第38話 朝チュン。

文字数 4,193文字

 目が覚めると、いつものタチ枕の上。

 暖かで心地よく。つい、寝ぼけた顔を押し当ててしまう。


 それでも、タチの目は開かない。

(…死んでたりしないよね?)

 脈略のない恐怖に突然襲われ、じっとタチの寝顔を伺う。

 通った鼻筋を見ていると、ツンツンと突っつきたくなる…。

スゥー。…スゥー。

 大丈夫、ちゃんと息もしているし、呼吸の度に胸も上下している。

 勝手に杞憂(きゆう)して、勝手に安堵(あんど)する。

 

チャリン。

 タチの頬にかかった髪を、そっと退かした時。私の首元から金属音がした。

 昨晩「タチと仲良くした際」に付けられた、黄金の首飾りが擦れた音だ。

(…外の空気を浴びよう。)

 タチに夢中で気付かなかったが、見慣れぬ誰かの寝床にいると思うと、急に落ち着かなくなる。

 これ以上タチの顔を見ていたら、頭やおでこをこすり付けてしまいそう。

 彼女の安否も確認したし、起こすのも嫌だ。

 気持ちを押さえ、満たし(こも)った空気の空間から、かけ布一枚で体を隠しそっと抜け出す。


 薄く、ひんやりとした空。

 まだ太陽の光も弱く、今の私には丁度良い。

あんた。ちょっとこっち来な。

 かけられた声の方に目をやると、タチママが簡素な椅子に腰かけ、広がる草原を眺めていた。 

 そういえば昨日連れ込まれたのは、用意された仮テントではなく、ママさんの一番大きな丸テントだった。

えっと…あの。服を着てきます…。
もっとはきはきしゃべんな!素っ裸でもいいから横に座るんだよ!

 布切れ一枚で隠した体を縮こめ、テントに戻ろうとする所を止めらる。

 タチママは、左に置かれた同じく簡易的な椅子を叩き、ここに来いと場所を示す。

はっ…はい!

 余り声を張られたらタチが目を覚ましちゃう。

 とりあえず言われた通りに、横に座る。

 怒らせると怖そうだし…。

…。
 狼のような鋭い眼光。見定めるようなその視線が、黄金の首飾りを捕えた。
えっと…!これはその…!

 この首飾り、そもそもは昨日タチが詩った時の衣装の物だ。 

 私を押し倒した後、キスを重ねながら取り付けられた。

…まったく。(おさ)である親の前で「金輪は何処にしまってある。」なんて良くもウキウキと言えたもんだ。
 言葉の意味は分からなかったけど、悪態めいたセリフとは違い、タチママの目元は少しほころんでいた。
えっと…あの。コレちゃんとお返しします。
当然だよ。それはフル族の唯一ある伝統品だからね。

 ただのタチの気まぐれデコレーションだとばかり思っていたが、違ったようだ。


あたしゃ、孫の顔が見たかったってのにさ。
 もう私に興味はなくなったようで、また風に揺られる草原に目をやるタチママ。
ご…ごめんなさい。
なんであんたがあやまるんだよ!

 怖い…!タチママといると常に緊張感がある。

 フル族の長だからなのか、タチママだからなのか…。

私の趣味じゃないね…!いったい誰に似たんだか。

 皮肉屋や意地悪じゃなく、素直な思いなのはママさんの口調でわかる。

 縮こまってはしまうけど、嫌な気持ちはそんなにしない。


 …怖いけど。

パパさんの方だったり…?

 恐る恐る返してみる。普段なら関わらないタイプだけど、相手はタチママ。

 少しお話してみたい。

かもしれないね。…どいつが父親だかわかりゃしないが。

 やった!初めて会話が成立した気がする。 

 返した言葉を受け取って貰えて、ちょっと安心。

パパさん…わからないんですか?
体が大きくて筋肉質。もちろん黒髪で笑顔が可愛いのが私の好みさ。たくさん抱いたからね、どこで当たったんだか思い当たる奴が多すぎる。
 豪快である。しかし、どうお言葉を返したものか…。
顔は私の好みが出てる。凛々しくて気の強い顔。あの顔じゃなきゃ帰るのなんか許さなかったね。
私も…格好いいと思います。

