Quest26:擬神を討伐せよ その3
文字数 9,427文字
村で唯一の酒場は冒険者でごった返していた。
村長とウィリアムは深刻そうな顔でカウンターの前に立っている。
「すみません。遅れました」
メアリとアン、ボニーが申し訳なさそうな表情を浮かべて2階から下りてきた。
座る場所がないことに気付き、階段の途中に座り込んだ。
「……諸君、マズいことになった。ゴブリンの群れが森に潜んでいる」
ウィリアムが言うと、場の空気が一気に弛緩した。
ゴブリンを最弱のモンスターと認識しているからこその態度だ。
「ゴブリンなんてちょっと脅せば逃げるだろ」
「だよな」
若い冒険者がそんなことを口にする。
「聞いていなかったのかい? 私はゴブリンの群れと言ったんだよ?」
ウィリアムが凄むが、2人はきょとんとしている。
「600匹……600匹のゴブリンが森に潜んでいる」
「1人当たり12匹倒せば楽勝、ね。多勢に無勢になるけれ、ど」
グリンダが言うと、冒険者達は騒然となった。
「どうやって、数を把握したんだ?」
「……それは」
ウィリアムは言い淀んだ。
優達の手札を晒してもいいのか悩んでいるのだろう。
「魔法、よ。私達は魔法でモンスターの位置と数を知ることができる、の」
「まあ、その通りだ」
グリンダが説明すると、ウィリアムは肯定した。
「居場所が分かるのならこっちから攻め込めばいい」
やや年嵩の冒険者が当然のように言い放つ。
「居場所は分かってない、わ」
「どういうことだ?」
「この魔法は大量の魔力を消費する、の。そこまでしてもモンスターの姿を捉えられるのは一瞬だ、け」
場が静まり返る。
事実である。
地図作成、反響定位、敵探知の範囲を拡大すれば魔力は減る一方である。
今、攻めてこられたら困るけど、と優はそんなことを考えながら少しずつ回復するMPを見る。
「2人とも悲観的なことを言いすぎだよ」
フランが呆れたように言う。
「悲観的に考えて楽観的に行動する主義でね」
ウィリアムが戯けるように肩を竦めると、場の空気が少しだけ和らいだ。
「俺の村はきちんと税金を支払っているから支援を受けられる」
「王都と冒険者ギルドのね」
「要は騎士団とベテラン冒険者が来るまで凌げばいいのさ」
村長とウィリアム、フランが希望的要素を口にする。
大抵のフィクションだと農村は権力者に見捨てられる。
だが、この世界では農村を見捨てることはないらしい。
当たり前と言えば当たり前だ。
人間種の生活圏は限られているのだ。
一度失ってしまえばそれを取り戻すのは至難の業だ。
「報酬は支払われるのか?」
「もちろん、冒険者ギルドから日当500ルラが支払われるよ」
モンスターの脅威が身近にあるだけにその辺りの制度はきちんとしているらしい。
「ちょっと待って!」
声を上げたのはメアリだ。
「何だい?」
「ここにいる冒険者で600匹のゴブリンと戦うのは無理、だと思う。外部に応援を呼ぶにしても途中で襲われるんじゃ……」
ウィリアムが問い掛けると、メアリは不安そうに言った。
「それは大丈夫、よ」
答えたのはグリンダだ。
「私は転移を使える、の。ウィリアムさんを転移させて、村を取り囲むように陣地を構築すれば応援が来るまで凌げる、わ」
「陣地の作り方なんて分からないんだけど?」
「村の周囲を泥沼で囲んで、その内側に土壁を作れば大丈夫、よ。あとは土壁に隠れたり、上に乗ったりしながら攻撃を仕掛ければしばらくは保つ、わ」
メアリが問い掛けると、グリンダは淡々と説明した。
「待ってくれ! 泥沼と土壁の魔法は魔力の消費が激しい! 魔道士ギルドじゃ実戦向けじゃないって教わったぞ!」
魔道士風の青年が立ち上がる。
「私とユウの魔力値は限界突破している、わ」
「限界突破していると言っても地形操作は攻撃魔法の10倍以上の魔力を消費するんだぞ? 陣地の構築が完了するまで魔力が保つとは思えない。それに、それだけの魔力があるなら俺達や村人を転移させればいい」
