Quest24:開店の準備をせよ その4
文字数 4,248文字
「う~ん、こんな感じだったと思うんだけど」
優は机の上に置いた紙――広告のラフ案を見ながら首を傾げた。
元の世界で見た広告を思い出しながら描いたのだが、どうもしっくりこない。
「まあ、3人に意見を聞いて直せばいいか」
羽ペンを机に置くと、扉を開ける音が響いた。
「ユウ、入るよ」
「……フランさん」
せめて、返事を待って欲しい。
そんな抗議の意味で名前を呼んだのだが、フランには伝わらなかったらしくズカズカと部屋に入っていた。
「勉強でもしてるのかい?」
「広告のラフ案を描いてたんですよ」
「ユウは器用だねぇ」
感心しているのか、呆れているのか、フランはラフ案を手に取った。
「爆安? ポッキリ? 美人店主がお待ちしてます?」
「どうでしょう?」
「ポッキリと美人店主は止めた方がいいんじゃないかねぇ? ポッキリって表現はいかがわしいし、グリンダはいないことだってあるだろ?」
「言われてみればそうですね」
優はフランからラフ案を受け取り、『ポッキリ』と『美人店主がお待ちしてます』の部分に横線を引いた。
「消しちまうのかい?」
「クレームになったら困りますからね」
クレーム――なんと恐ろしい言葉だろう。
優はクレーマーに詰め寄られている自分を想像して身震いした。
「何にビビってるのか分からないけど、難癖を付けてくるようなら衛兵を呼びゃいいじゃないか」
何を言ってるんだかと言わんばかりの口調だ。
「民事不介入だったりするんじゃないんですか?」
「何のために営業許可証をもらったんだい? こちとら貴族様のお墨付きで商売をするんだ。理不尽な言い分なんざ無視すりゃいいんだよ」
「営業許可証って、そういうものなんですね」
「そういうもんなんだよ」
フランの言い分にも一理あるような気がする。
理不尽なクレームにまで誠心誠意対応していたらこちらが疲弊してしまう。
「その辺の見極めって大丈夫なんですか?」
「スカーレットは武防具屋の娘だよ。これから店を経営しようってあたしらよりもよっぽど心得てるよ」
「……なるほど」
個人の技能に頼らざるを得ない自分が情けないが、そう考えればスカーレットは得がたい人材なのかも知れない。
「2号店を出す頃にはマニュアル化したいですね」
「2号店?!」
フランはギョッと優を見た。
「もう2号店のことなんか考えてるのかい?」
「そりゃ、そうですよ。少しずつお店を増やして、ゆくゆくは王都に出店したいですね」
フランはポカンとしている。
「どうかしたんですか?」
「そこまで吹けりゃ大したもんだと思ったんだよ。けど、あたしらは素人で、これから1号店をオープンさせるってことを忘れるんじゃないよ」
「もちろんですよ」
「本当かい?」
フランは疑いの眼で優を見た。
「……と、ところで、ふ、フランさんはな、何の用で?」
「グリンダが来てないか確かめに来たんだよ」
「ですよね~。明日は早いですもんね」
明日は職人が見積もりに来るし、早ければ冒険者ギルドの職員が薬草を届けに来る。
組んず解れつしている暇はないのだ。
「だから、お預けだよ、お預け」
「分かってま……っ!」
優は体を竦ませた。
「……?」
フランは不思議そうに振り返り、ビクッと体を竦ませた。
扉の隙間からグリンダがこちらを見ていたからだ。
「な、何してるんだい!」
「……抜け駆けは許さない、わ」
「ったく、抜け駆けなんざしないよ」
フランは呆れたように溜息を吐いた。
ホットパンツ姿のグリンダはそそくさとベッドに潜り込んだ。
「グリンダ、自分の部屋で寝な」
「嫌、よ」
チッ、とフランは舌打ちする。
こうなったグリンダが梃子でも動かないと理解しているからだ。
優がベッドに潜り込むと、グリンダが身を寄せてきた。
「今日は絶対にさせないよ」
フランは吐き捨てるように言ってベッドに潜り込んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、優がベッドで目を覚ますと、フランはすでに目を覚ました。
俯せになり、肘で体を支えている。
肩は剥き出し、なだらかな曲線を描く胸もまた剥き出しだ。
要するに真っ裸なのである。
それはグリンダも同じだ。
彼女もまた全裸で、優に寄り添うようにして眠っている。
「……どうして、やっちまったのかねぇ」
フランは苦悩するように両手で顔を覆った。
それはフランとグリンダが火と油の関係だからだ。
放っておけば勝手に燃え上がる。
もちろん、優は止めない。
自分の役割は水や消火器ではないのだ。
「それは貴方が挑発に乗りやすいから、よ」
「何だって?」
「おはよ、う」
グリンダはフランを無視して体を起こすと優の唇に自身のそれを重ねた。
昨夜の情熱的なキスとは違う、軽く触れるだけのキスだ。
「今日は朝からサカってないんだねぇ」
「仕事があるも、の」
フランが揶揄するように言ってもグリンダは相手にしない。
「探究心よりも仕事優先かい?」
