Quest25:志願者をギルドに案内せよ その6
文字数 6,511文字
「走れ走れ走るんだよ!」
「ま、また、この展開!」
「体力値と筋力値にも補正が欲しい、わ」
優とグリンダは背後からフランに急かされながら第6階層を駆ける。
迷宮蟻を示す赤い三角形が追い掛けてきている。
その数は15――第5階層の時よりも多い。
最初は3匹だった。
その3匹はすぐに始末したのだが、その間に9匹が近づいてきていた。
逃げている間にさらに6匹が加わり、ご覧の有様という訳である。
「取り敢えず、これで打ち止めだね?」
「少なくとも地図上では!」
「新しい魔法を使ってみたいのだけれ、ど」
グリンダがボソボソと呟く。
「そういうことはもっと早くいいな!」
「タイミングを計ってたの、よ」
フランが怒鳴ると、グリンダはふて腐れたように唇を尖らせた。
「こんな時に言うこたないだろ! ぶっつけ本番じゃないか!」
「上手くいけば一撃で殲滅できる、わ」
「上手くいけば!?」
フランが悲鳴じみた声を上げる。
まあ、気持ちは分かる。
上手くいけば――つまり、それほど使用経験がないということである。
「言い争ってないで次の行動を決めて下さいよ!」
迷宮蟻は徐々に距離を詰めている。
フランとグリンダが優に合わせて走っているのだから当然と言えば当然だ。
「分かったよ! やっちまいな!」
「アラホラサッ、サー!」
フランが叫ぶと、グリンダは叫んで反転した。
「どうして、叫ばない、の?」
恥ずかしいのか、グリンダは耳まで真っ赤だ。
以前、優がそう言いながら反撃に転じたので、今回も言うと思ったようだ。
「どうでもいいから攻撃しな!」
「どうでもよくない、わ。とてつもない辱めを受けたの、よ」
グリンダは杖を握り締め、ぷるぷると体を震わせている。
「いいからさっさと魔法を撃ちな! 尻を蹴り上げるよ!」
「謝罪を要求する――ッ!」
パンッ! という音がダンジョンに響き渡る。
フランがグリンダのお尻を強かに叩いたのである。
「痛い、わ」
「いいからさっさと魔法を撃ちな!」
フランは怒鳴り、間近に迫っている迷宮蟻の群れを指差した。
「あとで話しましょ、う」
グリンダは杖を構える。
「術式選択!
掬い上げるように杖を振り上げる。
白い光が先頭にいた迷宮蟻の足下に灯った次の瞬間、氷の柱が地面から突き出した。
いや、突き出したなんて生やさしいものではない。
それは爆発に近い。
氷の柱が次々と地面から噴き出し、迷宮蟻を襲ったのだ。
ある迷宮蟻は氷の柱に取り込まれ、ある迷宮蟻は氷の柱とダンジョンの間に挟まれて押し潰された。
凄まじい威力の魔法だ。
その余波は震動となってダンジョンを揺らし、床や壁、天井に亀裂を生じさせるほどだ。
その分、MPの消費も激しいようだ。
「成功、よ」
「……」
グリンダが呟くが、フランは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせている。
「どうかし、ら?」
「あたしらを殺す気かい!」
フランは怒鳴り、グリンダの首を絞め上げた。
「上手くいった、わ」
「ダンジョンが崩れる所だっただろ!」
「そんなことない、わ」
グリンダが言い返した次の瞬間、轟音が鳴り響いた。
ダンジョンの一部が崩落した音である。
「もう少し後先考えて行動しな」
「……」
フランが手を放すと、グリンダはふて腐れたように唇を尖らせた。
「どうかし、ら?」
「凄い威力ですね」
「そうよ、ね」
グリンダは嬉しそうに口元を綻ばせる。
「けど、ダンジョンで使うのは厳しいですね。今度からは森で試した後で使うようにしませんか?」
「そう、ね。それがいいかも知れない、わ」
「ユウの言葉は聞くんだね」
フランは面白くなさそうに顔を顰めた。
