Quest21:魔道士をチームに加えよ その1
文字数 8,257文字
「わぁぁぁ……」
優は部屋の扉を開け、思わず声を漏らした。
部屋は8畳ほどの広さで、ベッド、机、イス、低いタンスが置かれている。
荷物の入ったリュックを机に置き、ベッドに腰を下ろす。
真っ白なシーツに、柔らかな羽毛布団。
家具も、布団も飾り気はないが、一目で品質の良さが分かる。
これなら何年も使えるだろう。
「カーテンもいい感じ」
窓を見ると、黄緑色のカーテンが下がっていた。
「フランさんはどうしてるかな?」
善人さに付け込む形で同棲を了承させたが、あまり乗り気ではなさそうだった。
「……確認してみるか」
立ち上がり、廊下に出る。
廊下は店舗まで延びていて、これを挟むように部屋、リビング、ダイニングキッチン、お風呂、トイレ、倉庫が並んでいる。
ちなみに優の部屋は廊下の突き当たり、フランの部屋はその対面だ。
「フランさん、どうですか?」
扉をノックしたが、返事がない。
どうするべきか悩んでいると、フランが顔を覗かせた。
「どうしたんだい?」
「お部屋拝見の時間です」
フランは嫌そうに顔を顰めた。
「どうして、そんなことをしなきゃならないんだい?」
「妹以外の女性の部屋に入ったことがないからです」
「まあ、いいけど」
仕方がねぇな、と言わんばかりの口調だ。
扉がゆっくりと開き、優は深呼吸しながら部屋に入った。
「……おお~」
思わず声を漏らす。
部屋の広さは同じく8畳、家具も同じだが、カーテンと布団は全く違う。
カーテンはピンクのフリルだった。
布団もピンクのフリルだ。
タンスの上には可愛らしい人形が飾られている。
「どうだい?」
フランはドヤ顔で言った。
「正直な感想を言っていいんだよ」
「……少女趣味ですね」
意味が分からなかったのか、キョトンとした顔をしている。
しばらくしてから、羞恥にか、真っ赤になった。
「だ、誰が少女趣味だい!」
「フランさんです。ピンクのフリフリは十人中十人が少女趣味ということでしょう。だけど、安心しました」
「安心?」
フランは不思議そうに首を傾げた。
「実はフランさんが同棲に乗り気じゃないんじゃないかって心配だったんです」
「……同棲」
吐き気を必死に答えているような口調だった。
「ど、同居だろ?」
「いえ、同棲ですよ」
「どうして、真顔なんだい?」
フランは右手で顔半分を覆った。
「信用や保証人の壁を乗り越え、ようやく愛の巣を手に入れられた訳です」
「あたしの質問に答えな!」
「くふ、防音もしっかりしているそうですから大きな声を出しても大丈夫です。ああ、でも、声を漏らすまいと必死に耐える姿も好きですよ」
「そのために家を借りたのかい!」
フランは悲鳴じみた声を上げた。
「寄る辺が欲しかったんですよ。と言う訳で、家の中を探検しましょう!」
「ちょ、手を放しな!」
優はフランの手を取り、廊下に出ると隣の部屋の扉を開けた。
「おおっ、空き部屋にも家具が!」
2部屋分でよかったのだが、空き部屋にも家具が置かれていた。
「こっちの部屋は? おおっ、こっちにも!」
対面の扉を開けると、やはり、家具が置かれていた。
「リビング! ダイニングキッチン!」
ソファーとガラステーブルの置かれたリビング、テーブル、イス、食器棚の置かれたダイニングキッチンを一瞥してさらに進む。
「そして、お、おふ、お風呂です」
「なに、ドモってるんだい!」
フランは手を振り解いた。
「では、秘密の花園に」
「ユウも入るだろ」
扉を開けると、そこは洗面所だった。
洗濯機は古いドラマや映画で見るような二槽式だった。
と言っても、新品同然に見えるので、こちらではこれがスタンダードなのだろう。
洗剤や金属製のハンガーまである。
洗面所の奥は浴室だ。
浴室はタイル張り、白く光沢のあるバスタブが置かれている。
「シャワーがありますよ。もちろん、蛇口も」
「蛇口くらい何処にでもあるだろ」
フランはそんなことを言いながら蛇口を捻った。
透明な水が出る。何を思ったのか、
両手で掬い、クンクンと臭いを嗅ぎ、口に含んで吐き出す。
「問題ないみたいだね」
「分かるんですか?」
