第35話 ママ。

文字数 2,692文字

 小さな丸テントがいくつも並ぶ朝。

 私達3人は夜通し走り続け、遊牧民の野営地にお邪魔しようとしていた。

タチもこういう所で産まれたのかな…?
たぶん…そうじゃないでしょうか?

 50人ちょっとの集まりは、のんびりと大地に溶け込んで生活をしていた。

 

 私とストレは、少し外れた大きな岩に腰を掛け、交渉に出たタチの帰りを待つ。

夜狩りから、(おさ)が戻るのを待て。だそうだ。

 2人の男と親し気に話していたタチが、こちらに歩きながら声を張る。

 

 広大な草原をさざめかす風の中、大地を踏みしめるタチの美しい事よ…。

 交渉の時に頂いたものだろう、桃色の果実をストレに軽く投げ、私の横に座る。

助かる。ちょうど何か腹に入れたい所だった。
モリルの実だ。甘酸っぱくて美味いぞ。

シャクリ。

 瑞々しい音を立て、実を頬張るストレ。

ナナも食べろ。私の好物のひとつだ。
…ありがと。

 手渡された手のひら大の果実に、口をつける。

 うん。甘酸っぱい。これがタチの好みなんだ…。

皮を剥いてもいいんだが、そのままが私は好きだ。
なら、このままでいいや。

 人々の生活を眺めながらの、軽食タイム。

 美しい…そう思う。


 みんなは日々を一生懸命に、いつも通りに生きているだけだろうけど、遠目から眺めているとまるで一つの絵画のようで。


ね。タチもこういう所で育ったの?
 こんな感じの日常の中で、幼いタチは暮らしていたのだろうか?
そうだな。真ん中にある、金色のフサフサの付いたテントがあるだろう?
うん。
 タチの指さす所には、少し大きめの丸テント。
あそこで寝泊まりしていた。
(…ん?)
あの形が、流浪の民のよく使うテントなのか?
 モリルの実を食べ終わったストレが、水袋を馬から取り外しながら疑問を一つ。
他は知らんが、私はあそこで暮らしていた。右のフサフサに焦げ跡があるだろう?アレは私が――
ちょ…!ちょっとまって!?
 この私が、お食事を差し置いて、言わねばならない事がある。
ここってタチの生まれたトコなの!?
私が生まれたのはもっと北の方でだが…

 もぐもぐさせてた口が、空になってからしゃべるタチ。

 

場所の話じゃなくって…!えっと、フル族さんだったよね?
あぁ。フル族だ。少し減っているようだが。
そういうこと早く言ってよ!?
 こんな所で、どころじゃない、まさしくココがタチの実家…!
偶然居合わせた集団に、流浪のつながりで話しかけたのかと思っていたぞ…。
そう!まさしくそんな感じ!
 あきれ顔でつぶやくストレに、強く同意をする私。
この広い草原、街も目指さず、たまたま民に出会うのを期待して走っていたと思ってたのか?
(ぬぐっ…。言われてみれば確かにそうだけど…。)
なるほど「私にまかせろ。」とは、そういう意味だったのか。
あぁ。今の時期なら、この辺りにいるのはわかっていたからな。
(すました顔して、平然と…!)

 でもそうか…ココがタチの暮らした所…。

 歩き回る彼らに、所って言うのは変だけど。


 改めて見渡す。最初に見た時とは全然違う。

 皮をなめす、男の人の動作一つ。

 子供の世話をする、女の人の服装一つ。

 走り回るちびっ子の笑顔一つ。

 より鮮明に、私の脳内に焼き付いてくる。

 

もしかして、さっき話していた男の人も知り合い?
あぁ。幼い時から一緒だった奴らだ。
(そうか…なるほど。だからあんな親し気に。)

 タチの事だから、色んな所でもあんな感じで話しかけてるのかな~。っと見てたんだけど。

 色々感じてたことを整理しなければならない。

…!まって!帰ってくる長って…タチのお母さん!?
そうだ。私のママだ。
(まさか!こんな感じで出会うことになるの!?)
タチの母か…やっかいそうだな。

 なかなか直球な感想をのべるストレ。

 まだ食べかけのモリルの実をかじる事なく、あたふたする私。


 なんでかスカートの裾とか直してしまう。

話せば、ちょうどだな。

ドカカ。ドカカ。

 地面を蹴る音。

 大きな馬に乗った人影が3騎、こちらに駆け寄って来る。

(あれが…タチのお母さん…!)
 両手に矢で射抜かれた鹿を持った女性が、私たちの前で急停止した。
遠目からでもわかったよ!その生意気な顔がさ!

