Quest17:ダンジョンを探索せよ【前編】
文字数 4,914文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
「術式選択! 氷弾×10!」
氷弾はモンスター……
大蟷螂はみるみる霜に覆われていき、砕け散った。
破片は塵と化し、あとには小指の爪ほどの魔晶石が残る。
「う~ん、こいつも一撃だったね」
フランは魔晶石を拾い上げ、こっちに来なと言うように人差し指を動かした。
優が歩み寄ると、リュックの中に突っ込んだ。
「虫だけに寒さに弱いんですかね?」
「一角兎だって一撃で殺してるだろ?」
これで4匹目だ。
敵探知のお陰で不意打ちを受けることなく、十分な距離を保って魔法をぶち込むことができた。
フランは手持ちぶさただが、余裕を持って戦えている。
MPも95%とまだまだ余裕がある。
「目的地まであと少しだね。油断しないで行くよ」
「……はい」
本当にあと少しなのだろうか、と思わないでもない。
地上の城砦がそうであるようにダンジョンも入り組んでいる。
迷宮のようにとまではいかずとも、濃い水色を目指しているのに迂回したり、行き止まりのせいで来た道を戻ったりしなければならなかった。
とは言え、目的地に近づいている事実は高揚感を与えてくれるし、ダンジョンの未探索領域が減っていくのは気分がいい。
優はキョロキョロとダンジョンの壁や天井を見ながら進む。
「集中しな、集中」
「久しぶりなのでつい。それにしても、こんなに大きな空洞が街の下にあって大丈夫なんですかね?」
たとえば地盤沈下――ある日、洞窟が崩れて、街がダンジョンに呑み込まれたとなったら家族を探すどころではない。
「その点は心配いらないよ。これは聞いた話なんだけどね。昔、何処かの馬鹿が地面を掘ってダンジョンに潜ろうとしたんだと」
「で、どうなったんですか?」
「掘っても掘ってもダンジョンに辿り着けなかったんだとさ」
そんなに分厚かっただろうか。
地表とダンジョンを隔てる岩盤は2メートルくらいしかなかったはずだ。
子どもには無理でも、大人が道具を使えば掘れない深さではない。
「おまけに雨が降っても水が流れ込まないときてる」
「不気味な話、でもないのかな」
ダンジョンはモンスターだ。
それくらいできて当然という気はする。
「ん?」
不意にフランが立ち止まる。
「どうかしたんですか?」
「何かが槍に引っ掛かった気がしたんだよ」
フランは槍の穂先を見つめた。
「糸、だね」
「ですね」
細い糸が槍の穂先に絡みついていた。
「
フランは思案するように口元を覆う。
「よし、ここからはもっと慎重に進むよ」
はい、と優は頷き、フランの後に続いた。
しばらくあるくと黄色の三角形がダンジョンの奥に表示された。
地図に表示されている限りで5つある。
ややスピードを落として進むと、布で包まれた何か――大きさや形から察するに人間の死体――が地面に転がっていた。
「円が表示されてないってことは死体ってことだね」
フランが槍の石突きで死体を小突くと、ガサゴソという音が聞こえてきた。
どうやら、何かが死体の中に潜んでいるようだ。
「ユウ、ちょいと距離を取って、炎弾だ」
「分かりました」
優とフランは死体から距離を取った。
「術式選択、炎弾!」
「Gyoooooooooooooo!」
「――ッ!」
乾燥していたのか、死体が一気に燃え上がり、炎に包まれた蜘蛛が飛び出してきた。
ただの蜘蛛ではない。
人間の赤ん坊ほどの大きさがある蜘蛛だ。
「おらぁッ!」
フランは槍を振り下ろして蜘蛛を地面に叩き付け、ブーツで踏み付けた。
蜘蛛は口と尻の穴から黄色い液体を地面にぶち撒け、ビクビクと小刻みに痙攣した後で動きを止めた。
蜘蛛と吐き出した液体は塵と化した。
