Quest26:擬神を討伐せよ その6
文字数 3,853文字
翌日、優は村長宅のベッドで目を覚ました。
無茶しすぎたせいだろう。
体が痛いし、頭痛がする。
隣のベッドでフランが、さらにその隣のベッドでグリンダが寝ていた。
死にそうな目にあったからか、その姿が愛おしくて堪らない。
ここが自分の家ならばすぐにでも愛を確認し合うのだが、ここは村長の家なのでそうもいかない。
ぶっちゃけ、命が惜しいのだ。
「……ふぅ」
溜息を吐きながら認識票を手に取り、天井に翳す。
タカナシ ユウ
Lv:12 体力:** 筋力:5 敏捷:9 魔力:**
魔法:仮想詠唱、魔弾、炎弾、氷弾、泥沼、水生成、地図作成、反響定位、敵探知、
魔力探知
スキル:ヒモ、意思疎通【人間種限定】、言語理解【神代文字、共通語】、
毒無効、麻痺無効、眩耀無効、混乱無効、腐食無効、神威無効
称号 :ゴブリン・キラー
「……一気にレベルアップか」
7もレベルアップしたのに筋力値は5――ようやく半人前という状態だ。
敏捷値がもう一歩で人並みになれそうなことが嬉しいと言えば嬉しい。
起きます、と呟いてベッドから下りる。
服に着替え、2人を起こさないようにそっと部屋から出る。
「よう、遅かったな」
「エドワードさん」
1階のリビングにはエドワードがいた。
見回してみるが、ベン、アルビダ、シャーロッテの姿はない。
ついでに言うと、村長の姿もない。
「まあ、座れよ」
「……そんな家主みたいな台詞を」
突っ込みながら対面の席に座る。
「1人なんですか?」
「邪魔だから家で休んでろって言われちまってな」
エドワードは困っているかのように眉根を寄せた。
「昨夜はありがとうございます」
「俺達が到着した頃には殆ど決着は付いてたんだ。礼には及ばねーよ」
「いえ、事後処理とか」
あ、と声を上げる。
エドワードが事後処理の役に立たないと言われて、ここにいることをすっかり忘れていた。
「あの、村の被害は?」
「ゴブリンの死体を片付けるのに手間が掛かるって言ってたくらいだな。あと……泥沼と土壁はそのままにするとか言ってたぜ」
「そう、ですか」
「ユウ、村の被害は気にするな」
エドワードは慰めるように言った。
「1000匹のゴブリン、擬神……死人が2人で済んだのは奇跡みたいなもんだ。それでも気になるってんなら辺境の勇者エドワードが保証してやる。お前は2人を死なせたんじゃない。大勢を救ったんだ、ってな」
「そう言ってもらえると気が楽になります」
優はホッと息を吐いた。
ウィリアムもそうだが、エドワードの言葉にも力がある。
特別な人間の言葉には言霊のようなものが宿るのかも知れない。
「で、お前達はこれからどうするんだ?」
「帰って寝たいです」
理性は仕事を全うすべきだと訴えていたが、脳裏を過ぎるのは自分の部屋にあるキングサイズのベッドだった。
本音がポロッと出てしまうあたり、かなり疲れているのかも知れない。
「……だってよ」
エドワードは背もたれに寄り掛かって言う。
慌てて振り返ると、そこにはウィリアムと村長が立っていた。
「俺としては早く帰らせても問題ねーと思うんだが?」
「私も同意見だよ」
そう言って、ウィリアムは空いている席に着いた。
村長はその対面の席に座る。
あんなことがあったばかりなのに元気そうだ。
「たった今、ヘカティアから増援部隊が到着してね。防衛戦に参加した冒険者には増援部隊が乗ってきた馬車で帰ってもらうつもりなんだ」
「先に帰っても大丈夫ですか?」
「他の冒険者には私が荷物を届けるように依頼したと説明しておくから大丈夫さ」
「……ど、どうも」
優は恥ずかしさのあまり俯いた。
どうやら、ウィリアムは同業者の評判を気にしていることを見抜いていたようだ。
「村長もそれでいいか?」
「ああ、構わない。ユウ君はそれだけの働きをしてくれた」
ぶっきらぼうな口調だったが、微笑んでいるかのような表情を浮かべている。
「……あの、シスは?」
「シスのことなら心配しなくてもいい。きちんと面倒を見る。被害らしい被害は出ていないから大してできることはないと思うが……」
村長の言葉を聞いて胸を撫で下ろす。
「4人で何を話しているのかし、ら?」
グリンダが欠伸を噛み殺しつつ階段を下りてきた。
「お前達は先に帰ってもいいぜ、って話をしてたんだよ」
「ありがたい、わ」
頭痛がするのか、グリンダは半眼でこめかみを押さえながら言った。
階段を下りた所で立ち止まり、上を見上げる。
