Quest25:志願者をギルドに案内せよ その3
文字数 8,007文字
スカーレットのテンションは安宿が近づくにつれて下がり、辿り着く頃には最低値にまで下がっていた。
「……そうよね。アンタ達ってそういうヤツらよね」
「嫌なら1人で帰りなよ」
「1人じゃ帰れないわよ!」
フランが意地悪く言うと、スカーレットは激昂したように叫んだ。
まだまだ夕方だが、身の危険を感じる程度に安宿周辺は荒れている。
「取り敢えず、入ろうよ」
「うちに帰っておけばよかったわ」
愚痴を背に受けながら入ると、ベスが接客の真っ最中だった。
相手はよりにもよって、あのアラン少年である。
「いらっしゃ~い! 御主人様!」
ベスは優に駆け寄ってきた。
お客さんを放置してである。
案の定と言うべきか、アランは負の感情の込められた視線を向けてきた。
「お食事? お泊まり? それとも私?」
ベスは嬉しそうに尻尾を振りながら抱きついてきた。
そして、ぐいぐいと柔らかく大きな胸を押し付ける。
「食事に決まってるだろ、食事に」
フランが割って入り、ベスを引き剥がす。
正直に言えばもう少し胸の感触を楽しみたかったのだが、フランとグリンダの視線が痛いので、黙っておく。
「ったく、アンタなんか買ってどうするんだい」
「売るんじゃなくてあげるの。もう1人分、大きなおっぱいがあってもいいわよね?」
「……ただなら欲しいかな?」
優はグラビアポーズを取るベスの胸を見ながら答えた。
「馬鹿言ってるんじゃないよ! ただより高いものはないんだよ!」
フランの声で我に返る。
ベスが下心を抱いていると気付いたからではなく、アランが憎々しげにこちらを見ていることを思い出したからだ。
「ベスさん、お客様が待ってますよ。僕らは適当に座っておくんで」
近くのテーブル席に座ると、フランは優の隣、グリンダとスカーレットは対面の席に座った。
「もちろん、おごりよね?」
「割り勘に決まってるだろ、割り勘に」
スカーレットは可愛らしく舌打ちをした。
何やら視線を感じる。
アランが睨んでいるのだろうが、あえて無視する。
「何に乾杯をする、の?」
「ちょっと遅くなったけど、お店の開店祝いと開店を乗り切ったお祝いですね」
グリンダが会話のネタを提供してくれたので、これ幸いと乗っかる。
「は~、地獄みたいな3日間だったわ」
スカーレットは溜息交じりに言って肩を叩いた。
「そう言えば商品の売れ行きはどうでした?」
「水薬が10本、解毒薬と抗麻痺薬が3本ずつ、バルタンが3缶売れたわ」
「3630ルラ、ね」
「やっぱり、売上がガクッと落ちますね」
「まあ、冒険者の数にも限りがあるからねぇ」
フランは何度も頷きながら言った。
「薬を月17本売れれば人件費はペイできる、わ」
「魔道士ギルドではどれくらい売れてたんだい?」
「月50本は売れていた、わ」
「それなら何とかなりそうだね」
フランは神妙な面持ちで頷いた。
「サロンで試供品を配りませんか?」
「試供品ってことはただで配るんだろ?」
「宣伝のためですよ」
う~ん、とフランは唸った。
懐具合に余裕はあるものの、無料で商品サンプルを提供することに抵抗があるらしい。
「私は構わない、わ」
「2人が賛成してるんなら異論はないよ」
「じゃ、明日にでも……」
「今夜は水薬を作るつもりなのだけれ、ど」
「別に構わないよ。グリンダがいなくても挨拶はできるからね」
「……行く、わ」
グリンダは逡巡するように沈黙した後で答えた。
もしかしたら、フランに抜け駆けされると考えたのかも知れない。
子どもっぽいけど、そこが可愛い。
そんなことを考えていると、ベスが近づいてきた。
「何の話? 私も混ぜて」