「……そう、ね。今日は仕事優先、よ」
グリンダはちょっとだけ考えるような素振りを見せてから答えた。
「チッ、抜け駆けは許さないとか言ってたくせに」
「本心、よ」
「それで上手くやれるとかお笑い種だよ」
「……」
フランが挑発すると、グリンダは考え込むように押し黙った。
「……少し考えたのだけれ、ど」
「何を?」
「私は独占欲が強いみた、い」
「んなこた分かってるんだよ!」
フランは体を起こし、グリンダを睨んだ。
「上手くやっていく自信がなくなった、わ」
「だから、あたしは最初から……」
フランは再び顔を覆った。
「けれど、努力はすべきだと思う、の」
「どんな努力だい?」
「そう、ね。当番制はどうかし、ら?」
「え!?」
「どうして、ユウが反応するんだい?」
思わず声を上げると、フランに突っ込まれた。
「僕も当事者ですよ?」
「発言を認める、わ」
「当番制は止めて下さい」
「どうし、て?」
「3人で一緒にできるのは若い内だけだと思うんです」
「……アンタってヤツは」
フランは呆れ果てたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「ユウは3人でしたいだけだろ?」
「もちろん、それもありますが、1人だと負担が大きくないですか?」
「そこはユウが我慢すりゃいいだろ?」
「無理です」
「無理!?」
フランがギョッとした顔でこちらを見た。
「何と言うか、始めると本能が暴走しちゃう感じなんですよね。適度に回数をこなしている時はともかく、間が空いちゃうと自信がないです」
「どんだけ性欲を持て余してるんだい」
「性欲なのかし、ら?」
グリンダが意味深な態度で呟く。
「性欲じゃなきゃ何なんだい?」
「私達に加護を与えていることが原因なんじゃないかし、ら?」
「質問に質問で返すんじゃないよ、苛々するね」
「仕方がない、わ。まだまだ分からないことだらけだも、の」
体力値と魔力値のせいかと言われれば違うような気がする。
小鳥遊優の根源的な部分に由来しているような気がするのだ。
いや、体力値と魔力値もそちらの影響を強く受けているのではないだろうか。
「そちらはおいおい確かめる、わ」
「原因が分かるまで3人で、か」
フランはまたしても溜息を吐いた。
こんなに溜息ばかり吐かせていて申し訳ないないな~と思う。
「貴方にとってはよかったんじゃないかし、ら?」
「は?」
「貴方は根が真面目過ぎて、人間的にダメなの、よ」
うぐっ、とフランは呻いた。
まさか、その道馬鹿のグリンダに言われると思わなかったのだろう。
「……前は放っておこうと思っていたのだけれ、ど」
グリンダは言葉を句切り、チラリと優を見た。
「貴方が身を持ち崩したらユウが悲しむ、わ」
「あたしはユウのおまけかい」
「……」
フランがぼやくと、グリンダは考え込むように押し黙った。
「私も悲しい、わ」
「……」
今度はフランが押し黙る番だった。
「貴方は放っておくとダメな方に、ダメな方に転がっていくから目が離せない、わ」
「そりゃ、どうも。アンタだって似たようなもんだろ」
「私は柔軟な対応ができる、わ。魔道士としての自分も、女としての自分も受け入れているも、の」
「自分を受け入れる、か」
フランは神妙な面持ちで頷きかけ――。
「貴方はもう少し積極的に快楽を追求してもいいと思うの、よ」
「ビィーーーーーーチッ!」
グリンダの言葉を聞いて叫んだ。
「快楽を追求しろとか、どれだけビッチなんだい!?」
「ビッチじゃない、わ」
グリンダは不満そうに唇を尖らせた。
「快楽でなければ幸せと言い換えてもいい、わ。フランはもう少し積極的に幸せを追求してもいいと思うの、よ」
「アンタは幸せなのかい?」
「幸せ、よ」
グリンダは当たり前のように言った。
「自由に使えるお金が増えたし、自分の店も持てた、わ。ユウを独り占めできないのは不満だけれど、ユウは私のことを理解して求めてくれ、る。これを幸せと呼ばずに何を幸せと呼ぶのかし、ら?」
「……」
フランは押し黙った。
「グリンダさんに幸せだと言ってもらえて嬉しいです」
「ユウは幸せかし、ら?」
「幸せですよ」
優は即答した。
もちろん、家族と異世界に召喚されて離ればなれになってしまったことは不幸な出来事だったが、完璧な幸せなど求めても仕方がない。
人生に横たわる全ての理不尽を跨いで通ることなど不可能なのだ。
「社会的に成功して、美人なお嫁さんが2人もいる。その上、グリンダさんは僕と一緒にいて幸せと言ってくれてるんです」
「ユウは自分のことのように他人の幸せを喜べるの、ね」
「他人じゃないですよ」
グリンダは嫁――要するに身内だ。
その身内が自分と一緒にいて幸せと言ってくれるのだ。
それは幸せと呼ぶべきものではないか。
「そう、ね。私はユウのお嫁さんだもの、ね」
「そうですよ」
グリンダがクスクスと笑う。
「フランさんが幸せって言ってくれるようになると嬉しいです」
「まあ、善処するよ」
フランは仏頂面で呟いた。