第34話 涙。
文字数 3,308文字
片膝をついて、男が苦しそうに息を吐いた。
当然だ、お腹が半分ぐらい消し飛んでる。
ストレがジリと間合いを詰めた。
さすがに大きな損傷だ、まだしゃべれているのも驚きだけど、回復に時間がかかるだろう。
黒衣の男が指をパチンと鳴らした。
稲妻突然、激しい光と破裂音と共に男の横に落ち、取り囲んでいた私たち三人は風圧で押し流される。
ストレが驚愕の声を上げた。
一秒にも満たない間で、男は黒馬にまたがり、私たちを見下ろしている。
風から顔を覆い隠した私だけじゃなく、身構えたままの二人でさえ、黒馬の出現は確認できなかったようだ。
馬に跨った黒衣の男は、そのまま南の方へと駆け出し消えていく。
当然ながら、私たちには追いかける気力も、体力も残ってはないかった。
こんな時でも。
タチのお腹には、まだふさがり切ってない大きな切り傷。
見るだけで痛々しいし、なぜか私が泣きたくなる。
ズボンをずり降ろして、契約の印を見せるタチ。
改めて見ても、卑猥な形で厭らしい場所に印されている。
…どうやら平気そうだけど、やっぱり心配。
タチの心配ばっかりで、少しばかり存在が消えかけてたストレに慌てて駆け寄る。
ごめんね。涙目にさせちゃって。
エヘンと胸を張り、自慢げな顔をする。
良い人だ…ひどく
二人のやり取りを見ると、心に安堵が広がり、体が疲れを覚え始めた。
ドサ。
膝からくずれた私を、地面に落ちる前にタチが受け止めてくれた。
源の力。それは誰にでも使えるものではない。
神から授かった化身。または化身から引き継いだ相応しいモノだけの特別な力。
強力な分、負担も大きい…。人間の私では…。
抱きかかえた私に。優しく言葉をかけるタチ。
何も聞くことをせず。
話すべきだ。こんなに迷惑をかけてるのに、隠すべきじゃない。
たとえ嫌われたとしても…。
言われたとたん。涙が目からこぼれた。
私じゃない。体が勝手に反応した。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk/96b91db212480876f65d8c75b0ddfb68.jpg)
体がおかしい。私の制御を離れている。
言葉が上手く発せないし、喉もお顔もジンジンする。
タチが涙で濡れる私の目元を拭う。
でも、次から次から涙がこぼれて止まらない。
はじめは避けてたし逃げてた…。
だって相手は神殺しで、私は神だ。
ズーミちゃんと三人旅をしている時には、仲良しになり、船の上では沢山お話をして…キスもした。
思い出すとまた、記憶と共に涙が溢れる。
言葉が見つからない。神様なのにこんなにも、申し訳なさで胸がいっぱいだ。
隠し事をして、自分の事ばかりで、助けられて…。
どうして自信に満ち溢れているのだろう。
なさけない私は、
やだ。大げさに泣き散らかしたくなんてない。
でも、タチが私の流れを誘導してる。意地悪じゃなく…優しさで。
涙を抑えることに全力だった私の体に。タチの唇がふれる。
二度目のキス。
体の抵抗は全て崩れ、唇と目からツラく切ない気持ちが流れ出す。
私にもこんな感情があったんだ…。
あふれ出る思いを、全部。全部。タチが受け止めてくれる。
脱力した私の口に、タチの舌が入り込み、確かめ始めた。
私を。
唇と唇が重なって、タチの動きに従うように私の舌も動く。
胸がきゅぅぅううっと締め付けられる、その苦しさもタチには読まれてて、強く優しくタチの舌が…
突然おこった金属音に私の体がビクリと反応し、意識が鮮明になる。
音のした方をみると、ストレが凄く凄く申し訳なさそうに頭をさげていた。
あきれ顔でタチが私を抱きしめる。
お気に入りのぬいぐるみが逃げない様にするみたいに。ギュっと強めに。
その通り。ストレは何一つ悪くない。
彼女が涙目で弁明する必要なんてないのだけど、なにぶんタチの圧がすごい。
私はタチに支えられて立ち上がる。
体も心も頼もしい。安定感があって力強い。
タチが私の腰を抱いて寄せる。
顔を覗き込まれてつい、隠すようにそらしてしまう。
照れや、恥ずかしさもあるけど。なにより、泣きはらした顔を見られるのが嫌だったから。
クイ。
顎をすくわれて方向修正。優しく導かれ、キスされる。
軽めの。そんな厭らしくないのを一つ。
通っているようないないような、理論。
でも凄くタチっぽい。
見つめ合い、まじ合う視線がくすぐったいけど、自分から離すことはできない。
言われると意識してしまう。タチの唇と舌の感触を…。
私は…。
ガシャン!
両手を振って弁明を始めるストレ。先ほどと同じ涙目だ。
大泣きした私より全然ましな可愛い泣き顔だけど。
どこまで行けば安全かもわからず、夜通し馬を走らせた。
星空の中、気高い蹄の音が鳴り響く。
後ろに座ったタチは、ただ温かく私が落ちない様に包んでくれる。
いつまで、こうしていられるのだろう。
私の今度は、聖地に着いた時、訪れることが無くなってしまうのに。