幕間の物語:勇者アランの伝説 その3
文字数 5,070文字
『勇者アランの伝説』はQuest25~28の間に起きた出来事になります。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あら、お帰り」
「……」
安宿に戻ると、ベスがカウンターで食事をしていた。
昨日より少し早い時間なので、店内に客の姿はない。
「槍とナイフは……」
「あーっ! お客さんだ!」
甲高い声がベスの言葉を遮った。
顔を上げると、声の主――丸い耳と長い尾を持つ鼠の獣人が階段を下りてくる所だった。
「あたし、リズって言うの。よろしくね」
「うざッ!」
鼠の獣人――リズが可愛らしくポーズを決めて言うと、ベスはうんざりしたような口調で言った。
「新しい仕事が決まったからって調子に乗りすぎ。半人前のくせに」
「はいはい、私に娼婦の才能はないわよ」
ベスはボリボリと頭を掻いた。
どうやら、売春宿を兼ねる安宿では娼婦の才能がなければ半人前と見なされるらしい。
「それで、冒険はどうだったの?」
「えーッ! 冒険者なの!?」
リズはアランに走り寄ると上目遣いに見上げてきた。
黒目がちな目がキラキラと輝いている。
悪い気はしなかった。
いや、傷付いたプライドが癒やされるようで気分がよかった。
自分が求めていたのはこれなのだと強く実感した。
「どんな冒険をしたの? 危なかった? それとも、楽勝だった?」
「きょ、今日は森に行ったんだ」
「こっちで話を聞かせて」
リズはアランの手を引き、カウンター席に導いた。
そのままカウンターの内側に入り、両肘を突いた。
「どんなモンスターと戦ったの?」
「一角兎だ。危ない場面もあったけど、やっつけてやった」
実入りは少なかったが、今日の戦いはそれほど悪いものではなかったように思う。
ちょっと準備不足だっただけだ。
「どんな風にやっつけたの?」
「もちろん、この剣でさ」
「うわ~っ、格好いい!」
リズは大きく目を見開き、歓声を上げた。
「立派な剣だね。あ、剣だけが立派って意味じゃないよ。立派な剣に見合うだけの腕があるって意味だよ」
慌てふためきながら言うリズの姿に深い満足感を覚える。
「ああ、剣の腕だって……道場じゃ誰にも負けなかったんだ」
「すご~い!」
へへ、とアランは鼻の下を擦った。
「煽てられてその気になっちゃダメよ」
「ひど~い! あたしは本気で凄いって思ってるよ!」
リズは可愛らしく頬を膨らませたが、ベスは白け気味だった。
正直に言えばドン引きしているように見える。
「ね、それだけの冒険をしてきたんならお腹が空いてるよね? 10ルラだけど……」
「ああ、食べるよ」
何処かの店で食料を買うべきかも知れない。
そんな考えが脳裏を過ぎったが、ケチ臭い男だと思われたくなかった。
「節約した方がいいんじゃない?」
「……」
アランはベスの忠告を無視し、リズに勧められるままに酒まで口にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、アランは狩りの成果を手に冒険者ギルドを訪れた。
幸いと言うべきか、カウンターに人は並んでいない。
「いらっしゃいませ」
「買取を頼む」
一角兎の毛皮4枚と角4本、魔晶石4つ並べる。
どうせ、40ルラ程度だ、とエリーを見ながら思う。
故買屋でナイフを買い、一角兎の毛皮を剥げるようになった。
だが、素材はそれほど金にならない。
薬草を摘んだ方が金になるくらいだ。
「40ルラですね」
「それでいいよ」
うんざりした気分で答える。
ごねてもエリーの査定は覆らないし、その分だけ心証を悪くするだけだ。
「……アラン君はクエストを受注しないのですか?」
「別にいいだろ」
「ゴキブリ退治や薬草の採取はかなり割のいい仕事だと思いますよ」
「俺には俺のやり方があるんだ」
勇者になって伝説を築こうという人間は自分のやり方を貫くべきだ。
簡単に自分のやり方を捨てる人間が伝説を築ける訳がない。