「避難は無理だ。ここはそんなに豊かな村じゃない。蓄えはないし、領主様だって100人以上の村人を養っちゃくれないさ」
村長は溜息交じりに言った。
領主は農村を見捨てないが、生活の面倒まで見ないと言うことだ。
「ギャレー商会はどうなんだ?」
「取引先にできる限りのことはしてやりたいと思うけれどね」
ウィリアムは軽く肩を竦めた。
人情の欠片もない台詞だが、ギャレー商会にとってこの村は数ある取引先の1つでしかない。
まあ、彼の立場は分かるのだが――。
「世知辛い世の中ですね」
「そういうもの、よ。フランだって黙ってるで、しょ?」
「あたしに振らないどくれよ」
フランは小さく溜息を吐いた。
金を出すと口にするのは容易いが、100人以上の村人を養うことはできない。
「アンタらはどうするんだい?」
「フランさんの故郷ですからね。ギリギリまで粘りますよ」
「ダメな時は逃げるという意味だけれ、ど」
「そういうことです」
少しは格好を付けさせて欲しいな~、と思いながら頷く。
「……ありがとよ」
「感謝の気持ちが伝わってこない、わ」
「そりゃ、いざとなったら逃げると言いましたからね」
「言い直す、わ。私が命を懸けてもいいと思えるのは貴方と妹さんまで、よ」
「ありがとよ」
照れ臭いのか、フランはそっぽを向いた。
「冗談じゃない! 俺は逃げるぞ! こんな村のために命を懸けられるかよ!」
「好きにすればいいさ。冒険者を辞める覚悟があるのならね」
魔道士風の若者は出て行こうとしたが、ウィリアムの言葉を聞いて足を止めた。
「何だって?」
「冒険者を辞める覚悟があるのなら好きにすればいいと言ったんだよ」
「強制する権利があるのかよ」
冒険者風の若者は吐き捨てるように言った。
「私は街の有力者だからね」
強制する権利があるか不明だが、少なくともギャレー商会に睨まれたら仕事がやりにくくなることは間違いない。
「死ぬまで戦えってことかよ」
「そこまで悲観的な状況じゃない、わ」
魔道士風の若者が再び吐き捨てると、グリンダが口を挟んだ。
「陣地を構築して増援が来るまで攻撃を凌げばいいの、よ」
「ゴブリンが600匹いると言ったのはアンタだぞ」
「そう、ね。この規模になると魔法を使う個体がチラホラと現れると思うのだけれ、ど」
魔法、と冒険者の1人が呟く。
「そこそこ大きな群れには魔法を使う個体がいるの、よ」
グリンダはざっくりと説明する。
「……ゴブリンは基本的に狩猟採集で食を賄っている、わ」
「略奪も、だろ?」
フランが茶化すように付け加える。
「かなり頭のいい個体が群れを率いていると思うのだけれど、食料の備蓄は殆どないと考えていいと思う、の」
「どうして、そんなことが分かるんだい?」
「ゴブリンの被害が報告されていないから、よ」
それに、とグリンダは続ける。
「食料の備蓄があるのなら、この村を襲ったりしない、わ」
「結論を先に言ってくれ」
魔道士風の若者は苛立ったように言った。
「ゴブリンは同じコミュニティーに所属している者同士でも足を引っ張り合うの、よ。ボスに従っているのも食いっぱぐれないからで食料が尽きれば仲間割れを始める、わ」
「要するに数日凌げば相手が自滅するってことだね」
「そう言った、わ」
フランが言い直すと、グリンダは不満そうに唇を尖らせた。
勝算があると分かったからか、冒険者達は口々に話し始めた。
「どうする?」
「ゴブリンくらい俺の魔法で一撃さ」
「数日ならやってやれないことはないな」
「戦わずに済む可能性もあるってことか?」
「逃げれば目の敵か」
「こんな仕事を引き受けるんじゃなかった」
「……500ルラか」
「だったら分の悪い賭けじゃないな」
「ゴブリンなんて目じゃないぜ」
「ゴブリンに孕まされたらどうするの?」
「悪い仕事じゃないな」
「選択肢なんてあってないようなものだよな」
「事実上の強制よね」
「お前なんてゴブリンの相手にされないよ」etc.etc.
