Quest28:火焔羆を退治せよ【後編】
文字数 7,882文字
翌朝、優達が南の城門に行くと、メアリ、アン、ボニーの3人はすでに待っていた。
「ヤッホー、ユウ!」
「何がヤッホーだよ」
フランがうんざりした口調で言うと、アンは深々と頭を下げた。
「今日はごめんなさい」
「もう少し相手の思惑を読んでおくれよ」
「はい、ごめんなさい」
フランはバツが悪そうに頭を掻いた。
謝っている相手を責め立てるほど捻くれていないのだ。
今のフランはという但し書きが付くが。
「今日はどの辺りを探索するつも、り?」
「目撃証言があった場所を重点的に探したいと思っています」
アンがポーチから取り出した地図を広げ、フランとグリンダが覗き込む。
「駆け出しのくせにかなり奥まで行ってるんだね?」
「証言から割り出した位置なのでかなりいい加減です」
「だったら、どうやって火炎羆を追うんだい?」
「地図は参考程度に、あとは地道に痕跡を追う形になります」
アンはフランの質問に答え、地図をポーチにしまった。
「しまっちまうのかい?」
「はい、この辺りの地理は把握しているので」
アンは遠慮がちに胸を張った。
「う~ん、ぶっちゃけ、アンさえいりゃ十分なんだけどね」
「私達はチームなんだからそういう訳にはいかないの」
フランの言葉に反応したのはメアリだ。
アンだけを働かせる訳にはいかないという気持ちの表れなのだろうが、優達から見れば負担が増えただけだ。
「自分の身は自分で守るんだよ」
「言われなくても分かってる」
メアリは拗ねたように唇を尖らせる。
「ユウ、頼むよ」
「術式選択、地図作成、反響定位、敵探知!」
魔法が起動し、地図と人間を示す円が表示された。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優達はアンに先導され、川を遡っていく。
先頭からアン、メアリ、グリンダとボニー、ユウ、フランという順だ。
気になる薬草でも生えているのか、グリンダとボニーがチラチラと川に視線を向ける。
「グリンダ、薬草は次の機会にしな」
最後尾からフランが声を掛ける。
「分かってる、わ」
「本当に分かってるんだろうね?」
「もちろ――キャッ!」
グリンダが小石に躓き、可愛らしい悲鳴を上げる。
「何処が分かってるんだい?」
「今のは偶々、よ」
フランが呆れたように言い、グリンダは唇を尖らせた。
「きちんと足下を見てりゃ転ばずに済むんだよ」
「転けてない、わ。躓いただけ、よ」
「同じことだろ」
「違う、わ。転けると躓くには大きな差がある、わ」
グリンダはしつこく食い下がった。
「ユウも何とか言ってやりなよ」
「そこでユウを頼るのはズルい、わ」
フランが優に話を振り、グリンダは子どものように頬を膨らませた。
「キャッっていう悲鳴は新鮮ですよね」
「何を言ってるんだい?」
「そうかし、ら?」
フランはムッとしたように眉根を寄せ、グリンダは首を傾げる。
「キャッっていう悲鳴を聞いた覚えがないんです」
「そうかい?」
「そうだったかしら?」
う~ん、と2人は唸った。
「そうですよ」
「そうだったかも知れないね」
「そうだったかも知れない、わ」
2人の意見が一致する。
まあ、一致したからと言ってどうなるものでもないのだが。
「取り敢えず、今日の目的は火炎羆の退治なので薬草のことはできるだけ意識しないようにしましょう」
「そうなのだけれ、ど」
グリンダは納得できていないようだ。
「何か気になることでもあるんですか?」
「薬草を補充しておきたいと思ったの、よ。火炎羆が退治されたら森に分け入る人が増えるかも知れないか、ら」
「ああ、なるほど」
優は頷いた。
グリンダは薬草が採取されてしまうことを危惧していたようだ。
「でも、火炎羆を退治しないと森に入れないでしょ?」
「私達は入れる、わ」
メアリが口を挟むが、グリンダはにべもない。
「フランさん」
「ここであたしに振るかね?」
「ここで振らなくて、いつ振るんです?」
「……」
フランは小さく溜息を吐いた。
グリンダが薬草を採取したがっている理由が分かったのだ。
チームとして方針を決めなければならない。
「薬草の採取は後回しだ」
「どうし、て?」
「あたしらは火炎羆の討伐に来てるんだ。討伐そっちのけで薬草を採取したら信用を失っちまうよ」
「……分かった、わ」
フランが理由を説明すると、グリンダは少し間を置いて答えた。
「3人とも仲がいいね」
「こんなもんだろ」