「……分かりました」
アランはカウンターに置かれた銅貨をポケットにねじ込むと踵を返した。
「よう、荒れてるな」
「また、アンタか」
うんざりした気分でジョンの対面の席に座る。
今日も彼は白いパンと分厚いステーキ、ビールを注文している。
アランの食事はぼそぼそした灰色のパンに屑肉がわずかばかり入ったスープ、酸っぱい安酒だ。
こんな志の低い人間がたらふく飯を食べて、将来の勇者である自分が安宿で粗末な食事をしなければならない。
あまりに不公平だ。
それ以上に惨めな気分だった。
「いい加減に妥協しろよ」
「俺は俺のやり方を貫くんだ」
そうか、とジョンはジョッキを呷った。
「お前と同時期に登録したヤツは随分と先に進んでるみたいだぞ」
「同時期?」
ジョンがチラリと視線を横に向ける。
視線の先にはメアリ、アン、ボニーがユウと何かを話し込んでいた。
3人、いや、4人は和やかに話している。
「チッ、ライバルに媚びを売りやがって」
「商談だ、商談」
ジョンはジョッキをテーブルに置いた。
「何でもボニーって女は薬草を見つけたり、摘んだりするのが上手いらしい」
「薬師の娘なんだ。それくらいできて当然じゃないか」
「そうなのか? まあ、そんなことはどうでもいい。大事なのは3人が名指しでクエストを受ける所まできているってことだ」
「……」
アランは歯を食い縛り、自分より劣っていたはずの人間に先んじられる屈辱に辛うじて耐えた。
「お前が一角兎を狩っている間に向こうは先に行っちまった。見てみろよ、あの装備。登録した時は布の服だったのに胸当てを着けてる」
「あれは仲間内で仕事を回してるだけだろ」
「仲間内でも仕事は仕事だ」
ぐッ、とアランは呻いた。
「よく考えろ。お前はまだ若いし、冒険者になってから10日も経っちゃいないんだ。いくらでもやり直せる」
「俺は失敗なんかしちゃいない!」
思わず叫ぶ。
そうだ。
自分は失敗していない。
確かに収入は不安定だ。
50ルラ稼げれば上出来という有様だが、それは運が悪いからだ。
「説教なんざ真っ平なんだよ!」
アランはジョンを怒鳴りつけると冒険者ギルドから飛び出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あら、お帰り」
「……」
安宿に戻ると、ベスがカウンターから声を掛けてきた。隣にはリズの姿もある。
「怖い顔して失敗でも……」
「俺は失敗なんざしちゃいない!」
思わず声を荒らげる。
どうして、どいつもこいつも失敗に結びつけようとするのか。
自分は断じて失敗なんてしていない。
「ベス、ここはあたしに任せて」
「大丈夫なの?」
「あたしを誰だと思ってるの?」
ベスはリズに問い返され、渋々という感じで場所を譲った。
「まずは座って」
「……ああ」
アランがカウンター席に座ると、リズは無言でビールの入ったジョッキを差し出してきた。
「金があんまりないんだ」
「これはあたしの奢り」
「……けど」
財布の中身はかなり心許ない。
それに娼婦兼女給にビールを恵んでもらうという事実に抵抗感を覚えた。
「未来の勇者様への投資みたいなものだよ」
そういうことなら、とアランはジョッキを呷った。
キンキンに冷えたビールが喉を滑り落ちていく。
それだけで頭に掛かっていた靄が晴れていくようだった。
ビールを半分ほど飲み、ジョッキとカウンターに置いた。
「嫌なことでもあったの?」
「……言いたくない」
アランはビールを飲み干し、ジョッキをカウンターに置いた。
今まで飲んでいたワインが酢に感じられるほど美味いビールだ。
「もう一杯くれ」
「はい、どうぞ」
リズはすぐにキンキンに冷えたビールをカウンターに置いた。
「……俺は勇者になるんだ」
「うん、勇者になるんだね」
アランは一気にビールを飲み干した。
視界がぐらりと揺らいだ。
冒険の後だからか、酔いが回るのが早い。
「皆、分かっちゃいないんだ。もう一杯くれ」
うん、とリズは新しいビールを用意してくれた。
