第48話 わらわの覚悟。
文字数 5,083文字
新・もちもち殺しの待機列に並びながら、周りを見渡す。
遠目で店並を眺めていた時は、青系のノボリや旗が沢山並ぶ以前と同じ光景にみえたが、よく見るとそこに書かれた文字が違う。
ズーミの潤い飲み物屋・水の化身の綿あめ店・ぬるぬるズミズミ店(ハート)など、以前どこもかしこも「神殺し」と関連付けていた店名が、ズーミちゃん寄せになっている。
ゆっくりと進む列に身を任せ、久しぶりにゆるい会話を楽しむ。
ズーミちゃんといると心が穏やかになる。…気が緩んでるともいえるけど。
私達の会話を笑顔で聞いてたユニちゃんが、背中をポンと叩いて知らせてくれた。
一歩進むと、見覚えのあるおじさんが、頭に布を巻いてもちもちを焼いている。
えっと、たしかギルガさん!
焼きもちもちに、甘辛い良い匂いが鼻をくすぐる。
なんの違和感もないスムーズなやりとり。
きっとズーミちゃんは、ダッドの一件以来も足しげくお店に通ったのだろう。
毎回並んで、こんな会話を繰り広げながら。
いつものだろ?そういってギルガさんは、一玉がでっかくなった白いもちもちを軽く火であぶる。
味を聞かれ、店前のお品書きに目を通すと、種類が増えていた。
私とユニちゃんが甘ダレ。ズーミちゃんは甘辛味で注文した。
以前の青くて甘いもちもち「旧もちもち」は、おやつ枠。サイドメニューになったようだ。
太い串に大きな白玉が5つ付いたものが、それぞれの味ダレが浸された壺にチャッポリご入浴。
ぐぅ~っ
小さくお腹がなる。美味しそう。早く食べたい。
ギルガおじさんから、べとべとの魅惑の串を手渡しされて、店をはなれる。
長居は無用。まだまだ、もちもちを求める列は続いているのだ。
この辺りじゃズーミちゃんは有名人。
合流してからも「握手してください。」「サインください。」と声をかけられる事がしばしばあった。
つもる話もしたい所だし、人の目の無いズーミ家にお邪魔することにしよう。
アルケー湖のほとり、水玉の中に私はズーミちゃんと入る。
前に3人で入った時はギュウギュウだったけど、二人ならだいぶゆったりめ。私の体も縮んだし。
何度となく「狭いから仕方がない」と、触ってきたあの手が懐かしい。
そんな感慨にひたりながら、ムフムフ言ってるユニちゃんに見守られ、アルケー湖に沈むのだった。
ご飯の時も、ずっとニコニコ幸せそうに私達を見つめてたけど、会話の内容には興味無いものかと思ってたよ。
だって何も食べてないのに、よだれ垂らしてたし。ユニちゃんの分のもちもち結局もらっちゃたし。
ずっとムフムフ言ってるし。
ユニちゃんは会話がよく聞こえるように、私の背後に回り抱きかかえるように座った。
ヤウ…影の化身。自称「悪魔」
光の化身と同じ。私の生み出した最初の化身。イトラと同じで、とても強力な力を持つ。
ヤウが姿をみせることは凄くめずらしく、私達と関わりたがらなかった。初めから私…つまり神を嫌っていたから。
私を抱きかかえて軽く横揺れしてる、ユニちゃん。
話にどれぐらい興味があるのかわからないけど、とりあえずふわふわの髪がこそばゆい。
それはそうと、だいぶ大事になってるのが分かった。
一人の人間として生きてるからそう思える。
かつての私なら、どうとも感じなかったであろう、地上の変化に戸惑いが隠せない。
その言葉が意味することはなんなのだろう。
地上で一番人が、調和のとれない存在だから?
それとも、私が一番傷を負う手段だから?
義理堅い子だ。思い描いていた存在と、程遠かったであろう私に、失望もせず友達でいてくれる。
こんな彼女だからこそ、化身の力を引き渡されたのだろう。
今の私じゃ想像しかできないけど、きっとそうだと思う。
そうだ。そうなのだ。今や私は狙われる可能性がある身。
イトラと明確に敵対している。
そこにいるだけで、誰かに迷惑をかける恐れがあることを意識していなかった。
それでなにがいけないの?化身がみんなと仲良く一緒に暮らして、どうして悪いの?
そう思っても、私の立場では言えなかった。なぜなら、私は神をやめたから。
そのせいで、こんな事態になっているから…。
私は言葉を続けるズーミちゃんが見てられなくて、彼女をギュっと抱きしめた。
友で、化身で、義理堅い、私の親友を。
ギルガさんの気持ちはわかる。ズーミちゃんはどこまでも素直で、情に厚い良い子。
守護神みたいに思えないのだ。可愛い孫のような存在にしか感じられないのだろう。
ズーミちゃんもギュッと私に抱きついた。
さっきの私と同じ。
ズーミちゃんも涙が止まらないから。
プルプル震えて縮こまる友と、ふたりしっかり抱きしめ合う。
人ではない私たちが、人の優しさと、温かさに、くらわされて。
ズーミちゃんの涙につられて、なぜか私まで涙が零れた。
困ったものだ。元神と化身が抱き合って泣き虫なんて。
人ではない彼女にはうまく相談…いや、打ち明ける相手がいなかったのだろう。
気持ちはよくわかる。私達は人でもスライムでもない。
そう言ったけど、どうしたらいいのか分からなかった。
私の今の正直な思いは、タチに会いたい。ただそれだけ。
余りにも突然のわかれで、その後どうするのか。それを考える余裕がなかった。
神にもどる?でも、聖地がなくなった今どうやってもどるのか見当がつかず。
そもそも戻りたい気持ちが、以前のようにあるわけでもない。
じゃあ世界のタメになにができる?そんな大きなことまで頭が回らない…。
タチに会った後どうするの?
その考えの先に思考が進まない。
ズーミちゃんはこんなにも立派に、化身として自らの判断で行動しようとしているのに、私はただの個人として、欲のままに動いてる。
こんなのじゃいけない…。いけないとは思っているのに…。
私の方を笑顔で見つめるユニちゃんに苦笑いで返す。
沈んだ気持ちも、周りの明るさに照らされると多少浮くものだ。良くも悪くも。
ぴょんぴょん!
小さく跳ねて喜ぶユニちゃん。
乙女の着せ替えが、なによりも嬉しいらしい。
ピクン。
幸せいっぱいだったユニちゃんの動きが止まる。
バキバキバキ!
突然、ユニちゃんの口から破壊音が響く。
ユニちゃんの圧力におされ、なつかしの三つの下着を持ってくるズーミちゃん。
懐かしいな。裸にタコのお面を被って寝たこともあった。
現物をみたユニちゃんは低く、うなる様につぶやくのであった。
その夜、私は夢をみた。
タチ枕で寝る夢だ。
私は前の私で、茶色の肩ぐらいの長さの髪の毛。タチより頭一つ小さいぐらいの背。
いつもみたいにタチ枕でゆったりしてた。
とっても暖かで幸せだった。
あと、どこでそう思ったのか確信を得たのかわからないけど…。