「おい! 皆、分かってるのか!?」
魔道士風の青年は立ち上がり、冒険者達に視線を向けた。
「相手は600匹のゴブリンだぞ!? いくら陣地を構築したって勝てるもんか!! 逃げるんだよ!!」
「その発言は冒険者ギルドに報告させてもらうよ」
「うるせぇ! 命あっての物種だろ!!」
魔道士風の青年は荒々しい足取りで近づいてくるとグリンダの前に立った。
「俺を転移させろ!」
「嫌、よ。陣地構築に備えて魔力を温存したい、の」
力尽くでも言うことを聞かせるつもりか、青年は掴み掛かろうとした。
だが、青年の手はグリンダを掴むことはなかった。
フランが槍の穂先を青年に向けたのだ。
「あたしの仲間に手を出すのは止めとくれ」
「……ぐ」
青年が呻いた次の瞬間、グリンダが彼の手首を掴んだ。
「な、何を……」
「試させてもらおうと思っ、て」
青年は振り払おうとしたが、それほど力を込めているようには見えないにもかかわらずグリンダを振り払うことができなかった。
やがて、青年は眠たそうに片目を閉じる。
「な、何をしているんだ?」
「スキルがユウ以外にも機能するのか試しているの、よ」
ドサッという音が響く。
青年がその場に倒れ込んだのだ。
「……放せ、いや、放して下さい」
「礼儀正しい子は好き、よ」
グリンダは青年の手首を握り締めたまま笑う。
それは彼女に似つかわしくないサディスティックな笑みだ。
「放して、下さい。本当に死んでしまい、ま、す」
「1分も経っていないのだけれ、ど」
グリンダが手を放すと、青年は息も絶え絶えになって逃げ出した。
フランは槍を引いて優に耳打ちした。
「ユウ、そんなにしんどいのかい?」
「……起き上がれなくなる程度には」
その程度で済んだのはグリンダが途中で止めてくれていたからだ。
もし、際限なく魔力を吸い取ることができるのなら――。
「あくまで感覚的なものなんですけど、彼が言っていた通り死ぬかも知れません」
「ったく、ビッチに相応しいスキルだよ」
「ビッチじゃない、わ」
「あたしに触るんじゃないよ」
怒ったのか、グリンダは手を伸ばすが、フランはペシッと手の甲を叩いた。
「この機会に色々と試したかったのだけれ、ど」
「あたしで試すんじゃないよ。やるならゴブリンにしな、ゴブリンに」
「ゴブリンはちょっ、と」
そう言って、グリンダはフランから目を逸らした。
「吸魔って生き物限定なんですかね?」
「試してみないと分からない、わ」
「大気や地面から魔力を吸収できれば便利なんですけどね」
「試してみる価値はあると思うけれ、ど」
グリンダは難しそうに眉根を寄せた。
「スキルについての問答はそこまでにしてくれないかな」
「分かった、わ」
「すみません」
ウィリアムはふっと笑う。
「戦うということでいいね?」
冒険者達は無言だ。
「では、グリンダさんには私の部下をヘカティアに転移させて欲しい」
「貴方は逃げない、の?」
「ははっ、私が逃げ出したら監視する人間がいなくなる。それに、自分でも馬鹿なことを言っていると思うが、安全圏から物を言う人間にはなりたくないものでね」
ウィリアムは軽く肩を竦めた。
人生で1度くらいは言ってみたい台詞だが、自分が逃げ出すことで生じるデメリットを計算した上の発言だろう。
「一応、こちらでざっくりと作戦を考えたんだが……ユウ君、何だい?」
優が手を上げると、ウィリアムが柔らかな声で尋ねてきた。
「ゴブリンは他の種族を孕ませると聞いたことがあります」
「うん、まあ、そうだね」
ウィリアムは引き攣った笑みを浮かべた。
ここでそんなことを言わなくてもと言いたげな表情だ。
「魔法で避妊をしておくべきだと思います」
え? とフランとグリンダを除く女性冒険者の視線が集中した。
やや間を置いて、メアリがおずおずと手を上げた。
「ユウ、魔法で避妊って何?」
「グリンダさんの使う魔法に種避けというものがあって、効果は1週間程度なんだけど、妊娠しなくなるという優れものです」
「そんな魔法、聞いたことがないんだけど?」
メアリは蚊の鳴くような声で言った。
「情報ってのはほいほいくれてやるもんじゃないからねぇ」
「それはそうだけど……」
フランが言うと、メアリは押し黙った。
冒険者にとって情報は宝だ。
自分が痛い目に遭って得た情報ならば尚更だ。
この魔法に関してはお前も不幸になってしまえ的な情念のようなものが影響しているような気もするが。
ただで情報を開示したせいか、フランは少しだけ不機嫌そうだ。
「1人銀貨1枚、よ」
「この状況でお金を取るの!?」
怒ったのか、メアリは声を荒らげた。
「分かった分かった。代金は私が持つよ」
「毎度あ、り」