 冗談だと思うけど、本気なようもするママさんに。素直に返す私。

 そうだろう?と娘を褒められて嬉しそうなママさん。

 2人とも顔の話しかしてないけど。

伝統なんて欠片(かけら)も重んじないあの子が、なんでだろうね…。あやかってでもアンタを手に入れたかったのか。
…思いつきじゃないでしょうか?
違うね。衣裳替えの時にわざわざ引っ張り出させた。決めてたんだよ。

 物怖じせずに、目を見てお話しすると、普通に返してもらえる。

 どうやらおどおどした私の態度が、ママさんを逆なでしていたようだ。

どういう意味があるんです?
 首飾りに軽く触れながら尋ねる。
そいつは、(ちぎ)りの首輪。最高の時を迎えた時。最高の相手と共に過ごせた時に渡す物さ。

 なんだか、素敵な贈り物である。

 あとなんだか、凄く嬉しくなる。

でも、金輪を所有できるのはその瞬間だけ。ちゃんと大地に感謝して、次に黄金の時を迎える奴が出てくるまでしまっておくのさ。

 目を閉じて、両手で金輪に触れてみる。


 そうやってずっと、フル族の人が受け次いだ、所有することのない贈り物。

 繋いでくれた色んな人の事、なにより私に届けたタチの気持ちを想って切なくなる。

お返しします。
いいよ。あのバカが起きるまで、ちゃんとつけてな。

 これがタチのママさん。パパさんはどんな人だったんだろう?

 この金輪を私の前に受け取った人。コレを作った人。

 みんなどんな思いで、人と触れ合い話、伝えたのだろう?


 これも人間。不思議な存在だ。

幸せにやってるのがわかった。…いい詩も歌えるようになるもんだ。

 タチママの横顔は、遠いような近いような、過去の記憶を愛でる美しい表情。

 刻まれた大きな傷や深い(しわ)そのすべてに物語を感じさせる。

タチは小さい頃から頼るのが苦手だった。私の育て方のせいじゃないよ?生まれ持った性格さ。
 少し、苦々しい顔で続けるママを見ていると、確かにその中にタチの面影が見える。
出て行ったとき。もう二度と帰らないと思ったよ。そのほうが幸せなんだろうと。…追われているのかい?
えっ…。
 突然の投げかけに、驚く私。
一晩護衛を頼まれた。頼るのが苦手なあの子がね。対価は頬にキス一つ…。ホント馬鹿な娘だよ。
あっ…。えっと…。

 タチの実家に、タチの詩。タチママにタチナイト。

 色んな事が重なって、やろうとしていた事や、追われていた事なんてすっ飛ばしていた。


 体を重ねて朝を迎え、ちゃんと息してるかな?なんて心配してる場合じゃなかったのだ。

あんたを全霊で愛したかったんだろう。あの子の性格じゃ、他でゆっくり寝れる場所なんてない。

 確かに。昨日のタチは世界で一番優しかった。

 私だけを見て、私だけを想ってくれて。何度もキスをして撫でてくれた。

 私だって、全力で答えたし。返した。

 …足りてはないだろうけど。


 思い出すと胸がきゅーっと締めあがる。

母親の前で、女の匂いさせるんじゃないよ!
さ・・・させてません!!

 させてたかもしれない。顔とか頬とか少し熱いし。

 恥ずかしいし。たぶん、にやけていたし。

本当に、ご迷惑をおかけしました…。お昼前には出ますので。
対価だよ。おかげで娘の詩が聞けた。勝手なキスもね

 深く頭を下げる私に、優しい声で迎えてくれるタチママ。


所であんた。子は産まないのかい?
!?
タチと恋仲でも構わないよ、どれかウチのと寝んごろして、子供だけでも置いてかないかい?
そ…それはちょっと…。
なんでだい?あんた処女だろ?男も知っとくいい機会だ。
 うぅっ…困る。そんなキラキラした瞳でせがまれましても…。
ママ。私のナナに何を吹き込んでる。

 困惑し目を反らす私を、救世主が抱き寄せた。

 下着姿のタチだ。


ちょうど良い所に来た。あんた子供は?そこらの男喰っていいからさ。食べごろだよ?
 私に駆けられた営業がそのまま、娘の方へと流れ込む。
いらん。
なんでだい?身ごもったら一年でも二年でもココにいて良い。最近、街に残る奴が増えて困ってるんだよ。
(フル族さんも、色々事情があるようで…。)
子は産まん。
 私ではできない口調で、つっけどんと、突き放すタチ。
どうしてだい!?そんなに、この子がいいのかい?どんくさそうだし、弱そうだよ?