 白髪交じりの編み込まれた髪に、軽装の戦士服。

 顔に刻まれた傷は、彼女の強さを表していた。


…邪魔している。
 少しバツの悪そうに、口を開くタチ。
(タチが…!タチが大人しい!!)
まずは、ただいまだろう!この馬鹿娘!

 両手の鹿をドカリと手放し、馬から飛び降りタチの頭を軽く叩く。


 ご…豪快な人だ。

 二人のやり取りを呆然と眺める私と、なぜか既に涙目のストレ。

 苦手なんだろうな…こういうタイプ。


それで…今更なんのようだい?

 ジロリと見やるタチママの圧力…!

 私とストレはなんとなく、寄り添ってしまう。

 怖くって。


クフカーの薬草と、一晩。寝床を借りたい。
なんだいあんた。斬られたのかい?間抜けだね!
 黒衣の男との戦闘で負ったタチのお腹の傷を、グリグリ指で押し嘲笑(あざわら)(おさ)
ちゃんと退(しりぞけ)けた。

 気にする風でもなく、言葉を続けるタチ。

 これが普通の親子のやりとりなのだろうか?

 親の居ない私にはわからないけが、ずいぶんと当たりの強い、母娘の会話である。

…みかえりは?
(訂正。会話というより交渉だ。)
ぬ…。水の大陸で手に入れたタコの――
しょうもない物ひっぱりだしたら、尻蹴り上げるからね!

 フル族の長でタチのママ。なかなかに尖った性格…!


 私の腕にフルフル怯えた、ストレがひっついている。

 当然涙目で。

…そっちの女はどうだい?若い女が欲しかったんだ。

ジロリ。

 タチに向かっていた視線がこちらに移る。

 ストレじゃないけれど、何もされてないのに泣きそうになる。


だめだ。ナナは私の女だ。絶対に渡さない。
 今までより強めの粗い声でタチが、ママを圧し返す。
ほほう。…よし。決めた。あんた(うた)いな。

 タチの気迫など軽く受け流し、勝手に決定するタチママ。

 うたう?音楽のアレでいいのだろうか?

待て(うた)など長い事――
お前たち、タチが(うた)で私達を楽しませるよ!準備しな!

 タチママが野営地に熊のように吠える。

 フル族のみなさんが、一つ顔を見合わせ、手を挙げ大喜び。

謳うか野垂れ死ぬか好きにしな。

 落とした鹿を持ち直し、私達を置いてテントへ歩き出すタチママ。

 確かに、この人はタチのお母さんだ。

仕方がない…行くぞ。

 あっさりと割り切り、ママの後を追うタチ。

 草原の似合う女である。


 母娘のやりとりに押されっぱなしで、震えてるだかだった私達二人も馬を連れタチに続く。


 ストレは凄く嫌そうだったけど。  

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登場人物紹介

[ナナ]

死んでもやり直し、同一の主観を持つ転生を繰り返している。

タチと出会い今、この瞬間、しがみ付いてでも離したくない思いを知る。

言葉の人。

「美味しいもの食べてる時が一番幸せ!」

[タチ・ユリ]

なんでもいける素敵ビッチ。

男も女も抱くし、責めも受けも味わう遊牧民の子。神を抱く女。

今を楽しむため、強靭で健康な肉体を悪魔と契約して手に入れた。

代償は寿命の半分と、子を宿す力。

肉体の人。

「うるさい。抱くぞ?」

[ズーミ]

水の化身。

化身として新米なため、のじゃ喋りで威厳を持たせようとしたりする。

人間大好き。

情の人。

[ユニコーン]

やっかい処女厨。

ナナが好き。タチが嫌い。

ナナを見守っていたくて、出会った時から追っかけをしている。

おぼれる人。

[ヒタム・ストレ]

前職をタチのせい(?)で追われ、新たな主人としてナナを追っかけている。

騎士でいたい人。

[黒衣の人(ポチ)]

増えた世界から、まっとうに転生してきた人。

奴隷を買いハーレムを築いたが虚しさを覚え、刺客としての役割を果たす。

タチは抱きたがっている。

寂しいおじさんの人。

「世の中を大切にしたいと思うわけがない、大切にされた覚えがないからな。」


[アチャ]

火の化身。

火の大陸で自らを神と呼ばせ、人を手下として使っている。

お気に入りの国に肩入れしたりもしてる。

[ナビ]

風の化身。

酒場でバイトしたりしている。

ウゴゴゴゴォ

[おばーちゃん]

「素敵じゃないの」

新機体。主人公だからね!

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