「今後の予定について話してたんですよ」
優は周囲を見回した。
「さっきの子なら部屋に行ったわよ」
「……よかった」
優は胸を撫で下ろした。
「何かあったの?」
「何かしたって訳じゃないんですけど……」
「駆け出し特有の対抗意識ってヤツだよ」
「ああ、なるほどね。私も苦労したわ」
フランが言うと、ベスは納得したように頷いた。
「やっかみってヤツね。それにしては凄い目で睨んでたわね」
「一難去ってまた一難か」
優は小さく溜息を吐いた。
ベテラン連中のやっかみを封じたと思ったら、今度は駆け出し冒険者からやっかみを受けている。
「格の違いが分からないって嫌ね」
「どういうこと?」
「装備を見れば分かるじゃない」
スカーレットは当然のように言い放った。
「アンタにはどんな風に見えた?」
「う~ん、鎧は分からないけど、剣は数打ち物だろうね。それと、あまり大切にされてなかった感じ。多分、物置か何処かにずっとしまってたんだと思う」
「へ~、そこまで分かるんだ」
スカーレットは感心したように言った。
「適当に言っただけだよ」
「私の見立ても同じよ」
優が苦笑しながら言うと、ベスは自慢気に胸を張って言った。
「ベスさんは武器の見立てもできるんですね」
「武器の見立てじゃなくて、冒険者としての経験よ」
ベスは照れ臭そうに耳を掻いた。
「ああいう若い子は自分の家にあった武器を見て、冒険者を志すものなのよ。ほら、冒険者って華やかそうに見えるし、羽振りもよさそうに見えるから」
「そんなにいいものじゃないと思うけどな~」
優は小さくボヤいた。
実力があれば華やかな生活もできるし、豪遊もできるが、死と隣り合わせだ。
漁師ではないが、板子一枚下は地獄である。
「皆、活躍できると思って冒険者になって現実を知るのよ」
「現実を知った時には死んでそうですね」
ふと脳裏を過ぎるのはダンジョンにあった冒険者の死体だ。
あれも冒険者の生き様なのだろうが、死ぬ前に何とかならなかったのかなと思う。
「そろそろ、ご飯にしない?」
「そうだね。じゃ、僕はA定食をお願いします」
「あたしはB定食だね」
「A定食をお願、い」
「……B定食」
スカーレットはがっくりと肩を落とした。
「お酒はどうするの?」
「僕は未成年ですから」
「あたしも控えておくよ」
「仕事がある、の」
「……あたしも遠慮しておくわ」
スカーレットは呻くように言った。
「僕達のことは気にしなくてもいいんだよ?」
「別に、あたしはそんなにお酒が好きって訳じゃないし」
「ドワーフなのに?」
「ドワーフだからお酒が好きってのは偏見よ、偏見」
スカーレットはムッとしたように言い返してきた。
面倒臭いと思わないでもないが、ツンデレだと思えば耐えられる。
「……ベスさんに油揚げをあげたら怒るかな?」
「何かくれるの?」
ベスはパタパタと尻尾を振りながら身を乗り出してきた。
「いえ、仮定の話で……」
「つか、油揚げって何よ?」
「油揚げはナント王国にある食べ物、よ。土着の神が好んで食すと言われている、わ」
グリンダがスカーレットの疑問に答える。
「ふ~ん、アンタってナント王国出身なんだ」
「いや、違うよ」
「そっか、まあ、色々あるわよね」
優が否定すると、スカーレットは柔らかな声音で言った。
「へ~、ナント王国じゃ私って神様なんだ?」
「モンスターとしても扱われているけれ、ど」
「そこはいいのよ。神様として扱われてる地域があるだけでも気分がいいじゃない」
ベスはくるんと尻尾を回した。
「じゃ、注文はA定食2つ、B定食2つでいいわね?」
「しっかり覚えてるんだねぇ」
「そりゃ、ウェイトレスだし」
フランが感心したように言うと、ベスはニッと笑った。
