Quest23:妖蠅を討伐せよ その6
文字数 6,252文字
「よーし! 2人とも準備はいいかい!?」
「大丈夫です」
「大丈夫、よ」
優とグリンダが答えると、フランは微妙な顔をした。
「もう少し威勢よくできないのかい?」
「無理、よ」
グリンダが言うと、フランは微妙を通り越して渋い顔をした。
多分、作戦が上手くいくか不安なので、弾みを付けたかったのだろう。
「心配しなくても気合十分です」
「来た、わ」
赤い三角形が索敵範囲外から出現し、猛スピードで迫ってきた。
「逃げるよ!」
フランの掛け声を合図に妖蠅に背を向けて逃げ出す。
羽音が徐々に大きくなる。
怖くて仕方がないが、敵の位置は地図に任せる。
赤い三角形は自分と味方を示す青い円の間近に迫っている。
「散れ!」
フランの掛け声で壁際に退避すると、妖蠅が通り過ぎて行った。
妖蠅は反転してホバリング、尻をこちらに向ける。
「術式選択! 氷弾×10!」
「術式選択、氷弾×10」
優とグリンダが魔法を放つと、妖蠅は小蠅を放つのを止めて天井に張り付いた。
フランが忌ま忌ましそうに睨め付ける。
「行くよ!」
妖蠅の下を駆け抜け、大土蜘蛛の密集地帯を目指す。
かなりの距離を走ったが、ブーン、ブーンという音が離れない。
縄張り意識が強いという予想は当たっていた。
やはり、さっき逃げられたのは――。
「見えてきたよ!」
黄色の三角形が索敵範囲の半分以上を塗り潰す。
「伏せろ!」
優とフランは同時に伏せたが、グリンダがわずかに遅れた。
妖蠅の爪が肩を切り裂き、グリンダは前のめりに倒れる。
「グリンダ!」
「大丈夫、よ」
グリンダは苦しげに体を起こし、ポーチから瓶を取り出した。
栓を抜いて妖蠅に向けて投げる。
ガチャンという音が響き、強烈な刺激臭が辺りに広がった。
瓶の中身は眠気覚ましの水薬だ。
「術式選択、風弾×10」
グリンダが魔法を放つが、それは妖蠅ではなく、地面に向けて放たれた。
風弾は空気の塊をぶつける魔法だ。
いや、正しくは標的に触れると炸裂する風の塊を撃ち出す魔法である。
地面に触れた風弾は刺激臭を含んだ突風となって妖蠅に押し寄せた。
「Gyoooooooooooooo!」
妖蠅は耳障りな悲鳴を上げ、でたらめに飛び回った。
脳が焼けるような刺激臭を嗅ぎ、パニックに陥っているのだ。
パニックに陥りながらも横道に逸れることはない。
そこにはすでに眠気覚ましの水薬を撒いているからだ。
「やっぱり、嗅覚が鋭いみたいだね」
「そう、ね」
フランが呟き、グリンダが同意する。
それは妖蠅が優に対する攻撃を中断したことから導いた推論だった。
そして、事実になった。
「Gyoooooooooooooo!」
妖蠅は悲鳴を上げながら唯一の逃げ道――大土蜘蛛の密集地帯に突っ込んだ。
糸に引っ掛かったのかスピードが落ち、大土蜘蛛が一斉に襲い掛かった。
もちろん、妖蠅は抵抗した。
鉤爪を振り回し、溶解液を吐いた。
だが、所詮は多勢に無勢だ。
次々と大土蜘蛛に牙を突き立てられ、すぐに動かなくなった。
「どうします?」
「始末する必要はないだろ」
魔晶石は惜しいけどね、とフランは肩を竦めた。
妖蠅はバラバラに引き裂かれ、塵と化しつつある。
「さあ、魔晶石を採りに行くよ」
「ケガをしたのだけれ、ど?」
「すぐに治っちまうよ」
優は軽い目眩を覚えた。
見ればMPが低下している。
その代わりと言うべきか、グリンダの傷が塞がっていく。
「ビックリした、わ」
「僕もですよ」
「検証が必要、ね」
「そうですね」
確かにどんな条件で治癒が始まるのか検証する必要があるだろう。
