第2話 あなた誰?
文字数 3,504文字
気づいたら存在し、ただそこに在った。
いつからか、どこからかも、わからない。もしかしたら私が始まりなのかもしれない。
でも、そういう。こういう?意識をし始めるという事は主体を持つという事で、ちょっと寂しさを感じたり、ちょっと「光あれ」とかいってみちゃったりもする。
時に換算すると、どれぐらい前の事だろう?
いいないいな人間って。と思うよりはるかはるか前の出来事だ。
そう、この地球を司る地水火風の化身たちが生まれるよりももっと前…
馬車を降りてから野っ原を十五分ほど歩くと、先のほうに小さく湖がみえる。
あそこに、もちもちであまーいお菓子があるわけだ…!
そう、今私は各地を歩きまわっている。主に甘いものを探し求めて!
能力も才能もない人としての思考の楽しみ、食べ歩き!
おでこに手を当て眼をしかめる。歩くのめんどうである。
また、うまいこと湖行きの馬車が通りかかってくれたりしたら嬉しいのだが…
ついでに、ヘソの心配をしない全肯定ご老人と相席だったりするとお得度が増す。
歩くしかないと覚悟をきめた矢先。
なぜか、私は小脇に抱えられていた。
しょうのない感想と共に体が宙に浮く。…って女の人だ!
長い黒髪を、高い位置で結い上げ、腰には長剣が装備されてる。どうやら戦士や剣士の類らしい。
なるほど、だから力強い足取りで私を抱えたまま走れるわけか。大きな胸をゆらしながら…!
とても素直な感想に、嫉妬の感情が少し混じってしまった。
切れ長の目がこちらをチラリとみた。険しい顔つきも相まってとても気が強そうにみえる。
ちょっと怖い。
だいぶ怖い返答と同時に、黒髪が野原に倒れこむ。私も当然倒れる。草と土の上とはいえ痛い。
ドパッ!私たち二人が走っていた場所に、水の塊のようなものが着弾した。
すでに立ち上がっている黒髪女性の視線の先に、青色で人型のゼリーみたいな生物が佇んでいる。
どうやら彼女が攻撃してきたみたいだ。ならば、私の横にいる黒髪女性が「タチ」なのだろう。
タチが腰に備えた剣を構える。これ、面倒ごとに巻き込まれる感じだ…!
スライムちゃんは、子供サイズで可愛らしい見た目とはいえ
今の私は無能力。極力厄介ごと、特に暴力沙汰はさけて今回の人生は楽しんできたのに!
こんな所で巻き添えで痛い死に方は嫌だ…!
どうにかして二人から距離を…
スライムの子。ズーミって呼ばれてる子の半透明の体内にとても身近で懐かしいモノを見つけてしまう…。
いや、そんな、まさか…!
そう、確かに彼女の体内にきらめく一粒の欠片…あれは神…つまり私が分け与えた力の源。
ズーミの体にある無数の気泡に隠れてはいるが、私にはわかる。だってもともと私の力だから。
タチがギュッと私の肩を抱き寄せる。
面倒な事実に気づき冷や汗垂らして固まっているのが、恐怖に怯える姿にでもみえたのだろうか…?
そんな王子様みたいなことしないでも…逃げにくくなっちゃうし!
そう、今この世界は神様のいない世界。いるには、いるからお留守な世界と言ったほうが正確か…
だが神様としての役目は果たしておらず、人間に転生して遊び回っている…
神様いません!なんて混乱は必至なので私の不在は光、一番私にちかい彼が神様のふりをしてくれている…
私を抱き寄せたまま器用に身をかわすタチ。
ひとつ、ふたつと身をかわし、みっつめの攻撃を剣を抜き撃ち落とす。
神様を抱えながら。
激しくなる戦闘、面倒くささの増す事情、抱きかかえるついでに私の胸に当たっているタチの手!
色んな理由で今すぐココを離れたい!
これ見よがしに口元に手を当て嘲笑うズーミ。
言われてみると、タチが片手で握っている剣の刃は、半透明でキラキラと太陽の光を反射させている…
先ほど攻撃を撃ち落としたときも鈍い不思議な音を立てていたが、アレは水がぶつかり合う音だったのか。
気になる…タチの手が胸に当たっているのが…!戦闘中だし、危機的状況だし、相手は化身だし、神様サボってるし、なによりタチさんも善意で抱き寄せているんだろうから!場合じゃないのはわかっていてもすごく気になる!
だって!なんか気づいたら手がどんどん移動してて、胸を鷲掴まれている気がするから!
![](https://img-novel.daysneo.com/talk/e2b8b25e5d8ec9a23298f49b2807b881.jpg)
この人!なんかおかしいと思ったんだ!最初の返事とか!距離感とか!状況が状況だから後回しにしてたけど!
全力全身で離れようとする私と、まんじりともせず片腕で抱き寄せたままのタチ。
そう一応戦闘中だったのである。そして一応いままではちゃんとズーミを見てたのである。
今さっきのくだらないやり取りの前までは――
タチがズーミの振った腕にぶつかり転がり飛ぶ。
まったくもって彼女に対して良い印象はないのだけど、つい心配の声が漏れてしまう。
攻撃の巻き添えにならぬよう、反射的に私を離した彼女と同じように。
ぐうの音も出ない正論だけど、いちゃついてたのは彼女だけだ。
吹っ飛ばされて転がったタチに、ズーミが手をかざす。
水がうにょうにょと広がり、水の玉となりちタチを包み込んでいく。
あの人、こんな状況でまだしょうのないコト言いかけなかった?
しっしっと犬を追い払うようなしぐさをするズーミ。その横には水に捕らわれたタチ。
そう。別にこれでいいのだ。元々私には関係がないはずだし、タチにされた事といえばセクハラ。
神様だって切るとか怖いコトいっていたし、あまり長居して神様サボりばれたら恥ずかしい、
痛い思いをするのもまっぴらごめんだ。
苦しそうに、水の玉のなかでタチがもがいている。きっと息ができないのだ。
タチの口から沢山の空気の泡があふれ出ている。
でも今の私は無能力、無才能、なにもなしのナナ。
でも一応、私を突き飛ばしてくれたんだよな…。
もがき苦しむタチを見ているのが忍びなく背を向ける。きっとこのまま湖へと足を進めるのだ。
なんかおいしいもちもちの甘いお菓子があるんだって!それを食べるのが私の今の目的だ!
ズーミの顔にはなんだコイツ?と書いてある。
ぴょん!ズーミに体当たりするみたいに飛びこむ。伸ばした両の手は、かつて私が分け与えた力の源へと向かう。
無数の気泡に隠れているが、私にはわかる…。