「腐っているか、いないかの判断くらいできるさ。まあ、ユウが魔法を使えるから腐ってても問題ないけどね」
フランは軽く肩を竦め、蛇口を閉めた。
「……お風呂か」
優はピンクな妄想をしてニヘラと笑った。
何かを感じ取ったのか、フランは自分の体を抱き締めながら後退りした。
「お風呂で愛し合うのもありですよね?」
「……ユウ、年頃なんだから気持ちは分かるけどね。アンタはあたしのことを、その、好き、なんだろ?」
フランは照れ臭そうに言った。
「だったら、もう少しあたしのことを考えとくれよ」
「分かりました。フランさんが嫌がることは極力しません」
「極力じゃなくて、絶対にするんじゃないよ!」
「え~」
抗議の声を上げると、フランは優の両肩に手を置いた。
「ああいう形で初めてを迎えたから誤解しているかもしれないけど、あたしだって優しくして欲しいんだよ、分かるね?」
「それは分かりますけどぉ」
「はぁ、どんなことをして欲しかったんだい?」
「えっと、ですね」
フランの耳元で囁いた次の瞬間、尻餅をついた。
突き飛ばされたのだ。
「あ、あ、アンタ、な、何を考えてるんだい!」
フランは耳を押さえ、顔を真っ赤にしている。
「僕が読んでいた本では普通なんですけど?」
「アンタは異常者かい!」
ちぇ、と舌打ちして立ち上がる。
「ったく、あたしのことが本当に好きなのかい?」
「僕なりに好きですよ?」
優は自分の胸に手を当てる。
「フランさんのことを考えると、逃がさないぞって気持ちが湧き上がってきます」
「逃がさないぞって何だい、逃がさないぞって!」
「逃がさないぞは逃がさないぞです。もう僕はフランさんのものなので、逃げられても追い掛けます」
「怖ッ!」
フランは自分を抱き締め、手の平で二の腕を擦った。
「幸い、何処に逃げられても分かりますし。チーム登録して正解でした」
「ああ、あたしは何てものに同意しちまったんだい」
頭を抱えているが、もう遅い。
「術式選択! 水生成×100!」
水柱がドーンと立ち、バスタブが水で満たされる。
「何をしてるんだい!」
「いえ、お風呂の準備をしておこうかと思いまして。お湯はどうやって温めればいいんでしょう?」
フランは浴室から出て、親指で壁を指差した。
身を乗り出してみてみると、壁に星座早見盤のようなものが取り付けられていた。
スイッチはなく、中央につまみがある。
「どうやって、使うんですか?」
「こいつを捻って、手前に引くだけだよ。詳しい理屈は分からないけどね。こうすると外にある湯沸かしが起動して蛇口から湯が出てくるって寸法さ」
「蛇口の栓が二つあれば便利なのに」
「城砦都市の建物は年季が入ってるからねぇ。改良するにも限度があるんだろ」
「……なるほど」
「けど、すぐには使えないよ」
「どうしてですか?」
「そりゃ、魔晶炉が空っぽだからさ」
「魔晶炉?」
優は首を傾げた。
「ああ、魔晶石を魔力に還元するための炉でしたね。それは何処にあるんですか?」
「こっちだよ」
フランに先導され、店舗の裏に案内される。
そこには青黒い箱が設置されていた。
魔晶石と思しきマークがペイントされている。
「こいつが魔晶炉さ」
そう言って、フランは蓋を開けた。
中には青銀色の魔法陣が描かれ、導線のような物が伸びている。
「魔方陣はミスリル、箱と導線はミスリル合金で作られてるんだよ。この箱に魔晶石をぶち込んで蓋をすれば部屋にあるコンセントや照明に魔力が供給されるって寸法さ」
「燃料用に1本くらい取っとけばよかったですね」
「あん時は必要になるなんて考えもしなかったからねぇ」
「燃費はどうなんでしょう?」
「う~ん、魔晶石1本で半年くらいじゃないかね?」
心許ない回答だ。
「……あたしは農村出身だから燃費なんて分からないんだよ」
非難するつもりはないのだが、フランは面白くなさそうにそっぽを向いて言った。
その時、カタンという小さな音が聞こえた。
「誰か来たのかな?」
優が店舗の出入口を見ると、とんがり帽子が見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
初めての客はグリンダだった。