メアリの言葉にフランが応じる。
「でも、3人とも恋人同士なんでしょ? 普通は上手くいかないと思うけど」
「私達は上手くいってる、わ」
「どの口でほざくんだい」
グリンダが自慢気に胸を張り、フランは不愉快そうに言った。
優は割と上手くいっていると思うが、あくまで個人の感想だ。
フランには色々と葛藤があるのだろう。
「昨夜も3人で一緒に寝た、わ」
「そ、そんなことを言うんじゃないよッ!」
グリンダの爆弾発言にフランは声を荒らげた。
「私は無理かも」
「……そう、ね」
グリンダは間を置いて頷いた。
3人目の出現を防ごうとする意図が感じられたが、そこは黙っておくべきだろう。
「ユウはどう思う?」
「メリハリを付ける的な意味で努力が必要だと思う」
フランとグリンダは喧嘩をすることも多いが、すぐに仲直りするし、冒険する時はきちんと連携する。
この切り替えの早さは流石だと言わざるを得ない。
「大変だね。私には無理かも」
「あたしらのチームに入りたいのかい?」
「このチームで頑張っていくつもりだけど、大きなチームの傘下に入るのもありかなと思ったの」
「大きいねぇ。あたしらは3人のチームだよ」
「でも、すごくお金を稼いでるし……サポートチームとして雇ってもらえないかなって」
「別にサポートチームとしてなら、べ、別にユウの恋人にならなくてもいいだろ?」
「そうなんだけど、ユウのことは好きだし、そういうことになることもあるかなって」
メアリは軽い口調で言った。
「ふ~ん、意外だね」
「何が?」
「アンタは金目当てだと思ったよ」
「私はそこまで軽い女じゃない」
不機嫌そうなメアリを後ろから眺めつつ、優は内心胸を撫で下ろした。
金だけが目的としていないと分かったからだ。
「ユウの何処がいいんだい?」
「可愛い所。守ってあげなくちゃって気になるの」
「それはスキルの影響を受けている、わ」
グリンダがボソッと呟く。
「スキル?」
「ユウは女性の庇護欲を刺激するヒモというスキルを持っている、わ」
「そ、それは言わなくても」
「大事なこと、よ」
「それはそうかも知れないですけど」
グリンダの口調からは3人目の出現を阻止しようとする強い意志を感じた。
「2人はどう思ってるの?」
「切っ掛けにゃなると思うけどね。そんなに強い力じゃないはずだよ」
「根拠、は?」
「そりゃ、まあ、付き合いが長いからね」
フランはしみじみと言った。
「そう言えばフランさんに怒鳴られたこともありましたね」
「昔のことだよ、昔のこと」
「……」
グリンダは面白くなさそうに唇を尖らせた。
「ど、う?」
「どうって言われても……う~ん、やっぱり、スキルのことを知ってもユウのことは好きかな?」
えへへ、とメアリは気恥ずかしそうに笑った。
「アンはどう思っているのかし、ら?」
「わ、私ですか!?」
グリンダに話を振られ、アンは跳び上がった。
「そ、その、悪い人じゃないと思ってます」
恥ずかしいのか、耳まで真っ赤だ。
グリンダは歩調を落とし、優と肩を並べた。
「モテモテ、ね」
「モテモテですね」
「モテモテ、ね」
「モテモテですね」
「……酷い、わ」
そう言い残して、グリンダは再び歩調を上げた。
「上手くやろうって感じが全然しないねぇ」
「ノーコメントです」
「満更でもないってツラをしてるよ」
「ノーコメントです」
正直に言えばグリンダが嫉妬してくれて嬉しい。
「おっと、仕事の時間だ」
「何も見えないけど?」
「この先にモンスターの反応があります」
地図上にモンスターを示す三角形が表示されている。
「アン、どう?」
「……モンスターがいます」
アンは立ち止まり、目を細めている。
「火炎羆のようです」
「あたしらが先行するよ」
「全員で戦った方がよくない?」
「連携が上手くできるか分からないしねぇ」
メアリが提案するが、フランは困ったように眉根を寄せる。
「メアリ、私達は足手纏いです」
「……アン」
「事実です」
メアリは責めるような視線を向けるが、アンは淡々と答える。
「火炎羆は近隣最強のモンスターです。今の私達では勝てません」
「そうかも知れないけど、何もしないのは……」
「私達は私達にできることをしましょう」
「私達にできることって?」
「周囲を警戒しておくれよ」
フランはメアリの頭を軽く叩いた。
「子ども扱いしないでくれない?」
「はいはい、悪かったよ」
フランは軽く肩を竦め、剣を抜いた。
「さあ、行くよ」
「試したい魔法があるのだけれ、ど?」
「炎系の魔法は避けるんだよ?」