いざという時に治癒が発動せず、水薬を持っていなかったでは洒落にならない。
「さて、お宝とご対面だ。準備はいいかい?」
そう言って、フランは槍を担いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「凄い、わ」
グリンダは妖蠅の巣に入ると呆然と呟いた。
巣の規模は超大土蜘蛛のそれと同じくらいだろうか。
地面から、壁から、天井から無数の魔晶石が生えている。
「死体も凄いけどね」
フランは巣の一角を見つめ、吐き捨てるように言った。
そこには無数の骨が山のように詰まれていた。
「トイレ兼揺り籠って所ですかね」
「もう少し言葉を飾りな」
これでも、かなり控え目に表現したんだけどな、と優は唇を尖らせた。
無数の骨は赤黒い粘液状の物質に包まれていた。
その中を妖蛆がグチ、グチと蠢いている。
ホラー映画も真っ青な光景な上、悪臭が漂っている。
傷んだ肉の臭いを数百倍強烈にしたと形容すれば多少は雰囲気が伝わるだろう。
「何匹いるんですかね?」
「あたしに聞くんじゃないよ」
吐き気を堪えているのか、フランは口を押さえた。
「……でも、本当に」
一体、何匹いるのか。
三角形が重なり合って地図の一角が黄色に染まっているくらいだから相当するいるのは間違いない。
「燃やしちゃいましょう」
「はあ、アンタってヤツは……」
呆れているのか、フランは溜息交じりに言った。
病気が怖いので、妖蛆が蠢く骨の山を掻き分けて認識票を拾い集めたくない。
だったら、燃やすのが一番手っ取り早い。
もっとも、そんなことを言ったらフランの機嫌を更に損ねてしまうだろうが。
「分かった。やっとくれ」
「術式選択、炎弾×100!」
魔法を放つと、骨の山は一気に燃え上がった。
「Pigiiiiiiiii!」
妖蛆が甲高い悲鳴を上げ、炎の中でグネグネと身をくねらせる。
その光景は悪夢じみていて、立ち上る悪臭と相俟って吐き気を催すほどだ。
「もう一発! 術式選択、炎弾×100!」
「Pigiiiiiiiii!」
魔法を放つと、火勢が強まり、妖蛆が一際大きな悲鳴を上げた。
しばらくすると地図の一角を占めていた黄色が薄れていく。
妖蛆がパン、パンッと炎の中で弾け始めた頃、地図上の黄色は完全に消えた。
「さて、どうするかね?」
「もちろん、分断工作を実行します」
メアリとアンに駆け出しを集めてもらい、幾ばくかの謝礼を支払うことで自分達に敵対できないようにする。
「やっぱり、やるのかい?」
「数は力ですよ」
優はニヤリと笑った。
元の世界でイジメられたことがある。
親が気付いてくれてことなきを得たが、あの最低な日々は一生忘れられないだろう。
最低な経験だったが、そこから学んだこともある。
ヤツらは弱く、孤立している相手を狙うということだ。
中堅どころの冒険者から身を守るためにもここで一石投じておく必要がある。
「そりゃ、分かるけどね。駆け出しの連中をどうやって連れてくるんだい?」
「問題ない、わ」
答えたのはグリンダだ。見れば大事そうに青銀の結晶を抱いている。
「問題ないって、どうするんだい?」
「転移を使えばいいの、よ」
「ここに転移するとして安全なのかい? 転移してきたらモンスターに囲まれていたなんて洒落にならないよ」
「モンスター避けの結界を張る、わ。出入口は一カ所だから幻影の魔法を使って岩に見せかければ問題ないと思う、わ」
フランは思案するように腕を組んだ。
「幻影ってのがちょいと心配だね」
「ゴーレムを作って見張らせてもいい、わ」
グリンダは骨の山を盗み見ながら言った。
「骨を使ったゴーレムなんて勘弁しとくれよ」
「残念、ね」
グリンダはやや沈んだ口調で言った。
