Quest8:フランを登録せよ
文字数 7,288文字
隊商はヘカティアを離れ、街道を東へ東へと進んでいく。
襲撃を警戒してか、5台の幌馬車は距離を空けている。
1台当たり5、6人の冒険者が護衛に付いている。
優とフランの担当は最後尾だ。
街を出てから歩きづめだが、体力が上限を突破しているお陰か、疲労を感じない。
これならば一日中歩き続けられそうだ。
優は欠伸を噛み殺しつつ、視界の右上を見る。
そこには地図が表示されている。
これが新しく覚えた魔法――
この魔法は地図を自動的に作成し、視覚情報として表示してくれるのだ。
さらに反響定位と敵探知ともリンクしているらしく、幌馬車を示す長方形と冒険者を示す円が黄色で表示されている。
「何をボーッとしてるんだい。道から出るんじゃないよ!」
「――ッ!」
突然、首根っこを掴まれ、引き寄せられた。
地図に気を取られて自分でも知らない内に右に寄っていたらしい。
「すみません」
隣を見ると、フランが柳眉を逆立てていた。
「いいかい? 道から出るのはモンスターを迎え撃つ時だけだ。植物型のモンスターだっているんだからね」
「でも、地図に表示されてないから大丈夫だと思いますよ」
時折、黄色の三角が視界の隅に表示される。
多分、これがモンスターを示すマークだ。
「半人前がナマ言ってるんじゃないよ。初めて使う魔法に命を預けてどうするんだい。もっと慎重に行動しな、もっと慎重に」
フランがバシッと優の頭を叩く。
叩かないで欲しいとは思うものの、もっともな言い分だと思う。
「ごめんなさい」
「分かりゃいいんだよ、分かりゃ」
ヘカティアを出てから叱られてばかりだ。
一角兎を倒して調子に乗っていたけど、自分は冒険者に向いていないのかも知れない。
「あ~、そんなに落ち込むんじゃないよ。どんなことでも自分が思っていたほど上手くはできないもんだよ」
流石に言い過ぎたと思ったのか、フランはバツが悪そうに頭を掻いた。
「その、何だ、魔力は十分なのかい?」
「地図作成、反響定位、敵探知で消費しているMPと自動回復分が釣り合っているらしくて99%を維持しています」
「MP? 99?」
フランは不思議そうに首を傾げる。
「MPは魔力のことで、99%は九割九分って意味ですよ」
「魔力ってのはそんなに具体的に表示されるもんなのかい?」
「でも、表示されてますし」
優は念のために視界の左上に表示されたMPを確認する。
自分がどれくらい魔法を使えるか把握していないが、MPはリアルタイムで更新されている。
「信用できるのかい?」
「MPが減っている感じがしないので、大丈夫だと思います」
フランは今一つ信用しきれないようだ。
「そんなにグリンダさんが信用できないんですか?」
「アンタがお人好し過ぎるんだよ」
だったら、実験を止めて欲しかった。
「……そんなに悪い人には見えないんですけど」
安全性の確認できていない魔法の実験体として使われた件を除けばグリンダはまともな人である。
「色香に惑わされてないだろうね?」
「ぼ、僕はこの世界で生き抜くことに精一杯なんですよ。女の人にかまけている余裕なんてありませんよ」
優はグリンダの巨乳と隣の部屋から聞こえてきた喘ぎ声を思い出して赤面した。
「昨夜は早く寝たんだろうね?」
「ええ、もちろんですよ」
気付いているのか。
いや、カマを掛けているに違いない。
だが、あの時は敵察知を起動していなかった。
フランがクンクンと鼻を鳴らした。
まさか、臭うと言いたいのか。
いや、鼻炎なのかも知れない。
突然、地図の右下に黄色の三角形――モンスターが表示され、優は肩越しに背後を確認した。
しかし、視線の先にあるのは鬱蒼と茂る森だ。
目を凝らしてもモンスターは見えない。
「どうしたんだい?」
「いや、別に」
優は再び前を向いた。
不安が湧き上がる。
今更ながら黄色の三角形が表示されることに疑問を持ったのだ。
偶然、もしくは通りすがりのモンスターを察知しているとばかり考えていたが、本当に通りすがりのモンスターだろうか。
「フランさん、さっきから……いえ、大分前から地図にモンスターのマークが表示されるんですけど、これって追われているんですかね?」
「ユウ、こっちに来な」