「貴方は怒るか、ら」
「あんな魔法を使うからだろ!」
「まあまあ、落ち着いて」
優はフランとグリンダの間に割って入った。
「森で試してから使うようにするって約束してくれましたし――敵です!」
赤い三角形が地図に表示され、優は叫んだ。
「このスピードは妖蠅だね」
ったく、とフランは槍を構えた。
赤い三角形はあっと言う間に地図の端から中央に移動する。
ブブブブブブッという羽音が不気味に響く。
「援護は?」
「外したら蠅避けを頼むよ」
「気付け薬、よ」
優がポーチから蠅避け――気付け薬を取り出すと同時にフランが飛び出した。
妖蠅がダンジョンの奥から姿を現した。
大きさは赤ん坊くらいだろうか。
第5階層にいた個体に比べて格段に小さい。
とは言え、そのスピードと機動力は脅威だ。
「オラァァァァァッ!」
フランが一気に槍を振り下ろす。
槍は見事に命中。
妖蠅は地面に叩き付けられた。
流石、モンスターと言うべきか。
妖蠅はまだ動いていた。
「ユウ!」
「術式選択! 氷弾×10!」
飛ぼうとする妖蠅に向けて魔法を放つ。
妖蠅は一瞬にして氷の彫像と化し、ボロボロと崩れ始める。
あとに残ったのは直径3センチメートルほどの魔晶石だ。
フランは魔晶石を拾い上げ、優に向けて放り投げた。
慌ててキャッチしてポーチにしまう。
「あっちの魔晶石はどうするかねぇ?」
「心配いらない、わ」
言うが早いか、氷の柱に亀裂が走り、一斉に砕けた。
それだけではない。
氷が溶け始めていた。
ダンジョンが自己修復を開始したのだ。
「魔晶石を拾ってきますね」
優はそう言い残して魔晶石を拾いに行く。
ダンジョンの床は水浸しになっていたが、ゆっくりと水が引いていく。
この水は何処に行くんだろ? と首を傾げながら魔晶石を拾い、ポーチに収める。
全ての魔晶石を拾って戻ると、フランとグリンダは顔を合わせないようにしていた。
「もう少し仲良くして下さいよ」
「分かってるよ」
「努力はしてる、わ」
普段――ベッドでも、戦闘でも仲がいいのに、どうして日常生活ではこんなに反りが合わないのだろう。
「行くよ」
「分かってる、わ」
フランの後に続く。
魔晶石のある所までもう少しだ。
突然、黄色の三角形が3つ地図上に表示される。
距離が離れているので、モンスターの姿は見えない。
だが、団体行動をしている点から考えるに迷宮蟻のようだ。
「走りますか?」
「いや、1本道だからね。迎え撃つ」
迷宮蟻の姿を目視で確認した次の瞬間、三角形が黄色から赤に変わった。
まるでスイッチが入ったようにガチガチと牙を打ち鳴らしながらこちらに向かってくる。
「術式選択! 氷弾×10!」
優の魔法が先頭の迷宮蟻を捕らえる。
1匹目は一瞬にして氷の彫像と化し、地面に倒れて砕け散る。
しかし、2匹目と3匹目は前回と同じように仲間が殺されたことなど気にも留めずに距離を詰めてくる。
「術式選択! 氷弾×10!」
グリンダの魔法が2匹目を氷の彫像に変え、
「はっ!」
3匹目はフランに頭を撥ね飛ばされた。
「直線なら十分渡り合えるね」
「さっさと進みましょ、う」
グリンダに促されて先に進む。
もちろん、魔晶石はきちんと拾ってポーチにしまう。
小さいけれど、これも立派な資源だ。
しばらく周囲を警戒しながら歩き続ける。
何度か壁に阻まれたが、モンスターと遭遇することなく、魔晶石のある所に辿り着いた。
魔晶石が幾つも壁から突き出している。
「リュック半分って所かね?」
「フランさんとグリンダさんは警戒をお願いします」
優はリュックを下ろし、ナイフで魔晶石の根元を叩く。
魔晶石が根元から折れる。
魔晶石をリュックに収め、次の作業に取り掛かる。
数が少なかったことと作業に慣れていることもあり、作業は5分と掛からずに終わった。
「これからどうしますか?」