そして、厨房に向かった。
「明後日はどうしますか?」
「ダンジョンの探索だね。グリンダもそれでいいね?」
「構わない、わ」
フランが問い掛けると、グリンダは静かに頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優達は安宿が賑わい始めた頃に会計を済ませて外に出た。
すでに陽は暮れていて、周囲は身の危険を感じるほど暗い。
大通りで立ち止まる。
「じゃ、明日も頑張りましょう」
そう言って、二手に分かれる。
一方は優とスカーレット、もう一方はフランとグリンダだ。
「ちょっと待ちな」
3歩と歩かない内にフランに肩を掴まれた。
「何ですか?」
「どっちに行ってるんだい?」
「スカーレットさんを家まで送ろうと思ったんですよ。女性が1人で夜道を歩くのは危険ですからね」
「は!?」
スカーレットは足を止めて振り返った。
フランはしげしげと優とスカーレットを見比べた。
「まあ、大丈夫だろ」
「ちょっと! こいつと2人きりになるなんてマジで勘弁して欲しいんだけど!」
「……ひどい言い様」
そんなに悪いことをしたつもりはないんだけど、と優は小さく溜息を吐いた。
バツイチの合法ロリには地雷が多すぎる。
「ユウなら大丈夫だよ」
「随分、信用してるのね」
「筋力値が3の男だからね」
フランはニヤニヤ笑いながら答えた。
「抵抗できるのは分かったけど、ボディーガードとしては役立たずなんじゃない?」
「案山子の代わりにゃなるさ」
「まあ、いいわ」
スカーレットは観念したように言って歩き出した。優は慌てて後を追った。
太陽はすでに沈んでいるが、表通りはマジックアイテムの光に照らされている。
はあ、はあ、と優はわざと呼吸を荒らげた。
「わざとらしい嫌がらせは止めてよね」
「はい、ごめんなさい」
スカーレットは振り返り、キッと睨み付けてきた。
目が本気モードだったので、素直に謝っておく。
チッ、とスカーレットは忌ま忌ましそうに舌打ちして再び歩き出した。
優は視線を彷徨わせながらスカーレットの後に付いていく。
夜の街を歩くのはいつ以来だろうか。
神々の戦いで疲弊している世界だが、ヘカティアの表通りは元の世界――日本に匹敵するくらい治安が保たれている。
「女性が1人で夜道を歩くのは危険って嘘でしょ?」
「ついでにバーミリオンさんに話を聞こうと思ってるだけで嘘じゃないよ」
「父さんに?」
「魔剣や聖剣、人造魔剣について知ってることがあったら教えてもらおうかと思って」
「ああ、それで」
スカーレットは合点がいったと言うように呟いた。
「意外ね。アンタって上昇志向がないと思ってたわ」
「単に興味があるだけで見つけてどうしようって気持ちはないよ」
グリンダはともかく、持っていたら格好いい程度にしか考えていない。
「前言撤回、アンタには上昇志向が欠けてるわ」
「……それはどうも」
「誉めてないわよ」
スカーレットはそれっきり押し黙った。
適当な話題はないかな、と考えている内にバーミリオンの店に着いた。
「ただいま」
「遅いじゃねぇか。飯はもう食っちまったぞ」
店に入ると、バーミリオンがカウンターに座っていた。
もしかしたら、心配して待っていたのかも知れない。
「外で食べてきたから心配しなくても大丈夫よ」
「外で食べるなら一言断っていきやがれ」
「急に決まったのよ」
スカーレットはうんざりしたような口調で言った。
何と言うか、ホームドラマのワンシーンのような会話だ。
スカーレットは店の奥に向かい、急に足を止めた。
「そいつが父さんに話があるんだって」
「とっとと寝ちまえ」
はいはい、とスカーレットは溜息交じりに呟いて店の奥に消えた。
