第36話 うた。

文字数 2,284文字

 日も傾いて、空がオレンジ色に染まる頃。 

 小さな仮テントを一つ張ってもらい、馬を繋いで荷も下ろし終わった。

 ストレは既に横になり、親指をしゃぶりながら丸くなっている。


 二人乗りでタチに抱きかかえられ、ウトウトしながら移動していた私と違い、ストレは戦闘の後から活動しっぱなし。疲れていて当然だろう。

 

 厚めのかけ布を肩までかぶせてあげて、そっとテントの外に出る。


あんた!なんだいこの入れ墨は!!
いいだろう!私の勝手だ…!!
 三つ隣の大きなテントから、タチとタチママの口論が聞こえてくる。
(たぶん淫紋、見られたな…。)

 フル族の男の人が、焚火(たきび)を組んで夜越えの準備をし、また別の人は楽器の準備をしている。

 これから始まるであろう「タチの詩」を待つみなさんが、火を囲み、お食事したり、おしゃべりしたり。

ほら。対価を払いな。

ドン

 テントから押し出されるようにタチが出てきた。

 緑を基調とした、踊り子みたいな衣裳で。

へぇ~。似合うね!
 私はタチのそばに歩み寄り、声をかける。
田舎の匂いがする。
 不服そうに、鼻をクンクンさせるタチ。
傷はもういいの?
あぁ。薬草も塗り込んだし、万全だ。

 お腹のあたりにまだうっすらと傷跡がみえるが、本人は元気で一安心。

 改めて思うけど、驚異的な回復力だ。

話はあとだよ、さっさと(うた)いな!

 タチママに小突かれ、焚火の前に追いやられる。

 フルのみんなが手を叩き、タチをはやし立てた。

あんたは、そこに座りな。

 焚火(たきび)を囲んだ円の最前列。

 タチの真ん前に座らされる。

えっと…私は後ろのほうで大丈夫です――
だまんな。音!!

 私の事など相手もせず、楽器を持った人たちに合図を送る。


 男があぐらで挟んだ太鼓をポコポコ手で叩き、女はチャカチャカ棒状で無数の紐のついた楽器を鳴らす。

 5人の楽器隊のみなさんが音を重ね、流れを作りだした。


 タチは自然と目を閉じ、ゆっくりと腕を広げ、口を開く。


ある日少女は旅に出る。

何もかもが嫌になり、盗んだ馬で旅に出る。


ある朝、彼女は下働き。嫌味な女を張り倒し。

ある夕、彼女は給仕人(きゅうじにん)。唾吐く男を蹴り殺す。

ある夜、彼女は春を売る。ヤラレた分はヤリ返す。

 タチが(うた)い始めると、彼女のリズムに寄り添うように音も流れを緩めた。

何処に行っても何しても、虚しさだけがついてくる。

あっちら、こちらと逃げ回り、わかったことは母の愛。

それでも、彼女は帰らない。彼女が彼女でいるために。


ある日彼女は、傭兵で。

任せた背中を見捨てられ、光も届かぬ崖の底。

なぜか彼女は大笑い。

内から溢れる活力は、業火の如く燃ゆ怒り。


これが彼女の持ち合わせ。

これこそ彼女のお楽しみ。

迫る者ども叩き伏せ。

もひとつ、大きな大笑い。


そこにあらわる影の使者。彼女に契約持ちかけた。

 長くはないタチとの付き合い。

 彼女は七色の…いや玉虫色の輝きを私に見せてきた。


 いったい、どれが彼女の芯なのだろう?

 目の前で言葉を紡ぐ、儚い姿を初めて見せつけられ、心が動揺しているのがわかる。

ある日も彼女は、逃亡者。

過ち、穢れとののしられ、喜び勇んで迎え撃つ。

例え相手が空の上、天の向こうに居ようとも。


今日も私は血がたぎる。

神を殺すと剣を手に、斬って抱いての日々送り、出会った少女に恋をする。

 タチがゆっくり目を開き、私を見下ろす。

 私に向かって、詩を続けてくれた。

出会った時はただの欲。

気付けばあなたに、とらわれる。

なぜ、どうしてと問おうとも、それこそまさに恋心。

神への怒りは二の次で、今はお前を愛したい。

 タチがしなやかにお辞儀をして、詩の終わりを知らせた。

 フル族の人々がパチパチと拍手をし、口笛を鳴らす。

 

 涙が流れていた。

 いつから私はこんな泣き虫になったのだろう?