「第7階層に下りる道を探してから撤退だね」
「それでいいと思う、わ」
よし、とフランは頷いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、ダンジョンの探索を終えた優達は冒険者ギルドに向かった。
もちろん、魔晶石を換金するためである。
冒険者ギルドに入ると、中は異様な雰囲気に包まれていた。
ある者は笑い、ある者は泣き、またある者は呆然としている。
「混んでますね」
「あれを見て、コメントはなしかい」
優がギルド内を見回して呟くと、フランはがっくりと肩を落とした。
「クエストに成功したり、失敗したりで悲喜こもごもなのかなと。あそこ、席が空いてますよ!」
「はいはい、分かったよ」
空いているテーブル席を指差す。
フランはうんざりしたように言って、グリンダと空いている席に向かった。
幸いと言うべきか、受付に並ぶとすぐに自分の番がやってきた。
「ユウ君、いらっしゃい」
「お疲れですね」
「そうなんです」
エリーはこれ以上ないくらい深々と溜息を吐いた。
「どうかしたんですか?」
「新人さんの対応が大変なんです」
優がリュックをカウンターに置くと、エリーは魔晶石を取り出して溜息を吐いた。
「毛皮の1つも満足に剥がせないくせに安いだの、ぼってるだのうんざりします」
「大変ですね」
うんざりしていると言うより怒っているように見える。
「けど、文句を言ってくる人はまだマシなんです」
「サイレント・クレーマーの方が厄介なんですか?」
「ユウ君は面白い表現を使いますね」
エリーはクスクスと笑った。
ジョークを言ったつもりはないのだが、少しだけ気分が楽になったようなので、よしとする。
「1度でも顔を合わせた人が死ぬのは、ね」
「エリーさんは優しいんですね」
どうせ、仕事なのだから割り切ってしまえばいいのに、と思う。
その一方で死を悼む気持ちを尊いと思う。
自分はどうだろう。
いや、問うまでもない。
第1、第5階層で死体を見つけた時、驚くほど心が動かなかった。
「何かあったら言って下さい。できるだけ力になりますから」
「ありがとう。でも、ユウ君は自分のことを考えて下さい。査定をするので、食堂で待っていて下さい」
「分かりました。でも、本当に何かあったら言って下さい」
そう告げてフランとグリンダの下に向かう。
そのつもりだったのだが、途中でメアリとアンに捕まった。
ついでに言えばアンの陰には見覚えのある少女――街で助けた娘がいた。
彼女は大きく膨らんだリュックを背負っている。
「ユウ、久しぶり!」
「お久しぶりです」
メアリは元気よく、アンはボソボソと言った。
「聞いてよ。森に凄く嫌なヤツがいたんだ」
「どんな?」
「剣士っぽい格好をしてるヤツ。一角兎に苦戦してたから助けてあげたのに自分が戦ってたんだとか……あー、もう、ムカつく!」
「どうどう」
メアリが頭を掻き毟ったので、手の平を向けて宥める。
「メアリ、もう忘れて下さい。昨日のことじゃないですか」
「そりゃそうだけど」
アンが窘めると、メアリはふて腐れたように唇を尖らせた。
「……そっちの娘は?」
「ああ、この娘はボニー。昨日からうちのメンバーになったの」
メアリは少女――ボニーの背後に回り込み、優の前に押してきた。
「昨日はお世話になりました」
「いや、大したことはしてないよ」
ボニーはペコリと頭を下げた。
昨日は警戒されていたが、チームメンバーの知り合いということもあってか、警戒心が薄れているようだ。
「知り合いなの?」
「冒険者ギルドを探してたから案内しただけだよ」
優はしげしげとボニーを眺めた。
雀斑が鼻の頭に浮いている。
ローブっぽい物を着ているが、その上からでも痩せていると分かる。