「まあ、座れや」
「……どうも」
バーミリオンからイスを受け取って腰を下ろす。
「それで、スカーレットは上手くやってるか?」
「在庫を抱えるのが嫌で控え目に商品を作ったら足りなくなったって言ってました」
「……そうか」
バーミリオンは神妙な面持ちで頷いた。
「俺が手伝ってやれればいいんだが、まあ、駆け出しの頃はどうしてもな」
「バーミリオンさんにも同じ失敗が?」
「当たり前だろ。俺を何だと思っていやがる」
そう言って、苦笑いを浮かべる。
「独立した当時はがむしゃらに鎚を振るったもんだ。毎日が試行錯誤の繰り返しだ。今だって、どうすりゃもっといい武防具を作れるか考えてる」
「鍛冶師は大変なんですね」
「俺に限った話じゃないだろ。物を作るヤツは理想と現実の狭間で足掻いてるのさ。いや、誰でもそうなのかも知れねぇな」
バーミリオンはしみじみと言った。
「スカーレットさんはオーダーメイドで服を作りたいってボヤいてました、今は知り合いの力を借りて大量生産をしてるような状況なので……」
「気持ちは分かるが、実績のない内はな」
バーミリオンは腕を組み、苦悶するように眉根を寄せた。
そんなことを言うくらいだから質よりも数を優先しなければならない時期があったのだろう。
「店内にオーダーメイド承りますって貼り紙もしてますし、実績を積んでいけば注文がくると思うんですよね」
「そうだな」
バーミリオンは懊悩を吐き出すように深い溜息を吐いた。
「ついつい娘の話になっちまったが、坊主は何を聞きてぇんだ?」
「魔剣や聖剣、人造魔剣について教えて下さい」
「……魔剣か」
バーミリオンは思案するように腕を組んだ。
質問が漠然とし過ぎていたかも知れない。
「魔剣や聖剣って、どんな物なのかなって」
「俺も実物を見たことがねぇからな。海を焼き、地を裂き、天を割る……そういうものだと言われているが、本当の所は分からねぇ。何しろ、実物がねぇんだからな」
ただ、とバーミリオンは続ける。
「伝承では神々が人間に与えたもんだってことになってる」
「神々が与えた武器?」
「ああ、俺の知ってる範囲だが、魔剣や聖剣の逸話にゃ必ずと言っていいほど神々が関わってる」
即物的すぎる気もするが、神々は信仰によって力を増すと言っていたから目に見える形で恩恵を与えていたのだろう。
「魔剣と聖剣の違いは?」
「魔剣は不幸をもたらすが、聖剣はそうじゃねぇ。まあ、聖剣の持ち主が幸せな最期を迎えられたとは限らねぇけどな」
両者に違いはないということだろうか。
文献を調べれば比較できるが、実物がない以上、意味はないだろう。
「どうして、人造聖剣じゃなくて人造魔剣なんでしょう?」
「そりゃ、狂える魔道士が作ったもんだからな」
なるほど、と優は頷いた。
要するにイメージの問題だ。
魔剣っぽければ魔剣だし、聖剣っぽければ聖剣なのだ。
「魔剣や聖剣って作れないんですかね?」
「……作れたヤツはいねぇな」
バーミリオンは難しそうに顔を顰めた。
「俺の師匠も、そのまた師匠も魔剣や聖剣と呼ばれる剣を作ろうとしたが、作れたのは魔法剣が精々だ」
ん? と優は首を傾げた。
魔剣や聖剣は海を焼き、地を裂き、天を割るものだと言っていたが――。
「おかしくないですか?」
「……」
バーミリオンは無言だ。
「何がだ?」
「実物を見たことがないのに、どうしてできたものが魔法剣だって分かるんですか?」
優が疑問を口にすると、バーミリオンはニヤリと笑った。
「……ちょっと待ってろ」
そう言って、店の奥――鍛冶場に行き、
しばらくして小さな箱を持って戻ってきた。
箱をカウンターに置き、どっかりとイスに座る。
