第65話 影。
文字数 5,475文字
私達の戦いは続き、ダッドの体積が半分に減った頃。
頭上から降りて来たのは、光の化身イトラ。
驚くことはない、彼にとっても私にとっても予定通りの仕組まれた再会…。
とはいえ、目の前にすると体に緊張が走り、冷や汗の一つもかいてしまう。
土人形との戦いで、完全に体が温まったタチが、剣先をイトラに向ける。
一番動き回って戦果を挙げている彼女が、未だに一番、闘志全開だ。
ズーミちゃんの作った小さな水の玉から、顔だけを出して私は空を睨む。
なぜこんな恰好かというと、戦いの後半、体力を使い果たした私はこの中で一人休憩を頂いていたからだ。
だって、ヘトヘトだったんだもん…。
「足を引っ張らない」という第一目標のタメには仕方がなかったのだ。
ヌプヌプと手足を水玉からだして、多少回復した体を起こす。
イトラの出現にともない、ダッドと土人形は動きを停止している。
みんなが私を囲む形で、集まり臨戦態勢をとった。
飛ばしていた水の玉を体に戻し、ズーミちゃんが私の肩に手を置く。
共にイトラの方へと顔を向け、戦いもやむを得まいと拳を握りしめながら。
風の化身ナビも、私達の横並びに参加し、緑の髪をなびかせて静かに口を開く。
状況が一番理解できていないはずだけど、清々しい顔で空を見るユニちゃん。
日ごろのうっぷんを戦闘で晴らしたせいだろう、勢い余って小さな舌を出し挑発まで始めてしまう。
タチと再会するまでの道中は、不安と心配で胸がいっぱいで、そんな想いをさせたイトラの事が許せなかったけど…。
やはり、どうしても憎しみきれない。目の前にして対峙しても。
わかっているさ。そんなこと言い出す空気じゃないことぐらい。
人になってからこの言い回しが多い気がするけど。「でも、だって…」なのである。
イトラの言葉に怒りの匂いは漂っていなかった。
淡々と、上位の者のみが見える事実を語るだけ。
今の私にはわからない、真実とか言うやつを。
たぶん。イトラの言い分はもっともなのだろう。
私なんかより遥かに全てが視えていて、世界の事を思って行動しているに違いない…。
でも、だからこそ、私は彼と対立したくなかった。
私なんかより、はるか立派で頑張っている、イトラとは。
タチとズーミちゃんが同調しながら、私の方を向く。
イトラが小さく、「たかが一つの生命。」と言ったのが耳に入り、私は悲しかった。
思い出して怒りを膨らませ、タチが熱く言葉を吐き出す。
鎮火することはないタチの意志が、その言葉から伝わる。
元をただせば私のせい。だって私は神様だったから。
ただあったその時から、きっと責任があったのだ。神としての。
だからこそ、目の前で最愛の人を傷つけた相手でも、純粋な怒りを抱くことができない。
どうするのが正解なのだろう?元神である私は…。
唯一分かることは一つ。「タチと共に居たい」という気持ち。
叫んだタチが風の力を全身にまとい、見下すイトラに勢いよく斬りかかる。
止めれなかった、止めれる理由も、止まる理由もないのだから。
私だって、ここでイトラに殺されるわけにはいかない。
例え生まれ直せたとしても、意味がなくなってたら、意味がないのだ。
タチの一撃を軽く受け止めたイトラが、灰色の刀身を弾いて飛ばす。
くるくると回りながら、飛ばされた神殺しの剣は、私の足元に刺さって止まった。
伸びて曲がる水の剣を、余裕をもって
このままいくと前と同じ、一指も報えず終わってしまいそうにみえる――が。
タチの掛け声に応じ、ズーミちゃんが水の剣に、いくつもの水玉を飛ばす。
ぶつかりあった「水」同士が飛び散り広がって、拡散した攻撃となる。
シュピシュピ!
