第62話 花火。
文字数 3,291文字
次の日の夜。
なんと祭りが始まった。
いつも通りに賑やかで楽しそう。
アタシはヒトからもスライムからも離れた秘密の場所で、祭りの音と空を楽しんでいた。
いつも思う。アタシがヒトだったら毎日全てに感謝して、毎日祭りにするんだけどな。
だってその方が絶対楽しい。賑やかで。騒がしくて。寂しくなくて。
美味しいモノだっていつでも食べれて、棒だって手に入る。
踊って、しゃべって、笑って…。
なんでそうしないのだろう?スライムのアタシには理解できない。
ビク!!
突然のしゃがれた声に体が跳ねて広がった。
振り向くとそこにヒゲオジがいた。あとイヌも。
…なんで??
何言ってんだか分んないけど、肩に掛けたカバンをパンパン叩いてる。
ヒゲオジがアタシの横に来て、カバンの中からナニかを取り出した。
なにこれ?石じゃん。
ヒゲオジは嬉しそうに丸い石を次々引っ張り出して、均等に並べる。
たぶん、きっと。
アタシが宝を見せたから、そのお返しに持ってきてくれたんだろう。
悪いけどこんなただの丸い石、あっちこっちに落ちてる。
でも、ヒトには珍しいのかもしれない。
でもま。ヒゲオジはスッゴク自慢げで、なんでかイヌまで盛り上がってて。
どうしてかアタシまでウキウキしてきたので、これでいい気がする。
何言ってんだか分んないけど、ヒゲオジが並べる石をアタシとイヌは楽しく眺めていた。
ヒゲオジが服の内側から紙袋を取り出した。
ヒトって不便だよね。自分の体にしまえないんだもん。
それは…!それはまさか…!
棒だった。
二股に分かれた棒。
それも実付きの!!
アタシは体の中をポコポコさせながら釘付けになる。
湯下たってるじゃん!!棒!!!
ヒゲオジが一本、アタシの方へと棒を差し出す。
まさかヒゲオジ・・・!アタシにくれるっていうの!?
何言ってんだかわかんないけど。
この素敵で優しい生き物はなんだ?汚いヒゲなのに。
言葉も通じないスライムのアタシに、どうしてこんな優しくしてくれるのか。
まってよイヌ。アタシにだってココロの準備ってもんがあるんだよ。
パクリ。
口に含んだ瞬間。
体内に美味しさが花開いた。
花火ってやつかな?
自然に目が閉じ、全身が震える。
なんと神聖で、愛おしい食べ物だろう!
これがヒトの作った食べ物!
おいしい!
何言ってんだか分んないけど。大好きだよヒゲオジ!あとでそのヒゲ洗ってあげるよ!
夢中になって頬張り食べる。
バグバグモグモグ。
今回の祭りはなんて最高なんだろう。
綺麗に平らげた後に残るは、アタシが作りだした棒!
ヒゲオジとイヌも一緒に食べた。
こんな美味しいご飯は始めてだ。
自分で棒まで作り出してしまった。
ヒゲオジの手にする棒をみていたら、アタシにくれた。
ヒゲオジ本当にいい奴だ。
ヒュルルルル。
そんな幸せな時。
風を切る音が空を駆けた。
パァーン。
輝く花だ。あの花が咲き始めたんだ。
ヒトが祝い、楽しむ花。
アタシは慌てて池に飛び込む。
あの花は続けて花開く。
やっぱり見るなら水中からじゃなくちゃ。
戸惑いながら、身を乗り出すヒゲオジ。
早く早く。五輪ぐらいしか咲かないんだから。
何言ってんだかわかった気がした。
気にするなってヒゲオジ。
アタシの急かしように押されてか、ヒゲオジとイヌが向き合って頷く。
バシャン!
小さな池に大きな波紋が波うつ。
アタシとヒゲオジとイヌ。
言葉の通じない生き物が、仲良く水中に肩を並べる。
水の生き物はアタシだけなのに。
ヒュルルルル。
2つ目の空気を裂く音。
チャポン。
アタシが浅く潜ると、ヒゲオジとイヌも続いた。
バァーン。
見上げると色とりどりの輝く光。
水に反射して、まとまりなく散らかり広がる。
くぐもった音と振動が、水づたいで全身に響く。
いままで。独り占めしてきた光景。
いままで。分かち合えなかった景色。
汚いヒゲのヒトと毛が抜けるイヌ。それにぼっちのスライム。
こんな瞬間が訪れるなんて、なんて不思議で素敵なのだろう。
水面に顔を出し、息継ぐことも忘れて、ヒゲオジが興奮気味に声をだす。
嬉しい。
何言ってんだか分んないけど。同じ気持ちなことは分かる。
力を抜いて、池に浮かぶヒゲオジ。
何言ってんだかわかんないって。
次の花咲いちゃうよ?
アタシはヒトが好きだ。
頑張れば意思が通じることがある。
ヒドイ目にあわされたこともあるけど、それはヒトだからじゃない。
ヒュゥウウ~。パァアアン。
次の花火が空に広がった。
地上で見たのは久しぶりだ、この輝きもまた美しい。
スライム全部が嫌いじゃないのと一緒で、ヒト全部は好きになれないだろうけど、できれば沢山仲良くしたい。
たぶんこの時。アタシはそう思ったんだ。
やかましい言い争いに目が覚める。
いわゆる。いつものヤツだ。
タチにナナ。ユニコーン。
最近はナビ様まで積極的に関わろうとしている。
寝起きの頭によぎった思考で、懐かしい夢をみていたコトを思い出す。
あれから何度かヒゲオジと花火をみた。
わらわがただのスライムだった頃。まだ若く。まだ青い。300年も前の話。
火の化身と水の化身。二人が喧嘩して、水の大陸を大波が襲うその時まで。
理由は覚えている。威厳が欲しかった。
先代に授かった、この力にふさわしい姿になるために。
今度は大切なモノを護れるようにと…。背伸びをして。
それがなぜか、光の化身に歯向かい、争おうとしている。
夢を見るといつも思ってしまう。けど、そんなに引きずられはしない。なにせ、昔の事だ。
時の流れとは、大波よりも残酷に全てを流す。
高い高い空の上なのに、なぜか、花開く音が聞こえた気がした。
くぐもってくぐもって、水中で全身に響くあの懐かしい音が。