Quest19:××××の加護を検証せよ その1
文字数 5,175文字
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優がエドワードに会うために安宿を出た頃――ユウの言う通り、あたしはホントにダメ人間だねぇ、とフランはベッドから下り、部屋の片隅にある桶に向かう。
桶の水でタオルを濡らし、汗でべとつく体を清めていく。
顔、首、腕、胸、腹、脚ときて最後に股間だ。
タオルを桶に投げ入れ、下腹部にある紋様を撫でる。
その紋様は種避けと呼ばれる避妊魔法が効果を発揮している証だ。
ある程度経験を積んだ女冒険者にとって種避けは欠かせない魔法だ。
この魔法があるから昨夜はユウの好きにさせてやったのだ。
1度掛けてもらえば最低1週間は持続するので、コストパフォーマンスがいい。
金をケチってゴブリンをひり出す羽目になりたくない。
非常に便利な魔法だが、これを知っている駆け出し冒険者は少ない。
冒険者にとって情報は財産だが、そこに『お前も酷い目に遭ってしまえ』という感情が存在している可能性は否定できない。
「あのクソガキ、魔法があるからって好き放題して」
股間に何かが挟まっているような違和感がある。
一体、何時間励んでいたのか。
「……あのクソガキ」
悔しいことに体の相性はよかった。
主導権を握っていられたのは最初だけでそこから先はユウに翻弄されっぱなしだった。
何しろ、相手は体力値限界突破の男だ。
フランが疲弊していくのに対し、ユウは疲れないのである。
まあ、体力が無限にあるのではなく、認識票の表示限界を超えているだけなのだから疲れないということはない。
しかし、ユウの体力値を100と仮定した場合、フランの11倍以上である。
この体力差を覆すのは不可能だ。
しかも、疲労のバッドステータスはパラメーターに悪影響を与えるのだ。
これでは力尽くで主導権を取り返すことなどできない。
「……ちょいと薄くなってきたかね」
目を細めて紋様を見る。
この紋様が浮かんでいる間は効力を発揮するが、魔法を掛け直した方がいいだろう。
あの調子だと、ユウはフランを求めてくる。
その時に魔法の効力が切れたら確実に孕まされる。
「備えあれば憂いなしだ」
フランは床に落ちていたショーツを拾い、脚を通した。
12時間以上、床に脱ぎっぱなしにしていたせいでじっとりと湿っていて、不快な感覚を伝えてくる。
「こりゃ、穿いていられないね」
ショーツを脱ぎ捨て、荷物入れとして使っているリュックからフリルの付いた下着一式を取り出す。
超大土蜘蛛を倒した翌日に浮かれて買った下着だ。
「……新しい服と革鎧を買わなきゃダメかねぇ」
どうして、あんな馬鹿なことをしちまったんだろ、とフランは後悔しながら新しいショーツに脚を通し、ブラジャーを身に着ける。
さらに下着を買った日に浮かれて買ったズボンを穿き、上着の袖に腕を通す。
「ちょっと太ったかねぇ」
息苦しさを覚えて上着の第1ボタンを外した。
新しい服を買ったばかりなのに太ってしまうとは不覚。
認識票がないことに気付いて周囲を見回す。
認識票はすぐに見つかった。
いつの間に外れたのか――確実にユウとやった時だが――ベッドの上に落ちていた。
「あとは認識票、認識票と……こりゃ何だい?」
フランは認識票を手に取り、目を見開いた。
フラン
Lv:16 体力:9+5 筋力:9+5 敏捷:18+5 魔力:1
魔法:なし
スキル:××××の加護
称号:××××の××××
レベルが上がった理由は分かる。火焔羆を倒したせいだろう。
問題はそこではなく、スキル欄から搾取が消え、××××の加護が追加されたことだ。
さらに体力、筋力、敏捷が5も上昇している。
恐らく、搾取が消えたのは××××の加護が上位スキルだからだ。
たとえば毒耐性を持っていた者が毒無効を覚えた場合、毒耐性がスキル欄から消滅する。
それと同じことが起きているのだ。
パラメーターが上昇したのも××××の加護によるものだろう。
もっとも、+5なんて表示のされ方は見たことも聞いたこともないのだが。
「そういや体が軽いような気がするね」
フランは肩を回した。