「じゃあ、結界と幻影を頼むよ」
「ゴーレムは便利なの、に」
グリンダはボヤきながら巣の中央に立ち、青銀の結晶を突き立てた。
「術式選択、儀式魔法……モンスター避け」
グリンダは見えない本のページを捲るように手を動かし、杖の先端で青銀の結晶を叩いた。
青銀の結晶がドロリと形を失い、意思を持っているかのように地面を滑り、魔法陣を形成する。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、我は求め訴えたり」
「何の呪文だい?」
「僕の世界に伝わる呪文です」
グリモワールに記されている悪魔召喚の呪文らしいが、優がそれを知ったのはアニメだったりする。
「完成、よ」
グリンダは青白く光る魔法陣を一瞥し、巣の出入口に向かった。
「術式選択、幻影……」
何かに触れるような仕草を行うと岩壁が現れた。
巣の中からだと薄暗く見えるが、外からなら誤魔化せるだろう。
「これでいいかし、ら?」
「ああ、十分だよ」
気合を入れるためか、フランは両手で頬を叩いた。
「ここから先は時間との勝負だ。地上に戻ったらあたしは冒険者ギルドに行ってメアリとアンと交渉する。ユウはグリンダと荷車を最低でも2台借りてきな」
「ダンジョン探索の申請はどうするんですか?」
「んなもんゴネりゃ何とかなるよ。最悪、金を使うことになるだろうけどね」
そう上手くいくかな? と優は内心首を傾げたが、頼もしいと言えば頼もしい。
「メアリとアンに対する報酬は?」
「2万ルラ、駆け出しどもは1万ルラだね。と言っても金を渡すのは魔晶石を換金してからだ」
「それで集まるかし、ら?」
「手付金で1000ルラ渡しゃ何も言わないだろ」
「そう、ね」
納得したのか、グリンダは頷いた。
「さて、転移を頼むよ」
「分かった、わ。術式選択、転移、座標指て、い……」
地図の表示が切り替わり、カーソルがダンジョンの出入口を指し示す。
優は浮遊感に包まれ、目を閉じた。
目を開けると、そこはダンジョンの入口だった。
ダンジョンに潜ってからかなり時間が過ぎたらしく日が高い。
「成果がなくても夕方には門の前に集合だ。いいね?」
「分かりました」
「分かった、わ」
体育会系のノリが欲しかったのか、フランはやれやれと言うように頭を掻いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうして、裸なのよ!」
スカーレットは優とグリンダがバーミリオンの店に入るなり大声で言った。
仕事をしているのか、バーミリオンの姿はない。
「裸じゃないですよ」
「同じことでしょ!」
全裸と上半身裸は別物だと思うのだが、スカーレット的には同じらしい。
「それで、今日は何の用?」
「荷車を貸して下さい」
「なんで、上着を買わないのよ!」
スカーレットは立ち上がり、バンッとカウンターを叩いた。
「じゃあ、上着を下さい」
「ホントはきちんと採寸したヤツを渡したいんだけど」
スカーレットはボヤきながら棚から白い上着を取り出した。
「30ルラでいいわ」
優はカウンターに銅貨を置き、上着に袖を通した。
やや袖が余ったので、腕捲りして長さを調整する。
「あと荷車を貸して下さい。3台あると嬉しいです」
「アンタ、ここが何屋に見えるの?」
「いえ、荷車を売ってないことくらい分かりますよ」
「だったら、貸して欲しいなんて言わないでよ!」
スカーレットはカウンターを叩き、どっかりとイスに腰を下ろした。
「他所に行って」
「ここしか頼れる所がないんですよ」
ウィリアムやバーソロミュー、故買屋を頼ってもいいと思うが、まずは極めて良心的なこの店を頼りたい。