言うが早いか、フランは優を抱き寄せた。
「何匹いるか分かるかい?」
「1匹しか表示されません」
フランはポーチから小さな鏡を取り出して背後を確認する。
「チッ、見えないねぇ。見間違えってことはないのかい?」
「見間違う以前に見てないですから」
魔法で察知しているだけなので、具体的に場所を指示できないのだ。
もちろん、足を止めて方向を示すことはできるが、そんなことをしたら敵に警戒されてしまう。
「せめて、フランさんに地図とマークを見せられればいいんですけど」
そんなことをぼやくと、視界にメッセージが表示された。
××××としてフランを登録しますか? Yes/No
「××××って何さ」
チーム登録のことだろうか。
いや、チームは3文字だ。
いやいや、×が4つ並んでいるからと言って、4文字の単語とは限らない。
「いきなり何を言ってるんだい、アンタは」
「フランさんを登録するかメッセージが表示されてるんですよ」
「登録?」
「はい、Yesと」
フランが嫌そうな顔をしたので、優は反射的にYesに触れた。
「な、何を勝手に登録してるんだい! 慎重に行動しろって言ったばかりだろ!」
「いえ、登録できてません」
もう一度、触れてみるが、メッセージは消えない。
もしかしたら、同意がなければ登録できないのかも知れない。
「登録に同意をして下さい」
「やなこった。そんな怪しげなもんに登録するつもりはないよ」
ですよね、と同意したくなる。
何の登録かさえ分かっていないのだ。
よく分からないのに登録すべきではない。
普段の優ならば諦める所だが、今回は好奇心が勝った。
「地図とマークを見せられればっていう流れで表示されたんですから、そんなに危険じゃないと思いますよ」
「好奇心は猫を殺すって諺を知らないのかい」
やはり、露骨に嫌そうな顔をしている。
「でも、フランさんはグリンダさんに魔法を施術されてないじゃないですか」
「施術されてないのに表示されたらそっちの方がヤバいだろ」
「いや、でも、僕の認識票にはそれっぽい魔法が記載されてないですよ。騙されたと思って同意して下さいよ」
優はフランの正面に回り込んで認識票を見せる。
「騙されたくないから同意しないんだろ。ちゃんと前を向いて歩きな」
フランが優の頭を叩く。
仕方がなく元の位置に戻ったが、断られると是が非でも登録に同意して欲しくなる。
「お願いします! ちょっと同意してくれるだけでいいんです! お願いします! お願いします! お願いします!」
「擦り寄ってくるんじゃないよ! 鬱陶しい!」
フランは擦り寄る優を引き剥がそうとする。
「……エリーさん」
「どうして、ここでエリーが出てくるんだい」
「エリーさんが何かあったら言ってねって。だから、魔法の実験体にされた話に食いついてくるんじゃないかなって。そう言えば、あれって合法なんですか?」
「分かったよ。勝手に登録しな!」
「同意を頂きました! ポチッとな!」
「んぁぁぁぁッ!」
優がYesに触れた次の瞬間、フランが悲鳴を上げて仰け反った。
次の瞬間、火花が散った。
フランに殴られたのだ。
「何がそんなに危険じゃないだ!」
「何があったんですか?」
フランは忌ま忌ましそうな――いや、妙に艶っぽい表情を浮かべている。
涙目になっているし、頬が赤く染まっている。
何と言うか、羞恥に耐えているかのような表情だ。
一体、何が起きたのだろうか。
「あ? マークが水色になった」
フランを示す円が水色に染まった他にも変化はあった。
フランの名前とMPが優の上に表示されたのだ。
「ったく、こんな風になるなら先に言えってんだよ」
「フランさん、地図は見えますか?」
「ああ、見えてるよ。ついでにアンタの名前と横長の長方形……その隣には99%ってあるね。それがあたしの下にある」
何だか嫌な予感がした。
チーム登録だったとしても、こういうものは選択した人物の名前が上に表示されるものではないだろうか。
「認識票に変化はありましたか?」
「すぐに確認するよ」
フランは服の下から認識票を取り出し、軽く目を見開いた。
「……スキルと称号が追加されてる」
「称号?」
「一定条件を満たすと獲得できる……まあ、スキルと似たようなもんだね。たとえばゴブリンをぶっ殺し続ければゴブリンキラーって称号が獲得できるらしい。こいつがあるとゴブリン相手に上手く立ち回れるようになるって話だ」