あとに残ったのは親指の爪ほどの魔晶石だ。
魔晶石の大きさ=強さと考えるならば大蟷螂より強いことになる。
「心臓が止まるかと思ったよ」
フランは蜘蛛の魔晶石を拾い上げると優のリュックに突っ込んだ。
そして、死体の傍らに跪いた。
「駆け出しの冒険者だね」
フランは死体から認識票を取り、ポーチに突っ込んだ。
「知り合いですか?」
「全然、知らないヤツだよ。レベル1だったから準備もせずにダンジョンに挑んで返り討ちって所かね」
「じゃ、装備は回収しなくて大丈夫ですね」
「は?」
フランはギョッとした顔で振り向いた。
「見た所、大した装備じゃなさそうですし」
装備は粗末な革鎧だ。
鞘が残っているので、長剣を装備していたのは間違いない。
長剣がないことから別の場所で襲われたと分かる。
「いや、アンタ、何も死体を漁らなくても」
「あ、でも、お金を持ってるかも知れませんね」
優はフランを押し退け、財布を頂戴した。
「フランさん、認識票をください」
「あ、ああ」
優はフランから認識票を受け取り、頂戴したばかりの財布に突っ込んだ。
こうしておけば誰の財布なのか分かる。
「ここは死体にビビる所だろ?」
「え?」
思わず聞き返す。
「まあ、いいさ。焦らず、慎重に目的地を目指すよ」
「は、はあ」
優は内心首を傾げた。
どうして、死体なんかにビビらなければならないのか。
死ねば何もできないのに、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優とフランは死体に巣くう大土蜘蛛を焼き殺しながら進んだ。
やり方は最初の一匹と同じだ。少し離れた場所から炎弾をぶち込む。
そのまま焼け死ねばよし。
焼け死なないようであればフランが槍で一撃し、それでも死ななければ踏み潰す。
殺した大土蜘蛛の数は10、同じだけの冒険者が犠牲になったということでもある。
「……変だね」
フランがそんな言葉を口にしたのは21匹目の大土蜘蛛を焼き殺し、認識票と財布を回収した直後のことだ。
「何がですか?」
「大土蜘蛛が弱すぎるんだよ」
言われてみればという気はする。
犠牲になった冒険者の中にはレベル10を超える者もいた。
優とフランが苦もなく倒せるモンスターに為す術もなくやられることなんてあるだろうか。
「やっぱり、親蜘蛛がいるんでしょうか?」
「親蜘蛛?」
フランは嫌そうに顔を顰めた。
「親蜘蛛が冒険者を襲って卵を産み付けたとは考えられませんか?」
「ダンジョンに生み出されたモンスターがさらに繁殖するのかい」
う~ん、とフランは唸った。
「強い親蜘蛛がいるのか、大群で襲ってくるのかは分かりませんが、気を付けた方がいいと思います」
「まあ、そうだね」
気合を入れるためか、フランは自分の頬を叩いた。
さらに進むと、黄色の三角形が地図に表示された。
だが、黄色の三角形が表示されている所には死体どころか、何もない。
天井を見上げても同じだ。
「何処かに隠れているんでしょうか?」
「ユウ、魔法をぶち込んでいぶり出しとくれ」
「術式選択! 炎弾×10!」
炎弾を放ち、腕を一閃させる。
掃射だ。
炎弾がダンジョンの一角を赤く染め上げる。
「Gyoooooooooooooo!」
熱に耐えられなくなったのか、人間サイズの大土蜘蛛が地面から飛び出してきた。
地面に穴を掘り、そこに蓋をして隠れていたのだ。
「術式選択! 炎弾×10!」
優は再び炎弾を放つが、大土蜘蛛は前に飛び出して躱し、猛然と向かってきた。
どうやら、標的を優に定めたらしい。
「術式選択! 炎だ――ッ!」
大土蜘蛛はもうすぐ目の前だ。
ダメだ。間に合わない、と身を強張らせたその時、フランが飛び出した。
「せいッ!」
大土蜘蛛はフランが振り下ろした槍を右に躱す。
