第43話 別れ。
文字数 4,523文字
タチは裸のまま、壁に掛けた剣をとる。
今までに感じたことのないほどの、敵意を発して。
光の化身イトラ。その姿は
聖地パンテオン。私が地上に舞い降りる際、道しるべとなった場所。
人々が神を想い、願い、
イトラが何を言っているのか、今の私ではちゃんと理解できない。
それでも、私が地上に降りたことで、色々乱してしまったということはわかる。
イトラの願い。それは、神が居なくなった世界が早く終わること。
奇跡を起こし世界を作り出した私が、期限切れを起こし、全てが終わること。
その言葉は、タチに向けてだけではなく、私も含まれているのだろう。
もうすでに「絶対者」ではなくなった、ただの「時の化身」の私に。
考えてみると、私は転生を繰り返すたびに、しょぼくなっている気がする。
最初の方は、英雄、魔法使い、歌姫とか呼ばれるような、能力持ち。
最近は、調合士、猛獣使い、果ては何にも無し。
なにせ、元々が神始まりだ。多少力が失われていっても当然と思ってたし、人間として楽しみたかったので気にも留めてなかった。
確かに。言われてみればそうだけど、なにせ私は元神。人…というより生命とちょっとちがっても仕方がない。
それは…そうなんだけど。
元の私にはわかっていたんだろうか?魂とか、世界とか、全部見えて、全部わかってたんだろうか?
それって、いったいどういう気分で、どういう気持ちなんだろうか?
タチが心配そうな声を私にかけてくれる。
人類だれもが私を想ってくれなくなっても、タチが私を想ってくれるなら、それでいい。
今の、私はそう感じる。
なんだろう。肉体を超えて、意識が膨らんでいるきがする。
感覚が、体を全身覆うぐらい。
両手をみると。ポコポコと泡が立っている。
手の平から浮かぶ泡は、小さく薄くはじけて消える。
タチが私をぎゅっと抱きしめる。
何度も味わってきて、何度でも味わいたい感覚。
でも、肉体を超えて、膨らみ霧散する私の意識はジンジンとするだけで、しっくりこない。
体が。溶けていくのを感じた。
タチの方に向き直り、自らもタチにしがみつく。
ちゃんとしっかり、寄り添えるように。
タチの腰にしがみついた私の両腕は、変わらずポコポコと泡立っている。
だが、強く交わったタチの肉体部分まで、波打ち始めた。
言いながら、見上げたタチの顔がどんどん遠のいた。
足元が、地面にズプズプ沈んでいってる。
さっきまで抱き合っていたはずの私達二人の位置は。
湖に溺れる人と、助けようとする人のように落差ができていた。
怖い。怖い。
中から中から溢れる恐怖と、広がり続ける意識に、溶ける肉体。
どうにもできない変化に、差し出されたタチの手。
「助けて!」と握り返したいけど、それはできない。
体が。胸元まで、地面に沈む。
肉体の感覚は全身あるが、このままどこまでも落ちていくのだろうか?
全身が消えてなくなるまで。
また、生まれ変われるだろうか?
ちゃんとタチの所にもどってこれるだろうか?
怖い。ただただ怖い。
こんな恐怖にまみれた死は初めてだ。
胸のど真ん中に、タチの拳がめり込んだ。
激しい衝撃と痛みが体を駆け巡る。
叫んだタチがもう一撃拳をくりだす。
渾身の。えぐり上げるような軌道で。
バキリ。
体の内部で骨が弾ける音がして、沈んだ体が浮き上がる。
激しく鈍い痛みに、体がズキズキする。
でも、体が地上にはじき出された。
殴られた反動というより。与えられた痛みで肉体が締まり、意識が縮こまったせいで。
世界と私の境目がはっきりしたのだ。
また一撃。私の腹部にタチが拳を振るう。
お腹を突き抜けた振動に胃袋が捻じ曲がる。
痛みの余り、うずくまったまま立ち上がれない私は、小さく震える声で言葉をだす。
肉を感じる。骨を。内臓を。
痛みを感じる私自身を…。
また一撃。こんどは私の頬を打つ。
鼻から血が飛び。奥歯がカチャリと弾ける音がした。
ここまで来ても私は、私の事しか考えていなかったんだ…。
タチだって、私を失うことをこんなにも怖がってくれているのに…。
私は、タチが消えるとこを怖がって…自分の恐怖だけを恐れて…握り返さなかった…。
顔を殴られた衝撃で、混乱する頭。
脳みそと、体がぐにゃぐにゃになるが、霧散していた症状は収まる。
タチの強い我のおかげで。
よれよれの声で。タチを求める。
痛みで体は悲鳴をあげているが、恐怖はない。
だって、タチがくれた想いだから…。
タチの足元に、ずるずると芋虫みたいに這い寄る。
もっと感じていたい。タチのくれる痛みなら…。
タチが、私の両脇に腕を通し抱きしめる。
今度は始めと違う。
ボロボロの体に痛みが稲妻みたいに走り回るけど、体が泡になることはない。
ごぽごぽ口から血が溢れる。
でも口角が上がってしまう。
タチと出会えてよかった。
イトラの言葉は私の耳に届かなかったけど、輝く光は嫌でも目に入った。
目の前が白く染まり。
次に真っ赤に弾けた。
タチの首が宙に舞い、地面に転がり落ちる。
私の体はその光景と共に消えてなくなった。