 今までで一番弱い体だから、心も弱くなってしまっているのかもしれない。

 簡単に影響を受け、心を揺さぶられてしまう。

良いつまみだ。

 タチママがタチの頭をグリリと撫でる。

 しっとりとした空気に、焚火の燃える音が響く。


こんな特技まで隠してたんだね。…すっごく綺麗だった。
 私の前に座ったタチに素直な感想を口にする。
ただの思い出語りだ誰でもできる。散々聞かされてきたしな。しかし…苦手な風習だ。
そんなことない!すっごく綺麗で――

 称賛(しょうさん)の言葉を続ける自分の熱気に少し恥ずかしさを覚え、口ごもる。

 これじゃあまるで…。


素敵だったか?
 私の両手をとり、微笑むタチ。
…うん。今ちゃんと自分で言おうとしたのに。
わかっている。

 正面から抱きかかえられて、頭にキスをされる。


 タチの距離感は凄く近い。仲良しになればなるほど近くなる。

 でもそれは、肉体を持つ生命として当然のことなのかもしれない。

 タチといるとそれが、実感として身にしみこむ。 

 

 だって抱きしめられるのを嬉しく思ってしまうから。

つまみにはなれたようだ。対価は払えたな。

 気付かぬうちに、周りの音楽は明るく陽気になっていた。

 焚火を囲んで踊る人や、酒を飲む人。

 フル族のみなさんは、とっても楽しそうだった。

健康な人たちだね。
面白い言葉選びをする。健康…たしかに健康だが。

 不意に出た私の言葉にひっかかりを覚えるタチ。

 確かにちょっとズレてるかもしれない。

じゃあ健全とか?
私は不健全だぞ?
タチは…みんなと違うもん。

 いつもの。いつもの。たわいのない会話。

 タチとする交信が大好きだ。


 またちょっと言葉選びがズレてる気がするけど。

よし。私達も踊るか。
やだ!!!
 反射で発した悲鳴のような大声は、陽気なこの場からだいぶズレていた。
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登場人物紹介

[ナナ]

死んでもやり直し、同一の主観を持つ転生を繰り返している。

タチと出会い今、この瞬間、しがみ付いてでも離したくない思いを知る。

言葉の人。

「美味しいもの食べてる時が一番幸せ!」

[タチ・ユリ]

なんでもいける素敵ビッチ。

男も女も抱くし、責めも受けも味わう遊牧民の子。神を抱く女。

今を楽しむため、強靭で健康な肉体を悪魔と契約して手に入れた。

代償は寿命の半分と、子を宿す力。

肉体の人。

「うるさい。抱くぞ?」

[ズーミ]

水の化身。

化身として新米なため、のじゃ喋りで威厳を持たせようとしたりする。

人間大好き。

情の人。

[ユニコーン]

やっかい処女厨。

ナナが好き。タチが嫌い。

ナナを見守っていたくて、出会った時から追っかけをしている。

おぼれる人。

[ヒタム・ストレ]

前職をタチのせい(?)で追われ、新たな主人としてナナを追っかけている。

騎士でいたい人。

[黒衣の人(ポチ)]

増えた世界から、まっとうに転生してきた人。

奴隷を買いハーレムを築いたが虚しさを覚え、刺客としての役割を果たす。

タチは抱きたがっている。

寂しいおじさんの人。

「世の中を大切にしたいと思うわけがない、大切にされた覚えがないからな。」


[アチャ]

火の化身。

火の大陸で自らを神と呼ばせ、人を手下として使っている。

お気に入りの国に肩入れしたりもしてる。

[ナビ]

風の化身。

酒場でバイトしたりしている。

ウゴゴゴゴォ

[おばーちゃん]

「素敵じゃないの」

新機体。主人公だからね!

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