「分かっている、わ」
そう言いながらもグリンダは唇を尖らせている。
何も言われなければ炎系の魔法を使うつもりだったのだろう。
「ちゃっちゃと行くよ」
フランは溜息を吐き、歩き始めた。
優とグリンダはその後に続く。
「……隠れな」
フランが茂みに隠れ、優とグリンダもそれに倣う。
そっと様子を窺うと、赤黒い毛皮の羆が水を飲んでいた。
「あれが火炎羆ですか」
「あまり大きくないわ、ね」
「そこそこ大きいだろ、そこそこ」
「どうしますか?」
「ここは私に任せ、て」
グリンダが茂みから出ると、火炎羆が顔を上げた。
「術式選択、能動結界」
青白い光が一瞬だけ閃く。
恐らく、センサーが展開されたのだろう。
「Goooooooooo!」
火炎羆が吠え、こちらに向かって走る。
魔猪に勝るとも劣らない迫力だ。
「……術式選択」
グリンダは杖を構える。
「
杖を掬い上げるように振ると、火炎羆の足下に青白い光が灯った。
刹那、氷柱が地面から突き出し、火炎羆を呑み込んだ。
「Goooooooooo!」
苦し紛れにか、火炎羆が吠える。
いや、苦し紛れではなかった。
赤い光が火炎羆を中心に渦巻いていた。
「Goooooooooo!」
火炎羆が口から炎を吐き出した。
まるで火炎放射器だ。
炎の帯がグリンダを絡め取らんと迫り、その遥か手前で2つに割れる。
グリンダの能動結界だ。
氷柱が砕け、火炎羆が自由を取り戻し、再び走り出す。
「予想が、い」
「馬鹿! ボーッと突っ立ってるんじゃないよ!
フランがグリンダと火炎羆の間に割って入り、武技を発動する。
闘気――白と黒の光が刃を覆う。
火炎羆が地面を蹴り、覆い被さるようにフランに襲い掛かる。
「ハッ!」
フランは横に避け、剣を振り下ろした。
剣が地面に突き刺さり、わずかに遅れて火炎羆の頭が落ちた。
火炎羆がその場に頽れる。
「お?」
フランは意外そうに目を見開いていた。
考えてみればモンスターに闘気刃を使ったのは初めてだ。
その威力に驚いても不思議ではない。
フランが剣を一振りすると、闘気は霧散するように消えた。
「す、すごい」
いつの間にか隣にいたメアリが呆然と呟く。
「なんだ、来てたのかい?」
「心配だったの!」
フランは剣を鞘に納めた。
「ねぇ、それって何処で手に入れたの?」
「バーミリオンさんに作ってもらったんですよ」
「……そっか」
優の言葉にメアリは力なく肩を落とした。
バーミリオンの名は入手を諦めさせるのに十分だったのだろう。
「魔晶石を取り出して次に進むよ」
「それは私達がやるからユウ達は周囲を警戒してて」
フランはメアリを見つめ、苦笑いを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
川を遡っていると、フランが口を開いた。
「そろそろ、帰った方がいいかね?」
「……そうですね」
アンが空を見上げる。
天蓋のように空を覆う枝々の間から見える空は茜色に染まっている。
これまでの戦果は火炎羆2体、魔猪1体、一角兎多数だ。
「転移が使えるから明日はここから再開できる、わ」
「待って下さい」
優は地図を見た。
地図の隅――見切れている部分に円と三角形が重なって表示されている。
「モンスターに襲われているのかね?」
「捕食されているんじゃないかし、ら?」
「た、助けないと!」
フランとグリンダの言葉にメアリは悲鳴じみた声を上げた。
「一応、作戦を立てておこう。あたしらが火炎羆を引き付けるから、あんたらは食われているヤツを助けてくれ」
「分かったわ」
「先導します。モンスターは何処ですか?」
「あっちだよ」
「分かりました」
アンは弓を手に森を駆ける。
見つからないように前傾になりながらもいつでも攻撃できるように矢を番えている。
その姿はTVで見た兵士を思わせた。
狩人だけあり、苦もなく森を駆け抜ける。
ボニーは付いて行くだけでやっとという有様だ。
いや、彼女に合わせて、このスピードなのかも知れない。
「……隠れて下さい」
アンが茂みに身を隠し、それに倣う。
様子を覗き見ると、火炎羆が何か――地図の表示から人間だと分かるが――を食べていた。
「ここからどうすればいい?」
「フランさん達はあちらに回って下さい」
「大丈夫なのかい?」
「危険です。臭いを嗅ぎ付けられますから」
「アンタ達は反対側から接近して助けるってことだね」
「そういうことです」
フランとアンはあっと言う間に作戦を決めた。
流れるような遣り取りはプロっぽい感じがする。
