Quest17:ダンジョンを探索せよ【後編】
文字数 5,025文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
超大土蜘蛛から逃れた先には広い空間があった。
大きさはギャレー商会の倉庫くらいだろうか。
超大土蜘蛛が巣として使っていたらしく死体が20体ばかり転がっている。
もっとも、あるのは死体だけではない。
魔晶石が床や天井、壁から突き出している。
「これを全部持って帰ったら一財産ですね」
「馬鹿、生きて帰る方法を考えるのが先だろ」
ポカリと頭を殴られてしまった。
「炎弾は止めた方がいいですね」
「まさか、毒を撒き散らされるとはね」
「体は大丈夫なんですか?」
「最初はちぃとばかり苦しかったけどね。急に楽になったんだよ」
フランは胸に手を当てる。
「剽窃の効果でしょうか?」
「かも知れないね。けど、タイムラグがあったから無効化っていうよりも解毒に近い感じだね」
剽窃は一定条件が満たされた時に発動するスキルなのだろうか。
もっとも、それを議論している余裕はないが。
「接近戦は無理ですね」
「あんなのに挑んだら撥ね飛ばされちまうよ」
フランは胸の前で腕を交差させた。
「とすれば方法は一つですね。この空間を氷弾で凍らせて、ヤツの動きを鈍らせます」
「けど、逃げられちまったらどうするんだい? 逃げられたら魔晶石を運び出すのは無理だよ」
確かに逃げられたら厄介だ。
MPは90%。
50%を消費して動きを鈍らせても倒せなければ意味がない。
優は自分の認識票を見つめた。
タカナシ ユウ
Lv:2 体力:** 筋力:2 敏捷:4 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効
これらの魔法とスキルを使って、超大土蜘蛛を倒す方法を考えなければならない。
遠くから鳴き声が聞こえる。
残された時間はあまりにも少ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「Gyoooooooooooooo!」
自分の巣を荒らされたせいか、超大土蜘蛛は優を見つけるなり吠えた。
大気を震わせる咆哮にへたり込みそうになる。
8つの目が獰猛な光を放つ。
「Gyoooooooooooooo!」
超大土蜘蛛は吠えながら突進してきた。
まるでダンプカーだ。
ほんの少し引っ掛けられただけで重傷を負う。
運がよければ死なずに済むかも知れないが、運に頼るよりも捨て身の努力をした方がまだ勝算がある。
優は地面に手を付けて叫んだ。
「術式選択! 泥沼×10!」
固い岩盤が泥沼と化し、超大土蜘蛛のスピードが格段に落ちる。
それでも、歩みを止めたりしない。
「術式選択! 氷弾×500!」
泥沼が一瞬で凍結し、ダンジョンの床が、壁が、天井が霜に覆われる。
ここに至って自分の不利を悟ったのか、超大土蜘蛛は逃走を図ろうとする。
しかし、冷気の影響によって力は大幅に削がれている。
渾身の力を込めても凍結した泥沼の表面にひびが走る程度だ。
もっと時間を掛ければあるいは逃げ出せたかも知れないが、この千載一遇のチャンスを見逃すほど優とフランは甘くない。
「ハッ!」
フランが岩陰から飛び出し、超大土蜘蛛の脚を切断する。
寒さで痛覚が麻痺しているのか、痛みを感じる神経がなかったのか、超大土蜘蛛は声を上げなかった。
「二つ! 三つ! 四つ目はいらないねぇ!」
三本目の脚を切断した時点で超大土蜘蛛の体が大きく傾いだ。
残る5本の脚では体重を支えきることは不可能だ。
超大土蜘蛛が突き上げるような衝撃と共に表情に倒れる。
黄色い液体を撒き散らしながら足掻くも逃れることは叶わない。
MPは残り40%だ。
「術式選択! 氷弾×100!」
超大土蜘蛛の顔面に氷弾を叩き込む。
みるみる顔面が霜で覆われ、8つの目に亀裂が走る。
それでも、動き続けている。
MPは30%。