ウィリアムは溜息交じりに言うと、グリンダは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「副作用はないの?」
「今の所、確認されていない、わ」
今の所、とメアリは呟き、顔を顰めた。
「……仕方がないか」
「そこまで警戒される魔法ではないのだけれ、ど」
メアリが苦渋に満ちた表情で言うと、グリンダはぼやくように言った。
「これでユウ君の懸念は解消されたかな?」
ええ、と優は頷いた。
「では、作戦を説明する。と言っても、陣地を構築して防御に徹する以上のものではないけれどね。スケジュールとしては……」
ウィリアムは作戦の説明を始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
作戦会議終了後、優とフランは村長の家に戻り、2階の客間に案内された。
ちなみにグリンダは酒場で冒険者と村人に種避けの魔法を施している。
落ち着かないのか、フランはウロウロと歩き回っていた。
「ユウ、魔力は……」
「ようやく8割って所ですね」
優はベッドに座りながら答えた。
地図作成と敵探知を起動しているせいでMPの回復量は格段に落ちているが、朝までには完全に回復するだろう。
「って、聞かなくても分かるか」
「ですね」
MPは互いに把握できるようになっている。
普段のフランならば分かっているはずだが、それだけ余裕がないのだろう。
「座ったらどうです?」
「どうも落ち着かなくてね」
フランはそう言いながら対面のベッドに座った。
「ユウは勝てると思うかい?」
「思いますよ」
600匹が四方から一斉に襲い掛かってきたのならひとたまりもないが、味方は大勢いるのだ。
勝算はかなり高い。
「えらく弱気ですね」
「自分の故郷にゴブリンが攻め込んでくるんだ。弱気にもなるさ」
フランが脚を組んだその時、グリンダが部屋に入ってきた。
「ご苦労さん」
「全員に魔法を掛けて、ウィリアムさんの部下をヘカティアに転移させた、わ」
グリンダは隣に座ると腕を絡めてきた。
「魔力は自分で回復させて下さいよ」
「……もちろん、よ」
スキルで魔力を回復させるつもりだったのか、間を置いて答える。
そして、距離を取る。
「分かり易いヤツだねぇ」
「何のことか分からない、わ」
フランが苦笑し、グリンダはそっぽを向いた。
「陣地の構築は今夜じゃダメなのかい?」
「危ないも、の」
「……そりゃそうだけど」
フランは泥沼と土壁を先に作ることを提案したが、ウィリアムに却下されている。
ゴブリンは夜行性だ。
ウィリアムはゴブリンの活動が活発的になる時間帯に魔力を消費すべきではないと説明していたが――。
逃げやすくするためかな? と優は村の外に移動する黄色の円を目で追う。
戦力が減るのは痛いが、不和の種を抱えて戦うよりはマシと考えたのだろう。
「取り敢えず、今日は寝ま、しょ?」
「相変わらず、マイペースだねぇ」
フランはぼやくように言った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、優達は食事を終えると村長の家を出た。
十分な睡眠を取ったせいか、優とグリンダの魔力は完全に回復している。
村の中央に行くと、ウィリアムが待っていた。
「やあ、おはよう。準備はできているかい?」
「ええ、できている、わ」
グリンダは杖を地面に突き刺した。
「どうするんだい?」
「村を囲む泥沼と土壁を作るの、よ」
「結構、距離がありますよ?」
「地図と杖を使えば可能、よ」
「凄いんですね」
今一つ凄さを実感できないが、手で触れることなく地形操作をできるのはかなり凄いことではないだろうか。
「地図作成のお陰、ね。役に立たないと思っていた魔法だけれど、他の魔法と組み合わせると色々なことができる、わ」
「……役に立たない魔法」
思わず呟く。
シャーロッテが言っていたが、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、魔力探知は役に立たないか、使い勝手が悪いらしい。
かなり使えると思っている魔法が酷評されるのは少しだけ辛い。
と言うか、どうしてそんな役に立たない魔法を習得させたのか気になる所だ。
「術式選択、泥沼、領域指定……」
「お!?」
グリンダが虚空を指で撫で、優は目を見開いた。
地図の縮尺が切り替わり、村の周辺が赤く染まったのだ。
爆音が響き渡り、地面が大きく揺れた。
冒険者達は武器を構え、村人達は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「術式選択、土壁、領域指定……」
グリンダが再び虚空を撫で、間を置かずに爆音が轟いた。
土が村を取り囲むように隆起したのだ。
ピシッという音が杖から響く。