それを半ばまで飲み、荒々しくカウンターに置く。
その拍子に飛沫が顔に掛かった。
「……俺は失敗しちゃいない。そうさ、運が向いてないだけなんだ」
「うん、誰にでもそういう時はあるよ。きっと、勇者様にだって」
リズの言葉がささくれだった心に染み入る。
「俺はちゃんとやってきたんだ」
ふと故郷の連中を思い出した。
ちゃんと働け。
稼業を手伝え。
現実を見ろ。
そんな台詞を吐いてアランのことを見もしない。
冒険者になるために剣術を習った。
冒険者になった時のために話を聞いた。
自分ほど夢を実現するために努力をした者があの街に1人でもいただろうか。
「それなのにちゃんとやってないって言うんだ。ゴキブリを退治するのが冒険者かよ。同業者に媚びを売るのが冒険者なのかよ。冒険者はモンスターを退治して……伝説を築くべきじゃないのか」
「皆、アランのことを分かってないんだよ」
リズが労るようにアランの手に触れた。
「……俺はちゃんとやってるんだ」
アランは不満を捲し立てた。
エリーのこと、ジョンのこと、ボニー達のこと、今まで溜め込んできた不満をぶち撒けた。
いつの間にか、視界が涙でぼやけていた。
「うん、あたしは分かってるよ」
ねぇ、とリズは猫撫で声で続ける。
「この後、時間ある? あたしが20ルラで慰めてあげる」
「……ああ、頼むよ」
アランは少し悩んだ末に頷いた。
不思議と怒りはなかった。
それよりもリズの境遇に対する同情の方が大きかった。
「ちょっと、リズ」
「半人前は黙ってて」
ベスが肩に手を伸ばすが、リズは煩わしそうに払い除けた。
「いきましょ、勇者様」
「……ああ」
アランは促されるままに階段を登り、自分の部屋に入った。
リズは扉を閉めるとベッドに腰を下ろし、ショーツを脱ぎ捨てた。
「服は脱がないのか?」
「脱いで欲しい?」
「ああ、脱いで欲しい」
リズはクスクスと笑い、服を脱ぎ捨てた。
彼女の体は鶏ガラのように細かったが、アランは興奮していた。
「やり方は分かる?」
「馬鹿にするなよ」
リズは彼女自身がよく見えるように片足をベッドに乗せた。
アランはズボンを下ろし、リズに歩み寄った。
「勇者様は鎧を脱がないの?」
「今日はこのままだ」
アランは荒々しくリズをベッドに押し倒した。
「逃げないからそんなに焦らないで」
「焦ってないさ」
1秒でも早くリズにぶち込んでやりたかったが、思うようにいかない。
「うん、もう少し下」
「黙ってろ」
「そこ、そこ――ッ!」
アランはいきり立ったそれをリズにぶち込んだ。
驚いたように目を見開く彼女を見て、深い満足感を抱く。
「もう乱暴なんだか……きゃっ!」
リズが言い切るよりも早く腰を動かす。
「クソクソクソッ、どうして誰も分かってくれないんだ!」
「分かってる。貴方は凄い人よ」
「ああ、リズ! 俺のことを分かってくれるのはお前だけだ!」
アランは激しく腰を振りながら泣いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
アランが目を覚ますと、リズの姿は何処にもなかった。
当然と言えば当然だ。娼婦が恋人のように添い寝してくれるはずがない。
きっと、リズはアラン以外の客も取っていたに違いないのだ。
ムカムカしながらポケットから財布を取り出した。
「……90ルラか」
財布の中身は記憶よりも減っている。
そう言えば精を吐き出した後でリズに金を渡したような気がする。
心臓がバク、バクと鼓動する。
今までは何とかなると楽観していた。
金が思うように稼げないのは運が悪いからで、運が向けば纏まった金が入ると思っていたのだ。
しかし、酒を飲み、リズを買ったせいで余裕がなくなった。
こんなことならば酒なんて飲むんじゃなかったと後悔しても遅い。
「……ゴキブリ退治か」
冒険者の仕事ではないが、選り好みをしている場合でないことも分かっている。
あと3日分の宿代しかないのだ。
「クソッ、1度だけだ」
そう吐き捨てて部屋を出た。