第35話 ママ。
文字数 2,692文字
小さな丸テントがいくつも並ぶ朝。
私達3人は夜通し走り続け、遊牧民の野営地にお邪魔しようとしていた。
50人ちょっとの集まりは、のんびりと大地に溶け込んで生活をしていた。
私とストレは、少し外れた大きな岩に腰を掛け、交渉に出たタチの帰りを待つ。
2人の男と親し気に話していたタチが、こちらに歩きながら声を張る。
広大な草原をさざめかす風の中、大地を踏みしめるタチの美しい事よ…。
交渉の時に頂いたものだろう、桃色の果実をストレに軽く投げ、私の横に座る。
シャクリ。
瑞々しい音を立て、実を頬張るストレ。
手渡された手のひら大の果実に、口をつける。
うん。甘酸っぱい。これがタチの好みなんだ…。
人々の生活を眺めながらの、軽食タイム。
美しい…そう思う。
みんなは日々を一生懸命に、いつも通りに生きているだけだろうけど、遠目から眺めているとまるで一つの絵画のようで。
もぐもぐさせてた口が、空になってからしゃべるタチ。
でもそうか…ココがタチの暮らした所…。
歩き回る彼らに、所って言うのは変だけど。
改めて見渡す。最初に見た時とは全然違う。
皮をなめす、男の人の動作一つ。
子供の世話をする、女の人の服装一つ。
走り回るちびっ子の笑顔一つ。
より鮮明に、私の脳内に焼き付いてくる。
タチの事だから、色んな所でもあんな感じで話しかけてるのかな~。っと見てたんだけど。
色々感じてたことを整理しなければならない。
なかなか直球な感想をのべるストレ。
まだ食べかけのモリルの実をかじる事なく、あたふたする私。
なんでかスカートの裾とか直してしまう。
ドカカ。ドカカ。
地面を蹴る音。
大きな馬に乗った人影が3騎、こちらに駆け寄って来る。
白髪交じりの編み込まれた髪に、軽装の戦士服。
顔に刻まれた傷は、彼女の強さを表していた。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk/157c1e1393eb852e8579df9f4059c82f.jpg)
両手の鹿をドカリと手放し、馬から飛び降りタチの頭を軽く叩く。
ご…豪快な人だ。
二人のやり取りを呆然と眺める私と、なぜか既に涙目のストレ。
苦手なんだろうな…こういうタイプ。
ジロリと見やるタチママの圧力…!
私とストレはなんとなく、寄り添ってしまう。
怖くって。
気にする風でもなく、言葉を続けるタチ。
これが普通の親子のやりとりなのだろうか?
親の居ない私にはわからないけが、ずいぶんと当たりの強い、母娘の会話である。
フル族の長でタチのママ。なかなかに尖った性格…!
私の腕にフルフル怯えた、ストレがひっついている。
当然涙目で。
ジロリ。
タチに向かっていた視線がこちらに移る。
ストレじゃないけれど、何もされてないのに泣きそうになる。
タチの気迫など軽く受け流し、勝手に決定するタチママ。
うたう?音楽のアレでいいのだろうか?
タチママが野営地に熊のように吠える。
フル族のみなさんが、一つ顔を見合わせ、手を挙げ大喜び。
落とした鹿を持ち直し、私達を置いてテントへ歩き出すタチママ。
確かに、この人はタチのお母さんだ。
あっさりと割り切り、ママの後を追うタチ。
草原の似合う女である。
母娘のやりとりに押されっぱなしで、震えてるだかだった私達二人も馬を連れタチに続く。
ストレは凄く嫌そうだったけど。