フランが超大土蜘蛛の腹部を斬りつけている。
「術式選択! 氷弾×100!」
「G、yoooooooooo!」
残り20%、悲鳴じみた声が上がる。
「術式選択! 氷だ――ッ!」
「いい加減にくたばりな!」
魔法銀の剣が超大土蜘蛛の胸部に深々と突き刺さる。
超大土蜘蛛は脚を振り回すが、フランには掠りもしない。
フランは体ごと刃を押し込み、柄を握り締めて捻る。
「Gyoooooooooooooo!」
最期に超大土蜘蛛は一際大きな声を上げて、動きを止めた。
そして、塵と化す。
「う~、疲れた」
優はその場に座り込んだ。
MPは20%――とどめを刺したかったが、贅沢は言うまい。
「座り込んでないで手伝っとくれよ」
フランは塵の中から魔晶石――それも真紅の――を拾い上げる。
大きさは握り拳よりもさらに大きいだろうか。
「おや、牙が残ってるね」
優は疲れた体に鞭打ち、フランに歩み寄った。
フランはすかさずリュックに魔晶石と牙を押し込んだ。
「それにしても、こんなに魔晶石があるとはねぇ」
フランはニマニマと笑っている。
「これだけあれば1000万ルラはくだらないよ!」
「でも、僕達だけじゃ運べませんよ」
2人で協力しても5%も運べないだろう。
「転移の魔法が使えればいいんですけど」
「換金先が冒険者ギルドだから秘密にしておくこともできないしねぇ」
持っていけばすぐにバレる。
「せめて、質のよさそうな魔晶石を選んで持って帰りましょう。術式選択、魔力探知!」
魔法を使うと、視界が水色に染まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、優とフランが冒険者ギルドに入ると、ガタガタガタッという音が響いた。
皆が注目している。
魔晶石でパンパンに膨らんだリュックを背負い、両手に魔晶石でパンパンに膨らんだリュックを持っているのだ。
さらに優は死んだ冒険者から回収した武器まで持っている。
これで驚かれない方がおかしい。
順番待ちをしていた冒険者達が優とフランに道を譲る。
「ユウ君、フランさん! こ、これは一体!」
「ちょいと退いとくれ」
フランはエリーの質問に答えず、カウンターに手に持っていたリュックを置き、背負っていたリュックを重ねる。
優も同じことをしようとしたが、カウンターまでリュックを持ち上げられなかった。
「ほら、手伝ってやるよ」
「申し訳ないです」
フランが優のリュックをカウンターに置くと、エリーの姿が見えなくなった。
「……疲れました」
優はカウンターに寄り掛かった。
帰還のマジックアイテムを使いたくなるほど帰り道はしんどいものだった。
モンスターが弱いから切り抜けられたようなもので、そうでなければリュックを手放す羽目になっていた。
「ユウ君、大丈夫ですか?」
「こいつは魔法の使いすぎで疲れ切っているんだ。話し相手ならあたしがするよ」
フランはポン、ポンと優の頭を軽く叩いた。
「これだけの魔晶石をどうやって?」
「運よく未探索の領域を見つけてね。馬鹿みたいにデカい大土蜘蛛に襲われて生きた心地がしなかったけど、命を懸けた甲斐はあったよ」
フランは深々と溜息を吐いた。
「その大土蜘蛛は?」
「見ての通り、ぶち殺してやったさ」
フランはリュックから牙を抜き取り、エリーに見せつける。
「そんな未探索の領域が残っているなんて。一体、何処の階層に?」
「そいつはここに書いてあるよ」
フランはエリーに地図を渡す。
優がフリーハンドで描いたものだが、ある程度の指針にはなる。
「何が望みですか?」
「ここにある魔晶石を適正価格で買ってくれりゃいいさ。あとは……ユウの家族がダンジョンで行方不明になってる。冒険者ギルド持ちでクエストを発注してくれりゃ、あたしらに文句はない」
「……私の一存では」
エリーは呻くように言った。
彼女は受付にすぎない。大きな金を動かす時にはギルドマスターの決裁が必要だ。
「分かった。許可が下りたら、あたしの定宿に来とくれ。それまでこれはお預けだ」