優はグリンダをダイニングキッチンに案内し、席に座ってもらった。
収納スペースはあるが、お茶の類はない。
冷蔵庫はあるが、魔力供給がされていない今は単なる箱だ。
「術式選択、水生成、氷弾×1/10」
優は魔法で作った氷水をカップに注いだ。
「水です」
「ありがと、う。これは引っ越し祝い、よ」
カップを差し出すと、グリンダは2冊の本をテーブルの上に置いた。
「魔法とモンスターについて書かれた本、よ」
「ありがとうございます。大切にしますね」
優はグリンダの対面に、フランは壁に寄り掛かった。
「グリンダさん、何処かに出掛けるんですか?」
「出掛けない、わ」
「いや、でも、荷物が」
グリンダの隣にはキャリーバッグがある。
何処かに出掛ける用事がなければキャリーバッグなんて必要ないと思うのだが。
「魔道士ギルドを追い出されたの、よ」
「何かあったんですか?」
「長い間、論文を出せなかったか、ら」
「……」
論文を出せなかったのなら自己責任としか言いようがないが、優にはグリンダが怠けるような人物に見えない。
「でも、それは口実に過ぎない、わ。私の所属していた派閥が抗争に負けた、の。魔道士ギルドの支部長になったのはそれが理ゆ、う」
「追い出すつもりだったけど、理由がなかったから保留されていたってことですか?」
「そういうこと、ね」
グリンダは一口だけ氷水を飲んだ。
「つまり、行く所がなくて転がり込んできたって訳かい?」
「そういうことになる、わ」
「どうして、あたしらが助けなきゃならないんだい?」
家主は僕なんだけど、と優はそんなことを考えながら成り行きを見守る。
「私は冒険者ギルドに登録している、わ」
グリンダは胸の谷間から認識票を取り出して優に見せた。
グリンダ
Lv:20 体力:6 筋力:6 敏捷:6 魔力:35
魔法:魔弾、炎弾、氷弾、風弾、岩弾、睡眠、毒霧、麻痺、混乱、転移、
幻影、付与魔法、儀式魔法
スキル:鑑定、魔道具作成、言語理解【神代文字、古代文字】
「……レベル20」
「レベル20だって?」
優が呟くと、フランは認識票を覗き込んだ。
「しかも、転移持ちですよ、転移持ち!」
「どうやって、レベルを上げたんだい?」
「昔はフィールドワークに行くことが多かったか、ら。勝手に上がった、の」
一体、どんなフィールドワークをすればレベル20になるのだろう。
「で、他に何ができるんだい?」
「マジックアイテムを作れる、わ。ギルドで売っていたマジックアイテムは私が作っていた物だも、の」
支部長を務めながらマジックアイテムの製造、販売を行い、さらに魔道書の翻訳までこなしていたのだ。
これでは論文を書く時間を確保できないのではないだろうか。
「つまり、家に住まわせてやれば戦力増強ができて、魔道士ギルドで売っていたマジックアイテムが手に入るってことだね?」
「そう、よ」
「悪くない取引だね」
フランは思案するように腕を組んだ。
「一つ聞きたいんですけど、マジックアイテムって勝手に作って良いんですか?」
支部があるのだから、魔道士ギルドは力のある組織なのだろう。
そんな組織が権益を損ねる人間を放置するだろうか。
「問題ない、わ。販売には領主の許可がいるけれ、ど」
「……なるほど」
領主は魔道士ギルドにマジックアイテムの専売を許すつもりはないということか。
そんなことをしたら自分の権力基盤が危うくなるので、当然と言えば当然だ。
「1つだけ問題がある、わ」
「どんな問題だい?」
「マジックアイテムを作るには機材が必要な、の」
嫌な予感でもしたのか、フランは顔を顰めた。
「機材を揃えるにはお金が掛かる、わ」
「住むだけじゃなく、金まで要求するのかい」
「そういうことになる、わ」
「念のために聞くけど、金はあるのかい?」
「ない、わ」
フランは小さく溜息を吐いた。
まあ、金があるのなら優を頼ったりせず、自分の店を開くために動き出しているだろう。
「これっぽっちもないのかい?」
「これっぽっちもない、わ」
どうするんだい? とフランは目配せをしてきた。
最終的な判断を委ねるということは家主として認めてくれているのだろう。
「ところで、機材を揃えるのには幾ら必要なんですか?