(すいません。本当。その通りなんですけど、胸に言葉が刺さります…あと一応これでも、神様なんです。)

ナナはとびきり可愛いし良い子だ。それとは別に産まん。
 私をギュッと抱きしめて、ママさんから遠ざけるタチ。
わかった!どうしてもあんたが孕ませたいってんなら北の辺境マデューナで、アレを生やす――
おいでナナ。

 ママの必至の提案を無視して、私を椅子からお姫様抱っこするタチ。

 布が…!体に巻いた布が…!落ちちゃう!

お…お世話になりました!!
 ちゃんとお礼を言いたかったんだけど、タチに連れ去られ、再びテントの中に。
大丈夫か?やっかいなママですまんな。
 私を気遣って、申し訳なさそうなタチ。
ううん…。会話できて良かった。優しくしてもらったし。
変な事を言ってなかったか?その…色々余計な事とか?

 ママとどんなお話をしたのか、気になるようで…。

 様子を伺おうと、探り探りなタチなんて珍しい。


 …可愛いじゃないか。

タチの子供の頃の話とか?
…信用するなよ?年寄りは記憶を書き換えるからな。
そんなに聞いてないよ。たくさん聞きたかったけど…!
今の私だけを感じていればいいのだ!それに突然消えるな!心配するだろう!!

ボフリ。

 昨日沢山愛し合った、敷布団の上に乱暴に投げ込まれる。

もう一度だ。ちゃんと私を分かれ。ナナをもう一度確かめる。
…でも。出発の準備しないと。
ダメだ。逃がさない。今度は…何もなしだ。

 金輪を首から外され、再び2人だけの世界に引きずり込まれる。

 もとから逃れるつもりなんてない。ずっと続けばいいと、私だって思っている。

 2人だけの時。


 結局。フル族の野営地を離れたのは夕方だった。

 そのままだったら、もう一晩お世話になっていただろう。

 でも、それじゃだめだ。世界は2人だけで構成されてるわけじゃない。



 …というかもう一人いるのだ。大切な仲間が。


助けてくれ!!怖いおばさんが、子を産めと迫って来る!!

 たっぷり2人でくっついて、ゆったり体を確かめ合ってる最中

 泣きながらテントに転がりこんだストレが、私を現実に引き戻したのだ。

 

 聖地への旅とか、黒衣の者とか、イトラの存在とか。

 昼過ぎに準備を始めて、フル族のみなさんと食事をし3人で旅にでたのである。



 ストレちゃんごめん。ずっと忘れてて。

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登場人物紹介

[ナナ]

死んでもやり直し、同一の主観を持つ転生を繰り返している。

タチと出会い今、この瞬間、しがみ付いてでも離したくない思いを知る。

言葉の人。

「美味しいもの食べてる時が一番幸せ!」

[タチ・ユリ]

なんでもいける素敵ビッチ。

男も女も抱くし、責めも受けも味わう遊牧民の子。神を抱く女。

今を楽しむため、強靭で健康な肉体を悪魔と契約して手に入れた。

代償は寿命の半分と、子を宿す力。

肉体の人。

「うるさい。抱くぞ?」

[ズーミ]

水の化身。

化身として新米なため、のじゃ喋りで威厳を持たせようとしたりする。

人間大好き。

情の人。

[ユニコーン]

やっかい処女厨。

ナナが好き。タチが嫌い。

ナナを見守っていたくて、出会った時から追っかけをしている。

おぼれる人。

[ヒタム・ストレ]

前職をタチのせい(?)で追われ、新たな主人としてナナを追っかけている。

騎士でいたい人。

[黒衣の人(ポチ)]

増えた世界から、まっとうに転生してきた人。

奴隷を買いハーレムを築いたが虚しさを覚え、刺客としての役割を果たす。

タチは抱きたがっている。

寂しいおじさんの人。

「世の中を大切にしたいと思うわけがない、大切にされた覚えがないからな。」


[アチャ]

火の化身。

火の大陸で自らを神と呼ばせ、人を手下として使っている。

お気に入りの国に肩入れしたりもしてる。

[ナビ]

風の化身。

酒場でバイトしたりしている。

ウゴゴゴゴォ

[おばーちゃん]

「素敵じゃないの」

新機体。主人公だからね!

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