Quest24:開店の準備をせよ その6
文字数 5,875文字
ゴン、ガン、ゴンという音が響いている。
カーマイン達が内装を壊している音だ。
ゴキブリの巣窟になっていたせいか、店の内装はかなり傷んでいたようだ。
「う~ん、こんな感じかな?」
優は完成した広告を視線の高さに持ち上げた。
ラフ案ではなく、正式な広告だ。
上半分には『×月×日オープン』、『水薬1本300ルラ』、『空き瓶を10本集めてクジを引こう』という文言が躍っている。
下半分には『衣類も取り扱っています』、『詳細は後日』と書いてある。
「……3枚作ったけど、1枚目は冒険者ギルド、2枚目はバーミリオンさんの店、3枚目は安宿かな?」
安宿はともかく、冒険者ギルドとバーミリオンの店は難しそうだ。
正直に言えばサロンにも貼りたいのだが、絶対に無理だ。
「まあ、ダメ元で交渉してみよう」
優は広告を手に部屋から出ると、フランと出くわした。
デニム地のズボンと黒いシャツの上にエプロンを身に着けている。
「出掛けるのかい?」
「はい、広告を貼りに行こうと思いまして」
広告を見せると、フランは何度も頷いた。
「どうですか?」
「前のヤツよりよくなってるよ」
よかった、と優は胸を撫で下ろした。
前回の広告も気合を入れて作ったが、今回の広告はそれ以上に気合を入れた。
「やっぱり、ユウは器用だね」
「そんな大したもんじゃないですけどね」
照れ臭くて頭を掻いた。
小学校低学年まではよく絵を描いていたが、中学年になってからは描かなくなった。
自分よりも絵の上手いヤツがいる。
絵を描かなくなった切っ掛けはそんなものだ。
本当に好きなら評価なんて気にならなかったはずだ。
「ユウは自己評価が低いねぇ」
「自分の程度は分かってるつもりです」
勉強は中の上、運動は中の下、その他の実技科目だって人並みの域を出ない。
他人に誇れるものなど何もない。
「これから分かるんだよ」
フランはワシワシと優の頭を撫でた。
子ども扱いしないで欲しいと思う一方で喜んでいる自分もいる。
「自分は大した人間じゃないって分かったら……」
「こんな短期間で店を構えたんだ。それだけでも大したもんだよ」
「でも、それは知識チートって言うか」
「それもユウの力、だろ?」
そう言って、フランは悪戯っ子のように笑った。
この手のコンプレックスは長い時間を掛けて解消するしかないのだろう。
「いつ頃、戻ってくるんだい?」
「交渉しに行くのは3カ所なので、遅くても夕方には戻れると思います」
ふ~ん、とフランは思案するように顎に触れる。
「冒険者ギルドにも行くのかい?」
「ええ、一応」
「だったら、請求書を出してきとくれ」
フランはポケットから請求書を取り出すと広告の上に置いた。
「フランさんは?」
「あたしは家の掃除だよ、掃除。こんな時でもなけりゃできないからね」
フランはエプロンを摘まんで言った。
「よろしく頼むよ」
「分かりました」
請求書をポケットにしまい、外に向かう。
店の内装はカーマイン達によって剥ぎ取られ、煉瓦が剥き出しになっている。
「よう、出掛けるのか?」
「ええ、店の広告を貼りに行こうと思いまして」
既視感を覚えながらカーマインに答える。
「広告か。色々と考えてるんだな」
「できることは全部やっておこうと思いまして」
この世界ではいざ知らず、元の世界では宣伝は重要視されていたように思う。
まあ、素人の思い付きが何処まで通じるのか分からないが。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お邪魔しま~す」
「……」
優が店に入ると、バーミリオンは仏頂面でカウンターに座っていた。
「坊主、何の用だ?」
「広告を貼らせてもらいに来ました」
「勝手にしやがれ」
バーミリオンは吐き捨てるように言った。
「糊か、画鋲を貸して下さい」
「……クソガキ」
悪態を吐きながら小瓶に入った糊を置いた。
「裏全体にベットリ塗るんじゃねぇぞ。四隅に塗るだけで十分だからな」
優は広告の裏に糊を付け、何処に貼るべきか視線を巡らせる。
「広告はそこに貼れ」
そう言って、指で指し示したのは武器を置くためのフックが据え付けられた壁だ。
店に入れば最初に見てしまう。
そんな一角である。
「じゃ、遠慮なく」
言葉通り、壁のど真ん中に広告を貼る。
「ありがとうございました」
「……坊主」
「何でしょう?」
「茶でも飲んでけ」
バーミリオンは優の返事を聞かずに奥に入り、ティーセットを持って戻ってきた。
やけに手慣れた動作で香茶を注ぎ、カップを差し出す。
