Quest22:水薬を作成せよ【前編】
文字数 3,783文字
◆◇◆◇◆◇◆◇
ドワーフ達が機材を倉庫に運んでいく。
一様に背が低く、髪も、髭も伸び放題だ。
誰が誰なのか見分けが付かない。
優がそんなことを考えながら廊下の壁に寄り掛かっていると、フランが近づいてきた。
「ユウ、ボサッとしてないで手伝いなよ」
「……邪魔だからと断られました」
最初は手伝おうとしたのだが、機材はまだしも金属製の実験台や薬品棚は優の筋力値ではどうにもならなかった。
「グリンダの手伝いをしたらどうだい?」
「それも断られました。グリンダさんは自分で整理したいそうです」
フランは倉庫を覗き込んだ。
倉庫には実験台と薬品棚、収納棚が置かれ、実験室っぽくなっている。
グリンダは何処となく興奮した面持ちで収納棚に実験器具を並べている。
両手でビーカーを持つ姿を見ていると機材を買ってよかったと思う。
そんなことを考えていると、ドワーフがクリップボードを持って近づいてきた。
「おい、兄ちゃん。頼まれていた物は運び込んだぜ」
「あ、どうも」
クリップボードを受け取る。
そこには機材の名前と個数が書かれている。
どうやら、受領書のようだ。
サインを書こうとしたら、フランに叩かれた。
「ユウ、確認もせずにサインをするんじゃないよ。グリンダ! 受領書の内容を確認しな!」
「手が離せない、の」
「自分の物くらいキチッと管理しな! 捨てちまうよ!」
「分かった、わ」
フランが怒鳴ると、グリンダは渋々という風情でこちらに近づいてきた。
「内容を確認して下さい」
「……え、え」
クリップボードを渡すと、グリンダはすぐに返してきた。
本当に読んでいるのか疑わしいが、彼女が問題ないと判断するのであればそれでいい。
「大丈夫、よ。これだけ機材があれば魔道士ギルドにいた時と同じことができる、わ」
優は受領書にサインをしてドワーフに渡した。
「ホントにちゃんと確認したのか? あとで文句を言っても取り合わねーぞ?」
「文句を言わせるつもりはないので、安心して下さい」
「分かった。今後とも贔屓にしてくれ」
ドワーフはクリップボードから受領書を取って優に渡した。
「複写式って、変な所で現代的なんだな」
「こっちの方がトラブルが少ないんだよ」
そう言って、ドワーフは店舗を通って外に出た。
カランコロンという音が響く。
フランが購入し、扉に付けた鈴の音だ。
何だかんだと言って、フランも新生活を楽しんでいるようだ。
「な~に、ニヤニヤ笑ってるんだい。気持ちが悪いね」
「……酷い」
あんまりな台詞だ。
何と言い返すべきか考えていると、カランコロンという音が再び響いた。
「お客様かな? は~い、今行きます」
店舗に行くと、風呂敷を持ったスカーレットが立っていた。
「バーミリオンさんと喧嘩でもしたの?」
「違うわよ!」
優が尋ねると、スカーレットは怒鳴り返してきた。
「……アンタが取りにこないから持ってきてあげたのよ」
スカーレットは不機嫌そうに言って、カウンターに風呂敷を置いた。
「グリンダさ~ん! 装備が届きましたよ!」
優は声を張り上げたが、返事はなかった。
しばらくするとバタバタという音が響き、フランがグリンダを引き摺ってやってきた。
「アンタの装備だろ! ちゃんと受け取りな!」
「酷い、わ」
「酷くない!」
グリンダはフランに突き飛ばされ、カウンターに倒れ込んだ。
「これでいい、わ」
「せめて、試着してよね」
スカーレットはムッとしたように言った。
「試着してきな」
「フランはうるさい、わ」
「小言を言われたくなけりゃ、キチッとしな、キチッと」
フランが怒鳴ると、グリンダは風呂敷を抱いて倉庫に向かった。
どうして、自分の部屋があるのに倉庫に向かうのだろう。
「な~んか、お母さんって感じね」
「僕もそう思います」
「誰がお母さんだい、誰が! ったく、アンタらがシャンとしないから小言を言う羽目になってるんだろ!」
フランは顔を真っ赤にして怒鳴ると腕を組んで壁に寄り掛かった。
「いえ、僕はフランさんの家庭的な所も好きですよ? むしろ、『どうせ、あたしにゃ似合わないよ』って否定的な所がポイントが高いって言うか」
「な、な、何を言ってるんだい!」
フランは耳まで真っ赤して怒鳴った。
照れているのは分かるが、興奮しすぎて血管が切れないか心配だ。
「貴方達って、そういう関係なの?」
「ええ、まあ」
「それなのに別の女と同居するなんて……」
