2-16 うぃ、自分では気の利いた嫌味をいったつもりでしょうが【てんゆう、】

文字数 1,282文字

 とりあえず、彼のいうところの『欲』の方向には話題を持っていきはしない。
 そして、いきなりだろうと構うものか、聖書暗唱開始。

「主なる神はへびに言われた、『おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう』。」【創世記 3-14、3-15】

 私 カトリック仙人の朗々たる読みを、きょとんとした面もちで聞いていたヤマタノオロチの化身。そして不敵に問いかける。

「なんなのかな、それ。こちらの相手をしようともしないで、自分自身の世界に浸っちゃうのは良くないよねぇ」

「あなたが創世記、最初の女イブと誘惑者の話題を出したので、それに沿った答えを返すために聖書の該当箇所を朗読してみたまでのことです。ここでいう『女のすえ』聖母マリアから産まれたのが主イエス・キリストであり、かしらを砕かれたのが『蛇』だということです。『右真中の』さんがどちらに組みするかは知りませんが、もうすでに決着はついたことなので、こちらについたほうがお得ですよ」

 こちらがちっとも揺らがない様子を見て、苛立ってきたよな会話相手。烏丸さんは少し不安げな様子でこちらをみてるが、アンナさんとマリアさんは落ち着いている。そりゃ私が回心させた彼女たちだもん、この胸にやどる信仰心の強固さ知ってるからね。

「その『彼』イエス・キリストが活動していた頃から見ても大昔の文章、古いヘブライ族の伝承、そいつに勝手な前提を重ねて、そのまた上に前提を……そんな解釈になんの意味があるっていうんだい」

 ああこっち方面でも攻めてくるか。むしろ理性的にきてくれる方が、こちらとしても助かる。

「意味は信仰者の上に確実に、それどころか世界は希望を持ち続けるに相応しい、誰に対しても人に優しくという『価値』は他の信仰に生きる者、信仰を持たぬ者にとっても良い方向に働きます。あとこれはカトリックも公式見解でもあるんですが、『主』の言葉が聖書だとしても書き記したるは古代人なので、彼らの習俗や当時の常識を考慮に入れて、割引いて読み解かねばならないのです」

「そんな風に反論されるんだったら根本的なこと聞いちゃうんだけどさ、母なのに純潔っておかしくないかい」

「はっはっはっ、なにを言うかと思えば、
その程度のクソのようなイチャモンですか」

 実に陳腐な物言いにて、こちらは呵々大笑。
 逆に『右真中の』氏がビクリとする始末。

 さっきから、どこか焦点(ピント)がずれているというか。母を失った私、妾の子だからといって『母性』にそんなに執着しているわけではないのだが。母イザナミを求めての放浪の果てヤマタノオロチを打ち倒した、スサノオという名の英雄が頭に浮かぶ。そして目の前の蛇は、その彼とこのカトリック仙人を重ねているわけではない、それは確かだ。はてさて、どういうことなのか。
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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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