「……こいつはな。俺が師匠から譲り受けたもんだ。」
静かに箱を開ける。
中に入っていたのは黒い何かだ。
大きさは親指ほど、黒曜石のように光沢がある。
目を凝らすと、細かな傷が見えた。
「どうだ? 見ているだけで怖気が走るだろう?」
「は、はあ」
何も感じないが、頷いておく。
「昔のことだ。あるモンスターがヘカティアを襲った。山羊の頭と蝙蝠の翼、そして、強大な力を持ったモンスターだ」
バーミリオンは低く押し殺したような声音で言った。
「それで、どうしたんですか?」
「倒したさ。冒険者、衛兵……騎士団まで動員してな。ひどい消耗戦だったそうだ。そいつは毒を吐き、呪いを振りまいた。それだけじゃねぇ。そいつは並の武器じゃ傷1つ付けられねぇ上に目の前に立たれると萎縮しちまうんだ」
「これは?」
「こいつはそのモンスターの死体の一部だ。こいつはどうやっても壊せねぇ。高温で焼いても、魔法でもな」
「でも、傷がありますよ?」
「そいつは魔法剣で斬った跡だ」
「斬った?」
優は再び目を凝らした。
確かに傷はあるが、毛筋ほどの傷だ。
魔法剣を思い切り叩き付けてもこれしか傷が付かなかったということか。
「調べてみたら面白いことが分かった。大昔、聖剣の使い手が邪神を滅ぼしたって伝承が残ってたんだ」
「つまり、これは邪神の欠片だと?」
「ああ、それしか考えられねぇ」
「そんな大したものには見えないんですけどね」
優はヒョイッと邪神の欠片を摘まみ上げた。
黒曜石のように見えたが、触感はプラスチックに近い。
指に力を込めると、パキッという音と共に割れた。
「ぼ、坊主!?」
「わ、わざとじゃないですよ!」
慌てて欠片を箱に戻す。
邪神の欠片はみるみる色を失い、さらさらと崩れ始めた。
「ぼ、坊主!?」
「僕のせいじゃないです!」
優は思わず叫んだ。
「邪神の欠片が自然に割れるわきゃねぇだろ!」
「割れるかも知れないじゃないですか!」
「うっさいわね! 近所迷惑を考えなさいよ!」
優とバーミリオンは立ち上がったが、スカーレットに一喝されて再びイスに座った。
「どうなってるんだ?」
「……もしかして」
優が認識票を見ると、そこには――。
タカナシ ユウ
Lv:5 体力:** 筋力:3 敏捷:5 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効、混乱無効、腐食無効、神威無効
「スキルが追加されてる」
「何だと!?」
バーミリオンは認識票を奪い取り、食い入るように見つめた。
「……神威無効?」
「く、首が!」
「あ、悪いな」
バーミリオンは認識票から手を放した。
「なるほど、このスキルのせいで邪神の欠片が壊れたのか」
「弁償しなくちゃダメですか?」
「いや、弁償する必要はねえ」
その代わり、とバーミリオンは身を乗り出した。
「体の一部を寄越せ」
「嫌ですよ!」
「手首から先を寄越せって訳じゃねぇ」
「当たり前です!」
何処の世界に自分の手を差し出す人間がいるというのか。
「髪の毛で構わねぇからよ」
「まあ、それくらいなら」
優は短剣を抜き、前髪をほんの少しだけ切った。
いつの間にか用意されていた紙の上に髪を置いた。
「ありがてぇ。これで俺はより高みに登れるかも知れねぇ」
バーミリオンはギラギラと目を輝かせ、まるで宝石でも取り扱うかのように紙を折り畳んだ。
「……剣ができたらもらえませんか?」
「商売用の剣じゃねぇから構わねぇよ」
バーミリオンは笑いながら言った。
剣を打つのが楽しみで仕方がないという表情だ。
鍛冶師として高い評価を受けながら尚も高みを目指す。
そんな性格だからこそ一流の鍛冶師になれたのだろうが、子どものようにしか見えなかった。