まるで瞬間移動しているかのようなスピードだ。
さらに進もうとした大土蜘蛛の行く手を槍の石突きが阻んだ。
いや、阻んだは言い過ぎかも知れない。
大土蜘蛛はわずかにスピードを落とし、槍を潜り抜けたのだから。
ほんの瞬きほどの時間を稼いだに過ぎない。
しかし、それは優が魔法を発動させるのに十分な時間だった。
「炎弾×10!」
「Gyoooooooooooooo!」
大土蜘蛛は炎に包まれ、大きく仰け反る。
「せいッ!」
フランが槍を突き出し、大土蜘蛛を串刺しにする。
しばらくの間、大土蜘蛛は藻掻いていたが、動きを止めて塵と化した。
「はぁ、面倒臭いヤツだったね」
フランは魔晶石――大きめのビー玉サイズだ――を拾い上げると手招きしてきた。
歩み寄り、背中を向けると、リュックに魔晶石を押し込む。
「怪我はなさそうだね」
「フランさんは怪我をしてますね」
大土蜘蛛を串刺しにした時のものか、小さな傷がフランの頬に付いていた。
血が珠のように滲む。
「こんなの舐めときゃ治るさ」
フランは親指で血を拭い、笑みを浮かべた。
何とも男前な笑みである。
抱かれてもいい。
「……こいつが親蜘蛛か」
「そうみたいですね」
フランは納得していないようだ。
「正直、こいつが中堅どころの冒険者を倒せたとは思えないんだけど……」
轟音がフランの言葉を遮った。
ドドドドドッ! という音が近づいてくる。
モンスター探知に頼るまでもない。
大きさはオーガより小さい程度、要するに先程の大土蜘蛛を遙かに上回る
それが天井に張り付き、こちらに向かってくるのだ。
「術式選択! 炎弾×10!」
炎弾が超大土蜘蛛に着弾。
前肢が燃え上がり、動きが止まる。
だが、煩わしそうに前肢を振ると、炎が散ってしまった。
ケフッ、とフランが小さく咳き込んだ。
「まさか、毒?」
不意にタランチュラのことを思い出した。
ある種のタランチュラは腹部に毒の毛を持っていて、捕食者に襲われた時は脚でそれを飛ばすのだという。
「フランさん、解毒薬を!」
「ちょいと気分が悪くなっただけだよ。来るよ!」
超大土蜘蛛が再び走り出し、優とフランの少し手前で天井から脚を放した。
「走るよ!」
言うが早いか、フランは優の胸倉を掴んで地面を蹴った。
慣性の法則を味方に付けた超大土蜘蛛が砲弾のように迫る。
ゾッとするような風切り音が頭上を通り過ぎ、背後から轟音が響いた。
砕けた岩がビシビシと背中に当たる。
「走れ、走れ、走れ!」
「走ってますよ!」
優は無我夢中で脚を動かし、転倒した。
足首を見ると、蜘蛛の糸――もはや、縄というべき太さだ――が絡みついていた。
ズザーッと地面を滑る。
超大土蜘蛛が糸をたぐり寄せているのだ。
「フランさん、助けて!」
「ったく、鈍くさいヤツだね!」
フランが槍を投げ捨て、優にしがみつく。
だが、超大土蜘蛛は2人分の重量をものともせずに糸を手繰り寄せる。
「ユウ! 糸を炎で焼き切りな!」
「術式選択! 炎弾×10!」
優は炎弾を放つ。
炎弾が触れた途端、糸は燃え上がった。
「Gyoooooooooooooo!」
超大土蜘蛛は前肢から伸ばしていた糸を切断する。
「これでも喰らいな!」
フランは氷結と閃光のマジックアイテムをポーチから取り出し、超大土蜘蛛に向けて放り投げる。
閃光が一瞬だけダンジョン内を満たし、冷気が超大土蜘蛛を包み込んだ。
「Gyoooooooooooooo!」
超大土蜘蛛が吠える。
怒り狂って暴れるかと思いきや、その動きは極めて鈍い。
ゴキブリ同様、冷気に対する耐性は低いのかも知れない。
「逃げるよ!」
「え?」
「え? じゃない! あんなのに無策で挑める訳ないだろ!」
優はフランに引き起こされ、ダンジョンの奥に駆け出した。