「最低でも1万ルラは必要になる、わ」
「転がり込んできて1万ルラも出せってのかい?」
「出してくれとは言わない、わ。チームに入れてくれればその取り分で揃えるか、ら」
「チームに入れろって、装備はどうするんだい?」
「今の装備で十分、よ」
「馬鹿なことを言ってるんじゃないよ! そんな装備じゃ一角兎にだって殺されちまうよ!」
フランは声を荒らげた。
グリンダが着ているのは胸の大きく開いたワンピースととんがり帽子、武器は先端部分の捻れた木の杖だ。
「あと1つだけできることがあった、わ」
「何ですか?」
「私を好きにしていい、わ」
「マジですか!」
ヒャッハー! と優は諸手を挙げ、立ち上がった。
「何でもしていいんですか? 縛ったり、道具を使うのもかま――ぶべら!」
優はもんどり打って床に倒れた。
フランに蹴られたのだ。
おかしい。
フレンドリーファイアが解禁されている。
「ケダモノかい!」
「い、いえ、これが思春期の少年の正常な反応ではないかと」
脇腹を押さえながら体を起こす。
「あたしのことを好きだって言ったばかりなのに正直過ぎるだろ!」
「同棲するまで散々、ゴネたくせに何たるダブルスタンダード」
「うっさいね! 女にゃ色々あるんだよ!」
その理屈で言ったら、男にだって色々あると思うのだが――いや、言うまい。
感情的になっている女性に理を説いても通じないのだ。
優は脇腹を押さえつつ、イスに座り直した。
「どうかし、ら?」
「大歓げ――ッ!」
「ユウ、あたしは感情で殺人を犯す人間だと思う」
フランに頭を掴まれ、言葉を呑み込んだ。
「慎重に答えな」
「わ、分かりました」
優が頷くと、フランは手を放した。
「体を好きにしていい件は別としても、別としても……グリンダさんをチームに加えるべきだと思います」
「理由は?」
「チームの火力を上げておいて、損はないと思います。まあ、本音を言えば盾役と回復役が欲しいんですが」
欲しい時に人材を確保できるのなら世話はない。
それができないのだから人材を確保できる時に確保しておくべきだ。
「それに転移とマジックアイテムは手放すには惜しいです」
「まあ、道理だね」
機材を揃えるのに1万ルラ、装備の購入費を含めても2万ルラと言った所か。
それだけの出費で有能な魔道士を手に入れられるのなら安いものだ。
「あとは頼ってくれた人を放り出すのもアレかなと」
「分かった。そこまで言うんならあたしに異論はないよ」
そう言って、フランは軽く肩を竦めた。
「お世話になる、わ」
「じゃあ、チーム登録を」
「その前に素の実力を確かめさせちゃくれないかね?」
「必要ですか?」
「確認は必要さ」
優が問い返すと、フランはシニカルな笑みを浮かべて言った。
必要ないような気もするのだが、彼女なりの考えがあってのことだろう。
「じゃあ、バーミリオンさんの所で装備を購入してから出発ですね。もちろん、お金は僕が出します」
「ありがと、う」
グリンダはペコリと頭を下げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
バーミリオンは不機嫌そうにカウンターに座っていた。
優、フラン、グリンダが入ると、ギヌロと視線を向けてきた。
「坊主、今日は何の用だ?」
「グリンダさんの装備を買いにきました。あとマジックアイテムを作るための機材も買いたいと思います」