「まあ、座れや」
「それは正座しろ的な意味合いですか?」
「……」
バーミリオンは無言でイスを差し出してきた。
イスを床に置き、浅く腰を下ろす。
大股開きで座るなど以ての外だ。
「スカーレットが世話になってるって聞いてよ。親として挨拶をしとこうと思ってよ。まあ、飲めや」
「ありがとうございます」
優はカップを手に取り、口元に運んだ。
柑橘系のさっぱりとした味が広がる。
「どうだ?」
「美味しいです」
そうか、と相変わらずの仏頂面で呟く。
「スカーレットは上手くやってるか?」
「さあ?」
「お前の所に転がり込んだんだろ?」
「仕事は商品を作ってる段階だから何とも言えませんよ。人間関係に関して言えば問題ないんじゃないかなって思いますけど」
「……そうか」
バーミリオンはホッと息を吐いた。
「ちょっと意外でした」
「何がだ」
「出戻りと言っていたものですから」
「馬鹿野郎、子どもを心配しねぇ親が何処にいるってんだ。子どもってのはいくつになっても可愛いもんだ」
バーミリオンの声は静かだったが、意外なほど胸に突き刺さった。
「どうした、坊主?」
「いえ、家族のことを思い出して」
優は香茶を一気に飲み干した。
「坊主、家族は?」
「ダンジョンで行方不明になりました」
ああ、とバーミリオンは気まずそうに目を伏せた。
こんなに別れが早く訪れるのならもっと親孝行としておけばよかった。
妹にもっと優しくしてやればよかった。
そう思う。
「スカーレットさんはバーミリオンさんのことを意識して拗らせちゃってますけど、悪い人じゃないと思うんです。だから、少しでいいから優しい言葉を掛けてやって下さい。お願いします」
優は捲し立てた。
他所の家のことに口出しするんじゃねぇ! と怒鳴られるかと思ったが、バーミリオンは黙って話を聞いていた。
「……分かった。坊主にそんな心配をさせてすまねぇな」
「いえ、こっちこそ生意気なことを言ってすみません」
バーミリオンは立ち上がり、カップに香茶を注いだ。
静かにイスに腰を下ろし、口元にカップを運んだ。
「俺の嫁はスカーレットがガキの頃に死んでよ」
「……はい」
「男手一つで育てたせいか、やたらと気が強くてな」
「そうですね」
気はかなり強い方だと思う。
「せめて、結婚くらいはと思ってたんだがな」
「……相性は大事だと思いますよ」
スカーレットにとっても、彼女の元旦那にとってもだ。
「あいつは何にも言わねぇが、何があったのかは聞いてる」
「それなのに出戻りって言ったんですか?」
「男は男らしくってのがドワーフの心情でよ」
言いたいことは何となく分かる。
異質な者は排除されて攻撃を受ける。
仲間意識と言えば聞こえはいいが、要は同調圧力だ。
スカーレットは元旦那の社会的評価を守るために何も言わないことを選んだのだろう。
「何を言いたかったかと言えば娘のことをよろしく頼む」
「それは……友達としてですよね?」
「それ以外に何があるんだ?」
バーミリオンは訝しげに眉根を寄せた。
友達以外に何があるかと言えば第3婦人としてよろしく頼むという意味がある。
しかし、それを口にすれば娘思いのバーミリオンのことだ。
その太い腕で優の首をへし折ってしまうだろう。
「いえ、何もありません」
カップに口を付けると、香茶は温くなっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
冒険者ギルドに行くと、受付の前に長い行列ができていた。
お腹も空いてるし、とカウンター席を見るが、生憎と満員だ。
仕方がなくテーブル席に座るとメアリに声を掛けられた。
「ユウ、相席していい?」
「いいよ」
メアリとアンは対面の席に座った。
魔晶石を売ったお金で買ったのか、2人とも装備が新しくなっていた。
金属製の鎧を買えたはずだが、敏捷性を損なうことを恐れたのか、装備しているのは硬革鎧だ。
「装備を買い換えたんだ?」
「金属鎧が欲しかったんだけど、あたしの筋力だと動きが鈍くなっちゃうから。籠手は金属製にしたんだけどね」
メアリは腕を上げ、悪戯っぽく笑った。
槍と長剣も新しくしたようだが、優の目を引いたのは短剣だった。
「……その短剣」
「分かる? これ、魔法銀製なんだよ。槍と長剣は無理だったけど、いつかこっちも新しくしたいと思って」
メアリは微笑みながら魔法銀製の武器に触れた。
「アンも武器を新しくしたんだね」
「愛着はありましたが、複合弓に買い換えました。近接戦闘用の武器は鉈を……」
アンは少しだけ恥ずかしそうに言った。
メアリとアンは森を狩り場にしているので、鉈を補助武装にしたのだろう。