「上手くやれるか心配だったけど、杞憂だったみたいだね」
「心配?」
「冒険者ギルドに案内した程度の関係だけど、そのね」
優は言葉を濁し、周囲を見回した。
先程は悲喜こもごもと言ったが、どちらかと言えば悲の方が多いだろうか。
そんな中で彼女はメアリとアンのチームに加入している。
見かけによらず、要領がいいのかも知れない。
「ユウは優しいね」
「どちらかと言えば冷淡な人間だと思うけど……」
メアリの言葉が痛い。
「でも、大丈夫なの?」
「戦闘力は全然だけど、薬草を探すのは上手いよ。昨日も、今日もこんなに薬草を摘んだんだから」
メアリはボニーを反転させ、大きく膨らんだリュックを見せつける。
恐らく、グリンダが発注したクエストだろう。
「実家が薬師なんです」
「へ~、そうなんだ」
「ただ、家はお兄ちゃんが継いだので、独立資金を稼ごうと思って冒険者に……」
ボニーは優に向き直り、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「頑張ってね」
「はい、頑張ります」
ボニーは力強く頷いた。
優は3人と別れ、フランとグリンダの下に向かった。
2人は向かい合うように座っている。
「豆茶1つお願いしま~す!」
「分かりました!」
優が指を立てて叫ぶと、ウェイトレスが元気よく返事をした。
「隣、いいですか?」
「……え、え」
グリンダは大事そうにパフェを移動させ、美味しそうにアイスクリームを口に運ぶ。
「メアリ達と何を話してたんだい?」
「森に嫌なヤツがいたとか、新しいメンバーが入ったとか、まあ、そんな感じです」
「嫌なヤツね」
ふん、とフランは鼻を鳴らした。
「まあ、そういうヤツはすぐにくたばるよ」
「すごい台詞を吐きますね」
もう少し穏便な表現をできないものだろうか。
「けど、嘘ではない、わ」
「も……」
「お待たせしました!」
優が口を開いたその時、ウェイトレスがテーブルに豆茶の入ったグラスを置いた。
「ありがとうございます」
「ご注文の際はお呼び下さい」
ウェイトレスはペコリと頭を下げて去って行った。
優はグラスを手に取り、豆茶を一口飲んだ。
「で、新しいメンバーは?」
「昨日、案内した女の子ですよ。ボニーって名前で、実家が薬師だから薬草摘みが得意だって言ってました」
「少し興味がある、わ」
「どうしてだい?」
「薬草は摘めばいいと言うものではないの、よ」
ふ~ん、とフランが頷く。
興味を持ってくれなかったことが不満なのか、グリンダは唇を尖らせた。
「摘み方にコツとかあるんですか?」
「丁寧に摘んだ方が水薬の質がよくなる、わ」
「そうなんですか」
優が驚きに軽く目を見開いた。
適当に摘んでいるようにしか見えなかったが、実際は繊細な作業だったようだ。
「無闇矢鱈に摘むと、次に収穫できなくなるから依頼を一本化すべきかも知れない、わ」
「山菜は取り尽くしちゃいけないっていいますしね」
「ああ、それなら分かるよ」
うんうん、とフランは頷いた。
「森にはモンスターがいるのに山菜摘みなんてできるんですか?」
「危ないっちゃ危ないけどね。そんなことを言ってたら生活できないだろ」
農村の生活は平穏とはかけ離れているようだ。
パラメーターの平均値が10なのは農村の人間が押し上げているせいではないかとさえ思う。
「村と言えばそろそろ行かないとですね」
「纏まった金は置いてきたけど、そろそろ行かないと心配するねぇ」
「転移を使えば一瞬、よ」
「……転移は止めておくよ」
フランは少し間を開けて答えた。
「どうし、て?」
「ウィリアムさんと約束しちまっただろ?」
「そう、ね」
フランが問い返すと、グリンダは頷いた。
「何だかんだ言って長い付き合いだからね」
「噂をすれ、ば」
扉の方を見ると、ウィリアムが入ってくる所だった。