「1000ルラ出してくれた……」
「はい、どうぞ」
優はスカーレットが言い切る前に金貨をカウンターに置いた。
「え? 嘘? マジ?」
「じゃあ、夕方までに荷車を3台お願いします」
「ちょっと待って!」
優が背を向けて歩き出すと、スカーレットが上着を掴んだ。
「荷車3台に金貨を出すなんて普通じゃないわ。犯罪とか、犯罪とか、犯罪とかに巻き込むつもりじゃないでしょうね!」
「僕達は冒険者ですよ?」
「冒険者だから信じられないんでしょうが!」
スカーレットは金貨を握り締め、声を荒らげた。
「冒険者って信用がないんですね」
「ないわ、よ」
グリンダは何を今更と言わんばかりの口調で言った。
ある程度は本当のことを言わないとダメか、と優は頭を掻き、カウンターに向き直った。
「実は……大量の魔晶石を発見したんですよ」
「荷車3台分の?」
「荷車に山積みにしても半分も持ち出せない、わ」
「そんなに!」
スカーレットは眼球が零れ落ちそうなほど大きく目を見開いた。
「分かった。金貨はいらないわ。その代わり……」
「条件を変更するなんて図々しい、わ」
「うぐ!」
グリンダがボソボソ呟くと、スカーレットは呻いた。
「まあまあ、聞いてみるだけ聞いてみましょう」
「ユウがそう言うな、ら」
どうぞ、と優はスカーレットに発言を促した。
「あたしは独立しようと思ってるの」
「大きなことを要求してきた、わ。帰りましょ、う」
「ちょっと話くらい聞いてくれてもいいじゃない!」
スカーレットは拳をブンブンと振った。
「もう聞いた、わ」
「アンタに言ってないわよ!」
「2人とも喧嘩しないで」
優は2人の間に割って入った。
「続きをお願いします」
「あたしの服を買ってくれる人もいるんだけど、ここは父さんの店なのよ。どんなに頑張っても父さんの娘としか見てくれないような気がするの」
「それは本心な、の?」
グリンダはじっとスカーレットを見つめた。
疚しいことでもあったのか、スカーレットは耐えきれなくなったかのように視線を逸らした。
「……自分の力を試してみたいのもあるけど、家にいると父さんにグチグチ言われるから外で働き口を見つければ何も言われないかなって」
スカーレットは手を組み、ボソボソと呟いた。
「アンタの家って店舗スペースがあるんでしょ?」
「店番として雇って欲しいってこと?」
「もちろん、店番はするけど、あたしが作った服を置いて欲しいなって」
スカーレットはチラチラと優を見ながら言った。
「ユウを怒鳴りつけたくせに図々しい、わ」
「そ、それは悪かったと思ってるわよ。だ、大体、アンタだって魔道士ギルドをクビになって転がり込んだんじゃない」
スカーレットの反論は弱々しい。
それにしても、何処でグリンダが魔道士ギルドをクビになったことを知ったのだろう。
「私はユウの2号さんだも、の」
「……ぐ」
グリンダが少しだけ勝ち誇ったように胸を張ると、スカーレットは胸を庇うように両腕を交差させた。
「で、でも、あたしは役に立つと思うわ。昔からヘカティアに住んでるから顔が利くし、それなりに教養もあるんだから」
「神代文字や古代文字が読める、の?」
「に、日曜学校に通わせてもらっただけよ」
スカーレットは忌ま忌ましそうにグリンダを睨んだ。
「読み書きと四則演算ができる程度、ね。どうする、の?」
「どうしようかな? 顔が利くと言われても、ね」
「分かったわよ。荷車を用意すればいいんでしょ」
優が目配せすると、スカーレットは降参と言うように諸手を挙げた。
「けど、ちゃんと考えておいてよね?」
「前向きに検討します」
チッ、とスカーレットは舌打ちした。