フランが壁に手を付きながら下りてきた。
「よう、調子はどうだ?」
「あちこち痛くて堪らないよ」
エドワードが陽気に声を掛けると、フランは顔を顰めた。
どうやら、魔剣を使った副作用のようなものが出ているようだ。
優はその現場を目撃していないが、労を労うべきだと思う。
「で、4人で何を話してるんだい?」
「もう聞いた、わ」
「あたしは聞いてないん――痛ッ!」
フランは声を荒らげ、それが傷に響いたのか、ビクッと体を竦ませた。
「まるでお婆ちゃん、ね」
「誰がババアだ」
今度はやや抑え気味に言う。
怒鳴られなくて済んだからか、グリンダは少しだけ嬉しそうだ。
「私達は先に帰ってもいいそう、よ」
「事後処理はどうするんだい?」
「その調子じゃ役に立たねーだろ?」
「そりゃ、まあ」
フランはエドワードに指摘されて口籠もった。
「ヘカティアから増援も来たし、事後処理はそいつらの仕事だ。昨夜、戦った連中もすぐに送り返すから心配するなよ」
「……だけど、ここは」
「……フラン」
フランが反論しようとしたその時、村長が口を開いた。
「お前は十分に働いてくれた。あとは俺達だけで十分だ」
「……分かったよ。最後に、シスに会ってもいいかい?」
ああ、と村長は頷いた。
「私は荷物を纏めてくる、わ」
フランは村の外に、グリンダは2階に向かった。
「じゃあ、私達も行くか」
「俺も行くぜ」
ウィリアムが立ち上がると、村長とエドワードもそれに倣う。
もしかしたら、邪魔だからじっとしてるように言われたというのは方便だったのかも知れない。
「じゃあな。ヘカティアで会おうぜ」
エドワードはニッと笑ってウィリアム達と外に出て行った。
優はリビングに1人取り残され、静かに目を閉じた。
遠くから人々の声が聞こえてくる。
あんなことがあったばかりなのにその声には悲愴感があまり感じられない。
ふと意識が遠ざかり、肩を叩かれて意識を取り戻す。
隣を見ると、そこにはいつもの装備に身を固めたフランの姿があった。
「ユウ、帰るよ」
「挨拶は済んだんですか?」
「事後処理があるってんで簡単にね」
フランが笑い、トントンという音が響く。
階段を見ると、グリンダが壊れた杖を持って下りてくる所だった。
グリンダは優の隣に立ち、欠伸をした。
「眠い、わ」
「帰ったら昼寝をしな」
ええ、とグリンダは目を擦りながら答えた。
「ユウ、地図を」
「術式選択、地図作成」
「術式選択、転移、座標指て、い……」
グリンダが呟くと、表示されたばかりの地図が切り替わった。
ふと目眩を覚えて目を閉じ――。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ドンという衝撃を受けて目を開けると、そこは慣れ親しんだ自分の部屋だった。
正確には自分の部屋の床だ。
尻餅をついたまま見上げると、フランとグリンダはベッドの上に立っていた。
2人はベッドの上にいることに気付くと慌てて床に下り、ブーツを脱いだ。
「ユウ、立たないのかい?」
「偶には床に座るのも悪くないと思います」
フランは胡散臭そうな視線を向けてきたが、立ち上がると装備を外した。
グリンダは座ったままコルセット――正確にはコルセット状の革鎧だが――の紐を緩めた。
しばらくして扉が静かに開いた。
「……何だ。帰ってきてたの」
スカーレットが胸を撫で下ろしながら入ってきた。
泥棒だと思ったのか、手に以前フランが使っていた槍を持っている。
「ゴブリンの大群が出たって聞いたけど……」
「そっちは何とかなったよ。正直、しばらくはダラダラして過ごしたいね」
「ふ~ん、大変だったのね」
フランは溜息交じりに言ったが、スカーレットは興味なさそうだった。
「じゃ、あたしは店番を続けるわね」
「そうしとくれ。あたしらは適当に過ごすよ」
パタンと扉が閉じる。
「地図作成解除」
優が呟くと、地図が消えた。
「……フランさん」
「何だい?」
立ち上がって歩み寄ると、フランは何処となくうんざりしたような口調で言った。
視線はやや下がり気味だ。
「……フランさん」
「あ、あたしは疲れてるんだよ」
優がさらに歩み寄ると、フランは視線を逸らしながらベッドに倒れた。
スカートの中に手を入れてショーツを下ろすが、されるがままである。
「フランさん?」
「まあ、いいか」
フランは小さく溜息を吐いた。
「……2人とも」
優は口を閉ざした。
今やるべきことは無駄口を叩くことではない。
愛を確認することである。