Quest18:ルートを選択せよ フラン or エドワード【後編】
文字数 4,153文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
優はベッドに寝そべり、天井のシミを数えていた。
そうでもしていないとどうにかなってしまいそうだった。
「……若いってのはいいねぇ。もう元気を取り戻したよ」
フランは汚れた指を舐めると優に跨がった。
綺麗だな、と思う。
以前は腹部にエロスを感じたが、引き締まった体はゾクリとするような色香を感じさせる。
単に鍛えられているのではなく、戦うために鍛えられたのだと無数の古傷が語っているようだった。
「あの、もう、止めましょうよ」
「こんなにしちゃっているくせによく言うよ」
フランはニィィィと獰猛な笑みを浮かべた。
「けど、サービスタイムはここまでだよ。ここからはちぃと昔話に付き合ってもらおうかねぇ」
「昔話?」
「あたしがどんな酷い目に遭ったか、どんな物を見てきたかさ」
そこから先は拷問のようだった。
酷い話だった。
冒険者を夢見る少女が騙され、醜悪な現実を突き付けられる話だ。
どんな扱いを受けていたのか。
どんな痛い目に遭ったのかを聞かされた。
どんなものを見てきたのかを聞かされた。
人間を信じられなくなりそうだ。
フランをそんな目に遭わせた連中を八つ裂きにしてやりたいと思った。
そういうことを考える連中を殺してやりたいとさえ思った。
けれど、そんな話を聞きながら、そんな風に思いながら欲情していた。
「あたしがどんな女なのか分かっただろ?」
フランは嘲るように笑った。
「……僕は」
優はフランを見つめた。
「僕はエドワードさんの所にも、メアリの所にも行きません」
「情が湧いたのかい? それとも、手軽に使える穴が惜しくなったのかい? いいさ、エドワードの所に行っても、メアリの所に行っても使わせてやるよ。大した価値のない穴だけどね。好きなだけ使わせてやるよ」
優は唇を噛み締めた。
「……僕はフランさんと一緒にいます」
だって、と続ける。
「だって、フランさんってダメ人間なんだもん!」
「は?」
優が大声で叫ぶと、フランは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。
「僕の話も聞かずに1人で火焔羆と戦って死にそうな目に遭ったり、1人でやっていけるとか言い出したり、いきなり関係を迫ったり、支離滅裂ですよ! 僕がいなくなったら確実に死にますよ!」
「ちょいとお待ちよ。あたしはあたしなりに考えてるんだよ」
こんなことを言われるとは思っていなかったのか、いつもより大人しい。
「考えてないですぅ! 全然、考えてませ~ん! その場その場で自分のダメージが少なくなりそうなことを深く考えずにやってるだけですぅ!」
「……」
図星だったのか、フランは押し黙ってしまった。
「フランさんはダメ人間なんです」
「2度も言うかい?」
「3度だって、4度だって言いますよ」
フランは腕っ節も強く、機転も利き、逆境にも強いが、自己評価が低い。
それを当然と思っているくせに他人と比べられそうになると情緒不安定になる。
豆腐メンタルなのだ。
単にへこむだけなら可愛げがあるのだが、本当にとんでもないことをしやがるのだ。
これをダメ人間と言わず、何と言えばいいのか。
「……アンタにあたしの何が分かるって言うんだい」
「ダメ、それ、NG! 何も話してくれないのに分かって欲しいとか無理です!」
と言うか、子どもに何を求めているのか。
「フランさんは精神的に脆弱で放置したら兎のように寂しさの余り死んでしまうので、僕が傍にいてあげます」
フランは涙目だ。
感銘を受けているのではなく、普通は言われないことを遠慮なしに言われたからである。
しかし、優は深い満足感を抱いた。
フランのことが心配で、これからも一緒に冒険をしたい。
それだけでよかったのに遠回りをしてしまった。
フランが腰を浮かせたので、優は反射的に太股を掴んだ。
「その手は何だい?」
「――ッ、続きを」
「収まりがつかなけりゃ自分で擦りな」
フランは腕を組むと顔を背けた。
「そんな殺生な」
「……1回だけだよ」
フランは横目で優を見て、ボソリと呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、目を覚ますと夕方だった。
「……あれ?」
優は首を傾げる。
昨夜は1回だけの約束で行為を再開したが、体力値が限界突破しているためか、フランが気絶するまでやった。
体を起こして隣を見ると、フランが俯せになって倒れていた。
「フランさん、もう夕方ですよ」
「……」
へんじがない――。
ただのしかばねのようだ――。
「おお、フラン。死んでしまうとは情けない」
フランの指先がピクリと震えた。
尺取り虫のように尻を高く突き出し――勢いよく体を起こした。
「何が1回だよ! 危うく死ぬ所だったじゃないか!」
「僕のリクエストに応じちゃったフランさんにも責任はあるんじゃないでしょうか?」