スカーレットは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「大丈夫です。2人とも幸せにします」
「サラッとクソみたいな台詞を吐くわね」
虫でも見るような視線を向けてきた。
「制度上は問題ないはずです」
「いるのよね、未亡人を救済するための制度を悪用するヤツって」
「嫌なことでもあったんですか?」
「何もないわよ!」
スカーレットは鬼のような形相で睨み付けてきた。
多分、結婚して初めて2号さんだったことが判明したみたいな感じに違いない。
自分でもダメな誠実さだと思うが、ダメならダメなりに誠実であるべきだと思う。
そんなことを考えていると、扉の開く音が聞こえた。
「注文通り」
「何処がよ」
優が呟くと、スカーレットは吐き捨てるように言った。
注文通り、服のシルエットはチャイナドレスに近い。
脚は太股まである革のブーツ、腕は二の腕まである革の手袋で覆われている。
そして、胸は実に窮屈そうだ。
コルセット状の革鎧はジャストフィットしているが、内側のチャイナ風ドレスが胸を圧迫しているのだ。
「胸が少し苦しい、わ」
「僕的にはこれでいいような気がします」
グリンダは苦しそうに胸を押さえる。
「胸の形が崩れるわよ?」
「早急に仕立て直して下さい」
「清々しいくらい手の平を返しやがるわね」
スカーレットはグリンダに歩み寄り、舐めるような視線を向ける。
「それにしても不思議ね。どうして、採寸したばかりなのに胸のサイズが合わないのかしら?」
「揉まれたから、よ」
「胸を揉まれたくらいで大きくなる訳ないでしょ」
スカーレットは冷静と評するには些か険のある口調で突っ込んだ。
「魔法的な儀式のようなものなの、よ」
「聞いてないわよ!」
ここで仕立て直すつもりか、スカーレットはグリンダの手を引いて歩き出した。
もちろん、優も後に続く。
「どうして、アンタが付いてくるのよ!」
「アウチッ!」
優は尻餅をついた。
スカーレットに蹴られたのだ。
体重が軽いので、大して痛くない。
これくらいなら蹴られても大丈夫だ。
「すみません。今度は靴を脱いで蹴ってもらえませんか?」
「な、何を言ってるのよ! この変態!」
スカーレットはもう一度蹴りを入れると、グリンダと共に倉庫に入ってしまった。
ガシャンという音が重々しく響く。
「……ユウ」
「フランさんの気持ちは嬉しいんですけど、蹴らないで下さい。骨が折れます」
「誰が代わりに蹴ってやるって言ったんだい!」
フランはダンッと床を踏み締めた。
「ったく、そういうことをするんじゃないよ。か、仮にもあたしの恋人なら、もうちょい格好よくしとくれよ」
「旦那様です」
「まだ、結婚してないだろ!」
「事実婚と言うか、内縁的な?」
内縁とは、事実上は夫婦関係にありながら婚姻手続きをしていない男女の関係のことである。
「まあ、でも、ちょっと安心します」
「何がだい?」
優は質問に答えず、フランの隣に立った。
「フランさんが恋人っぽいことをしたがってることが分かって」
そっと手を握ると、フランは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
1時間後――スカーレットとグリンダが倉庫から出てきた。
当たり前だが、グリンダはキャミソールとホットパンツに着替えている。
「じゃ、私は帰るわよ」
「お疲れ様でした」
優が頭を下げると、スカーレットは舌打ちせんばかりの表情を浮かべて店の扉から出て行った。
「邪魔だったかし、ら?」
「な、何がだい?」
「顔が赤いか、ら」
フランが上擦った声で問い返すと、グリンダはいつもと変わらぬ口調で答えた。
「邪魔だったら倉庫に籠もっているけれ、ど」
「余計な気遣いは無用だよ」
「それはよかった、わ」
「何でだい?」
フランは不思議そうに首を傾げた。
「森に水薬の材料を取りに行きたい、の」
「どの辺にあるんだい?」
「川の畔に自生している、わ」
ふむ、とフランは思案するように腕を組んだ。
「水薬の材料は別としても、アンタがどれくらい使えるようになったか確かめておきたいねぇ」
「そう、ね」
フランが呟くと、グリンダは頷いた。
結果を言うだけでもいいような気がするが、呟くことで自分の考えを明らかにしているのだろう。
「じゃあ、すぐに出発しましょう」
「ああ、着替えたらすぐに出るよ」
「分かった、わ」
この意思決定の早さは見事だと思う。