数発の水棘がイトラの体にぶつかって、小さく光の泡が立つ。
初めて、イトラにダメージを与えることに成功したのだ。
飛びかう光の棘を、ナビが強風で弾き消す。
もう完全に戦いは始まってしまった。
タチを中心に、ナビとズーミちゃんが補助や援護をしてイトラとぶつかり合う。
光の化身に対するは、神殺しと水と風の化身。
タチの振るう水の剣は、ズーミちゃんの水の力によって、伸びたり、飛び散ったり。
空を切ったはずの斬撃が、ナビの風により弧を描く水色の飛び道具となる。
イトラは向けられた攻撃と、同等の光の反撃を行い、輝く破裂がいくつも起きた。
言葉の数はタチが多かった。
だけど、戦闘面では徐々にイトラが押しているように見える。
同等に返していた攻撃が、どんどん激しさと数を増し、3人全員で受けに回らなければいけない瞬間が増えていた。
イトラを憎むことはできずとも、私には絶対の想いがある。
また、目の前でタチを傷つけたりさせない。
まして失ったりなんて…絶対しない。
それだけは心の底から信じられる、私の行動の元。
私と共に、戦いを見上げているユニちゃんの手を取り助けを求める。
ユニちゃんは少し戸惑ったようにも見えたけど、私の目をじっと見つめた後、小さくコクリとうなずいてくれた。
私の中にある「源」の力。
長い間水の化身の中にあって、水の色のついたこの力を、水の玉にして自分のお尻に集める。
私が叫ぶと、ユニちゃんは小さな体で足を大きく後ろに引き、力を込めて思いっきりお尻を蹴り飛ばした。
バシュウゥウ!!
水の玉を、水適正の強いユニコーンが全力で蹴り飛ばす。
凄まじい勢いで、私は目標。イトラへと吹っ飛ばされる。
まともに攻撃したって当たりはしないだろう、結局思いついたのがダットに効果があった攻撃、秘儀体当たり。
短い思考時間、小さな考察、しょせんチビな私に思いつく最大の攻撃方法。
斬撃や飛び道具は同じ攻撃で返していたけど、ズーミちゃんの伸びる手は、撃ち落としていた。
光の手が伸びて、反撃されることはなく…。
つまり体当たりなら、体当たりはかえってこないんじゃないかって。
意志あるものの体術は、反射できないんじゃないのかって。
タチとナビが薄くなった光の反撃を抜けて、捩じりこむようにイトラへと距離を詰める。
私を習ってタチは剣撃を囮に、蹴りを一発イトラの腹部に見舞う。
風の加護を強くまとった強烈な一撃だ。
今までで一番大きな光の泡が空に散った。
ダメージはあったはずだが、構うことなくイトラが口を開く。
私ではなく、タチを見て。
イトラとタチは、言い合いしながら攻防を繰り広げる、密着し合った殴り合いは、なぜかタチが責める形になっていた。
攻撃…というよりまさぐるような接触を試みたタチは、イトラの見せた初めての感情が乗った言葉と共に吹き飛んだ。
そのままダッドの体へと勢いよく打ち付けられるタチ。
私はズーミちゃんの手から離れて、土ぼこりの中に倒れたタチに駆け寄る。
口元から血を流し、しょうもない情報を口にするタチ。
しかし、なんだろう今の攻撃は?私には何をされたのかまったく見えなかった。
ドスン!ドスン!
続けて二回空が輝き、タチが打ち付けられたのと同じ音がする。
横をみると、ナビとズーミちゃんが同じく地面…ダッドの体に打ち落とされていた。
イトラはゆっくりと地面に足を着き、光り輝く翼を広げた。
神々しい。まさしくこの世の物とは思えない、金色に輝く美しい翼だった。
一目見て思う。敵う相手ではないのだと…。
男の声がした。
悪戯っぽいような、他者を小馬鹿にした嫌味のある声が。
地の底から。
地面が
そこから、長い黒髪の男が競り出て来た。
黒く、大きな翼をもった化身が。
初めて見る男。
でも私は確かにしっている。
イトラが完全に体を表した男に語り掛ける。
対等な、力ある者として。
男が指を弾くと、山ほどある大きさのダッドの顔が半分吹き飛んだ。
神が初めて作り出したのが光の化身。それと共に生み出された存在。
神に授かった役割を嫌い、自らを「悪魔」と呼ぶ男。
影の化身ヤウ。
タチが契約し寿命を捧げた存在が、私達の前に現れた。