目覚めた時は体が怠く感じたが、今はとても清々しい気分だ。
「……グリンダの所に行くついでに鎧を修繕に出そうかね」
フランは荷物――鎧櫃とリュック――を持ち、部屋を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お客さん、昨夜はお楽しみでしたね」
「……うぐ」
1階に下りると、ウェイトレスのベスがニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。
安宿の壁は薄く、そういうことをすれば一発でバレてしまう。
安宿は連れ込み宿としても使われているので、よほど迷惑を掛けられない限り、口にしないのがルールだ。
ベスがわざわざ口にしたのはユウから金を巻き上げようとした時に割って入り、口止め料として食事を要求した意趣返しだ。
「食事を用意できるけど、食べる?」
フランが返事をする前にグゥとお腹が鳴った。
「すぐに用意するわ」
「……頼むよ」
ベスが厨房に消え、フランは荷物を下ろしてカウンター席に座った。
しばらくするとベスがパンとスープを持って戻ってきた。
パンは混じり物の多い灰色、スープは野菜屑と肉片を適当に煮たものだ。
「……犬の餌かい」
「私の餌よ。文句があるなら食べなくてもいいわよ」
フランはスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。
素材が悪い分、手間暇を掛けているのか、具にはしっかりと味が染みている。
混じり物の多いパンはボソボソとした食感で苦みがある。
それでも、空腹のお陰でそれなりに食べられる。
「犬の餌にがっつくわね」
「腹が減ってるんだ。今なら豚の餌だっていけるよ」
「そりゃ、昼まで飽きもせずにやってれば何でも美味しいわよ」
「昼だって?」
ベスは呆れたように溜息を吐いた。
「そうよ、昼。発情期の猫みたいな声が廊下にまで響いてたわよ」
「……そいつは、すまなかったね」
あのガキ、そんな時間まで、とフランはカウンターの下で拳を振るわせた。
ベスの言葉が事実ならばフランが気絶している間もユウは腰を振っていたことになる。
「そんなによかったの?」
「……相性はよかったよ、体の」
ユウは数え切れないくらい達していたが、フランも数え切れないくらい達している。
悔しいが、気持ちよかった。
「ふ~ん、それだけでもないんじゃない?」
「どういう意味だい?」
「スッキリした顔をしてるわよ。肌もツヤツヤしてるし」
「んな訳ないだろ」
昼まで好き放題されたのだ。
肌がカサカサになっても、ツヤツヤすることはない。
そのはずだ。
「そう?」
「わざわざ鏡まで」
フランは差し出された鏡を覗き込み、軽く目を見開いた。
ほんの一瞬だけ、鏡に映ったのが自分だと思えなかったのだ。
認めたくないが、肌はツヤツヤしていて、これが自分なのかと疑うほど険のない顔をしている。
考えてみれば先程から心の中でユウのことをクソガキと罵っているが、憎しみや苛立ちは全く湧いてこない。
それどころか、愛着のようなものを感じている。
「けど、よかったじゃない」
「何がだい?」
「捨てられずに済んで。体を張った甲斐があるってもんでしょ?」
くひひ、とベスは笑った。
どういう訳か――十中八九、ユウが話したのだろうが――こちらの事情を知っているようだ。
「体で繋ぎ止めた訳じゃないよ」
「まあ、そうよね」
ベスは大きな胸を強調するように腕を組み、憐れむような目でフランの胸を見た。
「胸も、テクもない。それでどうやって繋ぎ止めたのか教えて欲しいわ」
「ユウが言うにはあたしはダメ人間なんだと」
先程までは自戒の念が強かったが、改めて口にしてみるとムカムカする。
命を助けてやったのにあの上から目線は何なのだろう。
「へ~、よく見てるじゃない」
「……ぐぬ」
フランは小さく呻いた。言わなければよかった。
優しい言葉を掛けて欲しい時は人を選ばなければならない。
「それでダメ人間だから放って置けないって?」
「……そうだよ」
フランは苦虫と化したパンを噛み締める。
「とんだお人好しもいたもんね」
