いない。
そう考えると魔力値の限界突破は十分なチートだ。
「……色々あった、わ」
グリンダはグラスを見つめながらポツリと呟いた。
どうやら、グリンダにとっても、フランにとっても昔の話は鬼門のようだ。
「それにしても新人が多いね」
「あれが原因じゃないかし、ら?」
「あれ?」
あれが何を指しているのか分からずに首を傾げる。
「引退した冒険者がいたじゃな、い」
「第5階層の件ですね」
最低でも1人10万ルラは稼げたはずだ。
日本円に換算すれば1000万円。
一生遊んで暮らすことはできないが、大手を振って故郷に帰れたはずだ。
「ああ、そういうことですか」
「大方、故郷に戻った連中があることないこと吹聴したんだろうね。で、話を聞いた連中がその気になったと」
フランはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「冒険者稼業は危険も沢山って教えてあげればいいのに」
「人間は自分に都合よく解釈するもんなんだよ」
フランはグラスを手に取り、口元に運んだ。
「返答に困るコメント、ね」
「……そうかい」
フランはふて腐れたように唇を尖らせ、頬杖を突いた。