「……そんな」
フランはエリーから地図を奪い取った。
未練がましく声を上げるが、これは取引材料だ。
ただではやれない。
「魔晶石は置いていくよ。ユウ、立てるかい?」
「……何とか」
「馬鹿だね。ふらついてるじゃないか。肩を貸してやるよ」
優はフランに肩を借り、ゆっくりと歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
優とフランは安宿の食堂に入ると空いている席に腰を下ろした。
「……疲れました」
「あたしもだよ」
優が机に突っ伏すと、フランは頬杖を突いた。
かつてない疲労感が全身にのし掛かっているが、それが心地よく感じられる。
「はぁ~、これであたしも金持ちの仲間入りだねぇ」
「いや、それはないですよ」
優は体を起こし、パタパタと手を振った。
「あそこにあった魔晶石に1000万ルラの価値があったとして、僕らが持ってこられたのは5%にも満たない量なんですよ?」
5%と仮定して50万ルラ、2人で等分するので、1人頭25万ルラ、1日100ルラ使えば7年と経たずになくなってしまう。
その上、フランは妹の生活を支えなければならないので、もっと短くなる。
「ちょっと贅沢して7年弱、慎ましく暮らしても一生は無理です」
「カーッ、夢がないねぇ」
フランはバシバシとテーブルを叩いた。
「夢よりも現実を見ましょう、現実を」
「冷めたガキだね」
フランが顔を顰めたその時、背後から扉の開く音が聞こえた。肩越しに背後を見ると、エリーが入ってくる所だった。
「ユウ君、隣に座っていいですか?」
はい、と優は席を詰めた。
「どうだったんだい?」
「少々、お待ち下さい」
エリーが袖のボタンに触れると、周囲の声が聞こえなくなった。他人に話を聞かせないためにマジックアイテムを使ったようだ。
「ユウ君の家族を捜すために10万ルラ出すことになりました」
「ありがとうございます」
優が礼を言うと、エリーはニッコリと微笑んだ。
「それと査定についてですが、魔晶石は40万ルラで買い取れます。大土蜘蛛の牙は1万ルラですね。冒険者から回収したお財布は遺族の方がいないか確認してからの引き渡しとなります」
拾ったお金は優の物にならないようだ。
不満と言えば不満だが、遺族の下に届けるのならば仕方がない。
「もうちょい増やせないのかい」
「かなり高純度の魔晶石でしたが、これ以上は出せません」
フランは深々と溜息を吐いた。
「20万ルラだと5年半くらいですね」
「20万5000ルラだろ!」
どうやら、大土蜘蛛の牙も売るつもりだったようだ。
「牙はバーミリオンさんに見てもらおうかと思ったんです」
「別に売り払えばいいだろ?」
「武器に加工できるかも知れないじゃないですか」
フランは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、しばらくして溜息を吐いた。
「牙はアンタの好きにしな」
「じゃ、マジックアイテムの代金と相殺ということで」
「ああ、それでいいよ」
少し自棄になっているようだ。
これで一生遊んで暮らせると思っていたら、ちょっと贅沢したら5年半でなくなる金額にしかならなかったのだから無理もない。
「魔晶石は40万ルラでいいですね?」
「ああ、それで構わないよ」
「では、フランさんの口座に20万ルラ、ユウ君の口座に20万ルラを振り込んでおきます」
「分かったよ」
フランが力なく地図を差し出すと、エリーは両手で受け取った。
「……2人ともよい冒険を」
エリーは深々と一礼し、再び袖のボタンに触れた。
音が戻ってきた。
「またね、ユウ君」
そう言って、エリーは食堂を出て行った。
「ユウ、明日もダンジョンに行くかい?」
「明日は休日にしましょう」
暇な日はあったにせよ、ずっと働き詰めだったのだ。
ここらで休日を取ってもバチは当たらないはずだ。
「そうだね。明日はダラダラしようかね」
はい、と優は頷いた。