「行くよ」
「行きます」
優とグリンダはフランに、メアリとボニーはアンに先導され、二手に分かれる。
背後に回り込むと、火炎羆が動きを止めた。
「チッ、もう気付きやがった」
「でも、動かない、わ」
「警戒してるんだろ」
「攻撃を仕掛けて誘導しましょう。僕が行くので2人は……お願いします」
優が茂みから飛び出すと、火炎羆はこちらに向き直った。
口の周りは犠牲者の血で汚れている。
「術式選択、岩弾!」
優は習得したばかりの魔法を放つ。
岩弾は真っ直ぐに飛び、火炎羆の眉間に命中した。
「Goooooooooo!」
よほど頭にきたのか、火炎羆が雄叫びを上げて突っ込んできた。
優はフランとグリンダから距離を取りつつ、火炎羆を誘導する。
その背後ではメアリ達が犠牲者に水薬を掛けていた。
「Goooooooooo!」
赤い光が火炎羆を中心に渦巻く。
炎を放つつもりなのだ。
「Goooooooooo!」
「術式選択! 氷弾×10!」
炎と氷がぶつかり合い、もうもうと水蒸気が立ち込める。
だが、視界を遮るほどではない。
火炎羆が大地を蹴った。
その時――。
「術式選択、氷砲×10!」
グリンダの魔法が炸裂し、火炎羆は足下から伸びた氷柱に呑み込まれた。
「Goooooooooo!」
火炎羆が雄叫びを上げると、再び赤い光が渦巻く。
氷柱が溶け、砕ける。
「闘気刃! 縮地!」
風が吹き抜ける。
次の瞬間、フランは火炎羆の脇腹に剣を突き立てていた。
「Goooooooooo!」
「縮地!」
火炎羆が立ち上がり、フランの姿が掻き消える。
「Goooooooooo!」
火炎羆が腕を振り回す。
その姿は暴風――荒れ狂う自然の猛威だ。
「チッ、しぶといねぇ!
フランは後退しながら毒づく。
「Goooooooooo!」
赤い光が火炎羆を中心に渦巻く。
また、火炎放射か。
いや、それにしてはタメが長い。
「Goooooooooo!」
火炎羆から炎が放たれる。
炎のリングと言うべき代物だ。
近くにいたフランは為す術もなく呑み込まれた。
そう思った瞬間、炎が弾けた。
フランは自分の指――ぼんやりと光る抗魔の指輪を見つめていた。
抗魔の指輪が炎を無効化したのだ。
それにしても、こんなに強力なマジックアイテムをくれるなんてバーソロミューは太っ腹すぎる。
まあ、性能に気付いていない可能性もあるが。
「Goooooooooo!」
「
フランは武技を発動、木を駆け上がる。
「術式選択、氷弾×100!」
「術式選択、氷砲!」
優の魔法が右脚を、グリンダの魔法が左脚を地面に縫い付ける。
「アンタの顔も見飽きたよ!」
フランは火炎羆の上に落下、剣を顔面に突き立てる。
剣を手放し、その場から離れる。
地図上ではモンスターを示す三角形が激しく明滅していた。
「Goo――!」
火炎羆は短く叫び、そのまま倒れた。
「は~、しんどかった」
フランは火炎羆から剣を引き抜いた。
血を振り払い、剣を鞘に収める。
「犠牲者は?」
「そうだった!」
優達は火炎羆をその場に放置し、メアリ達の下に向かった。
「……ど」
どうだった? と言いかけ、口を噤んだ。
犠牲者は左の腕と脚がなかった。
顔も半分失われ、残った半分も血と泥に塗れている。
腹部は大きく陥没している。
いや、なくなっている。
わずかに便臭が漂っているのは腸を食い荒らされたからだろうか。
そんな状態だが、辛うじて息がある。
生きて、右手で折れた剣を握り締めている。
「水薬は?」
「無理、よ。内臓がないも、の」
優の問いかけにグリンダは力なく首を振った。
水薬は掛けても、飲んでも効果を発揮する。
無理と言ったのは水薬では治せないほどの重傷を負っているという意味だ。
「……アランだって」
「嘘!?」
メアリが認識票の名前を読み上げると、ボニーは両手で口を覆った。
「知り合いかい?」
「同じ街で育ちました」
ボニーは顔面蒼白でフランの問いかけに答えた。
「……アラン、君は死ぬよ」
「ユウ!」
メアリが非難がましい声を上げるが、優は構わずにアランの傍らに跪いた。
「アラン、君は死ぬ。それは避けられない運命だ。言い残すことはない?」
「……」
アランはパクパクと口を動かした。
声はない。
ヒュー、ヒューと音が漏れるばかりだ。
だが、優はアランが何を言おうとしているのか理解していた。
「お母さんとお兄さんに謝っておけばいいの?」
「……」
アランが大きく目を見開いた。
涙が零れ落ちる。
そして、彼は死んだ。