4-15 蛇と猿との煽りあい (カトリック仙人天祐視点)

文字数 1,441文字

「尻尾を巻いて逃げて醜態でも晒してくれるか、柳生の小娘よい」

 妻に対する侮辱挑発。それにたいし夫である私がなにか言う前に、高ぶった様子で言葉を返すはヤマタノオロチ。

「なに勝手にケンカ相手を変えようとしてるのさ、この八岐大蛇を無視してちっぽけな女に関心がいくあたり、おなじ化猿の巨体でも孫悟空ではない方の意識は、下卑た男そのものの思考をするのかい。そりゃあ烏丸は悦ばしがいのある異性といえるがね」

 クリスチャンネームを名づけたのであるならば、未来 いずれの世か 聖蛇ソロモンと呼ばれる時代もくるもかもしれぬが、つねに対話が色ごとにいくあたり それは難しいかもなと益体のないことを思考しかけた。そしてそれをさえぎる言葉を口にしたのが我らが敵、伝説の孫悟空と日本独裁者 豊臣秀吉の混ざり合った存在。孫秀吉といおうか豊臣悟空とでもいえるのか。

「……八岐大蛇なのだなぁ、子どもの頃に御伽話として聞いたとおり、成長したあと読んだ古文書にも記されていた。この斉天大聖に怨霊として取り憑いたオレ豊臣秀吉は、人同士の戦しかしらなかったがこれほどまでに痛快な武の技比べがあるとはな。いやいやなにが起こるか分からないのが未来だということを、ここまで実感できるとは思わなかったわい」

「同じ日本生まれで少しは親しみがわくかもと思ったけど、なんとなく君とはそりの合わない様な気がする。やはり孫悟空の意識が表に出た方が、こちらのしても気持ちよく戦えそうだから残念なんだけどね。なにかな、選手交代とかもうそんな感じなわけ?」

 わずかな沈黙。そして静かな口調での答え。

「孫悟空としての意識は心の底のほうに移動したというか、この身体を動かすことだけに一心集中するようだわい。ということはいま言葉を発しているのはもう、オレ豊臣秀吉だけというこっちゃな、これが」

 であるのならば目の前にいる我らの闘う相手は、猿仙秀吉とでも呼ぶのがふさわしい。どちらにせよ規格外の敵だということだ。相対するはヤマタノオロチ、軽口のよな挑発で軽蔑を示す。

「つまんなくなっちゃったなぁ。斉天大聖 孫悟空と豊臣秀吉じゃあ格が違いすぎる。お粗末なやりとりしかできそうにないよ。絶技たるその仙猿の技や術は、明かにオマエの意識が邪魔になってしまって自由に使いこなせる状態とは思えないんだけど」

 挑発と軽蔑にまず答えたのは、くくくという抑えた笑い声。それからおもむろに我らが敵は言葉を紡ぐ。

「体毛を使った分身などという奇妙奇天烈な技は今の状態、いわばオレの意識の上ではできんわな、だが闘いの相手に分かりやすい害意をぶつける、それを具現化するのは容易いのではないかと。そう例えば火。火炎」

 そういうと猿仙秀吉は周囲の空気を奪いつくすように大きく大きく息を吸った。これはヤバいなにかだ。頭の中で鐘を打ち鳴らされるような危機意識。

「信長さまの比叡山焼討ちを間近で見たのだ。あの赤い紅い火炎、忘れられるはずもない。それを形にしてみようかのう」

 その言葉と同時に敵は我々に向かって大量の呼気とともに灼熱の業火、その巨大な塊を吐き出した。迫りくるは紅蓮なる大火炎大火災。それを浴びれば皮膚は溶け落ち肉は焼き焦げ黒炭と化すであろうに違いなし。

 せまりくる地獄じみた脅威にたいして私たちをかばったのはヤマタノオロチであり、一瞬で成立したその自己犠牲的な行為に、欠片のためらいもこの眼は見出すことはできなかった。





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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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