見れば杖の先端部分にある球体に亀裂が走っていた。
亀裂はみるみる大きくなり、球体が砕け散った。
グリンダは杖に縋り付きながらその場にへたり込んだ。
一瞬で9割以上の魔力を消費してしまったのだから無理もない。
「疲れた、わ」
「はい、どうぞ、好きなだけ吸って下さい」
グリンダが優の手首を掴む。
優のMPは急激に減少し、グリンダのMPが急激に回復していく。
「ご苦労さんと言いたい所だけど、あそこだけ泥沼と土壁がないよ」
フランは森に面した一角を指差す。
確かにそこだけ土が隆起していない。
よく見れば村に近づくにつれて幅が狭くなっているようだ。
「わざと、よ。一角だけ防御を薄くすることで敵を集中させる、の」
「そんなに上手くいくのかい?」
「だそう、よ」
フランが問い掛けると、グリンダは上目遣いにウィリアムを見つめた。
どうやら、この陣地は彼が考案したものらしい。
それならそうと早めに言って欲しいものである。
「大丈夫、上手くいくさ」
「なら、いいんだけどね。それでこれからどうするんだい?」
「陣地構築が一瞬で済んだからね。あとは森から木を切り出して武器を作ったり、柵を作ったりだね」
う~ん、とフランは難しそうに唸っている。
「ウィリアムさんは戦闘経験が?」
「まあ、これでも、昔は騎士だったからね」
優が尋ねると、ウィリアムは恥ずかしそうに頬を掻いた。
「騎士だったんですか?」
「冒険者上がりだけどね」
何処か照れ臭そうだ。
「騎士って、貴族にしかなれないんだと思ってました」
「それなりに実績を積めば声が掛かるよ。まあ、私は騎士を辞めてギャレー商会に雇われている訳だけれど……」
「冒険者にも色々あるんですね」
優はしみじみと呟いたその時、アンの叫び声が響いた。
「森の奥から何か来ます!」
「まだ昼間だぞ!?」
「……ゴブリンではないですね」
ウィリアムは駆け出そうとしたが、優の言葉を聞いて踏み止まった。
地図に表示されているのは黄色の円だ。
森の奥からこちらに少しずつ近づいてきている。
この分だと地続きになっている部分を通って村に入ってきそうだ。
「そこまで分かるのかい?」
「まあ、これくらいは」
「便利なものだね」
そう言って、ウィリアムは黄色の円に向かって走り出した。
フランが後を追い、優も続こうとしたが――。
「私も行く、わ」
グリンダに掴まれているせいで無理だった。
「立てますか?」
「少し目眩がするだけ、よ」
グリンダは優にしがみついて立ち上がる。
その間にも優の魔力はガンガン失われているのだが、言わぬが花だろう。
肩を貸してフランの後を追う。
黄色の円は地続きになっている部分、その中央で立ち往生していた。
「……通りますよ」
冒険者達の間を擦り抜けると、そこには1匹の山羊がいた。
妊娠しているのか、お腹がはち切れんばかりに膨れている。
「どうやら、ゴブリンの所から逃げてきたみたいだね」
優達が隣に立つと、フランは低い声で言った。
「ちょっと、退いてくれ」
しばらくすると、村長がやって来た。
山羊を見るなり顔を顰める。
「ゴブリンに襲われた山羊はどうするんですか?」
「すぐに死んじまうから殺して埋めちまうよ」
村長が吐き捨てたその時、山羊がその場に倒れ込んだ。
股間から赤黒い液体が噴き出し、何かが排出される。
ゴブリンの赤子だ。
「結構、簡単に生まれてくるもんなんですね」
テレビでしか見たことがないが、牛の出産は大変だったような気がする。
2匹目、3匹目が液体と共に排出される。
とうとう力尽きたのか、山羊を示す黄色の円が消滅する。
「術式選択、魔弾×10」
優は手の平をゴブリンの赤子に向けて魔法を放った。
這い出てきたばかりのゴブリンは鈍器で殴られたかのように拉げ、無惨な肉塊へと変わる。
フランがギョッと振り返る。
「Aaaaa!」
「Aaaaaaa!」
助けを求めているのか、生き残った2匹が人間によく似た声で泣く。
「術式選択、魔弾×10、魔弾×10」
優は再び魔法を放つ。
当たり所が悪かったのか、ゴブリンの体が跳ね上がる。
もう1匹はまだ生きているようだ。
「術式選択、炎弾×10」
「Aaaaaaaa!!」
手を横にスライドさせながら魔法を放つ。
炎弾が着弾と同時に膨れ上がり、3匹のゴブリンと山羊を包み込んだ。
「……ユウ」
「ゴブリンですよ?」
「そりゃ分かるけど、躊躇わないのは人としてどうなんだい?」
「情けは禁物、よ。恩を仇で返すのがゴブリンだも、の」
フランは責めるような口調だが、グリンダは割り切っているようだ。
フランは口を開いたが、何も言わずに口を閉ざした。
「さて、多少のアクシデントはあったが、準備を始めよう!」
ウィリアムが声を上げると、冒険者と村人はノロノロと動き始めた。