ベスは困っているような、呆れているような笑みを浮かべた。
裏街ではたとえ知り合いであっても簡単に助けを求めたり、手を差し伸べたりしないものだ。
それは相手に余裕がないと分かっているからであり、自分に余裕がないと理解しているからである。
ある程度、割り切った関係がそこにはある。
フランのように思い出したくない過去を持つ人間にとってはありがたい距離感だ。
エリーやグリンダとの関係に近いだろうか。
もっとも、2人は大勢の人間と接しているので、1人1人親身になって対応していたら身が持たないという理由からだが。
ユウは子どもらしい無神経さでズカズカと踏み込んできて、悩みや苦しみを一蹴してしまった。
「……それにしてもダメ人間はないだろ、ダメ人間は」
フランは小さくぼやき、残ったパンを頬張った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
バーミリオンは鎧櫃から革鎧を取り出すと顔を顰めた。
革鎧は火焔羆の一撃によって脇の部分を破損していた。
動きを阻害しないためにか、革鎧は複数のパーツから構築されている。
破損した部分を交換すればまだまだ使えるはずだ、多分。
「こいつは手酷くやられたな。何と戦った?」
「1人で火焔羆とやりあったんだよ」
火焔羆の分厚い毛皮は槍を通さず、魔法銀の剣で斬りかかろうにも遠心力で振り回される巨腕は近づくことを許さなかった。
さらに口から放たれる炎の吐息は鉄さえ溶かす。
相応の装備を整えるか、チームを組むかしなければ勝てない相手だ。
フランは火焔羆が炎の吐息を放つと同時に飛び込み、槍を口の中に叩き込むことに成功した。
薄氷の勝利だ。
もし、火鼠の革マントと火焔羆の革鎧を身に着けていなければ消し炭になっていたに違いない。
「馬鹿か、おめぇは」
バーミリオンの言葉は辛辣だった。
「馬鹿なことをしたって反省してるよ。それで鎧は直るのかい?」
「こいつは長く使えるように複数のパーツから作ってある」
「それじゃ直るんだね!」
フランは内心胸を撫で下ろした。
折角、ユウが買ってくれたのだ。壊れて新しい鎧を買ったでは申し訳が立たない。
「……2万ルラだ」
「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ! 買値の2倍じゃないか!」
「文句があるんなら別の店に行きな。もっとも、俺以外にこいつを完全に直せるヤツはいねぇがな」
足下を見やがって、とフランは唇を噛み締めた。
「……こいつはな」
バーミリオンは慈しむように鎧を撫でた。
「こいつは生きて帰って欲しいって願いを込めて作った鎧だ。それを馬鹿な真似して壊しやがって、坊主の仲間じゃなけりゃぶん殴ってる所だ」
「……それにしても2万ルラはボリ過ぎだよ」
フランは辛うじて言い返した。
自分が馬鹿なことをやったことは分かっているが、それはそれ、これはこれである。
仕方がない、とカウンターにリュックを載せる。
「何のつもりだ?」
「この中に火焔羆の毛皮が入ってる。修理に必要な分はここから取ってくれないか?」
「皮をなめすのにどれだけ時間が必要か分かってねぇな」
バーミリオンはリュックから毛皮を取り出して状態を確認する。
口に槍を叩き込んだから毛皮に余計な傷はないはずだ。
「こいつを寄越しゃ、ただにしてやる」
「……分かった。それでいいよ」
冒険者ギルドにいけば1万ルラで買い取ってもらえるが、これで修繕費を相殺できるのならば悪い取引ではない。
「次に馬鹿な真似をしたらぶん殴ってやるからな」
「分かってるさ」
2度も同じことをしたらユウに愛想を尽かされてしまう。
「2日後に取りに来い」
バーミリオンは鎧を鎧櫃に入れ、フランが出ていかないことを不審に思ったのか、視線を向けてきた。
「どうした? もう帰っていいぞ」
「……ああ、そのことなんだけど、ちょいと太ったみたいでね」
「もうデブりやがったのか」
樽みたいな体型のアンタにゃ言われたくないよ、という悪態を辛うじて呑み込む。
「スカーレットも呼んだ方がいいな。スカーレット!」
「だから、そんなに大きい声を出さなくても聞こえるってば!」
フランは深々と溜息を吐いた。