バーミリオンは舌打ちをした。
「坊主、おめぇにはここが何屋に見えるんだ?」
「バーミリオンさんに用意できるんなら他の店に行く必要はないかなと思ったんです。用意できないならそれでいいですけど」
「俺を舐めてるのか?」
「用意できないんですか?」
バーミリオンは身を乗り出して凄んできたが、優が問い返すと、わざとらしく溜息を吐いてイスに座り直した。
「知り合いに実験器具を作っているヤツがいる」
「じゃあ、バーミリオンさんに注文すればいいですね」
「何処まで俺を扱き使う気なんだ。仕方がねぇから俺が窓口になって注文してやるが、割増し料金はもらうぞ」
「それでお願いします」
チッ、とバーミリオンは忌ま忌ましそうに舌打ちした。
一流の職人である彼が窓口になってくれるなら安心だ。
「で、どんな装備が欲しいんだ?」
「どんな装備がいいんでしょう?」
「そんな所まで俺任せかよ」
バーミリオンは吐き捨てるように言って、グリンダを見つめた。
舐め回すような視線であるが、その表情は真剣そのものだ。
「厚手の服と革鎧が必要だな。あとは新しい杖って所か。帽子は――」
「これはダメ、よ」
グリンダはとんがり帽子を押さえた。
「厚手の服と革鎧ですね。バーミリオンさん、紙とペンを」
「何様のつもりだよ」
バーミリオンは文句を言いつつも紙とペンをカウンターに置いた。
優はペンを手に取り、紙にイラスト――と言うには稚拙だが――を描く。
「こんな感じでどうですか?」
「……坊主」
紙の向きを変えて差し出すと、バーミリオンは顔を顰めた。
紙に描いたのはワンピースだ。
上はチューブトップ、下は際どいスリットの入ったロングだ。
チャイナドレス風チューブトップワンピースと言った所か。
「こんなので冒険をするつもりか?」
「じゃあ、太股まであるブーツと二の腕まである手袋もお願いします」
優は紙の向きを直し、ロングブーツとロンググローブを描き加える。
「革鎧は……こう、コルセットっぽい感じで」
「ま、まあ、ちゃんと使えるように仕上げるけどよ」
バーミリオンの口調は弱々しい。
「一体、何を描いたんだい?」
フランは背後からイラストを覗き込み、
「うげッ!」
「うげッて何ですか、うげッて!」
「グリンダ、こんなんでいいのかい?」
フランは紙を手に取り、グリンダに向けた。
「構わない、わ。お金がないも、の」
「アンタがそれでいいならいいけど」
自分が金を出すと言わない所がフランらしい。
「あとは武器だな」
「これがいい、わ」
そう言って、グリンダは棚に飾られている魔法銀と思しき金属で補強された杖を指差した。
金属部分には精緻な彫刻が施され、先端部分はコの字に湾曲している。
どういう原理なのか、透明な球体がコの中心に浮かんでいる。
「そいつを選んだか。なかなか見る目があるじゃねぇか」
「お幾らですか?」
「実験器具と合わせて2万5000ルラって所だな」
グリンダを見るが、杖に魅入っている。
「冒険者ギルドに行って、お金を下ろしてきます。装備はいつできますか?」
「杖はすぐに引き渡してやる。装備は一から作る訳じゃねぇから明後日には引き渡してやるよ」
「……これから森に行こうと思っていたんですが」
「中古でよけりゃ貸してやる」
「じゃあ、それでお願いします」
予定外の出費だ、と優は溜息を吐いた。