きっと、ゴブリンキラーの上位称号はゴブリンスレイヤーに違いない。
「ゴブリン限定でパラメーターが補正されるんでしょうか?」
「称号があるって話は聞いてたけど、お目に掛かるのはこれが初めてだからね。それにしても××××の××××って訳が分からないよ」
「スキルは?」
優が尋ねると、フランはニヤリと笑った。
「あたしが獲得したスキルは剽窃【××××限定】さ。きっと、この××××ってのはアンタのことだね」
小鳥遊優……確かに4文字だ。
ということは××××の××××は小鳥遊優のご主人様という意味だろうか。
「登録解除!」
優が叫ぶと、メッセージが表示された。
フランの××××登録を解除しますか? Yes/No
迷うことなくYesを選択するが、メッセージは表示されたままだ。
何度も押してみるが、何も起きなかった。
恐らく、登録した時と同じように登録解除には同意が必要なのだろう。
「登録解除に同意して下さい」
「やなこった」
フランはプイッと顔を背けた。
「ふふん、この三角形がモンスターだね。便利な魔法があるもんだ」
フランは鏡で背後を確認し、鏡をポーチにしまう。
「いましたか?」
「ああ、ゴブリンだ。上手く茂みに隠れちゃいるけどね。場所が分かってるんだ。見つけるのはそんなに難しかない」
僕は見つけられなかったんですけど、と優は横目でフランを見る。
「駆け出しのアンタに見つけられたら、あたしはおまんまの食い上げだよ」
「どうしますか?」
フランは思案するように腕を組んだ。
「……本隊を叩かなけりゃ意味がないからね。手を貸してもらうよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、隊商は街道沿いにある広場に止まった。
5台の幌馬車が余裕で留まれるだけのスペースはあるが、それ以外には何もない。
昔にあった公営宿の名残らしい。
今は宿を管理する者もなく、建物は朽ち果ててしまったそうだ。
「はぁ、疲れた」
優は森から集めてきた木の枝を地面に起き、その場に腰を下ろした。
他の冒険者は仲間ごとに集まって地面に座っている。
一人で座っているのは優だけだ。
どうやら、護衛の仕事を請け負った冒険者はチームで参加しているらしい。
ハブられているようで辛い。
「な~に、一人でしょぼくれてるんだい」
「フランさん!」
よっこらせ、とフランはリュックを下ろし、木の枝の向こうに座った。
「首尾はどうでした?」
「なかなか信じてくれなくて骨が折れたよ」
フランはリュックからコップを取り出して優に突き出した。
「せめて、一言」
「水」
「はい。術式選択、水生成」
流れるようにコマンドが表示され、水が優の指先――正確には1センチメートルほど離れた何もない空間から出てきた。
水の勢いは蛇口を全開にしたくらいだろうか。
水はカップを満たした所で止まった。
フランは喉を鳴らしながら水を飲み干し、プハーッと息を吐いた。
「うう、おっさん臭い」
「うっさいね。アンタも水を飲んでおきな」
「お言葉に甘えまして」
体力が上限を超えているお陰か、あるいは気が昂ぶっているからか、喉は全く渇いていない。
しかし、ここはフランの指示に従って水を飲んでおくべきだろう。
優はリュックからコップと食料の入った紙袋を取り出した。
「水を出しな」
「術式選択、水生成」
フランがコップを突き出してきたので、先に水を注ぐ。
「術式選択、水生成」
優は自分のカップに水を注ぎ、恐る恐る口に運んだ。
冷たい。
温い水が出てくるとばかり思っていたが、これならフランが一気に水を飲み干したのも頷ける。
水を半分ほど飲み、短剣で切った干し肉とパンを口に運ぶ。
干し肉は塩っぱく、パンは塩っぱい上に硬い。
「そうだ! 術式選択、水生成!」
再び水をカップに注ぎ、そこに刻んだ干し肉とパンを入れる。
「もったいないことするんじゃないよ」
「ふふふ、これからがいい所です。術式選択、炎弾×1/10!」
優は小さな火をコップに向けて放つ。
案の定、火はすぐに消えてしまったが、続けざまに火を放つ。
何回か繰り返すと、熱々のスープが出来上がった。