「ふざけるんじゃないよ! もう勘弁しとくれって言っても、死んじまうって言っても聞きゃしなかったじゃないか!」
そうだっただろうか? と優は首を傾げた。
甘く媚びるような声音でもう勘弁しとくれとか、死んじゃう死んじゃうと繰り返していたような記憶があるのだが。
昨夜のフランは可愛かったのだ。
こういう関係になってみるとダメな所も可愛らしく感じる。
あばたもえくぼとはよくぞ言ったものである。
「フランさんは可愛いな~」
「アンタは可愛くなくなったよ」
フランは吐き捨てるように言った。
まあ、言われてみれば自分でも変わったような気がする。
恐らく、これはフランと次のステージに進むことで男としての自信を獲得し、遠慮しなくなったせいだろう。
「意識を失いかけてる時に僕好みに作り替えてあげますとか囁いて。ゾッとしたよ、あたしゃ」
「そんなこと言いましたか?」
言ったかも知れない。
「あ、アンタはまだやり足りないのかい!」
「……うん?」
視線を落とすと、息子は元気一杯だった。
「もう1回だけお願いします」
「ごめんだよ!」
「え~、昨夜は好きなだけ使わせてくれるって言ったじゃないですか」
「ゆ、昨夜は……ちょっとおかしくなってたんだよ!」
フランは口籠もり、顔を真っ赤にして叫んだ。
「今後はなしですか?」
「なしだよ」
「そんなぁ~」
フランは腕を組んで顔を背けたが、優は知っている。
ここがスタート地点なのだ。諦めたらそこで試合終了なのだ。
「ずっとですか?」
「ずっとだよ」
優はジッとフランを見つめる。
しばらくすると、フランは沈黙に耐えられなくなったように口を開いた。
「ちょっとくらいならいいかも知れないね」
「ちょっととはどれくらいの頻度ですか? 月1、週1?」
「顔が近いよ! もっと離れな!」
優が身を乗り出すと、フランは慌てふためいた様子で突き放そうとしてきた。
「先っちょだけお願いします」
「くたばりな!」
優はベッドから転がり落ちた。フランに腹を蹴られたのだ。
「……酷いや」
嘘泣きしながら脱ぎ散らかされた服を回収する。
「昨夜はあたしをユウのものにしとくれとか言って――ひぃッ!」
反射的に仰け反り、ナイフを回避する。
「出てけーーーッ!」
昨夜のことを思い出したのか、フランは耳まで真っ赤だった。
可愛いなぁ~、と余裕をぶっこいていたら長剣に手を伸ばされたので、慌てて部屋から飛び出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ユウ、こっちだ!」
優が冒険者ギルドに入ると、エドワードが大声で名前を呼んだ。
どうやら、メンバーと食事をしているようだ。
エドワードの前に立ち、頭を下げる。
「答えは出たか?」
「はい、僕はフランさんと冒険を続けようと思います」
「……そうか。それなら仕方がないな」
エドワードは溜息を吐くように言った。
「ホントに残念よね。ユウがいてくれれば負担が軽くなると思ってたんだけど」
シャーロッテは喜色満面という感じだ。
「一応、理由を聞かせてもらえないか?」
「僕がいなくなったら、フランさんが死んじゃいそうですから」
フランと一緒に面倒を見てくれるのなら喜んで付いていったが、エドワードにその気がないことは分かっている。
「……死んだ家族よりも生きてる女か」
「そういうことです」
自分でも意外なほど落ち着いた声を出せた。
家族に生きていて欲しいという気持ちはあるのだが、この世界に来た日のような強い感情ではなくなっている。
きっと、心の何処かで家族の死を受け容れてしまったのだろう。
家族には本当に申し訳ないと思うのだが――。
彼女のために生きてみたいと思ってしまったのだ。
「そうか、大事にしてやれよ。で、どうだった?」
「どうだったって?」
「鈍いヤツだな。やったんだろ?」
「えっと、それは、まあ」
「やっぱりな~」
エドワードはペシッと自分の額を叩いた。
「この前と違って自信に溢れた顔をしてるぜ。やっぱ、男ってのは女ができると変わるもんだよな~」
「でも、フランさんには可愛くなくなったって言われて――」
「ばッ! そんなの気にする必要ねーって」
「そうでしょうか?」
「女ってのはな。自分を支配してくれる男が好きなんだよ」
そうかな? と思うが、エドワードに言われるとそんな気がしてくる。
「強引なくらいで丁度いい。特にあの女は素直になれなさそうなタイプだからな。お前がガンガン攻めてやれ」
「でも、お預けって言われちゃって」
「バーカ、フリだって。素っ気ないフリしてお前を誘ってんだよ。ああいう殻の硬そうな女に限って中身は脆いんだって。卵みてーなもんだ」
やはり、エドワードに言われるとそんな気がしてくる。
「もう少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「よしよし、俺のとっておきの話をしてやろう。あれは俺がお前くらいの――」
その日、優はエドワードの薫陶を受け、自分が正しいことを確信した。