「調子はどう?」
「装備を一新したから調子はいいよ」
「懐具合に余裕がある内に実績を積みたいです」
やはり、装備がよければ何とかなるというものでもなさそうだ。
とは言え、装備が整っていなければ実績を積めないので、悩ましい所だ。
「お客様、ご注文は如何なさいますか?」
「2人ともどうする? よければ奢るけど?」
「う~ん、魔晶石で儲けさせてもらったばかりだし」
「割り勘でお願いします」
メアリはギョッとアンを見た。
「僕は豆茶とトーストを」
「私も」
「水とトーストでお願いします」
メアリはまたしてもアンを見た。
「豆茶2つ、水1つ、トースト3つですね」
ウェイトレスはにこやかに一礼すると厨房に向かった。
「……アン」
「お金は大切にすべきです」
「でも、ちょっとくらい」
「いつまでもあると思うな、親と金です」
メアリは可愛らしく唇を尖らせて言うが、アンは取りつく島もない。
「そう言えばあの時の冒険者はどうしてるの?」
「借金を返したり、新しい装備を買ったりして冒険者を続けてるよ」
「……故郷に錦を飾った冒険者もチラホラといましたが」
アンがボソリと呟く。
「引退しちゃった人がいるんだ」
「冒険者って楽な仕事じゃないし、ね」
「理想と現実のギャップが激しいです」
メアリとアンは少しだけ寂しそうに言った。
「まあ、それは仕方がないよね」
「ユウは怒らないんだ?」
「怒るって、どうして?」
「あれだけ儲けさせてあげたのは目的があるからでしょ? 普通は思い通りになってくれなかったって怒るよ?」
「残念だなとは思うけど、怒りはないかな?」
利用する気満々で近づいたのだ。
自分の思い通りにならなかったからといって文句を言うのは我が儘というものだ。
「できれば味方になって欲しかったけど、人生をやり直したいと思ってる人達の気持ちを否定するのは残酷だよ」
「ユウが納得してるならそれでいいけど」
メアリは今一つ納得していないらしく唇を尖らせている。
「ところで、ユウは何をしにきたのですか?」
「店を開くことになったから広告を置かせてもらおうと思って」
優は苦笑しながら広告をテーブルに置いた。
メアリが広告を手に取り、アンが隣から覗き込む。
そして、2人は大きく目を見開いた。
「水薬が300ルラ!?」
「メアリ、声が大きいです」
咄嗟にか、アンがメアリの口を塞いだ。
「どうして、こんなに安いの?」
「企業秘密だよ」
原価率を考えればもう少し価格を抑えられるが、それを言う必要はない。
「解毒剤や抗麻痺薬もかなり安く提供できるようになると思うよ。オープンは一週間後だから噂を広めてくれると嬉しいな」
「任せて、皆に声を掛けておくから」
「こんなに安いと売り切れが怖いですね」
メアリは請け負ってくれたが、アンは逡巡にも似た表情を浮かべている。
その時、ウェイトレスが戻ってきた。
「お待たせしました! トースト3つ、豆茶2つ、水1つになります! ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい、揃ってます」
優が答えると、ウェイトレスは料理を置いて別のテーブルに向かった。
一口だけ豆茶を飲み、行列がなくなっていることに気付いた。
「……ちょっと受付に行ってくる」
2人に断りを入れ、受付に向かう。
疲れているのか、エリーは体を傾げていたが、優に気付くとすぐに背筋を伸ばした。
「ユウ君、いらっしゃい。ご用件は何ですか?」
「請求書の処理と広告を貼ってもらいたくて」
優は請求書と広告をカウンターに置いた。
「先に請求書の処理をしますね。共用口座からカーマイン工務店に2万ルラを振り込めばいいんですね?」
「はい、お願いします」
エリーは1分と掛からずに請求書を処理すると広告を手に取った。
「これはユウ君が?」
「ええ、素人なりに色々と考えて作りました」
エリーは感心したように頷きながら広告を眺めた。
「随分、安いんですね?」
「努力しましたから」
魔道士ギルドが価格を高く設定しているだけなのだが、ここで言っても仕方がない。
「服も扱うんですね」
「まあ、縁があったので」
本当に縁があったとしか言いようがない。
「分かりました。私の一存で許可を出せないので、掲示許可の申請をお願いします」
「新しい広告を貼る時は再申請が必要ですか?」
「そうなります」
個人的には応援してるんだけど、とエリーは少しだけ申し訳なさそうに言った。
「いえ、ルールなら仕方がないです」
「では、申請書に必要事項を記入して下さい」
優はエリーから差し出された申請書を受け取った。