「アチ、アチッ!」
フー、フーと息を吐き、スープを飲む。
「美味しい!」
熱したことでパンと肉は柔らかさを取り戻し、塩気がいい感じで抜けている。
ちょっとした思い付きだったが、大成功だ。
「ユウ、魔法はできるだけ温存しておきな」
「フランさんもどうですか?」
「……魅力的な申し出だけど、遠慮するよ。魔法を温存しておけって言ったあたしが無駄使いさせてたんじゃ筋が通らないだろ」
温かな料理はそれほど魅力的なのか、フランはしばらく間を置いてから答えた。
「少しくらいなら大丈夫だと思いますよ?」
MPは80%、魔力の使用量と回復量が釣り合っているせいで回復しないが、スープ一杯分くらいなら余裕だ。
「気休め程度の差かも知れないけど、気休めってのは大事だよ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんだよ」
フランは小さく苦笑した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
木の枝が炎の中で爆ぜる。
陽は既に沈み、夜の帳が下りている。
優は行儀が悪いと思いつつも地面に横たわり、ボーッと炎を眺めていた。
「何だか、落ち着きます」
「焚き火ってのは緊張を解してくれるんだよ。まあ、リラックスし過ぎるのも、いや、説教は止めておくかね」
フランは肩を竦めた。
リラックスし過ぎるのも問題と言いたかったのだろう。
確かに今の状況で緊張感を途切れさせてしまうのは問題だ。
そんなことを考えながら地図に意識を傾ける。
モンスターを示す三角形は依然として地図の片隅に存在している。
より多くの魔力を消費して索敵範囲を拡大すべきか迷うが、必要ならばフランが指示してくれるだろうと自分を納得させる。
「初めまして!」
突然、声を掛けられて飛び上がる。
モンスターに気を取られて近くにあった円――冒険者の存在を失念していた。
「あ、は、初めまして」
優はその場に正座し、反射的に頭を下げた。
クスクスという忍び笑いが上から降ってくる。
声を掛けてきたのは革製の胸甲冑を身に着けた少女だった。
腰から細めの長剣を提げている。
少女は優よりも背が高く、筋肉質な体付きをしているが、筋力に恵まれているようには見えない。
恐らく、威力よりも手数を重視して細めの長剣を選んだのだろう。
「私はメアリ。アン、挨拶して」
「……初めまして、アンです」
メアリの背後から大人しそうな少女が顔を覗かせる。
アンはメアリよりもさらに軽装だった。
何しろ、防具は革の胸当てだけだ。
矢筒を背負っているので、狩人だろう。
「私達は今売り出し中の冒険者、メアリ&アンよ」
メアリは偉そうに胸を張ったが、アンは恥ずかしそうにしている。
「私は剣が得意で、アンは弓……だけじゃなくて森のこと全般に詳しいの。森で仕事をする時に人手が足りなかったら声を掛けてね。ヘカティアの冒険者ギルドで待ってるから」
じゃあね、とメアリは去って行った。
「アンタも挨拶に行ってきなよ」
「挨拶?」
周囲を見回すと、冒険者が歩き回っていた。
「他の冒険者と一緒に仕事をする時は休憩時間に挨拶回りをするんだよ。ほら、隊商にも声を掛けてるだろ」
メアリは物怖じせずに隊商のメンバーに声を掛けている。
歓迎されているようには見えないが、積極的に声を掛けている。
「……イメージと違う」
フリーランス、アウトロー、荒くれ者――そんなイメージがあったのだが、事実は異なるようだ。
悪で売っているタレントやアーティストが地道に営業活動をしている姿を見てしまったような気まずさがある。
「クライアントに顔を売っておくのは大事だよ。上手くすりゃ、指名されるし、パトロンになってもらえりゃ一流の冒険者になるのも夢じゃない」
「……無理」
優が泣き言を言うと、フランは微妙な表情を浮かべた。
「冒険者がやる前から諦めちまってどうするんだい」
「だって、僕はMMORPGで友達を作れないコミュ障だし、初対面の相手に声を掛けるなんてハードル高すぎですよ」
「ったく、面倒臭いヤツだね」
そう言って、フランは地面に横になった。
どうやら、挨拶回りに付き合ってはくれないようだ。
せめて、切っ掛けがあれば、と優は膝を抱えた。