第53話 ポチ物語。
文字数 4,144文字
窓から差し込む光と、小鳥のさえずりが朝をお知らせする。
離れ離れだった二人の再会、それも相手がタチとくればそれはもう…それはもうである。
ふかふかベッドと久しぶりのタチ枕の上で、ぐったり横たわる。
私が変わっても、タチはずっと強烈にタチのままなので、彼女に触れられ教え込まれるとそこを起点に体がなじむ。
不思議な事である、ずっと同一主体をもった私が、外部を基準に推し量るなんて。
まったく力の筋が入らなくなるまで負かされ、やっと意識を取り戻したばかりな私。
さすがに口ぐらい閉じていたいけど、それもかなわない。
なつかしい。この目覚めると微笑みながら見つめられてる朝。
またこんな朝が迎えられるなんて…。
確かにタチがここにいる事を噛み締めたくて、抱き着たいのだけど腕に力が入らない。
私の瞳の動きと、微かな体の揺れで察したのか、タチが覆いかぶさるように抱きしめてくれる。
私も何か言いたいけど、今この瞬間に満足しちゃって言葉が見つからない。
声を探すのも
素直な感想は「なんだそんなことか」だった。
別段その程度のことで今更怒ったりしない…タチが誰かを抱くなんて今更ね。
今更怒ったりしないよね?たぶん。
考えだすとモヤモヤするが、あの黒衣の男の変貌ぶりの方が気になる。
私のしってる黒衣の者、現ポチ君は。
始めイトラが差し向けた追手で、次にタチを傷つけた敵で、最後タチの剣で真っ二つになり、謝りたい人がいると言って去っていった。
それが今や犬になりきっている。名付け親はタチ。
変化が急すぎて、事情に追いつけるわけがない。
詳しい事情をしらないので、なんともだけど。まぁ、タチの言う通り。
ポチ君が無策で戻って許されるものでもなさそうだ。
自業自得と言うやつかもだけど、ちょっと可哀想。
ようはしょぼくれたポチさんをみて、タチの攻めっ気が
私の頭をなでながら、ポチを食べた時の話を始めるタチにストップをかける。
二人で居た船の上で散々聞いた覚えがある…。
タチの猥談!しかも今回相手は知り合い (一応)
ちょっとだけ食い違った思いがあるのです。
いつの間にか動くようになった手で、タチの頬をつねりひっぱる。
どんなことを聞かされたって、嫌うわけない。
嬉しそうに頬を伸ばされるタチの顔を見ているだけで、私は幸せなんだから。
でも、だから、やきもちも焼くんだよ。
そんな甘噛みをしあって、まったりとお互いを感じる。
夜のぶつかり溶けあう確認も好きだけど、こういうのも大好きだ。
唐突に、真面目な顔で言葉を口にするタチ。
ゆるやかな流れの中、フッと恐れを思い出す感覚は私にもわかる。
体の力を取り戻した私は、タチの体を抱きしめる。
体が縮んだ分大きく感じるけど、ちゃんと心の底から全力で。
そう。わかっていた。私が失う恐怖に怯えていた日々と同じ…。いや、それ以上タチだって怖かったはずなのだ。
タチには私を確認する手段がなかったのだから。
私が地上から完全に離れていた2か月も合わせて、ここ数ヶ月。
タチはずっと我慢してたのだ、性欲もさることながら、恐怖から来る無策な行動も。
あのタチが体を動かすことを、抑えていた。
私と再会するために…。
タチの頭を抱えるような形で抱きしめ、ゆっくり撫でる。
ホントは全身を包み込んであげたいけど、体が小さいからね。
タチは甘えるような声を小さくもらし、グリグリと頭をこすり付けた。
こんなタチ。私以外に見た人はいるのだろうか?
安堵にひたり、身を任せるタチなんて…。
可愛くない?
昨日から目に入っていた、タチの首元の痕。
ゆっくりゆったりタチの頭を撫でながらも、うっすら残るその線が気になった。
胴と頭が切り離された証拠の痕だ。
アルケー湖にダッドが現れた時、ズーミちゃんがした判断と同じだ。
自らの大地。自らの領土の自衛。
神殺しを望んでいた頃のタチならともかく、今のタチはイトラにとって邪魔者でしかないはずだ。
わざわざ殺すこともないかもしれないが、見過ごす理由にもならない。
背骨がぞくりと凍り付いた。
確かにイトラは言っていた。早く私に諦めて欲しいと。
私は何度も転生する。今の私は時の化身だ…と。
世界が乱れ、醜く広がる前に、私に止まって欲しいのだ…と。
タチが私を抱き寄せて、私もタチを抱きしめた。
2人の胸の中は一緒。大切な者を失う恐怖…あの別れの時に味わった、やりきれない思い出。
思えば、同じ名前を語るのは初めてだ。
一つの肉体を終える時、そこを切り取り線に名も、関係性も捨てて来た。
そもそも深い関係を持つことが少ないのもある。
特に転生した最初の方は、肉体は持ったものの、どう人間と付き合うかわからなかった。
そんな言葉下手、伝達下手、共感下手の自分に寄って来る者は、能力目当ての人ばかり。それも少し嫌だった。
回を重ねるごとに、色んな考え、色んな性格の人もいると知ったが、それでもまだ他者との接触を避けてた傾向がある。
人とは違う存在とバレるのが嫌だったのか、自覚するのが嫌だったのか…。
何時まで経っても踊れず、歌えず、調和できずにいた。人に興味があるクセに。
だからそのつど、私を使い捨て生きて来た。縁やしがらみを面倒がって。
今は裸で愛する人と抱き合ってるけどね…!
タチの言葉とぬくもりが、私にまで自信を分け与えてくれる。
たかたが首が落とされたぐらい、なんだというのだ。
だってタチだよ?
こんな、甘く愛しい朝が何度だって続けばいいと、心の底から願うのだった。